第40話 朝食の前に
6日目の朝。
残りハヤト168日。カナ175日。
微かな灯りを感じ、手や足がフッと軽くなっていく。
目蓋を開けると、木製の見慣れ無い天井が広がっていた。
(えっと…)
まだ少し眠気に囚われてぼーっとするけど、そんな事お構い無しに身体が自動で動いてベッドへ座り直していた。
久しぶりのこの感覚。
こちらに来てからは、キャンプや修学旅行に来たかのような非日常のような感じだったので、こんな風に目が覚める事もなかった。
頭を覚醒させる為に、一回大きく伸びをする。
続いて肩をみてみる。
昨夜の傷口は、フェリシアに治してもらったし、動かしてみても問題なさそうだ。
(確か寝る前に話してたのは…フェリシアが女王様だっけ?)
ふと、昨夜の話を思い出す。
フェリシアが狙われているのは、この国の王様に魔法の才能がないから。
だからフェリシアと結婚して、その上、彼女を国のトップにしてしまおうと…みたいな?
そうなると王様はどう言う立場になるのか疑問は残るけど、なんか、まぁ色々あるんだろう。
本当なら今後の方針とか決めるべきだったのかもしれないけど、野宿と戦闘の疲れもあいまって、議論は続けずにベットに沈み込んだのだった。
(さてと)
こうしちゃいられない。
いつまでもお客様気分は良くない、久しぶりにいつも通り起きたのだ。朝の日課をこなすとしよう。
意思が決まれば、身体はスムーズに動き出す。
ベットから降りると、椅子の上に畳まれた服を掴む。
脱いだ記憶はあるけど、畳んだ記憶はない。
それに畳み方がいつもと違う…カカナかフェリシアが畳んでくれたんだろう。
感謝より先に、汗で汚れた服を触らせてしまったことに、若干の罪悪感を感じながら袖を通す。
(どこかで着替えを手に入れなきゃなぁ。)
流石に俺でも同じ服は、嫌なのだ。
女の子達は、もっと辛いかもしれない…。
さてそんな彼女達と言うと、隣のベッドで2人はまだ寝息を立てている。
用意してもらった部屋とは言え、同室なのはどうかと思う。
まぁ、ペアポルトでも同室だったし、野宿もしたし…意外に一緒に寝てる?
そんな事を考えていると、どこからともなく記憶が思い起こされる。鼻にまだ残るカカナの髪の匂いに、ベッドの上に投げ出されたフェリシアの白い足…
(いや、妹だ。)
そう、妹達が大きくなったと思えば良い。
改めて見ると一つのベットで仲良く寝る2人は、ほらまるで姉妹のように見えるじゃないか。
やましい事なんか考えていない。
考えちゃいけないと自制心が必死にブレーキをかける。
そのお陰で頭は冴えてきたから、そろそろ……目がベッドの奥を見て思考が止まる。
ベットの向こう側に置かれたタンスの上に、2人分の服が畳まれていたのだ。
いつも2人が着ている服だ。
つ、つまり、布団の中は…
『おい、思春期。』
「…っひ…ぃ!?」
慌てて口を塞いだせいで息が変なところに入り、右目からだけ涙が出てくる。
『ふぁ朝から元気だな』
目をゴシゴシしながら、栗毛の妖精がフラフラ飛んでいた。俺は慌ててズボンを履く。
「な、なんだよいきなり。…起こすとこだったろ。」
小声で反論。
あくまでも、2人の安眠を守るためだ。
しかし、フラフラ飛んでいた妖精は椅子の背もたれに腰掛けると、
『起きたほうが見れて良かったんじゃ…』
脳が、一大パラダイスを想像しかけ…
『…今、ちょっと想像しただろう?』
思念で話しかけてくるから、部屋に声が響いていない事は分かっている。
分かってはいるが…!
