第4話 助っ人と隠者
1日目の昼過ぎ。
残りハヤト181日。カナ181日。
藪から飛び出して来た髭のおっちゃんは、手に持っていた長い銃をオークに向けて発射する。
ジャッ!!
独特の発射音が響くと、無数の鉄片が銃口から飛び出し、先頭のオークは無数の穴が開いてひっくり返る。
あの大男を一発で仕留めるなんて…。それに銃なんて間近で初めて見た。
「す、すげぇ!」
「…なんじゃ、驚かんのか?まぁええ、ちぃと時を稼いでくれ」
髭のおっちゃんは、胸ポケットから太い紙タバコの様な物を取り出し、口で噛み切り始める。
「コバヤシ君、2体目がくるわ!あの銃は装填に時間がかかるから、それまで注意を引いて!」
「え、あ、うん」
もうちょっと見ていたいが、今は言われた通りにしようと思う。
走り出し、カカナと挟み込む様にしてオークに近づく。
奴が振り回す棍棒からは距離をしっかり取り、両方から交互にちょっかいを出すことによって、オークを翻弄する。
「よかちょ!こっち来なしゃい!!」
先ほどと同じ様に、おっちゃんの前までおびき寄せて、合図と共に散開。
「しまいじゃ!!」
ジャッ!!
発射音と共に倒れるオーク。
銃を担ぎ直すと、おっちゃんはガハガハ笑いながらこっちへ来た。
「ぬしら、よぉやった。」
「いや、おっちゃんの銃が凄かったよ!」
「んじゃが、音にも驚かんし…ぬしらこれを知っとるのか?」
「…まぁ、生で見るのは初めてだけど。」
「マスケット銃ですね!」
珍しくカカナが嬉しそうな声で話す。聞いたことがない単語だ。
「マスコット銃?」
「マスケット銃よ!先込め式の銃の事をそう呼ぶの!」
「ほほぅ、まさか、こげんなとこで銃を知っちょる人に会うたぁ」
「…何で知ってるんだよ」
「三銃士に出て来た銃よ。夏休みの課題図書でしょ?」
感想文用の図書ってやつ?確かにタイトルは聞いたことがあるが…知らないし。まぁ、おっちゃんが嬉しそうだから良いか。
そこへ老人を背負った神父がやって来る。
「…マービンさん!」
「おぉ、ウォーレン神父!あぁ、ソイツは無事かい?」
「えぇ、気を失ってますが大きな外傷は無さそうです。…君達にも助けられたな、ありがとう。」
「いや俺たちは…おっちゃんが助けてくれて。」
マービンと呼ばれたおっちゃんが、何かを思い出したかの様に笑い出す。
「ガハハ…んだった。道の真ん中で、おなごと手繋ぎょって無理心中かと思ったぞ。」
「ち、違うんですよ!色々あったんです!」
顔を赤くして否定するカカナを見ながら、ちょっと可愛い奴だなって思う。
「…彼は満更じゃ無さそうですよ。」
「ちょ、コバヤシ君!!」
神父にそう茶化されて、俺の顔も赤くなった。
□□□
私達4人と怪我人1人は、避難が終わって誰もいない村を抜けて、教会へ向かう。今のところ逃げ遅れた人や怪我人はいなさそうだ。
「マービンさんは、この国の人じゃないんですか?」
「半年前、旅の途中に怪我を負って静養がてら、この村に滞在してくれている。今は若者の代わりに、狩りをしてくれているんだ。」
「聖女様にお救い頂いて、治ったんじゃがつい居心地良くて長居しちまっちょるだけよん。」
「聖女様、可愛いですもんね!」
「んじゃ、分かっとるの!ガハハ!!」
コバヤシ君は、男性相手ならスラスラ会話ができる様だ。
勿論私も話は聞いている。聞いているが…私はこれに夢中だ。
木製のボディに、鉄製の長い筒。ズッシリとした重みや肌触り。本で読んだだけじゃ分からない発見がいっぱいある。
「じゃ、ねぇちゃんは鍛治職人か何かか?そんな隅々まで見よって。」
「いえ、お慕いしている銃士様が使っている物と似ているので、つい。」
「誰じゃろうな。おなごに人気となると…ヴァレッタ卿か、ウーノ小隊長辺りか?」
「いえ、ダルタニアン様一筋です。」
「だるたにゃん?…そーけ。さぞワシみたいに美男子なんじゃろうて!」
「やだマービンさんったら!」
「ガハハ!!」
バイト先の店長みたいなノリだ。親父ギャグに国境は…世界は関係無いのかな?
