第39話 それぞれの事情
5日目の夜。
残りハヤト169日。カナ176日。
「アルバート、彼に手当てを。」
「かしこまりました。」
アルバートと呼ばれたスーツの青年は、ジャケットをめくると腰辺りから何か小瓶を取り出した。
月明かりに照らされ、キラキラと赤い光を反射する不思議な液体。
手当てと言ったからには、この世界の薬なのだろうか?
危ない物であれば、きっとカカナが止めるだろうし…と考えていると、隣からフェリシアが片膝をついたまま手を出して執事を制した。
「マラジアル王、その様な貴重な物はおしまい下さい。…私が手当て致しますので。」
「娘、何も案ずるな。これは私から従者を守ってくれた礼なのだ。すでに対価を貰っている。」
「ですが…失礼ながらその薬は、今後王様にこそ必要になってくるものです。私には薬学の知識がありますので、ご心配なさらないで下さい。」
「薬学か。しかし、神の神秘に比べれば治癒までに時間がかかるぞ。従者の恩人に、苦痛を長引かせたくは無い。」
…すでにこの話し合いが、俺の痛みを長引かせている。
多分だけど、ゲームでよく使う回復ポーションみたいな物を王様はくれようとしているけど、高級品だからとフェリシアが断っているんだろう。
話からすぐ効く感じなんだろうけど…どんな感じなのか興味はあるけど、ここはフェリシアの回復魔法でチャチャっとやってもらおう。
「王様、ご厚意ありがとうございます。ですが、魔法で…ぐはっ!?」
平手で背中を強く叩かれ、空気の塊が喉から強引に吐き出された。
背中より喉がヒリヒリする痛みに耐えながら振り返ると、満面の笑顔でカカナが一瞬睨みつけて来た。
「ハヤト様、王様からのご厚意をお断りするのは失礼よ。
有り難く受け取りましょう。」
「お、お姉ちゃん?」
フェリシアには優しいけど圧のある笑顔を向けて、俺にはもうひと睨み向けてくる。
「え?あ、あぁ…その、ありがとうございます。」
有無を言わせない迫力に圧倒されながら、何とか感謝の言葉を述べることができた。
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「ホント、何考えてるの!?」
「え、いや、だって…」
目の前には、上半身裸の男の子が身体を小さくしながら座っている。
ここは、ミィーア家の一室。
ランプの光に照らされた部屋は、決して広くはないが、皆んなが…主にバルトルトが片付けてくれたらしく、家具は整えられ、どこから持って来たのか清潔なベッドまである。
あのやり取りの後、執事さんから魔法瓶を受け取って治療の為…と言うか色々聞かれたく無い話もあったので、コバヤシ君とフェリシアを連れてここへ来た。
作っていた料理は、騒ぎを聞きつけてやって来たジーナさん達と、フィーネ達子供組にお願いしたので、そっちは大丈夫だろう。
「さっき魔法で…って言いかけてたけど、フェリシアが治癒魔法を使える事がバレたら、キミはどうなると思ってるの?」
「どうって…」
チラリと横目で彼が彼女を見るけど、フェリシアは無言で俯いている。
残念ながら援軍は得られなかったようで、彼はおずおずと口を開く。
「…捕まる?」
「ねぇ、私の話を聞いてた?」
「ご、ごめん。」
「そもそもレザールさん達が、何をしにフェリシアのところに来たか覚えてる?」
遠い過去のように感じるがリクトール村での出来事は、ほんの1週間ほど前の話だ。
「…フェリシアを保護しに来たんだろ?」
「何のために?」
苛立ちから語尾が強くなる。
質問の意味を考えているのかそれとも傷が痛むのか、彼は顔をしかめた。
保護しに来た…とは、言葉のチョイスとして違うと思う。
マラジアル連邦が彼女を求めたから、それを知ったヴァステイトと呼ばれる他国がフェリシアを狙い、結果としてマラジアルの兵士が保護する形になっただけだ。
「あの、火の魔法を使う敵国の兵士だろ?アイツらからフェリシアを守るために、レザールさん達はやって来たんだ。」
「敵国って…どんな国かも分からないのに、敵って言い切るのはどうかと思うわ。ほら、神父様は…」
フェリシアと村で一緒にいた神父のウォーレンさん。
彼は彼女を監視するためにヴァステイトからやって来た人だったけど、悪い人ではなかったと思う。
「あぁ…ごめん。」
彼も自分の発言に気が付いたのか、慌ててフェリシアに謝る。
「いえ、本当の事ですから…。」
気を悪くしたのだろうか?
