ヒーロー戦線
今回は短編です。
黄みがかった白髪に赤い目、白い肌。染めて無いしカラコンだってつけていない。もちろんファンデーションだって。全て自前のものだ。医者が言うには先天性なんちゃらというものらしい。
生まれつきのものだから仕方ない。けれど周りはそうは思ってくれない様で。
『何その髪の毛。校則違反ー。黒染めしろー』
『その目玉気持ち悪りぃんだよ』
『ファンデーション塗って「私可愛い」ってか!キャハハ!』
昔から何度も何度も繰り返された暴言。昔はそう言われる度に泣いた。けれど泣けば泣く程暴言は加速する。だから私は常にマスクをして表情を隠した。
中学に入り、私はそんなものと戦う事を決意した。暴言を言われれば言い返す。時には手を出す事だってあった。
けれど、それらは全て私から手を出したという事になった。私に貼られたレッテルは『問題児』、『不良』。私の見た目からか、親が水商売をしているという噂からか……。
私はもう全てを諦めた。私が幸せになれる道など無いのだと。人間なんてこんなものなのだと……。
公園でジュースを飲んで時間を潰す。それが私の日課だ。家に帰っても誰もいない。シングルマザーの母は水商売で出かけている。
外にいても同じ事なのだが、あの息の詰まる様な空間になるべくいたくないのだ。
今日もそうしていた。ぼーっと景色を眺めているともうすぐ夏だというのに長袖長ズボンに赤いマフラーを巻いた小学生位の男の子がいた。小学六年生位だろうか。
「(暑くないのかな)」
冬に半袖短パンの小学生をたまに見かけるが、その逆バージョンだろうか。
その男の子はこちらに向かって来る。私は気まずくなって男の子から目を離した。すると……
「とうっ!ヒーローコーターマン参上!君、お友達は?もし一人ならぼくがお話相手になろうじゃないかー!」
「は?」
中学二年の初夏、私はコウタと出会った。
「君、お名前は?」
「(何こいつ……)」
私は突然の出来事に戸惑った。
「(『ヒーロー』って言ってたわね……。ヒーローごっこでもしてるのかしら……?)」
「ぼくはヒーローコーターマン!地球の平和を守る為に日々活動している!」
「(……帰ろう)」
私は鞄を持つとその場から立ち去った。
だが……次の日も……
「ヒーローコーターマン参上!ぼくとお話しないかい?」
その次の日も……
「ヒーローコーターマン参上!君、寂しくはないかい?」
『ヒーローコーターマン』は私の前に現れた。
「ヒーローコーターマン……」
「ああもう!毎日毎日うるさいな!話しかけないでくれる?」
私は年下相手についにキレた。
「ヒーローコーターマンは一人でいる子をほっとけない!」
「ほっといてよ……」
私はジュースの缶を握りしめ、ジュースを一気飲みするとその場から立ち去った。
だがコーターマンが諦めてくれる事は無くそれからも毎日毎日話しかけてき、ついに私が先に折れた。
「……で、コーターマンさんは何を話したいの?」
「おお!お話してくれるのかー!」
「こう毎日話しかけられちゃウザくてしょうがない」
「君の名前が聞きたいな!」
コーターマンは私の言葉を聞いているのかいないのかそんな能天気な事を言ってきた。
「一ノ瀬 律(イチノセ リツ)」
「なら『りっちゃん』だな!」
「いきなりあだ名呼び……。そういうあんたは?」
「ぼくはヒーローコーターマン!」
「いやそうじゃなくて……」
「……またの名を『福田 幸汰(フクダ コウタ)』。内緒だぞ……」
コーターマンことコウタは小声で言った。
「……」
「……お話しないのかー!?」
「やっぱり話さないと駄目なのね……」
「りっちゃんとお話するためにぼくがいる!」
何を話そうか……。悩んでいるとコウタの巻いている赤いマフラーが目についた。
「あんたそれ、暑くないの?」
私はマフラーを指差した。
「暑い!」
「あ、暑いんだ」
「でもヒーローコーターマンはこれくらいじゃへこたれないんだぞー!」
コウタはえへん、と胸を張って言った。
「ヒーローだからつけてんの?」
「ああ!母ちゃんの形見でヒーローの『しょうちょう』だからな!」
「あんた母親いないの?」
「うん……。でも父ちゃんがいる!」
「そう……。私は逆よ。父さんがいなくて母さんがいる」
ほぼ初対面の相手にこんな込み入った事を話してしまったのはどうしてだろう……。きっとコウタが年下で、底抜けのバカだからだろう。私は、久々に警戒心というものを張るのを忘れていた。
次の日もコウタは公園に来た。
「りっちゃん、お話しようじゃないかー!」
「はぁ……」
私の自由の時間はこいつに奪われた。仕方ない、ジュースを飲む代わりにこいつと話すしかない。
「あんた、毎日毎日私に話しかけてくるけど、放課後遊ぶ友達とかいないの?」
そう言うとコウタは急に表情を曇らせた。
「……ヒーローは孤独なもんなんだ」
だがそれも一瞬の事で直ぐにパッと表情を明るくさせた。
「そういうりっちゃんはどうなんだー?」
「いる訳ないでしょ。人間なんて大嫌いよ」
「そうなのかー……。でも、ぼくが来たからにはもう安心だぞー!」
「何がよ」
「ぼくがお友達になるからりっちゃんはもう孤独じゃない!」
「ならあんたもじゃない」
「えっ」
コウタは一瞬固まった。
「あんたが私の友達になるってんなら、私もあんたの友達って事じゃない……。嫌ね……」
