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第34話 月明かりの下で

5日目の夕方。


残りハヤト169日。カナ176日。

「それで、次はどうするんだ?」


集会所から外へ出ると、垣根に腰を下ろしたバルトルトが、鉈の手入れをしながらこちらに頭を向けて来た。

その顔は、どこか楽しそうだ。


「バル兄、聞いてたんだろ。」

「何の事だ?」

「マラジアル王一行を、護衛する事になった。」

「本当か?人族の、それも王族の護衛を俺達亜人が!?」


わざとらしい大振りな動きで驚いて見せているが、ケンパーゼ族ならこんな薄い壁、眠っていても中の会話は聞こえるだろう。


「あぁ。だから移動する必要はなくなったが…」

「おっと、我らが救世主の登場だ!」


バルトルトが俺の背後に視線を向けながら、ニヤニヤする。

こんなに楽しそうなバル兄を見るのは子供の頃、竜の卵を見つけた時以来だ。


「ランドルフさん、ごめんなさい!」


扉から出て来たのは、会談の時とは別人…いや、会談の時が別人だったカナ殿だ。

今は、知っている女性に戻っているが、先程は歴戦の戦士の様な風格を漂わせていた。


「カナ殿、何を謝る事がありますか?」

「勝手に護衛の話を決めてしまって…本来なら皆さんに相談すべきなのに。」

「いや、カナ様は最高だよ。俺らが人族の為に働くのも面白いのに、対価まで要求するとは。」


そう。

亜人が人族に使われるのは、普通だ。

下級市民とは商売の関係で金銭のやり取りは行われているが、ほとんどは人族の言い値だ。


ただ、貴族や王となると話は別になる。

下級市民ですら殆ど言いなりなのに、亜人が対価など要求出来るものではない。


正直、向こうの要求通り大鹿と武器を渡す選択もあった。

種族の命を守るには、長としてその覚悟を持っているつもりだったのだが…。



「剣を刺せば等しく死ぬ、って話しは面白かった。今までの関係に不満はあっても、それがどこか普通だと思っていた。亜人だからしょうがないって。ありがとうな。」

「いえそんな…ちょっと急ぎ過ぎた気もします。皆さんの立場が今以上に悪くなる可能性もあったのに。」

「他のやつは知らんが、俺はスカッとしたよ!」

「あ、ありがとうございます。」


こんなに嬉しそうなバル兄は…いや。

実際、俺も嬉しかった。

やはりこのお二人は、人族なのに異国から来たからか考え方が違う。もしかしたら…。



「あー、疲れた!」


後ろから現れたのは、騎士達と今後の打ち合わせをしていたメンバー達だ。


「ミィーア殿、どうなりましたか?」

「アイツら好き勝手言って来たけど、決まったよ。ここ集会所を騎士達の宿舎、教会を王様が使うってさ。」

「教会ですか?」


マラジアル王とは、敬虔な信徒なのだろうか?

ミィーアの背後にいたジーナが、白い猫耳を力無く下げながら、恥ずかしそうに補足した。


「初めは、族長の家にしたいって向こう側から要望があったのですが…その、ミィーアの家は……汚くて。」

「ちょっとだけだろ!それに、どうせゴブリンの奴らに荒らされてどこも滅茶苦茶だろうから一緒。」


と言う事は、ゴブリンが来る前は…と頭によぎったが、口には出さずに無言で微笑んでおく。



「それじゃ私たちは、村の片付けから手伝えば良いでしょうか?」

「カナ達は休んでてくれよ。」

「全然、私は疲れてないから大丈夫だよ?」


確かに言葉通り、ゴブリン達と一戦交えて、大国の王と会談した割に疲れた様子は無かったが、感謝するには余りある働きをしてもらっておいて、これ以上働いてもらうのは申し訳ない。

