もう一度、ここから
「リサ……アリサ」
誰かが私の名前を呼んでいる。ここは、死後の世界だろうか。だったら、私は間違いなく地獄に落ちたのだろう。
「……ん」
ゆっくりと瞬きをする。すると、私の目に映ったのは、見慣れた天井だった。
「!?」
どうして。私の認識が正しければ、それは死後の世界のものではなく、ウィルシュタイン侯爵家にある私に与えられた一室のものである、はずだった。
思わず、がばりと体を起こす。
すると、顔を覗き込まれた。
「ああ、アリサ目覚めたんだね、良かった」
ダークブラウンの瞳が嬉しそうに細められる。
「……おとう、さま?」
それは、か細く幼く頼りない。だけど、声が出る。喉は焼かれたはずなのになぜ? そのことに衝撃を感じながら、目の前の人物を見つめる。間違えるはずもない。そこにいたのは、私の父だった。辺りを見渡すと、母もいる。
「どうして。私は処刑された、はずでは……」
混乱しながらなんとか、その言葉を絞り出すと、母は、私に駆け寄り抱きしめた。
「まぁ、可愛そうに。アリサちゃん、怖い夢を見たのね」
「夢……?」
抱き締められた腕は、暖かい。
「ひどい熱だったのよ。でも、目覚めてよかった」
そういって、ぎゅっと、抱き締める腕に力が込められた。
けれど、反対に私の心は冷めきっていた。
──あれが、夢?
私が、嵌められたのだと気づいたとき。真っ先に助けを求めたのは、父と母だった。けれど、彼らの行動は迅速だった。
良好な関係を築けていると思っていた。私は父と母を愛しているし、彼らも私を愛していると。
実際、愛されては、いたのだろう。たぶん。けれど。
ウィルシュタイン侯爵家に被害が及ぶ前に、親子の縁を切られたのだ。当然、侯爵家からも除籍された。貴族としては、実に真っ当な判断だろう。実際そうしなければ、侯爵家の存続に関わる。
でも。
抱き締められた腕が急に気持ちの悪いもののように思えてきてしまう。
悪いのは嵌められてしまった愚かな私。わかっている。頭ではわかっているのに。それとも、もし、私がもっともっと、家族に愛されるような人間だったら、すぐに親子の縁を切る前に、冤罪を晴らそうと奔走してくれただろうか──。
「アリサちゃん?」
「ごめんなさい、お母様。まだ、体調が優れないの」
そういうと、母は、なにかを察したのか、腕の拘束を解いてくれた。
気持ち悪さがなくなって、気分が少しだけ楽になる。
「そうだよ、アリサ、今はゆっくり休みなさい」
そういって、再びベッドの上に横たえられ、目を閉じる。
目を閉じながら、考える。
──あれは、夢なんかじゃない。あの瞬間、確かに私は死んだのだ。
けれど、今の私は生きている。死んだときよりも、幼い姿で。
何一つわからないけれど。
それならば、私が願うのは一つだけ。
今度こそ──。