第35話 炙られるモノ
5日目の夜。
残りハヤト169日。カナ176日。
熱した鉄板に、塩を揉み込んだ手の平サイズの肉を次々と並べていく。
大人達は村の片付けと、周囲の警戒を行っている為、俺は子供たちと一緒に炊き出しの準備中だ。
村は荒らされていたが、床下に収納してあった保存食品などは比較的無事で、被害を免れた調味料と根菜類を使って、スープを煮込んでいる。
お粥よりは、腹に溜まると思う。
そして今、目の前で焼いているのは皆んなが待ち望んだお肉!
ジュージューと美味しそうな音が村の真ん中で響き始め、何人かが片付ける手を止めて、惚けたり、困った笑顔を浮かべたりしながらこちらを見ている。
もう少し我慢して欲しい。
今回は皆んなに行き渡るくらい十分な量が…うん、まぁ、ある。
■■■
「食べられるの!?だってこれ…」
隣でカカナがすっとんきょんな声をあげたが、声に出さなかっただけで俺も同じ思いだ。
「ちょっと癖はあるが、下ごしらえをして臭みを取れば病み付きだぞ。」
心なしか目の前の大柄な猫族、ライラの表情が嬉しそうだ。
手慣れた手つきで解体を始める彼女を見るカカナは、今にも失神しそう。
「カカナ大丈夫?」
「…だって魔狼って、オオカミの魔物。つまり、ワンちゃんでしょ?」
「まぁ、犬っぽいよね。」
毛こそ黒っぽいが…地をかける四肢を持ち、耳と長い鼻先。
尻尾を振って寄ってくれば、可愛い大型犬とも…言えるような言えないような。
実際、俺たちは魔狼とは戦っていないが、きっと鋭い牙で噛み付いて来たんじゃ無いか?
そいつらを食べるとなると…躊躇する。
「厳密には、この魔狼は狼種じゃない。」
「そうなの!?もしかして精霊の一種とか、実は犬に似たイノシシ!?」
「いや、狼の肉は私には臭過ぎる。だけどコイツは食べられる。」
「…だから、狼じゃないって言いたいの?」
欲しかった答えと違ったのだろう。
カカナが、隣で大きく肩を落とすのが分かった。
「今夜は戦士以外も配れる量だ。晩飯は期待できるぞ。」
鼻歌を歌い出しそうな勢いで、ライラは手を動かしていく。
隣のカカナは、ブツブツと「犬とは違う」と念仏の様に呟いて自己暗示をかけている。
「…ここでは普通の食材っぽいからさ。」
「それは分かってるわ。蛇でもカエルでも構わないんだけど…昔、ワンちゃん飼ってて…。」
「あぁ、うん。抵抗あるなら食べない方が良いよ。俺にも経験あるし。」
「うそ、ワンちゃんを!?」
「いやいや、鶏だけどね。まぁ飼い犬と違って食用にじいちゃんが飼ってたんだ。」
ヒヨコの頃から世話をしていた鶏だ。
あの時は感情がぐちゃぐちゃで、ハッキリと覚えていないが、しばらく鶏肉が食べられなかった。
「命をいただくんだよ。」
「…まぁそうよね。分かった。」
「あぁ、うん。」
目がキョロキョロしていたカカナだが、覚悟を決めたのか真っ直ぐな視線をこちらに返してくる。急に目が合ってしまったもんだから慌てて視線を逸らした。
ビックリした…大丈夫、気付かれてはいない。
自分を落ち着かせる為に、上機嫌なライラへ質問をする。
「そ、そう言えばあっちは?」
「ゴブリンは駄目だ。あれを食う位なら、泥水をすすった方がマシさ。オークはさらに酷い。」
「それは…良かった。」
本当に。
流石に俺も、人型はちょっとと思った。
■■■
そんな訳で、ゴブリンやオークは村の外に埋葬され、魔狼は食べられると言う事で、調理する事にした。
解体されれば、肉は肉だ。
肉質は…脂身が少なく、感触は多分鳥っぽい。
鉄板の上で様子を見ながら、一つずつひっくり返して行く。
ライラからは下処理の方法を教わって、良い感じに焼いてくれと言われたが…取り敢えずお腹を壊すといけないので、生焼けは避けようと思う。
鉄板の上で跳ねる油越しに、肉の状態を確認しながら薪を足していると、横から少女の声が。
「ハヤト様、もう食べられるかしら?」
仮設したかまどでグツグツと煮込まれる3つの鍋を、交互にかき混ぜていたフィーネが声をかけて来た。
