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第38話 品定めの夜

5日目の夜。


残りハヤト169日。カナ176日。


「お兄ちゃん!!?」



フェリシアの悲鳴が焚き火の方から聞こえる。


悲鳴の先は、俺の左肩。

そこには、おもちゃのようなゴブリンの矢が刺さっていた。

正直、菜箸のような細くて頼りない矢だけど、キチンと突き刺さっており鋭い痛みが走っている。


つい別々に考えがちだったけど、この勇者化も魔法のひとつだった。


寿命ではなく、手を繋ぐことで対価を支払うこの変身魔法は、俺のイメージを具現化してくれているが、具現化するのは鎧だけじゃなくて、その力もイメージに左右されているんだ。


いつもの重鎧姿は、ゲームのキャラクターの様にパワフルなイメージだから、あの鎧でも軽々と動ける。

レオパールをイメージした軽装は、無意識だったけど彼の戦い方を想像して跳躍…、特に瞬発力が強化されていた。


そしてこの姿。

エプロンに防御力など無く、身体能力も家事をするのに最適な出力。つまり、強化されていない素の状態。


幸いな事にアドレナリンが出ているのか、肩の痛みは気合いで我慢…出来そうな気がする。


(…今は、2人を守る事に集中するんだ!)


しばらく地面に伏せたまま第3射を警戒するが、矢が飛んでくる気配はない。


敵がどうなったか知る為にも、まず自分が押し倒した2人を確認する。

カカナの言葉に反応して動いたのは良いが、女の子を押し倒してしまうとは…痛みと並行して、恥ずかしさが込み上げてくる。


「…うっ」

「あ、ごめん!」


下から呻き声を聞いて、慌てて身体を離す。

咄嗟の事とは言え、かなり激しく押し倒してしまったので、怪我をさせてしまったのではないか…!?

慌てて確認するが、パッと見た感じ外傷はなさそう。


その代わりに自分の手の甲は、2人の頭を守る為に地面との間に挟み込んだので、擦り傷をいくつか作ってプクプクと血の点が浮かび上がってきていた。

よく見えない肩の傷より、実際に出血しているのが見える手の甲の方が、痛い気がする。


…いや、前言撤回。

肩の方が痛い。



『コバヤシ君!!』


横からカカナの声が聞こえる。

フェリシアの前に突き刺さった剣から、光の粒がキラキラ空に吸い込まれる様に放出していた。

はやく手を繋がなければ、元に戻って秘密がバレてしまう。


身体についた土や草を払う事もなく、慌てて立ち上がった時、背後から誰かが近づいて来る足音がした。

慌てて振り返り、両手を前に構える。


(慌ててばかりじゃないか!落ち着かなきゃ!)


耳の奥で、ドクドクと早鐘の様な鼓動が響く中、無理やり深呼吸を繰り返して、平静を装う。



「…いやぁ、危ないところでしたな亜人の王。」


木の影から出て来た声の主は…地面から少し高い位置に浮くゴブリン。


いや、違う。


ゴブリンの骸を突き刺した剣で持ち上げた、1人の男だ。


上等な麻シャツ姿の男は、ゴブリンを突き刺した長剣を無造作に振り下ろし、地面に死骸を転がした。


「まさか、まだ生き残りがいたとは。お怪我はありませんか亜人の王よ?」



言葉こそ相手を気遣うモノだが、声の調子、表情はその真逆。

むしろ、少し笑みを浮かべている。


この顔、どこかで見覚えが…?



「…残党は、これで最後の様ですね。」


思い出せない顔の男の後ろから、同じような服装と長剣を持った男がさらに2人。

それぞれ地面にゴブリンの死骸を投げ捨てた。


見覚えのある男はチラリと周りを見渡してから、困り笑顔を作って鼻で笑った。


あ、思い出した。

カカナに言い負かされていた、あの騎士だ。

確か…。



「戦いに慣れた方々とお見受けしましたが、やはり亜人は亜人でしたか。大きな口を叩いていらしゃった割に、ゴブリンの残党を見逃すとは、警備が甘いですな。」


自分に言われている訳じゃない事は分かるが、これはつまり…カカナに対しての嫌味か?

