第7話 星空の下で
1日目の夕方。
残りハヤト179日。カナ181日。
「君が…私を?」
目の前にやって来たのは、両脇を少女達から支えられたボロボロの少年だった。
大剣を振い、仲間達と大立ち回りした剣士だが…まさかこれ程まで幼いとは思わなかった。
たが噂では聞いた事がある。魔剣を使う剣士がいる事を。
彼もきっとそうだ…。
「どんな魔法を使ったかは知らないが、私は捕虜になる気はない。」
私の言葉に聖女は睨みつけて来た。まぁ当然の反応だ。
少年と少女は…無言で顔を見合わせて、少女が少年に顎で何か指図をする。仕方なさそうに少年が口を開く。
「…腕は大丈夫ですか?」
「っ!…コバヤシ君そうじゃない!」
「心配しろって事じゃないのか?」
「違うでしょ!もぉ。アナタ…ありがとうは!?」
「は?」
何を言っているのか理解できない。
「この世界には、感謝を述べる習慣がないの!?アナタを助けたのは、コバヤシ君だし、傷を癒したのはフェリシアよ!」
「いや、正確にはカカナが手を…」
「どうしてキミは、そこでそう言うこと言うかな!?」
「何を…?」
「あの高さから落ちて生きてるのよ!何で第一声が、捕虜になるとかならないなの!!」
もしかしてこの子は怒っているのか?
疑問符が浮かぶ私をほっぽって、目の前の2人が余計な事をとか、結果的にとか、なんやら痴話喧嘩を始める。
何が起こっているのか理解できないでいると、渋い顔をした聖女が近付いて来た。
「…アナタの右腕は、落下の衝撃で骨折していました。その程度で済んだのは、あのお2人が身を挺して助けて下さったからです。」
言われて、自分の右腕の筋がキリキリ痛む事を認識する。
しかし、無理をすれば動かせなくもない…骨折?
私が不思議そうにしていると、
「勇者様は重傷にも関わらず、自分の怪我よりアナタを先に治療しろと。…その」
勇者とはあの少年のことか?
確かに満身創痍の感じだ。だが私は…なぜだ?
「…私を助けてくれたんだからって。つまり…ありがとう御座います。」
そう言うと、聖女はプイッと顔を背けてしまう。
暗闇で表情まではしっかり分からないが、モジモジしているのが分かる。
「あ…あはは…」
「ちょっと、笑うなんて失礼ですよ!」
「すまない…いや、すまない。」
身体を少し動かしてみる。異常があるのは右腕だけの様だ。
私は立ち上がると、すぐ片膝を付き頭を垂れる。
「先程は、御身を助け下さり誠にありがとう御座います。感謝を述べるのが遅くなってしまい、申し訳ない。」
3人がキョトンとしている。
「か」
「…か?」
「カッコいい!何それ!…と言うかアナタ」
はしゃぐ少女。その彼女が顔を近くに寄せてくる。
「…やっぱり女性だったんですね。」
「やっぱりってなんですか。」
「触った時、筋肉があったし…でも柔らかったからどっちかなって。」
「これでも私は…」
「私は?」
「…何でもありません。」
危ない危ない。
まだ彼らの素性も何も分かっていないのに、自分から正体を明かすところだった。
多分、隊長達は日の出を待ってこの谷底へ捜索に来るだろう。それまで、彼らの情報でも集めてみようかと思う。
「申し遅れました、私はバレーヌと申します。」
「宜しくバレーヌさん。私は…」
少女が固まる。
「…どうした?」
「カカナ様?」
少年と聖女が不思議そうにしている。
私も、何かまずい事を言ったかと不安になる。
「私は…タナカ・カナ!名前はカナなの…。別に隠してた訳じゃないけど、言うタイミングなくて。」
「カナ様と言う事ですか?」
私にはよく分からないが、彼らは初対面なのか?
取り敢えず、「宜しくカナ」と言っておく。
ちょっと複雑そうな笑顔を浮かべる少女は、隣の少年を気にしている…。あぁ、彼に黙っていた訳か。
「…あのコバヤシ君、隠しててごめん!」
「お、お…」
何だ、怒り出すのか?
