1. ヒロインへの異世界転生?
よくある異世界転生ものなんだって、そう思ったのに。
「これって……まさか、…異世界転生ってヤツ!?」
本田桃菜は部屋にあった姿見に自分を映していた。
淡い発色のピンクカラーの髪は背中ほどで揺れ、透き通るような白い肌は独りでに発光しているようにさえ見える。ふさふさの睫毛に縁取られたグリーンの瞳はキラキラと輝いてリップいらずの血色のある唇は発する言葉すらも美しく彩るようだった。
機能性重視の寝間着は足首まで隠れるゆったりしたワンピース型。それなのに際立つふっくら盛り上がった胸、それなのにチート級の着ぶくれしない姿。
可愛くない寝間着ですらスチルになってしまいそうな可愛らしさを全身で放っていた。
「間違いない、絶対コレ……<アマトカ>の主人公だ……!」
通称<アマトカ>。『聖なる乙女は甘く溶かされる』というタイトルの乙女ゲームは桃菜がドハマりしているゲームだ。
多彩なイケメンたちとしがない男爵令嬢とが魔法と魔物が存在する世界で、紆余曲折ありながら愛を育む王道ストーリーが売りである。最終的にヒロインは魔王を封印する聖女であることが判明し、その力で世界平和へ導く……といったありがちな内容。
ストーリーは何番煎じかと当初批判もあったが、キャラクターデザインの美しさやギミックの秀逸さ謎解きの面白さが口コミで広がり、最終的に売上は乙女ゲーム史上最高となったのは記憶に新しい。
<アマトカ>は桃菜がつい先ほど目覚めるその直前までプレイしていたゲームである。ゆえにその主人公フィオナ・ペンドリー(初期設定ネーム)への転生を確信するのはすぐだった。
「ってことは、小説サイトで読み漁った異世界転生が私の身にも起こったってこと!? ……しかも、<アマトカ>の主人公なんて……っ、最高!!」
これが転生とすれば、前世桃菜は令和六年に十七歳を迎えた日本の女子高生だった。財力も愛もある家に生まれ、何不自由なく過ごした幼少期。けれど桃菜は鏡を見るたびに「ほんとっ、親ガチャ失敗だわ」と不満を零していた。
前世の姿は全体的にぱっとせず、可愛いと称するのは親くらいなもの。父に似た低い鼻と母に似た薄い二重が大嫌いでノーズシャドウにハイライト、アイプチは必需品。お金があるくせに整形もマツエクも高校を卒業したらね、と取り合ってくれなかったことも桃菜は納得がいっていなかった。おまけに胸は小さいくびれはない、ないものだらけだ。
すっぴんでも可愛い同級生や雑誌やテレビを彩る芸能人と比べて親ガチャ失敗だと何度運命を呪ったことか。
それが今はどうだ。
「可愛い顔…スタイルも抜群…、…貧しい男爵家って言うのはマイナスだけど、結婚しちゃえば私は王太子妃でゆくゆくは王妃! この国で一番贅沢できる身分だもの、前より贅沢し放題ってことよね」
鏡に映る誰が見ても可憐な姿をうっとりと眺めながら、自分にも人生一発逆転のチャンスが巡ってきたのだと歓喜した。正確には二度目の人生ということになるけれど、そんな些細なこと大したことではない。
恐らくすっぴんだろう今でも前世で見た同級生や芸能人、誰よりも可愛い姿になれたのだから。
「私に見向きもしなかった同級生たちを見返せないのは残念だけど、……イケメンにちやほやされるだけで充分。やっぱり目指すは逆ハーレムルートよね」
<アマトカ>は多くの乙女ゲームがそうであるように、いくつかの分岐点がありヒロインの選択によって様々なルートが用意されている。
一番王道かつ人気だったのは第一王子ルートで、身分差や婚約者(所謂悪役令嬢)との対峙など、乙女ゲームの面白いところをすべて詰め込んだようなイベントが満載だった。ほかにも別の攻略者ルートがあり、その分だけそれぞれハッピーエンド、トゥルーエンド、ノーマルエンド、ビターエンド、友情エンド、バッドエンドと何通りものエンディングが用意されている。