中身は毎度お馴染みの麦がゆだが、根菜類を入れているのでいつもより豪華だ。
「ちょっと待ってね。」
額から溢れる汗を腕で拭うと、鉄板を温めている火加減を確認、菜箸を脇に置いてそこから離れようと…
『!!!』
「ご、ごめん!」
慌てて元の位置に戻る。
フィーネがおたまを持ったまま、不思議そうに青い髪を傾げている。
取り敢えず何か言わなくちゃ。
「肉が焦げるといけないからさ。」
「それは分かるけど、乗せたばかりでしょ?」
「あー、そうだね。ほらさ、不安定だから持ってないと。」
そう言って、鉄板を握ったままの左手をわざとらしくガクガク動かして見せる。
「じゃがいもに火が通れば大丈夫だと思うよ。味付けは…フィーネの好みで調整して!」
「私の好み!?そうね…それじゃぁ…」
彼女は嬉しそうに調味料の蓋をアレコレ開け始めた。
「ふぅ…」
危ないところだった。
気を取り直して、さっさと残りの肉も…
「おいハヤト!」
「うわっ!?…な、なんだよリヤ。」
「言われた通り、散らばった薪を拾って来たよ。まだいるか?」
「いや、こっちはもう大丈夫だから、あっちに置いておいて。明日用に取っておこう。」
「ほーい。……なぁハヤト、一個。」
薪の束を小脇に抱えながら、鉄板に向かってそっとリヤの右手が伸びてくる。
「食べても良いけど食事の時、リヤの分は無いからな。」
「なんだよケチ!」
猫族の少年はお手つきせず、大股で集めた薪を民家の裏へ運んで行った。
フィーネがまだ調味料をアレコレ味見しているのが見える。
これはいろんな意味でさっさと肉を焼き終えて、鍋に向かわないと、いつまで経っても晩ご飯にならない。
あと2回分くらいは焼かないといけないから、第一陣の肉を一旦ここでひっくり返して…
「ハヤト…さま。」
「うぉっ!?」
『!?…!!!!!』
背後からの声に驚いて、手を離すところだった。
いや、実際ちょっと離した。
振り返ると、桶に食器を詰め込んだアーデとフェリシアがそこにいた。
アーデは俺の声に驚いたのか、フェリシアの少し後ろに隠れている。
「ご、ごめん、集中しててさ。どうしたんだい?」
「…言われた通り、お皿、洗って来たよ。」
「あ、そうだった、ありがとう!食器はそこに置いておいて。あとは…ミィーア達にもうすぐ食事ができるから、順番に取りに来てって伝えてもらえるかな?」
「…分かった。」
小走りで村長の家へと向かう小さな背中を見送っていると、強い視線を感じた。
食器の入った桶を持ったまま、非難するような目を向ける娘が1人。
「…」
「フェリシ…」
「それ、お姉ちゃんでしょ。」
フェリシアが指差す先。
ジューっと先ほどより落ち着いた音を出す肉が、並べられた鉄板。
俺が握るグリップの先は、巨大な鉄板…の様ないつもの大剣が火にかけられている。
「嘘!信じられない!!」
その場に桶を置いたフェリシアが拳を振り上げた。
ちょっと待てよ、この子はシスターじゃなかったっけ!?
「ま、待ってくれって!やめて、叩かないで!離しちゃう!!」
痛くは無いが、体重を乗せてタックルしながらポカポカ殴られるもんだから、手を離しそうになる。
「フェリシア聞いてくれって!カカナから同意を得ているんだよ!!」
「だからって、普通、火にのせるんですか!?」
「お肉を焼く為にさ…フライパンがないから」
「鉄鍋がなければ、お粥と一緒に煮込めば良かったじゃないですか!!」
確かにその通りだ。
調理器具がないんだから、無理に焼く必要はなかった。
でも、肉なんだから焼いた方が美味しいんじゃないか?
そんな気持ちもあったのは事実だが、むしろ率先してやろうと言ったのはカカナの方なのだ。
「良い機会だし、試してみましょう。」
その一言で、カカナは火の上にいるのだ。
この剣も、もし見比べる機会があればいつもとちょっと違う事が見て取れると思う。
サイズばいつもの馬鹿みたいな鉄板サイズだけど、両刃ではない!