小さな口を指で塞いで、そのまま妖精を連れて部屋を出た。
□□□
「おはよう御座いますカナ様、フェリシア様。」
「皆さん、おはよう御座います。」
すれ違うアヴァラス族の女性達が挨拶をかけてくれる。
ここは、村の中に急遽作られた野外炊事場。
昨晩のゴブリン襲撃で一部壊れたままだが、かまどは健在で大きな鍋が3つ煮込まれている。
そのかまどの1つを見ていたアヴァラス族の若い女性が、こちらに気がついて立ち上がった。
「か、カナ様!?…申し訳ありません!!」
頭を下げた彼女の顔には、火に照らされて汗が滲んでいた。
慌てて顔を拭うが、代わりに頬が煤で汚れる。
「どうしたんですか?…って、あぁそういう事ね。」
「その、ハヤト様には申したんですが。肉焼き以外も手伝いたいと仰って…。」
コバヤシ君は包丁を動かしながら、他のアヴァラス族と一緒に料理をしていた。
まぁ、確かに困るよね。
亜人の王なんて仰いだ人物が、朝から朝食を作っているんだから。
会社で言えば社長が社員の出社前から、社員の為に働いてるって事でしょ。
「…良いんじゃない?」
ふんぞり返って、あれこれアゴで指示を出す奴よりマシだと思うけど、違うかな?
とりあえず挨拶しなきゃと思い、フェリシアと一緒に近付く。
「おはよう。」
「おはよう御座います。」
「……あ、あぁ、おはよ。」
彼はそう言うと、そそくさと調味料の壺から塩を取り出して、鍋に適量入れた。
隣のフェリシアと顔を合わせる。なんだかコバヤシ君の様子がおかしい。
「何、どうしたの?」
『許してやってくれ、2人を見ると朝の誤ちを思い出しちまうのさ…』
「ち、違うって!」
「なによ、誤ちって?」
「何でもないって!それより、もうすぐ朝食ができるから、皆んなに声を掛けて来てくれ!!」
そう言うと、彼は早足で次の鍋へと移動した。
神様の方を見てみると、ニヤニヤとしながらコバヤシ君の肩へと飛んでいって、シッシッと手で追い払われる。
ハエの如く追い払われた妖精は、そのままフェリシアの所まで飛んでくると、彼女にじゃれついた。
「ふふ…くすぐったいです。妖精さん、おはよう御座います。」
『いやぁ、やっぱりフェリシアは最高だな。スベスベで良い匂いだ!』
見た目は、可愛らしい妖精と少女が仲良く戯れあっているようにしか見えないが、聞こえる思念はおっさんだった。
私もそんな2人を見て微笑んでいる顔を作りながら、フェリシアに聞こえないよう妖精を顔を近づける。
「…それで何があったのよ。」
『男の子のヒミツって奴だ。それよりカナ、後で話があるんだ。』
「話って?」
神様は答えず、私の肩に腰掛けた。
側から見ればファンタジーまっしぐらな絵なんだろうけど、後で話とはいったいどんな内容なのか?
