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第2話 聖女とお茶会

1日目の午前。


残りハヤト181日。カナ181日。

「神よ。魔物の侵攻が止まらず、前線では多くの方々が家族と離れ、世界の為に血を流していると聞きます。」


戦地は隣国のさらに先だが、この辺境の村にも魔物との戦いは膠着状態だと言う話が入って来ている。

情報が伝わる時間を考えれば、戦況はさらに悪化している事だろう。


「我が祖国も、多くの若者が故郷を離れて戦へと赴いています。彼らに神の御加護を。」


この村の若者達も、先日旅立ったばかりだ。

武功を上げて村に凱旋するんだと意気込んでいたが、その笑顔が引きつっていたのを私は知ってる。


「どうか、我らを導く勇者を…」


伝説に出てくる英雄。

古代、魔王の大軍を単身押しとどめた人類の切り札にして救世主。

現代にも魔物が存在し、魔王軍が出現したのだ。

…勇者だっているに違いない。私はそう信じている。


「神よ、我らをお救い下さい。」


いつもの様に祈りを締めくくり目を開ける。


目の前には今まさに落ちてくる男性が視界を覆った。




□□□




「いてて…」


あの天使、異世界に飛ばすにしてももう少し考えろよ!と腹を立てる。

高い位置から落とされたわりに、下にクッションがあったお陰で大事には至らなかったが。…顔に当たる柔らかな感触と、この世のものとは思えない透き通った甘い香りに気付く。


「…あ、あの…」


顔を上げると、恥じらったシスター…あの少女が頬を染めながら目を逸らした。


「ご、ごめん!!!」


一瞬で離れる。

鼓動が早くなり、シスターを直視できない。あの感触って、あの匂いって、天使よお前が神だったのかと錯乱する脳内。


その横を、ポニーテールが通り過ぎる。


「何やってんの。ねぇ…大丈夫?」

「す、すみません驚いてしまって…あなた方はいったい?」

「あぁ…私は…」

「あー、うん、俺は…」


そう言えば俺たち自身、まだお互いの名前すら知らなかった。

急に黙った俺たちを見て、慌ててシスターが姿勢を正す。


「失礼しました、私から名乗るべきでした。私はここリクトール村で修道女をしております、フェリシアと申します。」


そう名乗ると、丁寧なお辞儀をしてくれた。


「私は…カカナ。宜しくね。で、そっちが…」

「お、俺は…コバヤシ。」


別に隠す必要も無いんだが、何故かあだ名の方を言ってしまう。

ポニーテールの女、カカナがこっちを睨む。


「…コバヤシ君。名前は?」

「は、ハヤトです。」

「それで、ハヤト様とカカナ様は何故祭壇から?」

「そ、それは…」


これこそ、なんと言えば良いか分からない。

正直に言っても信じてもらえないだろうし、だからと言って…。

ブツブツ悩んでいると、カカナが一歩前に出る。


「フェリシア様。私達は、『神から』貴女の力になって欲しいと遣わされた者です」

「そ、そのまま言った!」

「神から遣わされた!」


ほら…シスターフェリシアが、目を大きくして口に手を当て驚いてるじゃ無いか。可愛いぞ。


「…い、良いのかよ、そんなはっきり言って。」

「コバヤシ君、私達には時間がないのよ。考える前に行動しなきゃ間に合わないじゃない。」 


悔しいが、ごもっともな事を言う。


「と、と…」

「とと?…どうしましたフェリシアさん?」

「と、言う事は…」

「はい?」


「勇者様なのですね!!!」


溢れんばかりの輝く笑顔で彼女はそう叫び、俺に抱きついた。




□□□




別に隠すつもりはなかった。

ただお互いの名前も知らなかったし…何となくあだ名を口にしてしまっただけだ。


(…何が「コバヤシ君、名前は?」よ)


我ながら恥ずかしい。揚げ足なんかとってる場合ではなかったのに。

結局タイミングを逃し、苗字はおろか本名すら伝えられずに、私たちの顔合わせは終わった。


今は教会のキッチンで、シスターフェリシアがお茶の準備をしてくれている。

レンガと木材で作られた建物、食器棚も控えめながら見慣れない装飾が施されており、まるで外国に来た様な感じだ。


(異世界なんだけどね。)