「俺の名前も違うんだ!」
「「え、えぇー!?」」
少女と聖女が驚く。
何だこいつら…偽名で付き合っていたのか?
「勇者様…ハヤト様じゃなくて、何と?」
「いや、ハヤトなんだけど、スズキ・ハヤトなんだ。」
「え、コバヤシはどこから来たのよ!?」
「友達がつけた、あだ名だよ。なんかそんなアニメキャラがいるとかって。」
「アダナですか…?」
「なんて言うか、ニックネームって言うか、親しい間柄の愛称みたいな。」
少年が頭を気まずそうに掻く。
「まぁ私のカカナも小学校の頃からのあだ名なんだけど。」
「お2人とも愛称で呼び合う仲だったんですね…」
ぷくっとむくれる聖女。
「いやいや、フェリシアは…良い名前じゃん!」
この少年にフォロー能力は無さそうだ。
「私は初めに名乗った通り、フェリシアです。」
「家名とかは無いの?」
「どうしても必要なときは、フェリシア・デ・リクトールと申します。」
へぇと納得するハヤトとカナに、私は補足する。
「…リクトール村のフェリシアって意味だ。」
「え、それじゃ…」
「私は戦争孤児で、家名が無いんです。…家に入れば家名がつくと思いますが。」
「そっか…ウチに来るか?」
ハヤトの一言に、私を含め女性陣に衝撃が走る。
まず初めにフェリシアが煙を吐いて機能停止した。
「は、ハヤト様ぁ…」
「き、君って、そんな奴だったの!?」
「あぁ、ウチ兄弟が多くて、1人くらい増えても分かんないよ…ん?」
まぁ、冗談だとは思ったが。
ハヤトとカナが何か知らない言葉でまた痴話喧嘩を始める。
「とんだ奴らに助けられたな…はは。」
これなら、隊長達が来るまで退屈せずに待てそうだ。
□□□
俺達はバレーヌさんの提案で、墜落場所から少し歩いた所にあった大岩の上に来ている。
夜営をするには道具もないし、野生動物から身を守る為にも
安全な場所が必要だった。
この大岩は地面より3メートル程高く、何より上面は誰かが削ったのでは無いかと疑う程、平で広さもある。
登ったせいで疲れた足をさすりながら、辺りを伺うフェリシアに聞いてみる。
「ここがどこか分かる?」
「ええ。この大岩は、村で巨人のテーブルって呼ぶ場所です。よく山菜集めで休憩所としても使ってました。」
「星空は綺麗だけど、流石にここで寝るわけにもいかないもんね。村への帰り道はわかりそう?」
「恐らく…。ただ私も夜の森に来た経験がないので。」
バレーヌが片腕で登ってくる。器用な人だ。
「夜の森は危険です。無闇に動いて体力を使うより、日の出を待ちましょう。聖女様がおおよその場所を把握なされているなら、尚の事。」
このメンバーの中で一番年上だし、旅慣れてもいそうなバレーヌさんの言葉に異論は無い。
腰掛けるのに良さそうな角を見つけて、よっこらしょっと座り込む。まだ背筋は痛いが、座れば少しは気にならない。
隣に誰か現れる。
「タナ…カカナか。どうした?」
改めて自己紹介をした後だが、口が馴染んでしまったせいか、今更タナカとは呼べなかった。カカナの方も、何故かコバヤシ君のままだ。
「ねぇ、コバヤシ君。もうすぐ終わるね。」
終わる?何がと問いかける。
「今日が。」
「スマホか時計があるのか?」
「無いわよ。でも私、いつも11時には寝てたから…習慣で分かるの。」
何が言いたいかようやく分かった。タイムリミットについてだ。
「俺は2日使って、明日になったら…」
「私は残り181。コバヤシ君は、179日。」
「そう聞くと、まだいっぱいありそうだよなー。」
「楽観出来ないわよ!コバヤシ君の方がこれからも技を使うだろうし、早く…」
早く死に近づくと言う事か?実感は、残念ながら無い。
昨日と変わらない今日が来て、今日と変わらない明日が来ると思ってた。
いや、忘れていただけで、そうじゃ無い事はずっと昔から知ってたじゃないか。
弟が生まれ、妹達が生まれ、母が去り…。いつのまにか、その生活が当たり前になってしまっただけだ。だからきっと…ここも当たり前になって行くんだろう。
とは言え、勿論帰るつもりだ!親父にチビ達の世話をいつまでも任せてられない。
「アイツら元気にしてるかな…」
「あいつら?」
「俺、兄弟が下に3人いてさ。カカナは兄弟とかいないの?」
「教会でもそんな事言ってたけど、本当に家族多かったんだ。私は一人っ子よ。」
「一人っ子か…良いなぁ。自分の部屋とかあるのか?」
同世代の女の子の部屋なんて想像しかできないが…ぬいぐるみとかいっぱいあるのかな??
