第33話 交渉の銃士
5日目の夕方。
残りハヤト170日。カナ176日。
「確かにそちらの意見も道理だが、今は非常時。王の言葉に従うのだ亜人。」
法律はルールだけどそうじゃない。
この世界の本当のルールは、人間が支配者だという事。
だから、どれだけ法律や取り決められた約条を持ち出しても意味がない。
「王の言葉?さっきから話しているのは、腰巻の方々じゃ無いですか。」
ビアンカの指摘通り、話し合いが始まってからも一言も話さない少年の王様。
ドラマとかでも良くあるが、お飾りみたいな王様と言ったところか?
お飾りと言われれば、こちらのコバヤシ君も変わらない。
私の一言が原因で、王様に担ぎ上げられたしまったのだから申し訳ないんだけど…それでも逃げ出さず背筋を伸ばして座っている姿から、彼の真面目さが伺えた。
「…猫族の村は確か記録されているが、君達兎族は我が国土の民ではない筈だ。口を挟まないでもらおうか。」
でた。
問題を複雑にさせる原因。
今はそんな話をしている訳じゃないのに。
取り巻きが今の意見に加勢し、ビアンカさんがご丁寧に挑発にのってしまう。
腰巻の騎士団員たちが前のめりになり、ミィーアとジーナさんまで…。
天井の梁を見上げながら、思考を巡らせる。
正直、どちらに意見が傾いても構わない気もする。追い出すなら追い出す手伝いをするつもりだし、追い出されたら次を考えれば良い。
…時間さえあればの話だ。
そう、私達には時間がない。
いや、正確には寿命か。
そもそも、私達はゴールすら分かっていないのだ。
フェリシアを誰から守れば良いのか、どこへ連れて行けば良いのか…あぁもうイライラする!!!
「はぁ……」
「か、カカナ…!?」
久しぶりに出た盛大な溜め息に、なぜかコバヤシ君が椅子ごと身体を振るわせた。
別に彼にイライラした訳じゃないんだけど、場の注目がコバヤシ君に集まってしまう。
「…そうだった少年、君はそもそも何者だ。何故亜人側にいる?」
まただ、論点がズレて話が進まなくなるじゃないの。
まぁ、私たち自身も自分達の立ち位置、よく分かってないんだけどね。
「ぁ…ぉれは…」
可愛そうなくらい彼が狼狽している。
それを見てつい、あのスイッチが入ってしまう。
脳裏で、色んな私が余計なことをするなとか、もっと慎重にとか囁いているが、構うもんか。
イメージするのは、大好きなあのキャラクター。
姿勢を正し、顎を引き、半身左を後ろに開き、一夏かけて作り上げた彼を呼び覚ます…。
「彼は人族のハヤト。アヴァラス族とケンパーゼ族を束ねる王です。」
声、仕草、目線…体の細胞があの頃の記憶を再現していく。
「…王?この亜人達の王だと?」
「はい。」
「ぷっ…!」
「はっはっは!お、王だと!?」
予想通りの反応。
騎士達が口元を手で隠しながら口元を歪めるが、私は何も感じない。
「…その者が君達の王だと?」
「あぁ。ハヤト殿は、我々の王だ。」
騎士団長の問いにランドルフが答えた事よって、団員たちの笑い声がより一層大きくなる。
「ふははは!!傑作だ、そんな若造が王だと!?」
「亜人の冗談にしては最高じゃないか!!」
もちろん、ランドルフさんは冗談で言った訳じゃない。
しかし彼等には、戯言くらいにしか聞こえていないのだろう。
「…っ!」
コバヤシ君が拳を握りながら俯くのが横目で見えた。
胸がチクリとしたが、頭は冴え渡っているから大丈夫だ。
私とは違う心が動き出し、口から自然と彼の言葉が出てくる。
「…騎士殿。今の発言は、そちらの主に対しても失礼ではありませんか?」
「は…な、なにを?」
手を指されて慌てる兵士は、先ほど「そんな若造が王だと?」と笑った男だ。
「か、カカナ?」
「失礼ながらマラジアル王も、かなりの若さでいらっしゃる。こちらの王の年齢を取り上げるのであれば、先ほどの発言は主君に対しても失礼ではないか?」
隣でコバヤシ君…以外の皆んなも、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
写真を撮りたいが手元にスマホが無いことが悔やまれる。
「っ!?わ、我が王を、亜人と一緒に…!」
相手は顔を赤くしながら一歩踏み込んでくるが、私は相手の騎士を涼しく見つめ返す。
「ハヤト殿は、人族です。それは、貴殿の隊長も言っておられたではないか。主君のみならず上官すら侮辱するのですか。」
「わ、私はその様なつ、つもりは!」
「…この場を設けたのは、マラジアル王からの提案です。こちらの代表と話したいと。少し黙っていて下さりますか?」
「た、隊長!!」
「…黙れウルバーノ。それ以上喋れば、家名に傷が付くぞ。」
ウルバーノと呼ばれた騎士は、ですが…と言葉を続けたが、隊長からのひと睨みで直立不動に戻った。
視線だけは私を睨みつけているが、しばらくはしゃしゃり出てこないだろう。
騎士団長が改めてこちらに視線を向けてくる。
今度は私に向かってあの質問だ。
「それで、君は何者なんだ?」