思わず笑ってしまう。



「…汚いところですみません」


私がキョロキョロしているのを、値踏みしているんだと思われたのかも知れない。

慌ててカップを持ち上げ、話を逸らす。


「この紅茶、とても良い香りがしますね!いただきます。」

「カカナ様ちょっとお待ち下さい!…このお茶は苦いので、お砂糖を入れると美味しいですよ!」


そう言ってフェリシアは砂糖の瓶を勧めてくる。

そこまで甘党ではないが、せっかくの勧めなのでお砂糖をスプーンに取る。


「ズッ…げふげふ!!」


隣でコバヤシ君が盛大にむせる。

慌ててフェリシアがハンカチを差し出す。


「勇者様これをどうぞ!」

「何やってるのよキミ…今、話聞いてた?」

「すみません苦かったですよね、お砂糖をお入れします!」


フェリシアがお砂糖を3杯入れてクルクルかき混ぜる。

恥ずかしいったらありゃしない。

自分はお砂糖1杯にして、口に含む。酸味と苦味と甘味が良い感じだ。


「美味しいですフェリシアさん」

「…ありがとう御座います。村の猟師様が取って来てくださった物で、山頂でしか採れない貴重な物なんです。」


貴重と聞いて、慌てて口を離す。


「カカナ様、お気になさらないで!むしろ、お客様が来た時にしか…私も飲めないので。」


頬を染め、カップを優しく持ちながら小さく上目遣いしてくる仕草に、カカナは押し黙る。


(…可愛い。天使かこの子は。)


隣にコバヤシ君がいなければ、今すぐにも抱きしめたい衝動に駆られる。

学校にもしフェリシアがいたら、誰にも渡したくないと思う。


コバヤシ君は、紅茶を一口飲んだものの、手も付けずに呆けている。そんなに抱きつかれたのが嬉しかったのか。

まぁ、私から見ても可愛いですから、思春期坊やには刺激が強かったんでしょうよ。


仕方がない、ここは私が話を進めるか。

カップのお茶をぐっと飲み干し、口を開く。


「あのフェリしゅあさん。」


呂律がおかしい。危うく自分の言葉に吹き出すところだった。

恥ずかし笑いを浮かべる口元は、ヒクヒク痙攣をしている。


「!?」


様子がおかしい。


気がついた時にはもう遅かった。

痺れは二の腕や手首に広がり、足は貧乏ゆすりを始める。


私が小刻みに震えながら動かなくなると、フェリシアはゆっくりお茶が入ったカップをテーブルに置く。


(…減ってない!!)


「猟師の痺れ薬です。…それで、お2人の本当の目的は何ですか。」

「な、にを…」


フェリシアはそう言って立ち上がると、調理棚から包丁にしてはゴツいナイフを取り出す。見る人が見れば、それが狩猟用の武器だと分かっただろう。

可愛らしい彼女には全く似合わない得物。


「最後にもう一度。…神の使者を名乗るものよ。目的を吐きなさい。」

「わ、ぁしは…アナタを」

「散々私につきまとって…神よお許し下さい。吐かないなら、こうするまで!」


振り上げられるナイフ。

躊躇なく振り下ろされる刃先を見つめながら、私は目を閉じた。




□□□




人生で親族以外の女性から抱きしめられた事は、職場体験の老人ホームで、知らないおばあちゃん達に揉みくちゃにされた時くらいだ。


神の、教会の、こんな場所で金髪美少女シスターに!

柔らかな感触、胸をスーと抜ける甘い香り。

身体は、天にも登る気持ちに包まれる。


(…これが女の子なのか。)


