入学式
こんにちは、初めまして。
3作品目です。
これ以上は作品は増やさないのでこの3つで頑張っていきます。
『恋は盲目』
イギリスの劇作家、シェイクスピアの作品が発端となり世界に広がり尽くしたこの言葉は、多くの文芸作品に使われた。
しかしこの時代、この世界に於いてこの言葉の価値は大きく損なわれている。
多くの謎と多くの神秘が解体され、世界の全てが解明された2080年において最後に残った神秘が我々人類をディストピアに招く。
それこそが2040世界転換期事件。
この事件は人類に一つの枷を残していった。
愛と罰、人類の罪業、退化の始まり、発展した文明の抑止力・・・・・・
様々な言葉で例えられたその事件につけられたもう一つの事件名こそがその全てを物語った。
とある神の名をつけられし存在を冠する事件名。
つまり「クピド事件」。
恋の神の名をつけられたその事件の概要が、つまるところ…謎の存在によって世界から恋と愛が奪われたというものである。
その謎の存在は今も尚、世界で蠢き続けている。
そんな世界を例える言葉として多くの理解を得たものがある。
『愛の欠如こそ、今日の世界における最悪の病です』
マザー・テレサ。偉大なる彼女の残したこの言葉はまさに今の世を的確に捉えた名言として幅広く伝え聞かせられている。
2080年4月、熊本岩泉高校。
高校1年の春、入学式を終えた学生を待っていたのはクラスメイトとの自己紹介ではなく学校案内でもなく、道徳教育だった。
ただ教室の誰も驚く様子は見せない。
もうすでに誰もが、高校生になった俺らですらも通った道であった。
「はじめまして、皆さん。この春入学おめでとうございます。入学したばかりではありますが、今から課外授業“愛徳”を始めます」
愛徳、それは2060年に政府が定めた新しい道徳科目である。
2060年から2080年の今に至るまでこの科目が続けられてきた理由は更に昔、約40年前の2040年に生まれていた。
「愛徳とは皆さんの愛や恋などの好意感情を学習し、死なないようにする科目となります。このあたりはもう既に小学、中学校で学習していると思います。高校では更に深くこの科目について学習していくこととなります。それでは今日は基本的な所からおさらいしていきましょう」
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課外授業が終わる事でようやく学生達の自由時間となり、自己紹介の時間ともなった。
「出席番号 1番 宮本大地です。趣味はサッカーです」
「出席番号 2番 道長鈴香です。趣味は読書です」
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クラスメイトの自己紹介が終わるまでは暫しの時間が掛かる。
よほどの田舎でもない限りこれは絶対の法則である。
だからこそ様々な反応が此処なら分かる。
自己紹介を聞かずに隣の人に話しかける人がいる。
早速教科書に目を通し始める人もいる。
中には春の陽気に当てられて微睡む人もいる。
また、人間関係の新しいスタートを成功させようとして必死に名前を覚えようと躍起になる人もいる。
そして…逆に誰とも関わらず誰にも興味を持たないように必死に耳を背け続ける人すら
居る。
「おい。おい……」
そしてそんな人にも順番というのは必ず回ってくる。本人が嫌がろうとも口にして皆んなに伝えなければいけない時はやって来てしまうのだ。
「おい!次お前だぞ。」
ガタッ、ザワザワ。
注意されたからか皆んなの視線が集まり一挙一動に反応される。
「あ、えっと…宗一 宮都です。…趣味はない、です。はい」
視線が突き刺さる。
まるで“そんな変な名前なのにそんだけしか言わないつもりなのか?”と言わんばかりの嘲笑と疑念と憤りの感情が視線に乗って突き刺さる。
無言が続く現状を打破できるとしたらそいつはとてつもなく空気が読めない変人だろう。それかもしくは心優しい人間かのどちらかしかない。
「ねえ」
突然聞こえる2文字。
それは俺に向かって放たれた言葉かそれとも教室の全員に向かって放たれた言葉かは分からない。
ただ一つ言える事はこの教室の流れを彼女が掴んだということだけだ。
「次私かしら?…出席番号21番 獅子郷 凛よ」
整って端正な顔立ち。長い髪は雑にゴムで結ばれているにも関わらず、艶のある綺麗な光沢を出している。
そんな彼女も俺と同じ最小限のことしか言ってない筈だが、向けられている視線は全くの別種だった。
興味、期待そして恋。
そんな勝ち組確定の視線を向けられた彼女は何処となく寂しそうに見えてしまった。
まるで…期待通りの反応が来たのにそれを楽しめない抑圧された子供のような。