「我が名はア……っ、私はカナ。王を御守りする近衛銃士が一人。」
「ジュウシ?」
「こちらの国では馴染みが無いのでしょうが、火筒を武器にする騎士の事です。ご希望でしたら、後でお見せしましょうか?」
「あぁ、是非お願いしたいところだ。」
この会談で初めて騎士団長が微笑みを浮かべた。
良い調子だ、このまま…と思ったところで、服の裾をチョンチョンと引っ張られる感触。
コバヤシ君が、どういう事?と目で訴えてきているが、そこは気付かないフリをする。
「それでは本題に戻りましょう。マラジアル王、話を進めさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「…構わない。カナ殿、続けてくれ。」
「ありがとう御座います。」
お礼を言いながら、仲間内だけじゃなく学校中の女子を虜にした自慢のお辞儀を挟む。
まぁ、この世界の作法はよく分からないけど、それっぽさは伝わるだろう。
それにしても、この少年王の声は心地良い。
鍛えればさぞ立派な…辞めておこう、私から脱線してしまっては元も子もない。
「我々はどちらもこの村を必要としている…という点で、相違はないでしょうか?」
「…そうだ。」
チラッとランドルフさんとミィーアの方にも視線を送る。
「アタイらの村なんだから、当然だよ。」
「だから貴様らは…!」
ミィーアの発言に反発しようとした騎士を、私が睨み付ける前に、騎士団長が視線一つで黙らせる。
「…失礼。続けてくれ。」
「はい。先程もお伝えし、そちらもご承知だった通り、ここはアヴァラス族の村です。男衆が徴兵された為、村へ侵入した魔物を退治できずに森へ逃げておりました。」
「……。」
「村を焼かれ、森を彷徨っていたケンパーゼ族と同盟を結び、この村を奪還する為に彼等は戻って来ました。戦場へ出た男達が帰って来る場所を取り戻す為に。」
「ジュウシカナ、何が言いたい?」
「この話し合いが決裂した場合、彼等がどういう行動を取るかは、予想できますよね?」
ランドルフ、ミィーア達の目付きが鋭くなる。
戦力差もあるから、徹底抗戦になるだろう。
「…君は、我々を脅しているのか?」
騎士団長の目が細くなるが、私の顔は涼しいままだ。
「まさか。彼等の話をしただけで、私達の話ではありません。」
ジーナの目が丸くなるのが分かった。
いや、別に裏切ったわけとかじゃないんだけど、そう聞こえるかもね。ごめんねジーナ。
「私の主、ハヤト様は…彼等亜人の王と呼ばれている人物です。ですよね?」
「あ、…あぁ、うん。」
コバヤシ君が鳩の顔のまま答えてくれた。
完全に話に置いていかれているけど、今はしょうがない。
「…ハヤト様が命じれば、彼等は従わざるをえないでしょう。」
「なっ…!?」
これには流石のミィーアも口をあんぐり開け、ランドルフにいたっては、俯いて拳を握って何かから耐えている。
信用できる人族を見つけて喜んでいたのは彼だ。
その思いを揺るがしてしまうような言葉を私は言っている。
「カナ…殿…。」
「アンタ…。」
ごめんなさい。
今すぐにでも釈明をしたいが、今は貴方達の目を見ることは出来ない。
「なるほど、我々の意見を尊重してくれると言う事か。」
「カナ殿、貴女の働きかけに感謝し…」
騎士団長が立ち上がり、マラジアル王が礼を言おうとしたところを、手で制する。
「まだ話は終わっておりません。ここで私達から提案です。」
「私達?…亜人側の発言はすでに?」
今度はマラジアル王側も鳩だ。
私は隣でまだ鳩顔になっている彼の手を握る。
一瞬、逃げるように手が離れようとするが、力強く握りこんで念じる様に話しかけた。
『コバヤシくん!』
「うわっ!?」
突然声を上げて、慌てて自分で口を塞ぐ彼。ちょっと可愛いじゃないか。
そんな事より、思った通り手を繋げば、お互いの意識を送られるのか…副産物かもしれないが、これは便利だな。
『今から私達と兎族と猫族を売り込むから、手伝って!』
『待ってくれよ、全然意味がわからない。』
『第3の提案をするの。ドヤ顔で構えてて、合図をしたら魔法で小さくて良いからインパクトのある炎を出して!』
『第3って!?ドヤ顔でインパクトのある小さい炎って…!?』
手を離す。
彼が鳩顔から、不安そうな表情に変わって視線を彷徨わせているので、しょうがないから、一瞬キリッとした顔を作って彼に見せつけた。
「……っ。」
ぎこちないが、彼なりのドヤ顔が出来上がる。
周りは何が起こったのか分からず、急に得意顔になったハヤトを不審に注目する。
人は理解できないモノを見ると、恐れを感じると言う。
…まさにその作り顔は、なぜそんな得意顔なのか理解できず、狙い通り周囲に不気味さを植え付けた。
「それでは私達からの提案ですが、マラジアル王御一行の滞在期間中の食事と護衛を提供いたしましょう。」
「「食事と…護衛!?」」
見事に両陣営からおんなじ台詞が上がるが…ちょっと、コバヤシ君はこっちを見ないの!
