第8話 追求する者
1日目の夜。
残りハヤト179日。カナ181日。
木々をかき分け、森からひょっこり出て来たのは、狼にしては大きく、熊にしては可愛いサイズのよく知っている人だった。
「マービンさん!」
「よぉけ、フェリシア!!」
現れたのは、小さなランタンと長銃を持った猟師のマービンさんだ。
警戒するバレーヌさんに私は、村の方ですと伝える。
フェリシアは暗闇の中、慎重に素早く岩を降りて行く。
マービンさんが慌てて近くまで来てくれて、ランタンで足元を照らす。
「どうしてこんな所に?」
「そいは、こっちの言葉や。おめぇさんを探して…まぁえぇ。よぉけよぉけ。」
「ハヤト様とカナ様が助けてくださったんです!」
「…ハートとカナちが?おぉ!おめぇがの事か!!」
そう言えば名乗ってなかったなと思いながら、私達も岩を降りてマービンさんの元へ。
「マービンさん!」
「本当よぉけやってくれた!フェリシアをあんがとうな。」
「へへ。」
コバヤシ君がヘラヘラしているが、実際頑張ったのは彼なので何も言わない。
それより気になる事が。
「マービンさんはずっと森の中に?」
「ん。連れ去られたってきいちから、村のモンには村道頼んで、おいは森の中を探した。山をぐるっと回っち、帰る途中におめぇさ見つけたんだ!」
「マービンさん!!」
嬉しそうにフェリシアが抱きつく。マービンさんは笑顔になりつつ、汗臭いから離れてくれちと叫ぶ。
これだけ見れば、親子の再会に見えなくもない。
マービンさんがいれば、夜道でも村に戻れるかもしれない。しかし、一つ問題がある。
フェリシアを剥がしたマービンさんが、肩に担いでいた長銃に触れながら、私達の奥を見る。
「んで、そいつは誰や」
「この人は…」
コバヤシ君と目が合う。何と言えば良いか?
本当の事を言ったらどうなるか分からないし、嘘をつくにも口裏も合わせてないし、フェリシアかバレーヌが否定したら良からぬ疑いを持たれかねない。
緊張感が走る中、
「橋から落ちかけた私を、助けてくれた人です。」
フェリシアが一言そう言った。
何度も頭の中で反芻する。肝心な所は伏せてあるが、どちらの立場で考えても間違っていない。
フェリシアは振り返りもう一押し。
「助けてくれてありがとう御座いました、バレーヌさん。」
「え、えぇ…貴女に怪我がなくて良かったわ。」
「…まぁそうけ。バレーヌさん、あんがとな。」
「いえ、たまたまです。」
さてと、と仕切り直して、マービンさんが笑顔に戻る。
「腹減っちゃるかもしれんが、我慢ばしてくれ。帰るべ!」
「いやったぁ!…よく考えたら今日何にも口に入れてない んだよな。」
私はチラッとフェリシアを見て、
「フェリシアのお茶は口に入れたわ。」
「もぅカナ様のいじわるー!」
ポカポカ叩いて来る天使に、私はヨダレが出そうだ。
しばらくは、このネタで弄ってやろうかと思う。
「…そうけ。友達できたんな、よぉか。」
「友達?…カナ様、私達は…」
「友達よね?私は友達になりたいわ。」
何かボソボソ小さな声が聞こえて、そのまま抱き付かれた。
危うく昇天しそうになる。…幸せだ。
和やかな空気になったところで、マービンさんが行くべと歩き出そうとした時、
「あ、あのその前に…少しお時間を頂けないでしょうか?」
「バレーヌさん、どうかしなったか?」
私達を止めたバレーヌさんが、そっと私に顔を近づけて来て小声で一言。そのまま岩の裏に小走りで消える。
「な、なんじゃ忘れもんか?灯りはいらんけ?」
追おうとするマービンさんを、私とフェリシアが両手を広げて止める!
