第41話 お兄ちゃんの問題
6日目の朝。
残りハヤト168日。カナ175日。
『スカッとした。』
「…え?」
『スカッとしたんだよ。…別に昨日の行いを咎めているわけじゃ無いよ。』
肩の上のまん丸の目が一瞬で細くなり、口が優しく微笑む。
「言い過ぎだったって言いたいんじゃ無いの?だって、私…」
『いんや、私が言いたいのは…ちょっと油断してたよねって言いたかったんだ。カナにしては、詰めが甘いって話。』
「詰めが甘い?」
『悦に入っていたと言うか。いや、君にはこう言った方が良いよね…役に入り過ぎだ。』
その言葉を聞いた瞬間、ドキッとさっきとは違う胸の苦しさが襲って来た。
『君の様子を見ていて、このままだと危険だと感じてさ。会議の後、あの騎士を監視してて良かったよ。君達に危険を知らせられたんだから。』
ん?これはどう言う事だ。
叱責されていたんじゃ無いのか?
「怒ってないの?」
『怒る?私が?なんで?』
「だって、詰めが甘いって…」
「…ツメがあまい?」
第三者の声に、私はハッとした。
無意識に歩いているうちに、どうやら教会の前まで来てしまったようだ。
目の前にはメイド服を着た従者の1人が、数枚タオルの入った籠を持ったまま立っていた。
これこら洗濯にでも向かうのだろうか?
「…す、すみません独り言です。」
「大きな独り言ですね。それで、どのような御用ですか?」
『詰めが甘いと言ったけど、別に責めたわけじゃないよ。』
「あ、うん。…いえ、すみません。」
『もっと私を頼っても良いんだよー。』
神様の言いたい事はわかった。
久しぶりの役で私が舞い上がって、自制が効かず話しすぎたこと。それを神様がフォローしてくれた。
神様の言う通り、騎士に恥をかかせ過ぎたかもしれない…って反省している場合じゃ無い!
「…謝られるような事は、何も無いと思いますが?」
「ち、違うのそっちじゃなくて…あぁもうサラウンド!!」
『ステレオな。』
いちいち突っ込むじゃ無い!!
□□□□
ガシガシと器にスプーンを擦り付けるが、お椀の中はだいぶ前から空っぽだ。
目は、食卓に代わる代わるやってくる人達を追っている。いや、正確にはその人達に配膳をしているハヤトだ。
ケンパーゼの戦士達から始まり、今は調理を手伝っていたアヴァラスの女性陣が交代で食事を始めていた。
人間の兵士達は、鍋を一つ運んでいなくなったので、これでほとんどのメンバーに食事が行き渡った事になる。
配膳をしていたハヤトも自分の器を持ち、こちらのテーブルにやって来た。
「お兄ちゃん、お疲れ様です。」
「フェリシア、先に食べてて良かったのに。」
「…一緒に食べたかったんです。」
ぷぅと頬を膨らませるフェリシアに、ハヤトがたじろぎながら2人は匙を取った。
「フェリシア、あそこに。」
ハヤトが急に小屋の裏を指さした。
同じ卓に座っていた子供達も一緒に、自然と目が指の先を追う。しかしそこには、青空と壊れた家財が積み上げられた山しかない。
目の端で何かが動いたので、本能というか反射で顔がそちらに向く。
するとハヤトが自分の器と、フェリシアのスープをすり替えていた。
(アイツ、肉が多い方と!!)
