許諾書
弾む胸を押さえながら、父の書斎の扉をノックする。
「私──アリサです」
「ああ、アリサ。入りなさい」
重い扉を開き、書斎に入る。父は、机の上の書類から顔をあげて私を見た。
「どうしたんだい? 急に。今日は、アマーリエ嬢のところに遊びに行っていたのではなかったかな」
「ええ。とても楽しい時間を過ごしました」
私が頷くと、父は首をかしげた。だったら、なぜこんなに早く帰ってきたのか、と考えているのだろう。
「お父様、お願いがあるのです」
「新しいドレスか宝石かな? アリサは可愛いからどんなものでもきっと似合うよ。用意させよう」
そう言って、今にもベルを鳴らして使用人を呼びつけそうな父を止める。
「ドレスも宝石も要りません。私が、魔法学園に通うことを許可していただけませんか?」
魔法学園は、貴族の子息子女まれに魔力をもって生まれた庶民の12才から15才までならいつでも入学できる。
私は、もう12才だ。つまり、手続きと、父の許しがあれば、入学することができるのだ。
「……随分と、唐突だね」
父は、ペンを落とした。そのペンをゆっくりとした動作で拾ってから、ごほんと咳払いをする。
「魔法師の資格なんてなくても、アリサは幸せになれるよ」
事実、以前の私は魔法師の資格を持っていなかった。でも、幸せになれただろう。あのまま本当にルーカス殿下と結婚できたなら。
──けれど、そうはならなかった。
「私は、女です。ウィルシュタイン家の跡取りには弟のユストがいます。ですから、いずれこの家を出なければならない」
魔法師や魔法騎士になれば、城で雇ってもらうこともできる。私は、自分の身を自分で養うことができるのだ。
「それは……そうだね。だから、アリサには、幸せな結婚ができるように、お父様とお母様は考えているんだよ」
父の目は、穏やかだ。本当に私を愛しているのだと錯覚してしまいそうになるほど。けれど、違う。愛してはいても、この人は、私を裏切るのだ。私のほしい繋がりじゃない。
「どうしても、お許しをいただけませんか」
魔法学園では、魔獣科という、科があるように、通った結果、死に至ることがある。だから、親の許諾証が必要不可欠なのだった。
じっとダークブラウンの瞳を見つめる。
すると、急に父はああ、そうか。といって、笑い出した。
「私はてっきりマリウス殿下かと思っていたが。アリサ、お前はルーカス殿下を好いているのだろう? だから、ルーカス殿下と近づきたくて、急に魔法学園のことを言い出したんだね?」
全く違う。確かに、以前の私は、ルーカス殿下に恋い焦がれていた。ルーカス殿下が魔法学園に通っていた間、毎日のように手紙を書いた。でも、今の私は、そうじゃない。私は私の意思で、魔法学園に通いたいのだ。
「違います! 私は──」
「わかっているよ。好きな人に近づきたいと思うのは、自然な感情だ。魔法学園といっても、植物科あたりだろう?」
そういうと父は柔らかく微笑んだ。
「許可しよう」
そう言うが早いか、さらさらと許諾証を書き終えてしまった。
「学園は、全寮制だ。けれど、夏期休暇や、冬期休暇には、必ず家に帰ってくるんだよ」
「……はい。ありがとうございます、お父様」
本当は、魔獣科に入学することは伏せておく。いずればれてしまうことだとしても、今は何としても、許諾証を手に入れたかった。
以前の父と母は、私を見捨てたけれど、今の彼らから何かをされたわけじゃない。それをわかっていながら、嘘をつく。
親不孝な娘だと思う。自分勝手だとも。
それでも、私は『幸せ』になりたかった。