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プロローグ

「アリサ」

いつも澄みきったルーカス殿下の青い瞳が、私を捉えると柔らかく細められるのが、好きだった。私たちのこの婚約は政略のもと結ばれたものだとしても。そこに恋情は見られないとしても、信頼は確かにあるのだと感じられたから。


 それなのに。


 「げほっ、ごほっ」

あまりのカビ臭さに咳き込んでしまう。肺からカビの胞子に侵されていく気がする。私は侯爵令嬢という地位を剥奪され、地下牢に入れられていた。寒い。暗くて何も見えない。


 ふと、ちらちらとした灯りと共に、かつん、かつん、と音がした。革靴の音だ。誰だろう。今日の拷問は先ほど終わったはずなのに。その音に、俯いていた顔をあげる。


 顔を上げると、とてもよく見知った人物だったことに気づく。ランプの灯りに照らされて、青い瞳の中に光がゆらゆらと揺れていた。けれど、そこにかつてのような慈しみは感じることができない。そのことが、とても悲しい。


 「なぜ。なぜ、私を殺そうとしたんだ……!?」

その顔は確かに怒っていたのに泣きそうな、声だと思った。


 ――私、アリサ・ウィルシュタインは、ウィルシュタイン侯爵家の長女であり、アイリア王国王太子ルーカス殿下の婚約者だった。


 「権力が欲しいなら、あと一月だっただろう!」


 そう。ちょうど一月。一月後には、私たちの結婚式が行われるはずだった。ずっとずっと慕っていたルーカス殿下との結婚。


 けれど。それは、破談となった。


 私がルーカス殿下を暗殺しようとしたことによって。


 これは、政略のもと結ばれるはずだった婚姻だ。王太子の妻に相応しい貴族の中で一番丁度良かったのが、私。でも、私が一番丁度いいだけで私じゃないといけないわけじゃなかった。ルーカス殿下の代わりは誰もいないのに。できないのに。私の代わりはたくさんいたのだ。


 だから、努力した。誰からも不釣り合いだと嘲笑されないように。


 何か国語もその国の歴史も頭に入れた。ただの頭でっかちだと思われないように、貴族としての嗜みである。ダンスや刺繍、音楽にも手は抜かなかった。


 ルーカス殿下の婚約者である続けるためには、失敗は許されなかった。私が失敗した暁には、次の『私』が列をなしていたから。


 けれど、私は失敗した。最後の最後で、失敗したのだ。


 嵌められた。


 ルーカス殿下に刺客が差し向けられ、捕らえられた刺客は私の名を吐いた。それだけなら、よかったのに。


 「そんなにマリウスが良かったか? 私は貴女がマリウスを慕っていたなんて知らなかった」

第二王子であられるマリウス殿下に私が懸想しており、ルーカス殿下との婚姻を嫌がっていたという噂。


 マリウス殿下とは、将来の義弟君としての交流はあったが、それだけだった。


 けれど。その他にもたくさん、私がルーカス殿下の死を願っていた証拠が出てきた。言い逃れもできないほどに。

「――貴女に信頼されていたと思っていた。けれど、それは私の思い上がりだったのだな。何とか言ったらどうだ!」


 違う。違うのだと、そう言いたかった。私が、貴方を害するはずない。誰よりも貴方を慕っている私が、貴方を。


 けれど、既に何も吐かない喉なら必要あるまいと、喉を焼かれた私が声を発することはなかった。ただ、ひたすらにルーカス殿下を見つめることしかできない。


 どうして。こうなる前に。どうして、もっと早く貴方に伝えなかったのだろう。私は、初めて出会ったときからずっと貴方を愛していると。女である私から、想いを伝えることははしたない。そもそも、政略結婚なのに、勝手に好意を抱いているなんて迷惑にならないだろうか。なんて、考えないで。


 もう、どうにもならない後悔が胸の中を渦巻いた。この目から貴方に伝わればいいのに。


 けれど。何も言わない私に焦れたルーカス殿下は、ひとつ舌打ちをすると、踵を返していった。


 ――これが、私の愛した人とした最後の会話だ。







 ドンッ、と蹴られながら進む。顔に布がかけられているため、前が見えず、歩きづらい。歩く度に足に着けられた鎖がじゃらじゃらと跳ね、足に当たった。


 何とか階段を上り、断頭台の上に上がった。


 すると、処刑人が高らかに私の罪状を読み上げる。


 「王太子ルーカス殿下を害そうと否、殺そうとしたことの罪は重く、情状酌量の余地はない!」

観衆から殺せ! と声がした。その声と同時に石が投げつけられたのがわかる。


 一人が声を上げたのを皮切りに、殺せ! 殺せ! とコールが続く。


「――よって、死罪とする」


途端に観衆がわっと、沸いた。中には口笛を吹く者もいる。


「最期になにか言い残すことは、あるか」


 処刑人が私に尋ねる。けれど、喉を焼かれた私に、言えることはない。首を横に振ると、そうか、ならばよし、とギロチンの刃が落とされる。


 最期に誰かが、泣きそうな声で、私の名前を呼んだ、気がした。




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― 新着の感想 ―
[一言] この王太子は脳みその代わりにクソが詰まってるんだな やはりキャラが無能なぼんくらじゃないとこの手の話は始まらない
2021/05/21 19:43 退会済み
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