でも、マービンさんのお陰で少し気持ちが和らいだ気がする。ここに来てから、ずっと張り詰めてた自覚はあるし。
「ここいじゃコイツが精一杯じゃが、国に帰ればこんな薬紙薬莢じゃなく、最新の鉄薬莢見せたる。装填がすんごか早いんじゃ!」
「それは楽しみです。」
別段銃が好きなわけじゃないが、好意は素直に受け取っておこうと思う。
坂道も残り半分まで行ったところで、教会から女性が坂を走って来る。服装から村の中年女性だと分かるが、その顔は必死そうだ。
ウォーレン神父の前まで来た女性は、呼吸が整う前に話し始めた。
「し、神父様ー!!」
「ペグスさん、どうなさいましたか?」
「大変よ!フェリシアさんがいないの!」
「いない?…まさか!」
詳しく話を聞いてみると、俺たちが坂道を下ってオークとやりあっている間に姿が消えていたそうだ。
ペグスさんが異変に気付いたのは、家族の安否確認が出来てひと段落した後だった。フェリシアの手伝いをしようとを教会裏の倉庫へ行くと、毛布や衣料品が散らばっており、彼女姿がなかったそうだ。
「皆んなで近くを探したんだけど、見つからなくて!」
「…そうですか。すぐ私も探しに行きます。…マービンさん」
「森さ入られると厄介だな。ちぃと家に弾を取って来る。」
そう言って、マービンさんは来た道を走って戻る。
怪我人を背負っているウォーレン神父は、ペグスさんと一緒に坂道を駆け上がる。
「そう言えばフェリシアさん、誰かに見られてるって…。」
「何度も誘拐されかけたんだろ?俺たちも探すのを手伝おう!」
「ええ!」
神父達の後に続こうとした時、風の音にのって声が聞こえる。
『まだ近くにいる。右後ろの家から森へ入れ』
神父とおばさんには聞こえていないのか、2人は足を止めることなく坂を駆け上がっている。
「ねぇ、コバヤシ君。…今の聞こえた?」
「あぁ…誰かいるのか?神父様に伝えた方が…」
『急げ。今なら追いつく』
気のせいじゃない。
頷き、2人で来た道を下る。声が言っていた様に民家の脇から森へ入る。
『そのまま。そこで左へ…行き過ぎだ、正面に見える細い木を目印に直進。』
道無き道をカカナと一緒に走る。
柔らかい腐葉土を蹴散らし、岩を掴みながら坂を下り、小枝をへし折り、蜘蛛の巣をかき分けながら進む。
『まもなく獣道に出る。出たら左へ道なりに進め』
木々の間から開けた場所が見えてくる。
運動靴の中に土が入ったのか、ジャリジャリして気持ち悪い。手や顔は、小枝に引っ掻かれ、赤い線があっちこっちに出ている。
「もぉ、誰なのよいったい!?」
「どこかで見てるのか!?」
『その角を曲がれば見える』
話しかけても答えてくれないのか。
仕方なく車一台が辛うじで通れそうな地面が踏み固められた獣道に出る。道なりに走り、角を曲がると…
「いた!」
「フェリシアー!!!」
俺は力の限り叫んだ。
100mくらい先にいるのは、頭巾で顔を隠した村人が3人。
先頭の奴が、フェリシアを抱き抱えていた。
「おぉい、待てよ!!」
『取り返すんだ』
「分かってるわよ!コバヤシ君!」
俺とカカナも走る。
後衛の2人がこちらを何度も振り返える。3人の速度が上がり、距離が開き始める。
靴の砂は…気にならない。地面は硬くしっかりしている。行ける!