「ハヤ…!!」
椅子から立ち上がった俺を、隣にいたアーデが止める。
彼女は小さく首を振りながら、冷めちゃったからと小声で呟いた。
急に立ち上がったせいで、ハヤトだけじゃなくフェリシアまでも不思議そうにこちらを見てきた。
「…どうしたリヤ?」
「何か見つけたの?」
「いや、なんでもねぇ。」
そう言って、どかっと座り直す。
再度空っぽの器をガシガシし始めると、見かねたのか横からフィーネが突いてくる。
「…ねぇ、言わないの?」
「分かってる。ちょっと待てよ。」
何も言わないが、アーデも伏し目がちにこちらをチラチラ見てくる。
何事もなかったように食事を始めた2人を、しばらく眺めていたが、意を決して話しかけてみる。
「なぁハヤト。」
「なに…おかわり?」
おかわりがまだあるのかと、嬉しさのあまり耳がピンと立ち上がるが、そうじゃないと自分に言い聞かせる。
村の奪還やら、人間の兵士やらで後回しにしていたが、今日こそ言うんだ。
「ちげぇよ、…その、魔法を教えて欲しいんだ。」
「え!?」
「ハヤトが言ったじゃないか、皆んな魔法が使えるって。」
あの日、ハヤトが『皆んな魔法が使える』と言った日から、気が気じゃ無かった。
頭の中で反すうしているうちに、興奮してしまい四六時中その事を考えるようになってしまった。
もしかしたら俺は特別で、亜人だけど魔法が使えるかもと夢想した時もあった。だけどそれを口にした時、大人達から亜人には無理だと言われ諦めるしかなかった。
そう思ってたのに…目の前に魔法が使える人間が現れて、皆んな使えるんだと言われたら、そりゃ興奮しちゃうだろ。
その気持ちは、ケンパーゼのフィーネも同じだったらしく、村の片付けの時にその事を話したら、
「だったら、ハヤト様に教えてもらいましょう。」
と言うことになった。
どんな訓練や試練があるのか知らないが、魔法が使えるようになれば、守られる存在から一族の為に戦える…兄達と同じように戦士として戦場へ。
「私も教えて欲しいわ。勇者の従者として、武芸以外も習得したいの!」
「ちょ、フィーネまで…」
隣でアーデも、もじもじしながら私だってと小声で呟いた。
俺とフィーネは立ち上がり、アーデも珍しく身を乗り出している。
「まぁ確かに言ったけどさ、でも俺じゃ。これはカカナに…」
取り囲まれて助けを求めるハヤトに、隣のフェリシアは困った様に返した。
「…これは、お兄ちゃんの問題ですよ?」
□□□
『知力の問題ではなく、課題に対する姿勢が良くなかった』
確かリクトール村から逃げる時、何でもかんでもカカナを頼る姿勢を、フェリシアからそう咎められた気がする。
『だったら俺が教えてやるよ』
確かにそう言った。
この現状は、自分が原因で起こった事なんだ。
つまり自分が起こしたイベントなんだから、覚悟を決めてやるしかない。
「それにしても、どうすれば…」
無意識にスプーンをクルクル回しながら思案してみる。
魔法はイメージの具現化だと言うことだが、思い描いただけで使えるならこの世界の人たちも苦労はしない。
「ま、取り敢えずやってみるか。」
「やったー!」
考えるのは性に合わない。
身体や手を動かしながら、今まで通り形にしていくだけだ。
料理も家事も、兄弟の世話もそうやって来たんだから。
「早く早く!」
フィーネとリヤが立ち上がり、服の裾を引っ張る。
嬉しそうに急かす2人を見ていると、小さい頃の弟を思い出す。
反抗期に入る前、お兄ちゃんと一緒に遊ぶのが楽しみでしょうがなかったあの時の感じ。
「ちょっと待って、片付けが…あぁもう落ち着けって!」
「片付けは、私の方でやっておきますから。お兄ちゃんは行ってきてください。」
フェリシアにそう言われて、ごめんと謝りを入れつつ、子供達に引かれるがまま広場へと向かう。
バタバタと連れてからると、3人が目の前に並びキラキラした目を向けてきて、俺からの指示を待つ様に直立で待機した。
「ほら、ハヤト!なんでも言ってくれよ!」
「ハヤト様、私の適性はなんでしょうか!?」
適正?
すっかり忘れていたが、やっぱり魔法には得意不得意があるって事だよな。この世界も火属性、水属性…みたいな感じなのかな?
