第36話 謎多き王
5日目の夜。
残りハヤト169日。カナ176日。
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〜ハヤトが料理を始める少し前〜
「お召し物を…」
そう言って手を伸ばして来た侍女の一人、プリュイに鎧を外してもらう。
鎧の中で籠もっていた空気が外へ解放されて、身体に少し寒さを感じる。不覚にも身震いをしてしまい、恥ずかしさもあり横目でチラリと隣の様子を伺う。
プリュイは全く表情を変えず、黙々と繊細な手つきで一つずつ外し、横に置いてあった台車に鎧を乗せて行く。
ここはアヴァラス族の村にある教会の一室。
普通の部屋より少し広い大部屋。修道女達が使っていたのか、タンスと鏡台があった。
ベッドは2つをくっ付けて1つの寝台になり、どこから見つけて来たの上質なシーツで包まれている。
作業が終わるとプリュイは一礼して、台車と一緒に部屋から出て行く。残された僕は、汗で汚れた鎧下着姿だ。
間髪入れずにプリュイは、桶にお湯を持って戻ってくる。
いや、彼女はプリュイの姉であるネージュだ。
背丈も顔付きもほぼ一緒の双子の従者。アッシュブランドの髪の毛は、長さも揃えてボブカット。
唯一の違いを除けば、着ているメイド服も同じと言うこともあり、見分けるのは王宮の人間でも難しい。
むしろ、大臣達や他の従者達をからかっている時すらある。
涼しい顔をして、昔から悪戯好きの2人。
そんな2人は、僕にとって特別だ。
年齢も同じ、王太子付きの従者なので付き合いも長く、友と言うより家族と言う感情が近い。
ほとんど一緒にいることが多い3人だけど、湯浴みの時は必ずネージュと2人っきりだ。
「クウィリーノ様、お身体をお拭きに参りました。」
「ありがとうネージュ。」
ネージュは湯桶を床に置くと、部屋のカーテンを丁寧に閉めて行く。
彼女が最後のカーテンを締め切ったところで、僕は脱ぎ始める。
備え付けのランタンだけでは部屋の照明が少ないのか、ネージュは蝋燭を何本か足して、光量を増やす。
「ふぅ…」
最後の布をとった時、つい声が漏れてしまう。
一日中でも苦しいのに、流石に3日近く衣類を着たままだったのは辛かった。下着の下は、擦れた痕と赤く腫れた肌が隠れており、締め付けられていたら肺が空気を求めて大きく動く。
湯に手をつけて顔を洗ってみる。
何度か繰り返すと汗と埃が浮き出てきて、サッパリとした肌が現れた。
失礼しますと断りを入れて、ネージュが椅子を持ってきて背後に腰掛け、チャプチャプと持ってきた手拭いをお湯につける。
背中は彼女に任せて、僕は頭にお湯をかけ始めた。
うん気持ちいい。
優しく背中を濡れた布で拭われながら、砂埃や汗汚れが落ちて行くのが分かる。
肌が生き返るような心地よさだ。
「ちょっと臭います…」
「しょうがないだろ、あの鎧が重くて暑くて、汗をかきっぱなしだったんだから。」
着の身着のままで城を出て、森の中でコンスタツォ達と合流し、そこで手渡された僕の鎧に着替えてから、逃げ続ける3日間、脱ぐ事はなかった。
さっきブーツを脱ぐ時なんか、プリュイに申し訳ない気持ちでいっぱいだったんだ!
臭うことは、自分が一番分かっている。
「途中で香水を使いましたね?」
「あぁ。いつものがなくて…プリュイが持って来てくれたんだ。」
「はぁ…クウィリーノ様、この匂いは女モノですよ。あの子ったら気が効くんだか、効かないだか。」
確かにいつもより甘い香りだと思ったが、女モノだったとは…コンスタツォ達にはバレてないよな?