「な、なるほど……!そういう考え方もあるのかー……」
コウタは目から鱗という様にその考えに驚いている様だった。
「さあ、今日は何の話をするの?」
「えっとなー……」
次の日もまた次の日もコウタはやって来た。そうして私と話をする。それが私の日常となった。
最初はウザくてしょうがなかった。けれど最近はそれが楽しみになってきた。
「コウタ!今日は何の話をする?」
「えへへ、実はなー、じゃーん!算数のテストー!」
「わっ!凄い!80点じゃん!」
「えへへ~」
私達はたあいもない会話を毎日した。……それが、ずっと続くと思っていた……。
ある日の公園に向かう途中……
「(今日もコウタと何の話をしよう……ん?)」
「この年になってもヒーローごっことかバカじゃねーの!」
小学生の集団がよってたかって中央でうずくまっている誰かを蹴り飛ばしていた。……よく見るとそれはコウタだった。
「何してんのよ!」
私が声を荒げると小学生達は驚いて蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「コウタ!?大丈夫!?」
私はコウタに駆け寄った。
「あ……りっちゃん……。りっちゃんが助けてくれたんだな……。ありがと……」
コウタはそう言うと気絶した。
「コウタ?コウタ!?」
私はコウタを担ぎ上げると、いつもの公園のベンチまで行ってコウタを寝かせた。そして近くのコンビニで救急セットを急いで買って来た。
「(コウタ……ごめん!)」
私はコウタの上半身の服を脱がせた。そこには痛々しい程の痣だらけの姿があった。
「(酷い……。けど……小学生にやられたにしては痣が酷い気がする……)」
コウタの治療をしていくと……腕に根性焼きの様な怪我があった。
「(これは……小学生の苛めじゃないわね)」
「んん……」
「起きた?」
コウタの治療をしてしばらくするとコウタが目を覚ました。
「あ!りっちゃん!あはは……カッコ悪いとこ見せちゃったな……。みんなを助けるヒーローが助けられるなんてまだまだだな……。」
コウタは力無く笑う。
「それだけじゃないでしょ」
「え?」
「全身の痣にタバコの焼き跡……。同級生からの苛めだけじゃないでしょう」
「な、何の事かな……」
コウタは目を泳がせた。
「誤魔化さないで」
「……」
「誰にやられたの」
私が問い詰めるとコウタは観念したかのように小さな声で言った。
「……お父さんに、やられたんだ」
「(やっぱり!これだから大人は、人間は……!)」
「でも、仕方ないんだ!それはぼくがお父さんをまだ助けられてないからで……。ぼくがヒーローとしてまだまだだから……」
コウタはそれでも的外れな反省をしている。私はその姿に腹が立った。
「ヒーローヒーローってバカじゃないの?そんなの本当のヒーローだって救えない!」
私がそう言うとコウタはキッと私を睨み付けた。
「ヒーローはぼくの憧れだ!バカにするな!!」
コウタはそう言うと公園の外へと駆けて行った。
私は、"本当のヒーローだって根っからの悪人は救えない"という意味で言ったのだが、きっとコウタは"ヒーローをバカにされている"と受け取ったのだろう。
だが私は腹が立ってコウタを追いかけてその意味を修正しようという気にもなれなかった。
……あれから半年。コウタが公園に来る事はなかった。私はジュースを片手にまた暇を潰す日々を過ごしていた。
変な意地を張らずに追いかけていたら違う未来もあったのかな……。
コウタ……大丈夫かな……。虐待されて酷い事になってないかな……。
私はいつもコウタの事を考えていた。
そうして新学期が始まった。私は新しいクラスのリーダー格の女子達に校舎裏に呼び出されていた。新学期になるといつもこうだ。ああ……面倒くさい……。
「あんたが生意気な一ノ瀬って奴?」
「だったら何よ」
「噂通り生意気ね。そんな態度二度ととれない様にボコってやるよ!」
「面倒くさ……」
「は?おい、あんたら!やるよ!」
そんな時。赤いマフラーを巻いた影が見えた。
「とうっ!ヒーローコーターマン参上!そこの君達!悪い事はしちゃ駄目だー!」
声も変わっている。身長も伸びている。同じ学校の制服も着ている。だけどわかる。コウタ、コウタだ。
「え、何コイツ……ヤバくない……?」
「悪い事はしちゃ駄目だぞ!」
コウタは指差して言った。
「ちょ……もういいわ……行こ……」
女子達は変な奴が来た、とばつが悪そうに去って行った。
「コウタ……コウタっ……」
私はボロボロと涙が零れてきた。
「あの時、言い方っ、ごめ……」
そんな私の謝罪の言葉にコウタはこう返してきた。
「ううん、りっちゃん。ぼく、あの後多分勘違いだって気付いたんだけど気まずくて会いに行けなくて……ぼくこそりっちゃんを一人にしてごめんなさい。相手を泣かせるなんてやっぱりぼくはヒーローとしてまだまだだなぁー!」
コウタは自分に呆れた様に眉を下げた。
周りの環境はまだ何も変わっておらず、傍から見ればまだまだ可哀想な二人ですが、当人達にとっては信頼出来る友達が互いに出来た事が大きな一歩。
これからも互いを思いやりながら二人仲良く助け合っていくことでしょう。
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