言うんだったら正面から言えばいいものを、わざわざ周りを確認してから陰口なんて。


まぁ、でも本人はそこにいるんだけどね。


『…。』


…柄を握っていなくても、彼女の気持ちが分かる。

それに、カカナを馬鹿にされて俺だって気分が良いわけない。


痛みよりも滲み出た血でペタリと身体に張り付いてくる背中のシャツに不快感を覚えながら、俺は男を無視して光を放つ剣を握り直す。

右腕を動かすと左肩に嫌な痛みが走るが、腹立たしさに任せて無視する。


「お、おい!礼の一つも無いのか!!」


無視された事に不満を漏らす声が聞こえるが、構うもんか。

そのまま力任せに剣を引き抜き、家屋の裏に向かって放り投げた。

流石に左肩が痛んで涙が出てくるけど、傷のことは考えない様にする。


背後では取り巻き2人が、あの名前が思い出せない男の前に慌てて飛び出し、剣を構える。


「貴様、何の真似だ!?」

「ウルバーノ様お下がり下さい!」


あぁそうだ、そんな名前だったか。

俺は騎士の3人を睨み返した。


剣を構える大人3人と、エプロン姿の肩に箸が刺さった高校生。

外から見ればコントみたいだが、今はそんな事は考えられない。


エプロンが光の粒子となって消えると同時に、背後から走って来るカカナと…


(何か来る!?)


木々の上を移動しながら誰かが飛び降りてくる!



「武器を下ろしなさい!!」

「武器を下せ!!」


ほぼ同時に現れたのは、マスケット銃を構えたカカナと、マラジアル王の前に立った長身の青年。

身長に見合った長い手足と、両手に持った大振りの短剣。

何より目を引くのは…服装が黒いスーツ姿と言う事だ。


確か村の中での戦闘中、王様の後ろにメイドさんと一緒にいた人だ。もしかして執事だろうか?

でも執事と言えば何となく老人をイメージするけど、この人は大学生…くらいにしか見えず、栄養食品のCMに出てきそうな爽やか系。


しかも、スーツがよく似合っている。


身近な存在として、親父や先生のスーツ姿は見た事があるが、どこかくたびれていたり、ダボっとした印象を持っていたけど、正面の彼はシュッとしている。

…なるほどスーツって本当はカッコいいんだなと余計な事を思ってしまう。


いや、そうやって他の事を考えていないと、肩の痛みに思考が支配されてしまう!


必死に痛みを堪える俺を他所に、目の前の奴らはカカナに夢中だ。



「火筒…!」

「…あれが!?」


カカナが構えたマスケット銃に対して、ウルバーノ達3人がたじろぐのが分かった。痛い。

しかし、スーツの青年は構えを解かない。痛い。


「こちらは、この距離でも攻撃出来ますよ。」

「存じております。しかし、空の筒を向けられただけでは、何も恐れを感じません。」

「…試してみますか?」


弾が入っていない事が見破られても、カカナは構わずマスケット銃を相手に向けたままだ。


と言うかアイツ、銃を背負ったまま火の上にいたって事!?

火薬とか大丈夫なのか!?


「な、なんだ、矢が入っていないのか!」


執事の話を聞いて剣を構え直す3人。

まずい…最悪の場合、勇者化して凌ぐしか無いのかと考えるけど、青年の目が鋭くてカカナの近くに動けない。



しかしそんな心配を他所に、青年は短刀をジャケットの下に仕舞う。

そして、長剣を構える男達の方へ向き直すと、礼儀正しくお辞儀をしながらこう言った。


「…ウルバーノ殿、王の前です。剣を納めてください。」

「お、王だと?」


馬鹿みたいに繰り返した後、青年の後ろに立っている人物がフードを外した。


その後は早かった。

チンピラみたいな感じだったのに、一瞬で3人とも片膝をつき頭を垂れた。


「我が王よ。お怪我はありませんか?」

「あぁ、助かったぞウルバーノ。」

「…しかし、なぜこのような場所に?」


チラリとウルバーノがこちらを睨み付ける。

護衛も付けずに、俺と会っていた事がそんなに不満なのか?


違うか。

俺と会っていたこと自体が、気に入らないんだ。



「どのような人物か見極める必要があったからだ。我が従者を守る為に身を挺したあの矢傷…信用に足りる人物だと言うことが分かった。我が友を助けに来た貴殿らの働き、礼を言う。」

「はっ。近衛として当然の事をしたまでです。」


深く頭を下げながらそう言う騎士達が、本当はどんな顔をしているのか分からなかったが、取り敢えずこの場はひと段落した気がした…。


最後までご覧下さり、ありがとうございます。


例えゆっくりでも、ちゃんと話を進めて行こうと思います。

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