第3話 魔物と村人
1日目のお昼頃。
残りハヤト181日。カナ181日。
年齢は30後半から40代と言ったところか。
180センチ近くある高身長に、細身のシルエット。しかし、あの身のこなし…私には分かる。
(細マッチョに違いない…!)
キッチンへ入って来た神父は、私とコバヤシ君ハヤトに気が付くと、フェリシアを背に隠す様に庇う。
「誰だね君達は!?」
「神父様、このお2人は違うんです!」
神父は視線を2人から一瞬離し、調理台の上に置かれたあのナイフを見つける。
視線が戻る。
私は首を振る。
コバヤシ君は若干身に覚えがあるのか視線を逸らす。
「貴様ら、フェリシアを…っ!!」
「神父様!!!」
「ぐべっ!?」
フェリシアが神父の腰に一撃を入れる。
身長が高い人は、腰を痛めやすいとも聞いた事がある。年齢的にも、もしかしたら痛めていたのかもしれない。
「この方々は…その、お茶飲み友達です!!」
フェリシアがなんとか庇ってくれるが、あのお茶は二度と飲みたくないと思う。
「そんな事より神父様、魔物は!?」
「そうだった、村人を教会へ。フェリシアも避難の手伝いを」
「ハヤト様とカカナ様は、危ないのでこちらにいて下さい!」
「いや、そうはいきません。俺たちも行きます!」
「えぇ、私達はその為に来たんだから!」
でもと、フェリシアが困った表情をするが、私とコバヤシ君は、神父について外へ出た。
□□□
外に出てみて分かったが、この村は小さい。
小高い丘の上に教会があり、そこを頂点に民家と畑が広がっていた。
「こっちだ!丘を登れ!」
「教会へ走れ!女子供が先だ!!」
「ばあちゃん!急ぐべ!」
坂道を登ってくる村人避けながら坂を下る。
「皆さん落ち着いてください!教会まであと少しです!助けが必要な方は声をあげて下さい!」
子連れの母親を励ましたり、老人の手を取りながらフェリシアが避難誘導を始める。
人混みをかき分けて、1人の老人が近寄ってくる。
「神父様!魔物は水車がある川方から来ている!ナッジのジイさんが鉈を持って…時間を稼ぐって」
「大丈夫です。お任せください。」
「すまねぇ…」
「フェリシア、後を頼む!」
フェリシアを残し、神父が走り出すその後ろをついて行く。
「あの神父さん」
「…なんでついて来たんだ?」
「私達にも何かお手伝いさせて下さい!」
「…他にも逃げ遅れた人がいるかもしれない。私から離れない様に。」
カカナと一緒に頷く。
それにしても、すれ違う人は女性か老人。子供も少なからずいたが、その殆どは幼児や赤ん坊だ。
「この村、男性が少ないんですか?」
「全部戦争のせいさ。」
そう、この国は戦時中なんだ。
魔王なんて聞くと、ファンタジーでどこか嘘っぽい感じすらするが、戦争と聞くと少し実感が増す。
神父が足を止め、道の脇に入る様に指示する。
俺たちは、背丈の高い草むらに身を潜め前方を覗き見る。
「…コバヤシ君、あそこ!」
カカナが指差す方を見ると、赤茶色の肌に棍棒の様なモノを持ったゴツい人影が。
ただ身長は神父様より高い。2.5メートルくらいか?
目を細めて見てみると、削り出した岩の様な顔には、人には無い牙が生えていた。
実際にソレを見ると、脳が拒否反応を起こす。現実だと認識したく無いのだと思う。
それにしても、民家を覗いたり、後ろを振り返ったり…獲物を探していると言うより、むしろ何かから逃げている様に見える。
神父は、先程フェリシアが使った大振りのナイフを取り出し、握り具合を確認する。
「オークか…しかしなぜ昼間に?」
「オークって言うんですか?」
「一般的な魔物だと思うが…君達、見るのは初めてか?」
「私達の町には出なかったので。」
カカナがすかさずそれらしい事を言う。嘘は言ってない。
「大きな町ならそうか。もともとオークは人を襲うが臆病な奴らで、襲撃も殆どが寝静まった夜だ。しかも見てみろ、昼間なのに3体もいる」
言われて初めて気がつく。
道の脇をフラフラ歩いてくる1体目。家屋の影に2体目。奥の川沿いから何かを引きずる3体目。
「うそ…」
隣でカカナが息を飲む。
3体目は、人を引きずっていた。左手で男の右足首辺りを持ち、キャリーケースを引きずるかの様にエッチラオッチラ歩いてくる。
引きずられる男が何か叫んで、手を振り回す。
生きてる!!