「…私は、治癒魔法を使いたい。」
「治癒なんて地味だろ!男ならやっぱりバーっと火が出したい!!」
「…私、男じゃない。」
「そうよ!治癒魔法だって立派な魔法よ!やっぱり勇者様の仲間になるなら、治癒師がいても良いと思うわ!!」
ヒーラーか。
フェリシアがいるとは言え、回復役は多いな越した事ないよな。アーデなら、雰囲気的にはピッタリな気がする。
「なぁ治癒魔法は、腹が膨れるのか?」
「そりゃ、怪我を治すんだからお腹だって…どうなのかしら?」
「…ねぇハヤト様、治癒魔法はお腹いっぱいになれるの?」
「え?…いやぁ、どうかな。フェリシアの方が詳しいんじゃないかな?」
いや、多分フェリシアも分からないんじゃないかな。
…と、脱線していたが、やると決めたからには、魔法習得をやってみよう。
「それじゃ、改めてどんな魔法を使える様になりたい?」
「はいはい!…火!火が出したい!!」
「あー、はいはいリアはファイヤー系ね。ボールとかボルトとか。」
ど定番な攻撃魔法だと思うし、追っ手が放った火魔法も見ているから、何となく俺自身でもイメージを持てる。
ただ、子供が使うには危ないんじゃないかとも思う。
…いや、勿論使える様になるか分からないので心配しすぎなのかもしれないが、子供の火遊びはどこ世界でも問題じゃない?
「こう言う感じで、手からシュッシュッって!」
「何よそれ、火の球って言うより火花じゃない?」
「…火打ち石。」
リヤが手を横にしてスライドさせる動きを見ていて、ふと思い出す。手から飛び出すある物の事を。
「そうだ、今回は火じゃなくて別の魔法にしよう!」
「えー!火がいい。」
「いや、男の子なら誰でも好きなやつさ!カッコいいぞ!」
「え、じゃあそれ!!」
喜ぶリアを横にフィーネとアーデが、私たちは女の子ですと口を尖らせた。
□□□
「はぁ…疲れた。」
「カカナ様、お帰りなさい!」
ただ広くも無い村の中を歩いただけで、こんなにも疲れるなんて。気の使いすぎと言うやつか。
ほとんど皆んなの食事が終わっており、片付けが始まっている炊事場の横で朝食を受け取った。
フェリシアは、アヴァラスの女性達と調理器具の片付けを行なっている。
一見すると、なんて事ない普通の村風景に見えてしまうが…一部のアヴァラス族はフェリシアに他人行儀だ。
ケンパーゼ族にも数は少ないが、やはり同じ様にフェリシアを避けている感じの人もいる。
『距離を感じる。』
「そうそれ。…いや、距離を取ってるのよね。」
右肩で木の実を砕いたカケラを頬張る栗毛の妖精。
耳元で、ポリポリと咀嚼音がする。
「そもそもミィーアやランドルフさんが特殊なのかな。」
『だろうね。普通の亜人なら人間と友好関係なんて望まないから。』
「虐げられてるから?」
『亜人全体がね。人族とは、関わらないのが1番安全なのさ。…そもそも、猫さんは、男衆を強制徴兵されているし、兎さんは身内を殺されている人もいる。』
そうだった。
ランドルフさんは耳に傷を負っているし、村が襲われた時に家族が犠牲になった人達もいるはずなのに…。
彼らの強さなのか、心の深さなのか分からないが、だとしても顔に出てないだけで思うことはあるのだろう。
そして逆の立場であるフェリシアは、どんな気持ちなんだろうか。直接自分に非がなくても、人対亜人の構図はついてくる。
『取り敢えず今は、兎さんや猫さんの力が必要だからね。ハヤトやカナと違って、フェリシアは崇められているわけじゃないから、自分にできる事をやってるんだよ。』
「そうよね。私も早くこの状況を打開しなきゃ…」
フェリシアを何から守るのか。
私たちは元の世界に帰れるのか。
そもそも、これからどうするのか。
いつまでもこの村にいるわけにもいかない。しかしどこへ向かえば…
「…カナ様、見て」
フェリシアが指差す方。
木々からカラフルな光が空に登っていく非現実的な現象に、私は目を疑った。
最後までご覧下さり、ありがとう御座います。
言い出したからには、責任があります。
私はあれこれ考えた末、責任を取る覚悟ができなくて時期を逃すタイプなので…口に出す様にしています。
やるか、やらないかを悩むんじゃなくて、やるしか無い状態にして、どうすればやれるかを考える様に。
「見る前に飛べ」ってやつですね。