カカナ曰く頑張ってみたけど、最低でも『剣』じゃなきゃいけないみたいだから、仕方なく切れ味の悪そうな片刄が付いている。
熱さの方は未確認だったので、俺的にはかなり勇気がいったけど、本人曰く…
「肉を断ち切る感触とか、血のベタつく感じとかも無いから…温度も大丈夫なんじゃない?」
確かに…振り回しておいて申し訳ないけど、俺は彼女でオークをぶった斬っていたのだ。感覚があったらと考えた事すらなかった。
まぁ、だけど火傷は怖いので、水を汲んだバケツを用意してから火をつけた。
案の定、剣状態のカカナは温度を感じなかった。
もしかしたらドラゴンの炎を剣で防ぐ事も可能かもしれないと言う事だ。…この世界にドラゴンがいるかは知らないけど。
そしてもう一つの収穫が、俺のエプロン姿。
防具のイメージを、いつも家で使っていた母のエプロンにしたのだ。
武器に対する防御力は皆無だが、油跳ねから守ってくれると言う意味では…ある意味で防具なのかもしれない。
『…ちょっと!コバヤシ君集中して!手が緩んできたわよ!!』
「ごめん!まって、待ってよフェリシア!!…集中出来ないって!」
ピタリとフェリシアが拳を止めた。
同じところを何度も叩かれて、肩の辺りがジンジンする。
「…言葉は聞こえませんが、お姉ちゃんは熱くないんですか?」
『心配してくれてありがとう。私は大丈夫よ。』
剣状態のカカナの言葉は他の人には聞こえない。
返事を求めて、フェリシアがキッと睨んで返答を催促してくる。
「大丈夫だって!熱くないって。」
そもそも、熱かったらこんな事やらせないって…。
『私もこの状態の事をもっと知りたかったから、これは望んだ事でもあるの。ちょっと身体が温かい気がするけど、全然へっちゃらよ。オークの攻撃も防げるし、火にも強いみたい。』
「どんな攻撃でもへっちゃらだって。」
「…お姉ちゃんが大丈夫ならそれで良いんですが。」
口では優しい言葉が紡がれているが、俺を睨みつける目は敵意が凄いですけど。
『フェリシア、私達の事は秘密のままにしておいてね。私を鉄板にして焼いたなんて聞いたら、皆んな驚いちゃうから。』
「えっとね、カカナが鉄板だって事は皆んなに言わ…」
「大丈夫です。お姉ちゃんと…お兄ちゃんの秘密は誰にも言いませんよ。」
先程とは違う真面目な顔。
俺より年下のはずなのに、ちょっと年上の大人の様な顔で答えたフェリシア。
多分、鉄板の件だけではなく…勇者化の事を言ってくれてるんだろう。
手を繋ぐだけでイメージ通りの鎧と剣を手に入れて、身体もいつもより動くんだから、そりゃ魔法が存在する世界でもズルだよな。
代償が…カカナと手を繋ぐだけなんだから。
そう言えば、フェリシアはともかく…バレーヌさんは俺たちの秘密を知ってるのかな?
崖下に落ちる時、フェリシアを託した彼女はあのまま目をつぶっていたし、彼女から何か言われた事はないけど、今度会った時にでもそれとなく聞いてみよう。
そうそう、皆んな元気かな?
ペアポルトで別れたのは数日前なのに、毎日が刺激的すぎて遠い過去の人達の様な感じがする。
いや、レオパールとは昨日別れたばかりだったか。
「そうだ、忘れてたけどレオパールのヤツ、いつ帰ってくるんだ?」
「…。」
何気なく出た一言だったけど、ペアポルトで別れた後、何があったか聞く暇が無くて忘れていた。
確か今朝、カカナから口伝えで領主の反乱が起こって…レオパールがフェリシアを連れて逃げて来て、他の仲間を探しに戻った…ん?
「もしかして、あのマラジアル王ってお尋ね者!?」
『…キミは、なんだと思ってたの?』
「いや、だって…え、じゃあ、フェリシアを探していた人物は、あの子なの!?」
だったら、その話も出してあげるべきだったか?
いや、敵か味方かも分からない状態で、フェリシアの事を紹介する事はできない。
カカナに聞いてみれば、何か良い案を…と思ったところで、背後からジャリっと、土を踏み締める気配が。
「…こんばんは。」
突如、広場の奥からから現れた人影に反応して、危うく肉が乗った剣を構えるところだった。
最後までご覧くださり、ありがとうございます。
本当は皆んなで楽しくご飯を食べる回になる…筈だったのに。




