死相が出てます 後編
ハンナ先輩に生徒会のことを色々と教えてもらった。
霧谷に連れてこられた生徒会であったが、生徒会に入ることにした。後々のことを考えても、この選択は良い方に転がると思う。たぶん。
「じゃあ、明日も宜しくね」
「また明日です。えっと、先輩」
ハンナ先輩に挨拶をして、霧谷と合流しよう。
もう夜になっているのだ。
死相も消えた筈。
「滝谷ー! どうだー? 帰るぞー!」
「っと、ナイスタイミング」
丁度、名前を呼びながら紡が入ってきた。
臨時の生徒会室を辞した。
ーーー◇
普通の教室に長椅子を置いただけで、簡素だ。
霧谷は書類の置いてある別室で作業をしていたみたい。
本当の生徒会室はベーネルン湖に浮かぶ島にある。過去の不祥事の関係で今は立ち入り禁止になっているそうだ。
学園長室と共に、調査が入ってそのままだそう。
「滝谷の家はどこだ?」
「えっと、北山……なんとか台? なんだっけ?」
「……俺に聞くな」
聖刻学院は聖刻州の真ん中にある。
人口の多さから鉄道網がかなり発展しているみたい。
俺の叔父の持ち家だった場所だ。固定資産税分だけで借りられたのだが、学院から少しだけ離れている。
少し東の方の、坂の上って感じ。
「泉華台?」
「いや、花の名前だったと……」
聞いたことのある駅名だけど。
同じ台がつく駅だからかな?
「鈴蘭台か?」
「それ!」
霧谷はよく分かったな!
いや、うる覚えな俺がダメなのか?
「ってことは、北山落合で乗り換えか」
「さすが、地元」
「いや、それほどでも」
ドヤ顔する霧谷に付いていく。
あれ? こっち?
学院も聖刻の鉄道も迷路だよ。
「定期券は買った?」
「いや、回数券を買ってみたんだけど、よく分からなくてさ」
「ちょっと見せてもらっても?」
「良いよ」
茶色の切符を見せる。
200クローネ区間ごとに使える切符だ。
クローネとは、聖刻自治州の通貨である。
アルゴストリオン王国やビスケーニャでも同様の通貨が使用されている。
昔はサラトフや氷島も同じクローネ通貨だったが、そっちはブリタニア共通のクローナ通貨に変わっている。
「地下鉄だけ?」
「うん。地下鉄の回数券だけ。北山落合からは、まだ買ってないんだ。よく分からなくて」
「……そうか」
霧谷は州営地下鉄の回数券を返すと、考え込んでしまった。
「霧谷はどっちで帰るの?」
「東急だな」
「東急?」
「東聖刻急行電鉄。一条短絡線は四年前の開業だから、国鉄よりも速いんだ。料金は少しだけ割高だが、国鉄よりも距離が短いから、結局同じだしね」
へー。
まあ、速いのは良いね。
「鉄道好き?」
「ん? 魔法使いはトンネル掘りのバイトが結構稼げるんだ」
「え? 霧谷が掘ったのか?!」
「まあ、そうだな……」
霧谷ってもしかして凄い人?