それは、アヴァラス族も同じだろう。


「何言ってるんだよ、王様と話をつけてくれたじゃ無いか。アタイらだけだったら、今頃村に火を放ってるかもしれない。」

「そうですよカナ様。私達が考えていた以上の結果を出して下さったんですから、この後はこちらでやりますから。」


ミィーアとジーナにそう言われても、カナ殿はでも…と譲らない。



「我々ケンパーゼもいますから、片付けの人手は足りております。カナ殿には、カナ殿にしか出来ない事をなさって下さい。」

「そうそう、後は任せてくれって。…あっちの王より良い寝床をご用意しますよ。」

「バル兄…」


これは相当カナ殿を気に入ったな。

自然と自分の口角が上がるのを感じながら、耳が扉の奥からやって来る足音を捉える。


「…丁度カナ様にしか出来ない仕事が来ましたよ。」

「ほら、ハヤトの事はカナに任せたから!」


八重歯を見せながら笑うミィーア。

クイクイっと顎を扉の奥へ振り、月明かりの下へ出て来る人影を指した。


みんなの注目が集まる中、外へ出て来たのは緊張から解き放たれたハヤト殿。



「うそ、コバヤシ君…?」



…ただ、その後ろにもう1人いた。




□□□





亜人側に立っていた2人の人族。



亜人と行動を共にする人族、それ自体は珍しい事ではない。


下級市民の中には、亜人達と交易を持つ者もいる。

貴族も例外ではなく、彼らの特殊能力を利用して護衛兵にしたり、労働力として囲っている者だって少なくない。


だから始め、亜人達から王と呼ばれているのは、彼が主人だからだと思っていた。



しかしどうだ?

会談が始まった時から感じていた違和感。

主導権を握っているのは、亜人の族長達だった。


中央の椅子に座り、側近が話す言葉を聞いているだけ。

こう言った場に慣れているか慣れていないかな違いだけで、それはまるで鏡に映る自分を見ている様だった。


でもそれは、彼が魔法を使うまでだ。



「…あの炎を見たか?」



会談が終わった後、近衛兵の誰かがこぼした言葉。


どこか、自分と同じだと思っていた。

自分の方が上だと思っていた。

精神的な余裕は消え、裏切られた様な気持ちになった。


彼は同じじゃない。

格下でもない。

お飾りでも無い。


あの弱々しい表情はこちらを油断されるためのもので、こちらの手の内を見透かした途端、余裕の表情を見せ…僕の使えない魔法を使った。



「青い炎…」



ただの炎じゃない。

よりによって、青い炎だ。



「…確かめなくては。」

「陛下?」


隣で部下達と、今後の護衛方針を話していたコンスタツォからの問いには答えず、席を立つ。


向かう先は、先ほど亜人達が出ていたった集会場の出口。

歪んだ立て付けの扉を乱暴に開け、早足で後を追う。


薄汚れた廊下の先に月明かりが見えた。

今まさに外に出ようとしているその背中に手をかける!



「うぉん!?」


うぉん?

何だそれは、どう言う驚き方だ?


「あ、その、すまない…」

「お、王様!?」

「驚かせるつもりは…なかったんだ。」



自分の口から出て来る言葉が、まるで自分のものじゃ無いかの様に聞こえる。

私は何をしているんだ?


相手は、青い炎を使う…本物の王だぞ。



「まだ何か御用ですか、マラジアル王。」


さっと亜人王を守る様に視界へ入って来たのは、ジュウシカナだ。


そうだ、用があって来たのだ。

ここで引き下がるわけにはいかない、確かめなくては。


「その、つまり…亜人の王よ、あの炎は…」

「あの炎?」

「どこで、習得…」


そう言いかけた所で、背後から手が伸びて来た。

肩を優しく引っ張る白い手袋が見え、振り向かずとも誰か分かる。


「アルバート…」

「陛下いけません。お気持ちはお察ししますがお相手に失礼です。」


己の浅はかさを痛感した。

ついいつもの調子で行動してしまったが、神秘の習得を教える輩がどの国にいるか。

ましてや、王ともなれば継承者以外に口外する事などないだろう。


「…亜人の王、ハヤト様。お呼び止めしてしまい大変失礼致しました。良い夜をお過ごし下さい。」

「え、何か用があったんじゃ無いんですか?」


執事のアルバートが間に入り、深々とお辞儀をするのに合わせ、私も軽く頭を下げる。


「…すまない、私の世迷言だった。気を悪くしたなら謝る。申し訳ない。」

「いや気なんか悪くしませんよ。あ、そうだ!」


アルバートに先導されて、集会場の奥へ戻ろうとした私達に、逆に声がかかった。


「マラジアル王、お腹空いてません!?もし良かったら、一緒に…」



初め、どう言う意味か分からなかった。

そう言えば食事と護衛の約束だから、食料の話か?


