第10話 役者と追手
2日目の昼。
残りハヤト178日。カナ180日。
鍵も掛かっていない扉が、蹴り破られる。
古くなっていた木扉は破片を飛ばしながら、調理台の角に当たって床で何度かバウンドした。
木片を踏みつけながら入って来たのは、獣の皮で作られた狩人風の服に身を包んだ男。皮のブーツがキッチンに泥を運ぶ。
部屋の中には神父が立っており、男を見ると嬉しいような困った顔をした。
「…あの女はどこだ?」
「レ、レーコン様!?まさか貴方がお越しになるとは…使いが来るとは聞いておりましたが」
「フン、まどろっこしいやり取りは終わりだ。私自ら処分しに来た。」
「…処分?」
「どうせそのつもりだったんだろ。治癒魔法など王族の証だ。無用な火種は早々に摘み取るのだ。」
「そ、そんな話は…」
今度は廊下側の扉が開き、同じ様に狩人風の服を着た男が入ってくる。
「隊長、教会正面から出た者はおりません。」
「貴様見張っていなかったのか!?」
「レーコン様、あの様な襲撃をなさっては逃げるのも当然。事前にご連絡を頂いていれば…ぐはっ!?」
レーコンは片腕で神父の襟元を締め上げる。もがく神父は、握りしめる皮のグローブをガリガリと引っ掻いた。
「我々の責任だと申すのか!?監視は貴様の任務ではないか!!劣等種のクセに生意気な事を言いやがって、今ここで殺してやる!!」
「ぐっ、…か、しっ、た…。」
「隊長お待ち下さい。何か言っております。」
喉を握り潰そうとした力を一瞬緩める。うわ言のように、締め付けた喉から何か言葉を吐いているのが聞こえた。
仕方なく神父を食器棚に放り投げる。食器と棚が、盛大な音を立てて床に散らばった。
「がはっ…はー、はー、はっ」
「何と言った!?早く言え!」
「ゆ、床に…」
破片が散らばる床を足で蹴散らすと、絨毯の下から扉が現れる。
部下が屈み込みすぐさま開けると…地下に続く階段が出てきた。
「隊長、隠し通路のようです。」
「劣等種らしい逃げ道だな。…ウォーレン、どこに続いている?」
「…村外れの墓地です。」
「アエトス、火遊びは終わりだ。隊を招集しろ。」
「了解しました。」
アエトスと呼ばれた部下は、そのままキッチンから走って出て行く。レーコンも後を追うように出て行こうとした時、神父がその背を呼び止める。
「レーコン様、その…任務の報酬についてですが」
「あぁ、中流層への昇格の件か。あぁ、あれか……馬鹿が。劣等種に昇格などあり得るわけ無いだろう!貴様の様な奴を我々が使ってやったのだ、有難い事だと思え。」
「初めから嘘だったと?」
「人聞きが悪いぞウォーレン。それに、監視のくせして逃したでは無いか!!」
「そ、それは村を…っ!」
「つべこべ煩いわ!!キサマなどもう不要だ!!」
今度は先程よりも強く神父を蹴り飛ばす。
派手な音を立てて木片や陶器の破片が飛び散る。うめく神父に蔑んだ目を向け、レーコンはフンと鼻を鳴らしながら外へ。
教会裏には、すでにアエトスが他の狩人と馬を引き連れて整列していた。いや…服装は狩人風だが、体つきや下げている剣が、彼らの本職を示している。
「…アエトス、隊の人数が少ないようだが。」
「隊長、申し訳ありません。3名が負傷して応急処置中です。」
「誇り高き聖竜騎士が、田舎の劣等民にやられただと?…いらん捨てて行く。」
「了解しました。」
アエトスは奥へ走って行く。しばらくすると、森の中で黒い煙が三本立ち昇った。何事もなかった様にアエトスは戻って来る。
レーコンはまた鼻を鳴らすと自分の馬に跨がるが、やはり乗り心地に違和感を感じてしまう。
肌艶もよく筋肉もしっかりとしている馬だが、いつもの相棒を思い出して恋しくなる。早く仕事を終わらせて、こんな未開の地からはおさらばしたい。
「…墓場へ女を追う。見つけ次第、俺の前に連れて来い!この手で息の根を止めてやる。」
「全隊騎乗!捜索陣形!」
アエトスの号令で一斉に準備を整えた騎士達が、レーコンの後を追って村の奥へと消えて行った。
□□□
「…もう良いぞ。」
その声が発せられてから一間。
天井の一部がゆっくりと開いた。中から梯子がスルスルと出て来て、バレーヌが軽やかに降りてくる。彼女はそのまま窓の外を確認して、俺たちに合図を送り外を確認しに出て行く。次に降りたのは…
「神父様!」
フェリシアが慌てて降りてくる。家具に半分埋まった神父はヒラヒラと手を振ると、身体についた破片を床に落としながら立ち上がった。
「お怪我は!?」
「いや大丈夫だ。おっと、魔法は使わないでくれ。察知されるかもしれないから。」
それを聞き、慌ててフェリシアが手を引っ込める。
