第31話 人間の兵士
5日目の昼過ぎ。
残りハヤト170日。カナ176日。
「お、お、お前は…っ!」
背後から聞こえる、うわずった男の声。
ハヤトの口から返事は出ず、かわりに呻き声が溢れる。
「ぐっ!」
『何やってんだよ、早く逃げろよ!』
「よ、妖精!?」
鉄塊に押しつぶされようとしていたのは、おろし立てのピカピカ鎧を装着した、年若い男の兵士。
抜刀した剣を地面に転がして、無様に腰を抜かしている。
『コバヤシ君!』
「おぉもてぇ…押し返せぇなぃ!」
「おい、お前はいったい!?」
『そんな事いいから、さっさっとどっか逃げろよ!ハヤトがもたないだろ!!』
「何だよこの妖精は!?」
必死に若い兵士を引っ張るが、うんともすんとも言わない。
こんな時、妖精の身を選んだことを後悔する。
せめて言葉による意思疎通が出来るか、身体を人間サイズにしておくべきだった。
オークが鉄塊を再度振り上げ、叩きつける。
ギャンッ!!!
「うっ…」
体制を立て直せず、二撃目を受けたハヤトの姿勢がさらに歪む。
回避すれば抜け出せるのだが、背後で立つ気配も剣を取る気もない兵士のせいで、ハヤトはその場から動けないのだ。
『コバヤシ君!私が仕留める!』
「おぉ…頼むぅ…」
オークが次でトドメだとばかりに、鉄塊を大きく振り上げた。
その瞬間、ハヤトは大剣を民家の裏に放り投げ、半ばヤケクソの叫び声を上げながら、両手を頭上に。
「うぉおおー!!…っんぐ!!」
甲冑がガチガチとぶつかり合う音を響かせ、振り下ろされた鉄塊を掴み耐えるが、不自然な姿勢と勢いに負けて膝は曲がり、頬の横まで鉄塊が迫っていた。
「貴様、武器を捨てるなんて!!」
ほぼ泣き声に近い悲鳴を上げる背後の兵士。
武器を捨てて、地面にへばりついている奴が何を言っているんだか。
…ジッ、シュバーン!!!!
村を独特の破裂音が突き抜け、鉄塊を押し付けていたオークに無数の穴が空き、糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちた。
「何んだ今のは!?…お、おいそこのお前!」
「え、何!?」
「今の音は、いや、オークをどうやって!?」
「あー、うん、ごめん後で!」
そう言ってハヤトは、魔法が解けかかり光の粒子を溢す甲冑姿のまま、剣を投げ捨てた民家の裏へ急ぐ。
そこには、まだ銃口から煙が残るマスケット銃を肩に掛け直すカナの姿が。
ハヤトは走り寄りながら手を伸ばす。
「カカナ!」
「このまま村の中心へ!」
カナの手を捕まえると消えかかっていた光の粒子は甲冑に戻り、彼女は大剣へと姿を変えた。
民家の向こうからは、訳もわからないまま1人置いてきぼりにされた兵士が、何か叫んでいるみたいだけど、まぁほっといても問題ないでしょう。
ハヤトとカナは、ゴブリンとの乱戦が繰り広げられる村の中心へと急いだ。
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「…お互い離れるな!孤立したら飲み込まれるぞ!」
序盤こそ大鹿の突撃力でゴブリン共を蹴散らしたが、やはり数が尋常じゃない。
足を止めた騎馬などすぐ飲み込まれてしまうので、早々に下馬して事前の打ち合わせ通り、アヴァラスの3人にケンパーゼの戦士が4人ずつ加わり、5人編成の歩兵班を3つ作った。
アヴァラス族の案内で、他の2班は室内に潜むゴブリンを誘い出したり、路地裏を使って回り込んでゴブリン達から奇襲を受けない様に立ち回ったり、退路を塞ぎながら広場へと誘導した。
待ち構えるのは、ケンパーゼ族の中でも腕力に自信のある精鋭達。障害物の少ない広場で大立ち回りをする。
作戦会議での話では、外にいるだけで30匹と言う話だったが、これはまいった。
すでに50匹近くのゴブリンを捌いたと思う。それでもまだ湧き出てくる小さな魔物に、予測の甘さと事態の深刻さを感じざるを得ない。
多目に見積もっていたとは言え、それを越える数のゴブリンがこの村に潜んでおり、魔狼とオークまでいたのだ。
「ランドルフ、これは異常だ!」
「バル兄、俺も今同じことを考えていた。」
「あぁクソッ、ここは最前線じゃないんだぞ!これはまずいだろ、落とされたか、抜かれたか…。」
家が隣同士で、小さい頃から兄の様に慕ってきた年上の男バルトルトが、腰の鉈を振り抜きながら呻く。
鉈は見事ゴブリンの胴体を捕らえるが、致命傷にはならない。
距離を取ったソイツは再度唾を飛ばしながら何か吠え、錆び付いた剣を振り回して襲ってくる。
バルトルトの後ろを守っていたケンパーゼ族の戦士が、加勢に入り、2人の槍が的確にゴブリンを打ち倒す。
「ランドルフさん、来ます!」
隣で長剣を構えていたアヴァラス族のジーナが、毛を逆立てながら民家よりひと回り大きい教会を指さした。
味方の班が、屋内に隠れていたゴブリンを追い立てているのだろう。
バンっ!と勢いよく扉が開くと、吹き出す様に30匹近いゴブリンが刃物を振り回しながら飛び出してきた。
「…お互い離れるな!孤立したら飲み込まれるぞ!」
「「おうっ!!」」
仲間達が密集し武器を奴らに向けた時、何かが教会から出てきたゴブリン達を蹴散らした。
奴らにも予想外だったのかほぼ無抵抗に蹂躙され、立ち上がるも満身創痍の様だ。
全身を覆うほどの甲冑に、背丈と同じサイズの大剣を軽々と掲げる青年。
「ランドルフさん、手伝いに来ました!」
「ハヤト殿!…助かります。奴らを密集させないで下さい!」
「了解!」
ハヤトは剣を構え直すと、教会の方へ駆け出した。
「この好機逃すな!1匹ずつ確実に倒せ!!」
俺の号令で、突然の乱入者に混乱するゴブリン達に、バルトルト達の槍が襲い掛かった。
ヒュン…
「なんだ!?」
独特の風切り音の後、目の前のゴブリンの身体に矢が刺さった。
仲間に弓使いはいない。この矢はどこから?