「ダメです!」
「大丈夫、すぐ戻って来られるので!」
「お、おぅ?」
「トイレだろ?」
コバヤシ君のデリカシーの無い一言に、私とフェリシアの蹴りが炸裂する。
「や、やめろフェリシア!ちょっカカナ!!本気だろ!!?」
などとやっているうちに、バレーヌさんが戻って来る。
コバヤシ君が恨めしそうな顔をしているが、君が悪いんだからな!と注意しておく。
こうして私達は、村へ帰るために歩き出した。
□□□
空が白み始めた時刻。谷底に4人の人影があった。
崖上から懸垂降下したのか、岩壁には2本のロープが長く垂れ下がっていた。
「…隊長、見つけました。」
部下の一言で、他のメンバーも集合させる。
案内されて場所は、大岩の側面に隠すように置かれたチェーンメイルと小弓。装備ベルトにはナイフも入ったままだ。
間違いない、彼女の持ち物だ。
「血痕なし。もしかしたら生きているかもしれません。」
「希望的観測はやめておこう。彼女は武装解除していると言う事実のみ受け入れよう。」
「安否は依然不明と。」
「隊長、メッセージがあります。」
ルーがチェーンメイルをどかすと、その下にナイフで彫られた一文字が。
「一文字、村か…。」
「隊長、こいつは…生きてるって事じゃないか?」
「これだけじゃ何とも言えない罠の可能性もある。…だが向かうしかない。」
私達は彼女の装備を回収し、またあの村へ向かった。
□□□
朝目覚めるとベッドの上にいた。
昨夜は、体力も気力も限界の状態で村に着き、マービンさんの案内で村人の家に預けられた。
世話をしてくれたのは、昨日フェリシアの誘拐をいち早く教えてくれた、ペグスさんと言うおばさんだった。
朝起きると、水浴びと着替えを提供してくれて、朝ご飯までご馳走になった。
食事中にペグスさんから、カカナも別の家にいると言う事を教えてもらい、向かいが来るまでペグスさんのお子さんと遊んで待っていると…
「ハートくん。来たで!」
「マービンさん!」
「よぉねれたけ?」
「爆睡でした!」
「そりゃよぉか。神父様がまっちょるけ、教会へ行ってくれんか。」
「分かりました!」
そのまま出て行こうとして、俺は慌ててペグスさんに感謝を伝え、坊やに別れを告げた。
走り去るハヤトを見送りながら、マービンはペグスに話しかける。
「…どじゃった?」
「どうもこうも、礼儀正しい子だったよ。うちの子の面倒も見てくれたし、悪人には見えないよ。」
「そいか。…悪かったな面倒い事頼んでしもうて。」
「良いんだよ。…上の子が帰ってきたみたいで楽しかったわ。」
「そいか…。」
ハヤトを見送るペグスの顔は、優しく寂しい眼差し。
マービンはそれ以上は何も言わず、教会へ向かった。
ハヤトが教会に到着すると、講堂に神父様とフェリシア、カカナがすでに待っていた。
「おはようカカナ。」
「おはようコバヤシ君。」
神父様とフェリシアにも挨拶を済ませたところで、マービンさんが教会に入って来る。
「わりぃわりぃ問題ねぇ、始めてくんろ。」
何が問題ないのか分からなかったが、神父様が咳払いして注目を集める。
「皆さんをお呼びしたのは、お伝えしたい事があるからです。実は、昨夜皆さんが出会った人物、バレーヌなる女性は…誘拐犯の一味の可能性があります。」
その言葉を聞き、フェリシアはきゅっと硬くなり、俺は心拍数が上がったのを感じる。
昨夜、マービンさんに言った嘘を咎められるのではないかと思ったからだ。
「昨夜マービンから、フェリシアを助けてくれた恩人と聞いていましたが、今朝彼女と話したところ…残念ながら、何故そこにいたのか、どこから来たのか、身分すら明かしてもらえませんでした。そこで彼女には今別室で、町から役人が来るのを待ってもらっています。」
つまり警察が来るまで、村で監禁すると言う事だ。
実際、彼女は誘拐犯の一味なのだから、当然と言えば当然だ。
「やはり罰せられるのでしょうか?」
「フェリシア、あなた自身が狙われたのですよ。罰があって当然です。それに他にも仲間がいた可能性があります。」
「神父様、3点質問しても宜しいでしょうか?」
急にカカナが挙手をする。
隣で成り行きを見守っていた俺だけじゃなく、神父様も驚いた表情をしている。
「カナさんどうぞ。」