モラルや法に縛られながらの波瀾万丈なスリルある人生でも望んでいるのか。
そんなモノ、しようと思えば誰だって出来るだろう。
俺たちの首には常に死神が纏わりついて居るのだから。
この世界は異性との恋愛を許容しない。
もし恋が叶ったらアイツが命を奪いにやって来る。
死神として恐れられて居る存在、クピド。
恋が叶った瞬間に現れ瞬く間に命を奪っていくその存在は世界各地に現れる。
何故、いつからは詳しくは判明されていない。
ただ認知され始めたのが2040年。
当時は発達したAI文明が人に余力を持たせ、多くの出逢いがあったとされる。
それはクピドに命を奪われた人達が最も多かった時代とも言えた。
世界中で多発する不可解な殺人事件。
原因も加害者も判明していなかった当時はまだ恋愛が当たり前に行われてしまっていた。
多くの人の命が奪われた後、1本の動画がクピドを撮らえて世界中を激震させた。
その動画は今でも世界史の教科書に載っている。
それから15年。多くの学者達が1本の動画と増え続ける被害者の共通点を探し続け、ようやくクピドの発生条件を掴み取った。
それこそが恋愛。
恋の成就する時、死神の鎌は赤き実を切り落とす。
2055年になって人口の約4割が減ってからようやく判明した事実に誰もが思う。
"そんな事で世界は破滅しかけたのか"と。
それから2060年の愛徳制定まで恋愛の禁止は暗黙の了解として人々に認識され、愛徳制定からは暗黙の了解が当たり前の概念となって2080年の現在まで至った。
思春期真っ盛りな学生の色が失われた現代においてスリルは意図も容易く手に入る。
そんな期待した何かを探しているような彼女に見惚れる者は居るが、基本的に関わる気のない俺は明後日の方向を見て自身の中の興味の色を消そうと心を鎮める。
しかしどうやら俺は、彼女に恋をしてしまったようだ。
一目惚れというやつをした俺の頬は温かい。
顔は赤くなっていない事を願う。
最初の課外授業以外に碌に授業もない入学日は早く家に帰る。
学校という不特定多数と関わる箱庭から抜け出そうとするが意外な所から"待った"が掛かった。
「ねえ、宗一くんだったかしら。話があるの」
獅子郷 凛。
彼女からの呼び止めに素直に応じたことが俺の人生の始まりだったのかもしれない。
「何か用ですか、獅子郷さん。俺急いでいるんですけど」
「直ぐに済むわ。宗一君、率直に言って私と付き合わない?」
「はぁ?」
俺の心臓は鼓動を加速させる。
それと同時に返事をする。
「お断りします」
「なんでよ。別にいいでしょう」
「良くありません。何故俺に?」
ここで恋をしているという事を言えば全ては終わるだろうが、言う気にはなれなかった。
意地、プライドだろうか?
「クラスの中で一番私に興味がないように見えたからよ」
「理由にはなっていませんよ」
「せっかちね。私、交際してみたいのよ。でも周りの男子はみんな私に惚れてしまうから。人の命を奪ってでもしたい事かと言われると否定はするけど、憧れはあったのよ」
こんな世界では皆妥協して生きている。
だからこそ手を伸ばす人だっている。
彼女もまたその1人だというのか。
「俺はお断りします。1人でいる事を気に入っているので」
「後悔するわよ?」
「しません」
手を伸ばす者がいれば手を降ろす者もいる。
いつか彼女だって気づくだろう。
妥協しながらも手を伸ばそうとした末路に何が待っているのか。
「待って、最後に1つだけお願いがあるわ」
「なんですか」
「連絡先、交換しない?」
この程度の妥協なら、クピド様も許してくれる筈だろう。
返事は口ではなく手の平のスマホが物語っていた。
「はあー、疲れた。危うく死ぬところだった。危ないな」
入学式で死んではニュースのいい的だ。
結ばれた瞬間に目の前の男が死んだら流石に獅子郷は悲しむだろう。
トラウマにもなって鬱になるかもしれない。
他人の最悪の未来を考えてしまっている時点で俺も充分鬱かもしれない。
とにかくこれでクピドに会う事はないだろうと思い、自宅のベッドに寝転がろうと窓を閉めようとして気付く。
窓に映る自身の背後に写るクピドに。
振り返るが誰もいない。
幻覚か、呪いか。
幼き日の恋が再度俺に問いかけてきているというのか。
また受け入れるのか、あの時と同じように。無垢で無知なあの子の恋を受け入れたあの時のように。
ガンと窓を叩く。
幻想は幻想でしかない。
あの日の悪夢はあの日に置いてきた。
クピドは消える。
ただ消える直前に顔が笑っていた。
また来るよと言いたげな無邪気な笑みを浮かべていた。
「くそったれが…」
クピド:2040年に存在が確認された謎の存在。いつ何処で生まれたかは不明だが、判明はしている時点で恋が結ばれた人を殺しまわる。出現場所は世界各地。噂では月ですら現れる。