一緒に…と言う事は、食事を一緒に取らないかと言うことか。

いやいや、王族である私が亜人の食べ物を口に入れるなど…あり得ない。

アルバートも困った顔をしている。


「せっかくの申し出たが、私には優秀な料理人がいるので結構。」



この発言を後に悔やむ事になるとは、その時微塵も考えていなかった。




□□□




「やっぱダメか。」


年代が近い者同士、同じ釜の飯を食べれば、少しくらい仲良くなれるかなと思ったが、

当然と言えば当然の反応が返って来た。



「…あははは!」

「流石に肝を冷やしましたぞハヤト殿。」

「カナ様だけじゃなく、ハヤト様も最高だな!!」


ミィーアはゲラゲラ笑い転げ、ランドルフは至極真面目な顔をしながらこっちを見ている。

よく分からないけど、バルトルトは強く抱きしめてくれた。



「…え、どう言う事?そう言う思いっきりはあるんだねキミ。」


カカナは案の定、呆れた顔をしてこちらを見ている。


「もしかしてマズかった?」

「そりゃ、マズいでしょ。王様を友達みたいにご飯に誘うなんて…年齢が近いからって、あんなフランクに。近衛隊の皆さんが近くにいなくて本当によかったわね。」


今更ながら背筋に悪寒が走る。

ついつい忘れがちだが、ここは住む世界とは違うんだった。



「だけど、確かにお腹が空いたわ。」

「貯蔵庫が無事だと良いんだけど。お粥ならすぐ…」

「うげ、粥は食べ飽きたぜ。肉が食いたい。」


ビアンカの言葉にジーナとミィーアが反応する。

見た感じ家屋は荒らされているが、食べ物は無事なのだろうか?


「あのさミィーア、食料はゴブリンに食い荒らされたりしてないのか?」

「アイツら元は精霊だから、決まった穀物にしか手を出さないんだよ。魔狼は…あー干し肉とかやられてるんだろうなぁ。」


ミィーアはすごく残念そうに頭を抱える。

何となく、ビール片手にビーフジャーキーを齧る姿が思い浮かんで、多分そんな感じの事なんだろうなと思う。


ジーナは話を続ける。


「ゴブリンは好奇心が強く興味本位で散らかすので、家の中の食材は無事かどうか言い切れませんが、地下の食糧庫なら見つかっておらず無事かもしれません。」

「最低でも、何かしら食事は取れるってことね。」

「あーあ、家畜や鳥も逃げちまっただろうなぁ…」


家畜?鳥?

どんな動物を買っていたのかな。鳥って鶏みたいなやつかな?

卵が手に入れば、食事のレパートリーも…


「食事の件もありますが、まずは村の片付けから。まだゴブリンや魔狼の残党がいるかもしれません。早急に村の防備を固めましょう。」

「ランドルフ、防衛陣地は俺の班でやっておくから、アヴァラスの方を手伝ってやれよ。おっと、カナ様とハヤト様はゆっくり休んでてくれ。」


休むって…俺はほとんど疲れてないし。

あ、そうだ。


「本当に片付けの人では足りてる?」

「あぁ。だからハヤト様は…」

「それじゃ…」


この世界の食べ物は、あっちとほとんど共通している。

リクトール村で食べた朝食に、ミィーアがペアポルトで出した芋料理。

物さえ手に入れば、皆んなに振る舞える料理が作れるはずだ。


でもこれだけの人数がいるから…そうだ!




「カカナ、一緒に晩飯準備しようぜ!」


「え、あたし!?」



銃士カナの威厳はそこにはなく、すっとんきょんな声を上げる、ただの女の子がそこにいた。


最後までご覧くださり、ありがとうございます。


ようやくハヤトのターンになるのかな。

カナがいないと話が進まないので、どうしてもこうなってしまいますが…彼にも活躍してもらいます。


5日目だけ物凄く長い感じがしますが、もう少し続きます。

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