恥ずかしさと言うより、大きな不安が押し寄せて来るがもうどうしようもない。
気付いていない事を神に祈るだけだ。
「それで、亜人達との話し合いはどうでしたか?」
「彼らに護衛と食料の提供を…依頼したんだ。対価として母様の指輪を差し出してね。」
「ミュール家の指輪ですか!?」
「僕が払えるモノは、もうあれしかないから。」
「そもそも王族が亜人に対価なんて!王の身を御守り出来る栄誉ですら、勿体無い事なのに…!今は身を隠す為とは言え、そこまで譲歩しなくとも良かったのでは?」
「亜人側に話の出来る人間がいて、彼女が亜人も人も平等だと。口には出さなかったけど、妙に納得してしまって…。」
そもそもマラジアル連邦王国は、人族と亜人達との共生を目指して生まれた国なのだから。現状でも他の国に比べれば…と思っていたが、あの話を聞いて、そう言う未来もありなのかと考えてしまった。
「それに…」
「それに…?」
あの部屋で見た、手のひらの上でリング状に燃える青い炎。
「…亜人達の代表は、青い炎を使うんだ。」
「そんな…まさか!?」
マラジアルの人間にとって、青い炎が持つ意味は非常に大きい。
ヴァステイト神聖王国から独立を勝ち取った先代王…曽祖父が古代竜と契約して会得したと言う、龍炎魔法。
魔族からこの領土を勝ち取った魔法と同じものを使う、異国の青年。
「その者は、何者なんですか。」
「異国から来たと聞いているが、今は猫族と兎族の王をしている事以外、不明だ。」
「そもそも、クウィ…いえ、マラジアル王の許可なく、王の前で王を名乗るとは盗っ人猛々しいとはこの事です。」
「そうだね。ただ護衛のジュウシカナもかなりの強者みたいだ。盗賊と言うより、異国の貴族なのかもしれない。」
「それこそ侵略行為ですよ!」
領土拡大を狙ってい他国が、今マラジアルを手に入れようと?
可能性は…大いにあるだろう。
まさに今、自分は自国の領主達から追われる身となり、立場は無いようなものだ。
主権を狙う領主達とは別で、この混乱に乗じて領土を奪うには絶好の機会と言ったところか。
これから主権を取り戻すにしても、身を隠すにしてもどうすれば良いのか…。
「さ、行きましょう!」
バシャリと、身体を拭いていた布を桶に投げ入れて、ネージュが立ち上がった。
「行くって、どこへ?」
「決まっています。その亜人の代表に会いに!」
「え、いや、え、…今から?」
「敵か味方か見極めなければなりません。プリュイを呼びますから着替えて下さい!」
「だったら護衛を…コンスタツォ達を呼ばなきゃ」
近衛騎士団長の名前が出た途端、ネージュの顔が曇る。
「…信じられますか?」
「それはどう言う意味だ。」
聞き返すまでもない。
あの日、領主達が反乱を起こした日、僕を亡き者にする為、十数年世話になったメイド長が短刀を振り上げてきたのだ。
ネージュとプリュイが、第二の母と呼んで親しんでいた人物でもある、あの人が。
城の中は、同じ国の兵士同士が殺し合いをし、反乱兵達は僕を血眼で探していた。
それはまるで白昼夢。
昨日まで、いや今朝までいつもの様に笑い合っていた人物が、目の前で近衛兵の剣に突き抜かれながら、僕を憎悪の目で見ていたのだ。
逆に先代から仕える庭師は、僕達を逃すために馬を用意してくれた。
彼の安否が心配だ。
「コンスタツォは、王家を守る近衛騎士団長だぞ。道中も僕らを守る為にどれだけの血と部下を失ったと…」
「半年前に領主会議からの推薦で役職に就いた人物です。腕はともかく、信用できません。」
「…僕を守るフリをしながら、部下を殺していると言うのか。」
「確証はありません。しかし、反乱を起こしている領主達から選ばれているのは事実です。」
「全ての領主が敵に回ったわけじゃない。…だが、分かった、心に留めておこう。僕にはもう信をおける者は、君達とアルバートしかいない。」
執事のアルバート。
僕より年上だが、年齢はまだ20代前半と十分若者だ。
先輩からは、執事としてはまだ半人前と言われているが、騎士の出であるだけあって、腕は立つ。
そう言えば、アルバートは会談の後、僕を教会まで送り届けてどこへ…?