(俺の名前は、速い人なんだよ!)
昔から短距離ならそこそこ自信がある。
「いっくぞー!!」
呼吸を整えて一気に加速する!
フェリシアを背負っているからか、逃亡者の速度は変わらない。距離はグングン縮まっていく。
横を見ると、カカナも離れずついて来ている。やっぱりコイツは運動部だ。
現役の高校生を舐めるなよ!!
(あと50メートル!)
あと少しと思ったところで、先頭の村人が誰かに手を振り始めた。…何の合図だ?
「はっ、はっ…見て、仲間がいるっ!」
カカナの指摘通り、逃げる3人を待っていたかの様に、道の先に2人現れる。
逃走者達は2人と合流すると…立ち止まらずに先へ走る。
「逃さねぇ!」
まだ走れる。あと少しで…!!
「待って!!」
カカナが俺の腕を引っ張って急ブレーキ。
彼女を引きずる様にして立ち止まる。止まったせいで、ブワッと汗が溢れ、呼吸が苦しくなる。
顎に垂れる汗を拭いながら、木がバキバキ踏み潰される音を耳にする。
「はっはっ…マジかよ」
「えぇ、こんな狭いところで…」
道の脇から現れたのは、先ほど村で出会ったオークの仲間だ。
「ングァーフォッ!!」
4体目のオークは、何か叫びながらこちらに向かって歩き始める。
両脇は森で、道幅も狭い。こんな所では奴の脇をすり抜けるのも難しいし、森に入って迂回してては追いつけない。
『何をしている。何しに来た勇者。』
「いや誰か知らないけど、勇者にならないんだって!」
「待って、アナタは何か知ってるの!?」
確かに俺たちが勇者だと知っているのはおかしい。
一体何者の声だ?
『…勇者とはなんだ?』
「え、いきなり!?…ゆ、勇気ある人!」
『考えろ!お前に取って勇者とはつまりなんだ?』
わ、分からない。
目の前にオークが迫って来ている。距離は50メートルも無い!
『剣とはなんだ。お前の強みはなんだ。お前はどんな武器だ?』
「な、何それ!?わ、私の強み…」
隣でカカナも焦っているのが分かる。
勇者って言えば、ゲームの主人公とか…違うか。
つまりって、つまりって何だよ!?考えろ、考えろ…。
勇気ある人?弱者を助け、強者に立ち向かう人?
思考が単語を片っ端から並べていく。
誓い、負けない、不屈、信念を貫く、願い、守る、犠牲、孤独…俺にとって勇者とは?英雄とは?尊敬出来る者と言えば?
ふと家族の顔が思い浮かぶ。弟に妹達、母ちゃん、そして…昔より痩せた親父。
俺にとって身近な英雄は親父かもしれない。
家族を家庭を守る為に自分を犠牲にし、その苦労を見せない親父。俺たちの生活を、家族の世界をずっと守ってくれている。
つまり…
「俺にとって勇者は、守り手!この世界の守り手だ!」
俺はカカナの手を握る。
□□□
『剣とはなんだ?お前の強みはなんだ?お前はどんな武器だ?』
「な、何それ!?わ、私の強み…」
自分の強みなんか考えた事はない。
私はただ決められた未来が嫌で、ずっと足掻いて来た。
勉強なんかしなくても、親が勧める私立へ進学できる。
欲しい物は何でも買ってもらえる。
将来に必要ある友好関係を求められる。
親が決めた結婚相手もいて、将来の心配もない。
だから勉強して、違う未来を掴みたい。
バイトして、欲しい物は自分の力で手に入れたい。
損得で友達なんか作らない。親友も部活の仲間も最高だ!
好きな人くらい、自分で見つける。
私は操り人形じゃない。私を決め付けないで!
どんな壁が来ようが関係ない、自分の道は自分で切り開く。
つまり…
「私の武器は、折れない、負けない、壁は打ち破る!!」
私はコバヤシ君の手を握る。
最後までご覧下さりありがとう御座います。
次回、ようやく、です。