「今だ、突撃!!!」
「「うぉー!!」」
背後から聞こえた号令とともに、ガチャガチャと鎧を身に纏った兵士が、長剣を構えながら走り込んでくる。
彼らは俺たちの横を通り過ぎると、ハヤトに吹き飛ばされて満身創痍のゴブリン達に群がり、次々とどめを刺して行った。
「な、何なんだいったい?」
「バル兄、俺にも訳が…ハヤト殿、彼らはいったい!?」
「いや、知り合いじゃないんだけど…さっき助けた人の仲間かな?」
改めて確認してみるが、見たことのない新品の鎧だ。
俺達の村を襲った兵士とは違う。
…いや、待て。
ぐるりと見渡した兵士の一人、後方で号令を掛けてきた男の隣に立つ兵士が持っていた旗。あの旗には見覚えがある!
「…マラジアルの兵士か!」
我々の村に来て、従属を指示してきた国の兵士だ。
一方的な通知を断ると村を焼かれて、一族を野盗に堕とした原因。
槍を握る手が、無意識に強くなる。
「マラジアル?…ら、ランドルフさん!気持ちは分かりますが、今は待ってください!俺の知り合いが多分いるはずなんです。話を聞いてみますから。」
「ハヤト殿。…わかりました。今は貴方の配下、お言葉に従います。」
殺気を隠す気のない仲間達を手で制すると、俺たちは広場の隅に移動した。
槍を構えながら警戒している風を装っているが、もう戦う気力すらない。
それは、さっきまで生き残る為に死闘を繰り広げたゴブリン達が、一方的に仕留められていく姿を見ているからだ。
どことなく自分達と姿が被って見えてしまい、哀れみすら感じてしまう。
結局ゴブリンの残党は、教会の奴らで最後だったようだ。
さっきまでの戦場の熱は消え、村本来の静寂が訪れる。
「こっちも終わった…って、アイツら誰?」
背後から現れたのは、魔狼達と戦っていたミィーア達だった。
所々、引っ掻き傷や毛に血がついて固まった跡などがあるが、猫族兎族共に大きな怪我は無いようだ。
ビアンカが、他の仲間達と同じように目を細めて広場の兵士達を訝しげに見ている。
目の良いニクラウスは、だいぶ前から気が付いていたのだろう、一歩引いた所で人族の兵士から視線を外さない。
「マラジアルの兵士だと思うんだけど…」
「村を焼いた奴らか!?」
「いや、ビアンカさんそうなんだけど、知り合いがいると思うから、ちょっと待って!」
「ハヤトの知り合いって事は、あの時の弓の兄ちゃんか?」
「うん…格好が違うけど、知り合いの名前を出せば。ここは、任せて!」
「…ここは、ハヤト殿に一任しよう。」
そう言って、兵士たちの方へ歩いていくハヤト殿を見送る。
マラジアル連邦王国兵士には恨みしかないし、人族への劣等感は亜人の血に根深く残っている。
しかし、異国から来たハヤト殿とカナ殿は、人族でありながら我々に理解を示してくれた。
人の国に対してはまだ不信感があるが、2人の知り合いとあれば酷い人間ではないだろう。
もしかしたら、村を焼いた兵士達がたまたま極悪だったかもしれない。
先代の村長から、人との交流を固く禁止されていたが、これを期に友好をはかっても…
そんな事を考えていると、兵士の長らしき人物が話しかけるハヤト殿を抱き寄せると、こちらに向かって剣を抜いて口を開いた。
「亜人どもよ、勝手に村に入ることを禁止する!ここは、我々マラジアル連邦王国の領土である!…亜人は去れ!!!」
最後までご覧下さりありがとうございます。
新しい人達が出て来ました。
もっと先で出てくるはずだったのに待ちきれなかったか。
予定通りなんてつまらないから、…ヨシとしておきましょう。