「まぁね…。そっちは賑やかで楽しそうじゃん。」
「毎日が闘いだよ。弟は物理的に強くなって来たし、妹達は悪魔か怪獣。」
「あはは…何それ、酷い言い方!そんなんじゃお母さんも大変ね。」
「まぁ…そうかな。大変なんだよ。」
笑って誤魔化す。
久しぶりに他人から母親の話題を出された気がする。友人達や学校側は、多かれ少なかれウチの状況を知っているから、家族の話になっても話題に出てこないからだ。
(今まで気を使われてたんだな…)
カカナに聞かれて、ちょっと寂しい気持ちになったが、どこか久し振りの感じがして何故か嬉しかった。いつかカカナには話そうと思う。
「カナ様、ハヤト様と楽しそうですね…」
「フェリシア!」
ぬっと現れるフェリシア。
うらめしい声を出しながらやって来る聖女って何だよと思う。
「ごめんねフェリシア、疲れてると思って。」
「私も混ぜて欲しいです!…村じゃあんまり同世代はいなかったのでお話ししたいです!」
「そっか、お爺さんお婆さんばっかりだったもんね。」
「フェリシアの家族は?」
そう口にしてから、カカナに小突かれる。
(しまった!さっき戦争孤児だって言ってたんだ!)
自分の迂闊さを呪いたい。
ごめんと謝る俺に、フェリシアは気にしていませんと答えてくれた。
「…顔も覚えていないので。私の家族は村の皆さんですし、今は神父様もいらっしゃいます。」
「神父が育ての親?」
「いえ。神父様がいらっしゃったのは3ヶ月ほど前でしょうか。教会から派遣されたとかで、村の教会を修繕して下さいました。」
「なんだ。もっと付き合いが長いのかと思ってた。」
「だから、私が修道女になったのもそのくらいからです。ちょうど奇跡の聖女って呼ばれて…半分祭り上げられてたんで、良い機会かなって。」
多分、俺たちじゃ理解出来ないような苦労があったんだろうと思う。
「でも今は、お2人に会えて良かったです。毎日お祈りした甲斐がありました!」
「いきなり殺されそうになったけどね!」
「ちょっと、その話はやめて下さい!いつまで覚えているんですか!」
「いつまでって、昼間の話よ。」
「ちょっと、カナ様まで!」
まだこっちに来て1日しか経ってないけど、カカナもフェリシアも昔からの知り合いみたいに感じる。
あっちの世界でも友達がいなかった訳じゃないが、いつからか友人達とは距離を取るようになった。弟や妹の面倒を見る為に、学校の後で友達と遊ぶ事も無くなった。部活もやってみたかったと思う。
カカナは何部所属何だろう?
「あのさ、カカナって…」
問い掛けた言葉を、バレーヌさんがやって来て手で制する。
「…みんな静かに。近くに何かいる。」
そう言われて、俺たちは黙る。呑気にお喋りしてたが、ここは自宅でもキャンプ場でもない。
身に迫る危険に、俺達は息を潜めた。
最後までご覧下さりありがとうございます。