完全ハッピーエンドを迎えるのは容易ではなく、発売から早々に攻略サイトがインターネット上に出回るもどれもこれも中途半端な内容で「鋭意攻略中!」の文字が躍っていた。昼夜問わずやりこむ猛者たちがSNSで情報交換をし、全スチルを攻略できたのは一年後だという実しやかなな噂まで出回るほどで、その難しさもまたプレイヤーを熱狂させることになる。
そして桃菜が目指す逆ハーレムルートもまた創作物である乙女ゲームの醍醐味のひとつだ。王道の第一王子ルートを進めながら、ほかの攻略者たちの好感度を同じように同じだけ高くしなければならない一番難易度の高いルートでもある。しかし難易度が高い分、王太子妃の座につきながら多彩なイケメンたちの愛も独り占めできるという、欲張りな乙女たちにとっては非常に夢がある内容だった。
「どれだけ私がやりこんだと思ってるのよ、攻略方法はばっちり頭に入ってるもん。楽勝だわ。……年齢指定なしだからエンディングまでキスひとつないけど、その後はやりたい放題ってことよね。ヒロインに転生とか最っ高!!」
今は質素な部屋だが、学園を卒業するころには美しいドレスに豪華な宝石、そしてイケメンの攻略対象者たちに囲まれて世界で一番幸せになる。なにも手に入らないものなどない。
ヒロインの、自分のための世界なら当然だと桃菜はいつしか思い始めていた。
「とりあえず、今の時間軸を把握しなくっちゃ。この部屋……確かプロローグで出てきた実家の自室だよね? ってことは原作よりも過去で間違いないはず。ゲームパッケージとさほど顔は変わってないから、近い過去だと思うけど」
ぐるりと自分がいる部屋を見渡すと、今顔を確認した姿見兼質素なドレッサーのほかにはベッドと机、小さめのクローゼットがある。どれも年季が入っていて、部屋もどことなく古臭い匂いがした。
この部屋は今の姿同様、記憶に鮮明に残っている場所だ。それもそのはず、<アマトカ>のオープニングで入寮を控えたヒロインが目覚める場所なのだから。
目覚めた自室でチュートリアルが始まり、ステータス画面の見方や名前の変更、音量やテロップのスピードなども設定し操作方法を学ぶ……はずなのだが。
「……ステータス画面の見方、分かんないんだけど! まあ、Rボタンなんてあるはずないもんね。……えぇ、超不便!」
ステータス画面がなければ現状の自分の学力や魔力、後々の攻略者たちの好感度も当然確認できない。致命的欠陥だが、手元にコントローラーがないためどうしようもなく途方に暮れる。
なにか近しいものはないのだろうかと部屋の中をくまなく探して見つかったのは、これもまた見覚えのある魔法石のペンダントだ。
「あ、これって確かアクセサリーにもなってるけど、名前を一回だけプレイ途中でも変えられるアイテムだったはず。えぇー……あるのはこれだけかあ」
摘まみ上げたペンダントを不満そうに眺めていたが、裏を返せばこのアイテムがきちんと作動すれば、<アマトカ>の世界への異世界転生がまず間違いないものだと物理的にも証明できるということだ。期待に胸を高鳴らせながら、桃菜はペンダントを掌にのせる。
「えっと……確か、あの時テロップにあったのは、『名前の変更を希望します。新しい名前は、――モモナ。間違いありません。』………だったよね」
記憶をたどり、言葉を紡ぐ。
すると数秒としないうちに桃菜の言葉に反応し、魔法石が眩く光を放った――
お読みいただきありがとうございます。
初めての連載もののため至らぬところもあるかと思いますが、よろしければまた続きもお読みいただけますと幸いです。
※誤字報告いつもありがとうございます。大変助かっております。