「もしバレーヌさんが誘拐犯だとして、なぜフェリシアを誘拐したのでしょうか?」
何を言っているんだ。そりゃ誘拐って言えばやっぱり金だろ。
いや待てよ、彼女は孤児だから財産目当って事はないか…何だろう。
神父様は寂しそうな笑顔で答える。
「…あぁ、そう言えばハヤト君とカナさんは、他の国から来たんでしたね。この国では魔法が使える者はとても貴重な存在です。殆どが貴族や国の要職に集中しており、平民には魔法が使える者がいないのです。つまり彼女は…売れば高く買い手が付くんです。」
フェリシアがギュッと拳を握りながら下を向く。
確か彼女もそんな話をしていた。治癒魔法は特に王族の血縁で珍しいとか。
まぁ、あれだけの怪我を治してしまう治癒魔法は、どこの世界でも引く手数多だろう…。
「魔法使いが貴重な存在だという事は分かりました。では、2点目…魔物って、人間に制御できるんでしょうか?」
「カナさん何ですって?」
「魔物なんち、人にどうこう出来るもんじゃなか。どしてそんげ事を?」
チラッとカカナが俺を見る。あぁ、そう言えば…
「俺たちがフェリシアを追った時、アイツらが足止めにオークを呼んだんです。いや、タイミング良く解放した?みたいな。」
「拘束や使役すんには魔法道具が必要やから、そいを扱う魔術師がおるな。」
貴重な魔法を使える人間がメンバーにいる。
それはつまり、ただの誘拐犯と呼ぶにはおかしい。
「なるほど…つまり貴女は、バレーヌが野盗や盗賊の類では無いと?」
神父の言葉に、マービンさんが補足する。
「…カナち、恥ずかしい話になるけ、賊に堕ちた魔術師もまたおる。」
「マービンさんありがとう御座います。では最後に、盗賊は捕まると捕虜になりますか?」
「カナち、何の話ね?盗賊はそりゃ咎人や罪人いうて。」
捕虜?
そう言えば最近このワードを聞いた気がする…
「そうだ昨日、バレーヌさんは『捕虜になる気はない』って言ってた。」
「私も聞きました。つまりバレーヌさんは兵士という事でしょうか?」
「フェリシアまで…何かの聞き間違いでは?」
「神父様、神に誓ってこの耳で聞きましたわ。」
「そこで神父様、どうかバレーヌさんご本人に、なぜ誘拐したのか直接お話を聞けないでしょうか?」
大人に正面切って意見を言うなんて…マジか。
同世代とは思えない堂々とした姿に、思わず見惚れてしまう。
「待ってくれ、君達には感謝しているが話が逸れていっていないか?仮にそうだとしたら、それこそ役人に任せるべきだ。」
神父様は困った顔をしているが、腹の底でグラグラ煮えている感じがする。これは怒りを抑えている大人だ。
俺の感が危険を訴える。
「…カカナ、神父様の言う通りだよ。この国の人達の意見に従おう。」
「…コバヤシ君。」
振り返ったカカナの目は、恐ろしく真っ直ぐだった。初めて会った時より鋭い感じ…これは。
「私達は『何しに』ここに来たの?」
そ、それは…と言いかけた口が固まる。
何しに来たんだ?
まだ昨日の事だが、ずっと昔に聞いた気がする天使の話を思い出す。
何だったか、そうだ確か…魔王を倒す、それは平和の為に。
いや違う、もっと簡単だ。
平和を願う娘が毎日祭壇に来るから、神が仕事をしなくなったんだ。その娘とは…っ!!
「そうだ、フェリシアだ。フェリシアを守らないといけないんだ!」
俺は思わず立ち上がった。
なんでこんなにカカナが突っかかってるのか分からなかったが、目的を忘れていたのは俺の方だ。
「フェリシアを守る為に、バレーヌさんから何故誘拐しに来たか聞かなくちゃいけないんだ!」
「は、ハヤト様!」
嬉しそうな声が聞こえるが、今は神父にのみ目線を向ける。
目線の先でグラグラ煮えていた鍋蓋が、俺の一言で吹っ飛んだ。
「君達、いい加減に…!」
(やべ、怒らした!!)
「よぉか!!」
その鍋蓋を一括で吹き消したのは、マービンさんだった。
「よぉか、聞いてみるて。どうせ役人さ来るまで時間あるしな。」
「…しかし、マービン!」
「相手が来た理由さ分かれば、対処の方法も見つかるて。大丈夫け。わしも見ちょるから何もさせんて。」
そう言ってマービンさんは、教会から出て行った。
最後までご覧くださりありがとう御座います。
当初の予定とは全く違う展開です。
彼らはどこに行くんでしょうか…。