「それじゃあお姉ちゃん、…彼等のところへ行きましょう。」
近寄って来たフェリシアを見て思考が現実に戻される。
彼等のところって…そうだ、マラジアル一行にも声をかけないといけないのか。
「…待って、フェリシアはアヴァラスとケンパーゼの人達をお願いしても良い?アヴァラスは、ミィーア…よりはジーナさんに声をかければ何とかなるし、ケンパーゼは誰かに伝えれば、伝達してくれると思う。」
ミィーアもそんなに心配するほどじゃないけど、アヴァラス族よりケンパーゼ族の方が、その辺はなんかしっかりしてそう。
「分かりました。お姉ちゃんは?」
「私はマラジアルの人達の所に行くわ。…気が進まないけど。声をかけ終わったら、先にハヤト君と食べてて。」
まだバレてないけど、フェリシアの存在がマラジアル王達に知れてしまうのは、まだ避けるべきだと思う。
『その判断は正しいと思うよ。』
笑顔とは違う真面目な声音色の思念が飛んでくる。
とは言え、昨日の今日だから行くのは気が引けるんだけど。
それじゃ宜しくとフェリシアを送り出し、覚悟を決めて村の広場の方へ向かう。
確か炊事場から近いのは教会、次に集会場だけど、…先に面倒臭い集会場から声をかけようと思う。
一瞬、全員がそこにいるわけじゃないから、村中を回らなきゃいけないのか?と思うが、人数が少なくても騎士団なんだから、集会場の誰かに声をかければ、村の外側で警備中の兵にも伝達してくれるだろう。
いや、むしろしてくれ。
「…とりあえず、話が通じそうな人が出てくれますように。」
そう願いながら集会場へ向かったが、ノックした扉から出て来た人物は…。
「…キサマ…。何のようだ。」
『大当たりを引いたね。』
私を見た瞬間、露骨に嫌な顔をして来たのは、昨夜コテンパンに言い負かした騎士ウルバーノだった。
私も同じ気持ちだったが、そこは営業スマイルで堪える。
「朝食が出来たので、そのお知らせに来ました。」
「亜人どもが作ったメシなど食えるものか。食料だけ持ってくれば良いんだ。調理はこっちでやる。」
『亜人が作ったメシは食えなくても、亜人が作った農作物は食えるんだな。』
「マラジアル王との契約は、食事の提供です。調理したのは我が王ですので、お気になさらず。」
「なんだと…!?」
契約内容についてか、それとも王自ら調理している事についてか、どちらに驚いたかは知らないが、私はお辞儀をすると早足に集会所を離れた。
後ろまで、ウルバーノがこちらを睨みつけているのが分かったが、私が気にせず歩き去っていくと、そのまま何も言わずに扉の中へ消えた。
「はぁー、めんどくさ」
そう言いながら、私は教会の方へ足を向ける。
通りを歩く私に、すれ違う騎士たちは視線だけ向けてお辞儀などは無い。
もちろん、私もする気は無い。
『そうそうカナ。昨夜の件だけど…』
「あぁ、襲撃の事?…自作自演でしょ。」
後で話があると言われて心当たりがあったのは、昨夜の肉焼き中に起こった襲撃だ。
ウルバーノ達は、ゴブリンの生き残りがいたと言っていたが、タイミングと言い…怪しいものだ。
フェリシアは勿論、コバヤシ君にも大きな怪我がなくて良かったが、一歩違えば大変な事になっていた。
「あの時、教えてくれたのは神様でしょ。声をかけてもらえなければ、コバヤシ君とフェリシアが危なかったわ。」
『まぁ、そうなんだけどさ…そっちじゃなくて。』
「そっちじゃない?」
と、言うと?
『集会所でのカナの発言だよ。』
「…。」
『面子を重んじる貴族を、大勢の前で言い負かしたんだ。反動が大きいことは分かっていただろう?』
胸がキュッとした。
肩の上に座る妖精は、微笑みこそこぼしているが…今私は、きっと叱責されているんだ。
「…それじゃあ、黙ってれば良かったの?言われるがまま略奪を受けて、ミーアやランドルフさん達が涙を飲めば良かったって!?」
つい街のど真ん中だと言うことを忘れて、声を荒げてしまう。
井戸の近くで汗を流していた半裸の騎士達が、怪訝そうにこちらを見てくる。
だけど私は、気にせず大股で通りを歩き続けた。
自然と荒くなる呼吸と、心臓の鼓動。
頭に血が昇ってきたのか、思考が怒りで支配されていく。
『カナ、君は優しく賢い子だ。』
「…つまり、何が言いたいの。」
ほとんど睨み付ける勢いで、肩の妖精を見てしまう。
栗色の毛が揺れ、まんまるに大きくなった小さな目と会った。
最後までご覧下さり、ありがとう御座います。
濃い5日目も終わり、いよいよ6日目を迎えました。
ついに、カナの方から『つまり』を返して来ましたね…。
なんとなくキャラの成長を感じました。
さて、ここからはどんどん進めたいですが、きっとこの日もすんなりと行かない1日になると思います。