でも俺の目は、彼女の笑顔に釘付けだった。







「な、な…」


細い手首を、俺の手がしっかりと握っている。

そのまま反対の手で、大ぶりなナイフを取り上げる。


「なんで…!!」

「ダメじゃないか、手に合わない包丁なんか持っちゃ。すっぽ抜けたら怪我するだろ!」


フェリシアさんが手を押さえながら、部屋の隅へ逃げる様に距離を取る。

ナイフは、一旦手の届かない調理台へ刃を壁側に向けて置く。


「どうして動けるの!?」

「え、悪戯されると思って。」

「な!?」


隣に座るカカナもフェリシアと同じ顔でこちらを見ている。

まさか俺だって、毒もどきを盛られるとは思っていなかった。


「抱きつく前に一瞬左上を見ただろ?あれは何かを考えている時の癖なんだ。その後、抱きついて来たから、あぁ何か考えがあって抱き付いて来たんだなって。」



目をつぶれば聞こえる。甘い声で「おにいたーん!」と天使の様な顔で走ってくる3人の弟妹。

無邪気な悪事から悪意ある善事まで、毎日プロと戦って来た俺は嘘に目ざとい。



「だ、からって、お茶は?」


痺れが弱まって来たのか、カカナが体を起こす。


「昔、母ちゃんから、出された物はまずそのまま頂けって。」

「…だからって」

「俺、賞味期限のチェックとかも口でするタイプだから、ヤバイと分かるんだよね。」


あの咳がそうか?盛大にむせてたもんな。

私は、見た目は思春期の男子高生。中身は、子持ちのお母ちゃんに助けられたと言うことか?

なんだかコバヤシ君がカッコよく見えて来た…。


ハヤトは一歩フェリシアに近寄る。


「フェリシアさん…」


ハヤトの呼びかけに、シスターはビクッと身体を震える。




「客に出す品は、賞味期限に注意です。」




「そうじゃない!!」


つい麻痺しているのに立ち上がってしまう。





□□□





「…申し訳ありません。」


お茶を入れ直し…(何故かコバヤシ君が入れた)…話がリスタートする。

今度は、フェリシアがすぐ紅茶に口をつける。


「それで、何であんなことしたの?」


私はイライラモードだ。

トゲのある言い方にフェリシアが小さくなる。


「カカナダメだよ。そんな聞き方じゃ本当のことは教えてもらえないよ。」

「わ、分かってるわよ!」


コイツはどこのお母さんだ!!

悔しいが、今は彼に従う。


「フェリシアさん、何か不安なことでもあるのかい?」

「…実は、最近狙われているんです。」

「狙われる?」

「1ヶ月ほど前から視線を感じる様になって、初めは気のせいだと思ってたんですが…」


これはつまりストーカー被害?

いや、可愛いから人攫いか!?


「先週あたりから、何度か拐われそうになったりして…村の方に助けて貰えなければ、今頃私は…。」

「誘拐って事?犯罪じゃん!」

「でもどうして…?」

「お2人は本当に知らないんですね?…私、これでもちょっとした有名人なんです。」


話を聞くと、フェリシアは半年前にある力に目覚めたと言う。

村人を守る為に魔物に襲われ、重傷を負った旅人を治癒魔法で助けたと言う。


「必死に治療して、神に願って…そしたら急に」

「で?」

「で?って…お2人とも治癒魔法ですよ!」

「えぇ、治すやつでしょ。シスターが治療魔法を使って何か問題があるの?」


フェリシアが驚きの目を向ける。


「魔法を使えるだけでも凄い事なのに、治癒系と言えば王族に名を連ねる貴族レベルなんです!」


あぁ、そうか。

ここは世界が違うのだ。自分達の常識は当てはまらない事を理解していなかった。


「初めは隠していたんです。私も使いこなせるわけじゃないし、あの時は必死だったから。でも、聖女様だなんだって祭り上げられてしまって…噂が村の外へ」


「治癒が使えるフェリシアは特に貴重ってわけね。」

「だから、突然現れた俺たちを警戒したのか。」

「はい。最近は出来るだけ教会から出ない様にして、警戒していたんですが。…賊が中に侵入して来たんだと思って。」


そう言われてしまうと責めるわけにもいかず、仕方なく紅茶を飲む。

でも、あのナイフは脅しでも勘弁して欲しい。


「それで、ハヤト様とカカナ様はどう言ったご用件で?」


そう、これが問題なのだ。カカナの苛々がまた首をもたげる。


「え?初めに言ったじゃない!だから神様の…!!」

「いやいや、そう言っても信じられないよ普通!」

「それじゃ何で言えば良いのよ!?バスに轢かれました?天使のお尻はツルツル!?」

「ほ、本当にお2人は神様が遣わした方なんですか?失礼ながら、何か証拠は?」

「そうだよね、証拠かぁ…」


あの天使も、何か証明書みたいな物でも発行してくれれば良かったのに。

2人でぼんやり悩んでいると、キッチンの裏口が勢いよく開く。


「フェリシア!!」

「神父様!?」

「急いで来てくれ!村に魔物が侵入した!!」



ハヤトとカカナは顔を見合わせる。

証明するチャンスが来たんだと。

最後までご覧くださりありがとうございます。


基本的に予定通り行かないタイプです。


次回、ようやく…!

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