「…流石に3体は」
「私が前の2体を引きつけます。その間に神父様はあの人を助けて下さい。」
そう言ってカカナが腰を浮かせる。
「ちょっと待てよ…!」
「…何よ、キミはここに隠れてて良いのよ。」
「何でお前はそんな無茶ばかり言うんだ。」
「じゃあキミは、何しに来たって言うの…!?」
「…1人で行くなって。俺が左の奴を誘うから、お前は右を頼む。」
カカナが意外そうな顔をする。
「決まったかね?…少しの間で良い、すぐ助けに戻る。」
「大丈夫です。俺たち勇者なんで。」
「さっさと魔王を倒して帰らなきゃいけないんです。」
「…面白い冗談だ。それでは頼む!」
神父は横の林に飛び込む。脇から回り込むつもりだ。
だったら…!
ハヤトとカカナは林とは反対側、農道側に飛び出る。
カカナが「おーい!こっちだー!」とか叫ぶと、オークたちが一斉に振り向き、小走りくらいのスピードで迫ってくる。
人型だが、目は人とは違うんだなと思いながら、俺は手頃な石を拾って…左の奴、道のを進んでくる奴の注意を引く!
放物線を描いた小石は、見事ヒット。
「ンフーブー!!」
石が当たってもダメージはもちろん無い。叫びながら地団駄を踏んで怒りをあらわにしている。頭はあまり良くなさそうだ。
「こっちだ!」
うまく行った。走るのも大して早く無いし、時間稼ぎだから余裕そう…と思った時、石をぶつけられたオークは走り出した。
カカナに向かって。
「何でだよ!?」
慌てて追いかける。走りながら石を投げてみるが狙いが定まらない。
家屋付近にいた2体目のオークは、まだカカナと距離があり余裕を持って誘導している。しかしこのままだと、農道側から来るオークに挟み撃ちにされる!
「お前っ止まれよこっち向け!…カカナ逃げろ!!!」
ようやくカカナがこちらのオークに気がつく。
すると、家屋の2体目も走り出す!コイツらさっきまでワザと走らなかったのか!?
意識を取られたカカナに、オークが迫る。振り上げられる棍棒が、獲物に向けて叩きつけ地面が揺れる!
「っ…やるじゃん」
ポニーテールを揺らしながら、カカナは素早いサイドステップで避ける。巻き上がる土煙に怯まず、そのままこっちに向かって走り出す。
農道の1体目が、向かってくるカカナに棍棒を横にスイングする。ブォンっと聞いた事がない風切り音が響くが、カカナはすでに横をすり抜けている。
あのフットワーク、きっと所属はサッカーかバスケ部だ!
「わ、悪い!大丈夫か!?」
「何やってるのよ!…もう良いから、やるわよ」
差し出される手。
オークは空振りしたせいで獲物を見失い、まだキョロキョロしている。
チャンスは今なのかもしれない。
「あ、あぁ…!」
男は度胸だ!
俺は差し出された手を握り返す!!
□□□
男子と手を繋いだのなんて何年ぶりだろうか。もしかして中学の時の彼氏以来か?
早る鼓動は、今走って来たからだ。別に男子と手を繋ぐくらい何でもない。
(…男子の手って大きいよね)
指の長さなら私の方が長い気がするが、肉厚と言うか包み込まれる感じがする。
(私、手汗とかかいてないかな?)
ちょっと不安になる乙女心。
そんな心を知ってから知らずか、コバヤシ君が声を掛けてくる。
「なぁ…」
「…うん。」
多分、同じことを思っていると思う。
勿論、手汗の件じゃないはず。
「何も起こらないよな?」
「私もそう思ってた。」
側から見たら滑稽な光景だろう。
道のど真ん中で男女が仲良く手を繋いで、向こう側からオークが2体走って来ているのだ。
2人はクルリと向きを変え、手を繋いだまま走り出す!
「確か天使は、手を繋ぐと片方が勇者で、片方が剣になるって…つまりこの状況は、失敗してるって事よね?」
「あ、うん!何も変わってない!」
「手を繋ぐ以外に何か条件があるのかしら?」
「いや、冷静に考えてないで!後ろ後ろ!来てるよ!!」
もしかしたら、呪文が必要なのかもしれない。それとも手の繋ぎ方が違うのか?
…あぁもう、考えをまとめたいのにオークが鬱陶しい!
そう思った時、私たちの前にちょび髭のおじさんが飛び出して来た。
「めぇら、そこどけぇい!!!」
ちょび髭のおじさんと言うより、おじさんが持っている物に驚きつつ、私とコバヤシ君は手を離して左右に避ける。
「食らいんしゃい!!!」
ちょび髭は、オークに向けてソレをぶっ放した。