フェリシアは顔を曇らせながら、俯いてしまう。
私は視線で彼を責める。
いや、私にも非があるのだけど…保身のためについ彼に当たってしまう。
ズルい女だ。
嘲笑気味に口元が歪んだ瞬間、目の中に金色の瞳が覗き込んで来た。
「…!?」
バッと顔を上げたフェリシアと目が合ったのだが、後ろめたさから慌てて晒してしまう。
意を決した表情の彼女は、姿勢を正して口を開いた。
「あの、お兄ちゃん…いえ、ハヤト様、カナ様。私から改めて説明させて貰っても良いでしょうか?」
「せ、説明って?」
「フェリシア、私はレオパールさんから大まかに聞いてる。貴女が魔法を使えるから、王宮に迎えたいって話。」
魔法が使えるのは王族か一部の貴族のみ。
希少価値の高い人間が、国内の片田舎で発見されたのだ。勧誘…いや引き抜きか?そうするのは当然であり、他国が掠め取ろうとするのも納得できる。
「えぇ、でもそれは…ちょっと違うんです。」
少し寂しそうに笑う彼女は、私より年下だとは思えない位、疲れた表情をしていた。
そんな彼女の心情を汲み取れない子供が一人。
「王宮にって、…フェリシアは王族になるの!?」
「あのねぇ、私の話を本当に聞いてなかったの?」
「いやだって、あの時は疲れててさ…」
「言い訳しない!」
話をまともに聞いていない上に、飛躍しすぎだ。
王様お抱えの魔法使い…治癒魔法だから、きっと主治医?とかになるんだろう。
「お姉ちゃん、実はそうなんです。」
「ほら!だから……え?」
振り上げた私の手が、空中で行き場を失う。
身構えた彼は、状況を飲み込めずにキョロキョロしているが、私だって同じ気持ちだ。
「ペアポルトで別れてからレザールさんから詳しくお話しして貰いました。…これから話すことは、他言無用でお願いします。」
言い知れぬ圧に押され、私とコバヤシ君は姿勢を正した。
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「お二人は私達の国について、あまりご存知ないように思えるので、少し詳しくお話ししますね。ここマラジアル連邦とヴァステイト神聖王国は、敵国同士ではありません。」
そう言って彼女は、薄汚れた紙片にペンで少し歪な三角形を描いた。
三角形の頂点から真ん中部分を大きく占めるのが、ヴァステイト。右側の三角形3割位がマラジアル。左の1割は…小さな三角を3つほど描いて、黒い雲?みたいな物を描く。
「このモニャモニャしたのは、黒い雲?」
コバヤシ君がフェリシアが描いた絵を挿しながら、彼女に聞いた。私にも、黒い雲に見えるけど…つまり。
「この三角は山って事かな?もしかして火山地帯?」
「いえ、ここは鉱山と製鉄所があって、ヴァステイトの鍛治都市です。」
という事は、ほぼ大陸の殆どがヴァステイトの国土ということになる。
いやそもそもこの三角形が大陸の全てという事はないだろう。きっと私達が理解しやすいように簡略化してくれてるのだ。
「もともとマラジアルは、ヴァステイト神聖王国の勇者の一人が武功を立て、その褒美に右側の亜人の土地を開拓して出来た国なんです。だから…」
「勇者の一人って、勇者って沢山いるの!?」
「え、あの…」
私も同じ考えが浮かんだが、あえて口にしなかったのに!
フェリシアが質問の意味に困惑しているところを見ると、この世界では常識なんだ。
「…ふがっ!?」
「人が話している時は、最後まで聞く事!…ごめんねフェリシア、続けて。」
後ろからコバヤシ君の口を塞いで、フェリシアに先を促す。
「えっと…その…」
少しの間。
この子は年齢以上に思慮深い子だ。
今のやり取りで、私達がこの国の常識に弱い事を感じ取って、どう話そうか悩んでいるんだ。
「ごめんね。質問があれば後でするから、今はフェリシアが思った通りに話して。」
「は、はい。…マラジアルは、勇者の武功によって出来たんです。その為、基本的な法律は、ヴァステイトと同じものを使っています。」
敵国ではなく、暖簾分けした兄弟みたいな国なのか。
それがなぜ?
「初めは小さな国でしたが亜人の領土を吸収して、今では肥沃な土地を多く持った農業国家です。」
あぁ、何となく見えて来た。もしかして…。
「レザールさんから聞いたお話では、今年の初め四代目のマラジアル王が崩御され、王太子様が跡を継ぐ筈なんですが…それをヴァステイト側が認めなくて。」
「なるほど。認めてもらう為に、フェリシアが必要になったって訳ね。」
「待てよ、何が何だか。カカナ、わかる様に話してくれよ!」
「ちょっと待って。…フェリシア先に確認しても良い?ヴァステイトの法律では、王位継承権は、魔法が使えないといけない?」
「そうです。」
あー、それはつまり…あのマラジアル王は、貴族…いや王族なのに魔法が使えないんだ。
フェリシアはそれ以上何も言わない。私が結論に至った事を悟ったんだろう。
「それで?」
「マラジアルの王子様は、魔法が使えないから王位継承権が無いのよ。だから、フェリシアと結婚して……」
え、ちょっと待って。
結論が出たと思ったが、いざ口に出してみたら途中だった。
結婚して、までは合っているはずだ。
ヴァステイトの法律では、例え直系でも魔法が使えないと王位継承権が無い。
このままだと後継者不在で、国として存続できないが、ヴァステイト側はきっとそれが狙いなんだろう。
どう言うつもりで独立を許したのかは知らないけど、マラジアルの土地が手に入るチャンスが合法的にやって来たんだ。
でも、マラジアル側もそれは承知している。
きっと他に魔法が使える貴族がこの国にはいないか、ヴァステイトに抑えられているんだ。希少価値の高い魔法使いを簡単に他国から迎えられる訳もない。
だからどこの貴族でもなく、魔法の条件をクリアする彼女を使う事にした。
そう、結婚して…待てよ、王は魔法が使えないと言う事は…頭の中で一つの結論が導き出される。
「フェリシアを女王にするつもり!!?」
「な、何で俺に聞くんだよ!?」
静まり返った深夜の空に、コバヤシ君の素っ頓狂な声がこだました。
最後までご覧下さり、ありがとう御座います。
大変ご無沙汰しております。
本当に目まぐるしい一年が過ぎました。
皆様の健康と安全、そして素敵な作品への出会いを願っております。