「アルバートなら、村の守備状況を見に行きましたよ。どうせ片付けに夢中になって、亜人の警備なんてアテに出来ないからって。」
「アルバートらしいや。」
「と、言うわけで、邪魔もの…ゴホン。口うるさい奴もいないので。プリュイ!」
言い直したくせに、悪口に変わりないじゃないかと呆れる僕を他所に、ネージュに呼ばれたプリュイが、扉から手と服だけ差し出す。
「…さっ、亜人の王に会いに行きましょう!」
□□□
「誰だ!?」
カカナの魔法が解けるといけないので、左手は剣の柄を握ったまま、右手でフェリシアを自分のそばに引き寄せる。
最悪調理中の肉は諦めて、熱々の剣をぶち込んでやるつもりだ。
「すみません、つい話し声が聞こえて…申し遅れました、私はクウィリーノ・トゥロー・マラジアル。」
『うそ!?』
「王様!?」
鉄板がガタッと揺れ、隣にいたフェリシアは慌てて膝をついて頭を下げた。
目の前に現れた少年は…先程、テーブルの反対側に座っていた若王。
彼が、先程の鎧ではなく少し上品で動きやすい服装に着替え、周囲から顔を隠す様にフードを被ってやって来たのだ。
俺は…鉄板から手が離せないので、結果として立ったままだ。失礼極まりない。
さらに後ろから、複数の人影が近づいてくる。
「あぁ、彼女達は私の従者です。お気になさらず。」
そう言って、マラジアル王の後ろから2人の…双子かと思うくらいそっくりな少女が、マラジアル王と同じように、フード付きの羽織を着て、俺の左側に無言で並んで立った。
正面のマラジアル王はフードの下に、優しい笑顔を浮かべながら近づいて来る。
「食事の準備中に申し訳無いんですが、もう少しハヤト殿とお話しできないかと思って。」
「え?勿論良いですけど…その今はちょっと鉄板から手が離せないので。」
遠回しに断ってみる。
こんなミィーアやランドルフのいないところで、俺が何を話せば良いんだよ!
「立ち話で構いません。」
あえなく失敗。
『カカナ、どうしょう!?』
『どうするもこうするも、せっかくだし、何しに来たのか話を聞いてみたら?』
聞いてみたらって…矢面に立つのは俺なんだぞ!
気軽に言わないでくれよ。
「ど、どう言ったご用件で?」
「いえ、大したことではありません。…おや、この肉は何の肉ですか?とても良い香りしますね。」
そう言って、鉄板に近付いてくるマラジアル王。
悪い事をしている訳じゃ無いのに、何だか不安になる。
「ま、魔狼の肉です。」
「食べられるのですか?」
「はい。いや、俺は…私は食べたことがありませんが。」
ほぉーと、興味深そうに少し焼ける肉を見ていたマラジアル王は、急に顔を近づけて来て。
「ところで、ジュウシカナは?」
「え、あー…」
『ニクラウス達と村の警備中!』
「ニクラウス達と、村の守り…警戒中です。はい。」
「やはり彼女は戦士なのですね。付き合いは長いのですか?」
「えっと、1週間くらいです!」
『本当は5日よ!』
正直言えば、1週間どころじゃない付き合いな気もする。
こんなに他人と生活を共にした事なんかないから、短くて長いと言う何とも不思議な感覚だ。
「…そ、それは短いですね。」
流石のマラジアル王も驚いている。
彼は何かを考えながら少し歩く。
「ここへ来る前は、どちらにいらっしゃったのですか?」
「何だっけ…ペアポルト?その前は、ベクトール村です。」
「…リクトールです。」
「り、リクトール村です!」
隣からボソリとフェリシアが訂正してくれた。
チラッと王が視線をフェリシアに向けるが、顔を上げる事はない。
「ふむ。聞き方が悪かった、どこの国から来た?」
『日本って言って良いの!?』
『言っても知らないわよ!そうね…』
『…正直に、異世界から来ましたとか言っちゃう!?』
『ダメよ!王を侮辱しているのかって斬られても文句言えないわよ!』
即答できなかったのが悪かったのか、王の眉間に少しシワがよる。
「やはり答えられないか。」
「い、いえ、その…発音が難しくて…」
母国名の発音が難しいって何だよ!
何で、自国民が発音しにくい国名なんて付けるんだよ!と、突っ込みを入れている場合ではない。
何か答えなくちゃ!
「まさか、貴殿らは…」
『思い出した!私が言うからゆっくり口にして!』
『わ、分かった!』
「マラジアル王、私の国は…」
『パブロ…』
「パブロ!」
左手から伝わってくるカカナの思念をそのまま口に出して行くが、俺とマラジアル王の顔がどんどん険しくなって行く。
「パブロ、…ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ、ホアン…ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス、クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ、トリニダード・ルイス・イ・ピカソ」
『です。長いので…』
「…長いので、パブロ国で大丈夫です。」
もう二度と口に出来ない長さの、嘘っぱちの国が誕生した。
最後までご覧下さり、ありがとうございます。
5日目は、何でこんなにイベントの多い1日になっているのか。
もう少しで6日目に…行きたい。