「そう言えば、登校した時と来た道が違う?」
「聖院前から来ただろ? 正門はあっちだから」
後で知ったのだけれど、どうやら入学式をした大講堂は、学院の正門の近くにある。
「こっちは東門。華楽洲駅の最寄りなんだ」
学院の門をくぐると、道路を挟んで駅がある。
国鉄の跨線橋は自由通路になってる。
「あれ? 東急は? 看板は湖西急行電鉄になってる?」
「乗り入れてるんだ」
「はぁー」
やっぱり迷路だ。
ここの鉄道は、中々の強敵だ。
サラトフは国鉄と府営地下鉄の二択だからね。
「定期券はこっちの方が少し安いんだ。国鉄より割安にするための特別価格だ」
「じゃあ、定期を買っておくね」
鉄道好きは頼りになる。
丸投げだ。
ーーー◇
圧縮空気の音がしてドアが開かれる。
霧谷は聖刻向山駅で降りて行った。
快速で次の駅である北山落合で僕も降りた。
北山落合は国鉄二路線、私鉄二社、地下鉄三路線が乗り入れており、正に落ち合う駅である。
その内の一つ、地下鉄に乗り換えた。
「あっちか?」
迷いかけたが、なんとか目的の地下鉄線に乗ることができた。
終点まで、確か3駅だったので、10分くらいだ。
「えっと、こっちの出口から…なんか煙がある」
地上に出ると、煙が薄らと漂っていた。
どこかで火事が起きてるのか。
すでに夜なので、不気味だ。
「ん?」
ふと、朝の会話がよぎる。
死相が出ていると。
「まさか!」
そう思ったら、走り出していた。
「うそだろ?!」
どんどん煙が濃くなる。
「嘘だと言って!」
そんな阿呆なことがあってたまるか!
「くそっ!」
焦りから、普段と口調も変わってしまう。
「うわ…」
マジだった。
「も、燃えてんじゃん…」
逃げる野次馬らの背後で、思考を停止した。
立ち尽くす他なかった。
自宅が爆発している。
ーー◇
いや、いつまでも立ち尽くしてはいられない。
一際大きな爆発音が響く時には、野次馬共は姿を消していた。
「死相の正体は、これか」
霧谷の言葉を思い出した。
早く帰宅してたと考えると、ゾッとする。
「くそっ…」
消火作業は始まっていない。
家は諦める他無いみたいだ。
「おわっ!」
再度、爆発が起きた。
一体、何がそんなに爆発しているのか。
「ぎゃわー!」
「は?」
爆風と同時に、ヘンテコな声が上がった。
焔と一緒に、いくつもの影が舞う。
「おわっ!」
死相、消えてないじゃん。
その影は、自分にも容赦なく飛んできたのだ。
「ぐへっ!」
「かはっ!」
「うえっ!」
痛い。
重い。
でも、想像してたよりかは軽い。
あー、肋骨は折れたかも。
頭に石、当たったわ。
そして良い匂いがする。
「あたた〜」
「おごご…」
可愛いらしい声と野太い声がする。
誰か居るみたいだ。
しかし、起き上がれないし、視界が定まらない。
「イリーナ! 大丈夫?!」
「ち…」
「ち?」
ゴソゴソしている?
と言うか、俺の上に乗ってる?
「乳もげる。もげる……」
「自分で揉んでるんじゃなくて?」
「違うわ……てか、ユニットの残骸退けて……苦ちい……」
また、上でゴソゴソしている。
どういう状況だ?
「うわ〜! 血まみれじゃん!」
「え? わわわ!」
誰かが飛び退いた。
そして、視界が一気に眩しくなった。
「イリーナ、怪我は?」
「私は大丈夫」
沈黙の間があって、話しかけられた。
「あの〜、生きてます?」
「息してるけど、死にかけ?」
「物騒なこと言わない! プロイセナーデ、治癒魔法」
「……イリーナがしてよ。私、適正無いわよ?」
「ちょちょちょ?! 私だって無いんだよ?!」
面白くも無いコントをされても、今そんな余裕は無い。
返答しようにも、何故かできなかった。
視界もぼやけている。
「プロイセナーデ! 貴女の天使パワーでなんとかならない?!」
「天使パワーなんてものはありません! そんなんで解決したら魔法なんていらないでしょ?!」
「それはそうだけど、今はそれどころじゃ無いでしょ?!」
「イリーナ! それはそうだけど、後ろの火事もどうにかしないといけないのよ?!」
「水魔法はイリーナに任せなさい! あとはその人を頼んだよ!」
「丸投げ?! それはそれでどうなのよ!」
駆け出す足音が聞こえた。
なんと切り替えの早いコだろうか。
「ふぇ〜、どうしましょう。無理難題だよ〜」
そこで、俺の意識は途切れた。
顔を覗き込んできた彼女は、天使のように美しかった。