さっと彼の後頭部を掴んで、正面に向きを直す。
「そもそも滞在とは…?」
「先ほどのお話を聞いたところ、この土地が欲しい訳ではなく、安全な場所を求めていると解釈致しました。そこで、皆様にはアヴァラス族の村にご滞在中の生活と、安全をご提供させて頂きます。」
「わ、我々が亜人に守られるだと!?」
腰の長剣に手を掛けるとは、なんと短気なんだこの騎士達は…相手が相手なら、即開戦じゃないか。
「勿論、相応の対価をお支払いただきます。金額は後ほどで構いません。」
「貴様、亜人どもに金を払えと言うのか!?」
確かこの騎士の名前は…
「ウルバーノ殿と仰ったか?…失礼だが、あなた方の考え方だと、報酬も出さず亜人にただ守られる騎士団の方が、世間的には屈辱だと思ったのだが?金を払って雇った方が体裁が良いかと。」
「亜人が人族を守るのは…!」
「…当然だと思ったか?」
冷たい怒りを込めた口調。
彼なら多分こう言うだろう。
「剣を刺せば、人族も亜人も等しく死ぬ。役職も地位も剥ぎ取り裸になれば、貴殿と、彼等に違いなど無い。人族も亜人も等しく上下は存在しない。」
「…っ、人族こそ優良種であり、亜人など下等な生物に過ぎん。我々と同等に扱うなど持っての他!!」
下等な生物と聞き、ランドルフ達の空気がピリッとしたものに変わり、椅子から彼等の腰が浮くのが分かる。
そこは優しい視線を送って、もう少し耐えて欲しいと訴えておく。
渋々、腰を下ろすのを見届けてから話を続ける。
「勿論、判断はマラジアル王にお任せ致します。もしこの提案を受けて下されば、ハヤト殿が両族に話を通し、手厚くお迎えする事をお約束致します。」
少年王の顔が少し曇る。迷っているのか?
「陛下、亜人の力など信じてはいけません!」
「我々近衛騎士団にお任せください。あんな奴ら、我々が退治して…」
不穏なワードが出て来た。
そろそろかな。
「もし、もし我々と戦うのであれば、こちらはあなた方以上の兵力を有しており、あなた方の知らない武器が遠くから狙い…」
ひと間おいて。
「ハヤト様の魔法が、あなた方の頭上に降り注ぐでしょう。」
「魔法…だと!?」
魔法と言うワードに、この世界の人は弱い気がする。
権力に直結しているから当然か。
「は、はっ、魔法など我らが王に通じるモノか!!」
そうだろう。
魔法が使えるから王族や貴族なんだから。
でもね、ウチらの魔法は何でもアリなんだよ?
「ハヤト様。」
「…おけ。」
ドヤ顔がそのまま顔に張り付いているのか、表情を変えずに彼は掌を上にして、テーブルに出した。
「……っ、点火!!!」
ツマミを回す仕草をして掌を上に開くと、パッと灯る炎。
円形に燃える青い小さな炎の集まりは…火力的に中火くらい。
ドヤ顔を私に向けてくるので、取り敢えず感謝の意味を込めて微笑んでみたが、内心は何でガスコンロの火を選んだのか問いただしたい気持ちでいっぱいだった。
さて、騎士団も団長も身動き一つしない。
いまいち、効果があったのか、それとも甘く見られているのか判断がつかないでいると、少年王がおもむろに手を動かし始めた。
…ゴトリ。
机の上に置かれたのは、先ほどまで少年王が指にはめていた黄金の指輪だ。
「カナ殿の提案を受けようと思います。」
王はそう言って、指輪をこちらに差し出した。
最後までご覧くださりありがとうございます。
無報酬で仕事してくれる人なんていません。
経営側としては夢の労働力かもしれないけど…。
お金以外の対価が別にあれば、請け負ってくれるかもしれませんね。