続いてカカナ、そして俺が最後に降りた。床は木片と陶器のかけらで埋め尽くされており、散らかりようは音で聞いた予想以上だった。
カカナは床に降り立つなりすぐ神父の前へ。
「神父様、どうしてですか?」
「ご覧の通りだよ。…カナさん、貴女の言う通りだった。口ではなんとでも言える。まさにその通りでしたよ。」
「でも、だからって…」
「村へ手を出さないと言う約束を先に破ったのはあちらです。それに報酬も無い。任務内容も違うとくればね。」
神父は笑っているが、天井裏で聞いていた音だけでもかなり暴力的な奴らだ。このままって事は無いだろう。
「だけど、流石にヤバいんじゃないですか?嘘をついていた事がバレたら…。」
「ハヤト君。私は神に使える者だ。嘘なんてつくはずないだろ?」
「え、でも??」
「なるほど…結構役者なのね。コバヤシ君大丈夫、神父様は何も嘘はついてないわ。質問に答えただけよ。」
「そうなの?」
「床下も、どこに繋がっているか答えただけだし。」
あぁ、まぁそう言われれば確かに嘘は言ってない。
でも立場的には…
「その、神父は敵と言うか、フェリシアを監視してたんだろ?」
「あぁそうだ。私はその為にこの村へ来た。その日が来るまで君を護るのが任務だと思っていたが、来たのはアイツらだった。今更何を言っても遅いが…騙していて済まなかった、フェリシア。」
「もしかして、今まで誘拐犯から助けてくれてたのは…。」
フェリシアの質問に神父は何も答えない。
「だったらやっぱり俺たちを見過ごしたら、その…」
殺されるんじゃないか。
フェリシアも同じ反応している。こうなったら一緒に逃げるしかないんじゃないか。
「私は行かないよ。」
「神父様、それでは!?」
「有難い事にお役目ゴメンになったからね。その後の事を私は関知しない。私は嘘をついていないし、契約が切れてから監視対象者がどこに行こうが構わない。…フェリシア、君は自由だ。」
「うわっ、何だそれ…」
「役者だったでしょ?」
何故か得意げなカカナの笑顔と、正体がバレて素の表情を見せる神父。
フェリシアはいろんな感情がグルグル渦巻いていたが、最終的には神父様!と言いながら抱き付いた。
「…ハヤト君、カナさん。あなた達が何者か私には解りませんが、フェリシアを宜しくお願いします。」
「何者か解らない人に預けるのもどうかと思うわよ。」
「ハハハ…確かに、カナさんのおっしゃる通りだ!またどこかでお会いした時は、是非ゆっくりお話ししましょう。」
「神父様はどちらへ?」
「ここにいては村の方にも迷惑がかかってしまう。私は家族の元へ帰りますよ。」
「か、家族ですか!?」
神父の事をあまり知らない俺たちにはピンと来なかったが、フェリシアの驚きから今まで秘密にしていたんだなと察する。
ちょうど外を確認して戻って来たバレーヌが、あわわ言うフェリシアに気がつく。
「…別れは済んだのか?」
「多分ね。」
どんな別れの挨拶だよ。
苦笑いをする俺の目の前を、神父が横切ってバレーヌの前へ。何が起こるのかと思ったら、彼は深々と頭を下げた。
「バレーヌ殿。数々の行い、扱い、言動、申し訳なかった。」
「…。」
「許して頂けるとは思っていませんが、この後の事を思うと…」
「いえ、お任せ下さい。その為に来たんですから。」
それだけ交わして、2人は黙る。
ただならぬ雰囲気に、言い知れぬ不安を感じてしまい、俺は仕方なくカカナの隣に立って小声で話しかける。
「…なぁ、これって魔王を倒せば終わりじゃなかったのか?なんかそんな簡単な話じゃない気がする。」
「コバヤシ君、まだ2日目よ。…楽しみましょう。」
「お前、早く帰りたかったんじゃないのか?」
「…気持ちの持ち様よ!私達はもっと知らないといけない気がする。」
知るって…何を知れば良いんだ?
俺たちのコソコソ話は、神父の一言で終了する。
「そろそろ行った方がいい。」
「えぇ。皆んな準備は良い?」
バレーヌさんの言葉に俺たちは頷く。フェリシアは一瞬迷った後、神父に強く抱き付いた。
「今までお世話になりました。神父様に神の御加護があります様に。」
「フェリシア…。すまない、ありがとう。君に多くの幸せが訪れる事を祈っているよ。」
「聖女様、そろそろ。」
「はい…。」
フェリシアが名残惜しそうに離れた。
バレーヌさんが扉を開けてもう一度周囲を確認、振り返った顔が出発する事を伝えてくる。
外へ出ようとした時、神父が最後の言葉をかける。
「バレーヌ殿、墓地は東にある。」
「…感謝する。」
そう言って俺たちは教会の外に出る。
閉まる扉の奥で、神父が悲しそうに見送っている顔が見えた。後ろ髪を引かれるフェリシアを、カカナが手を繋ぎながら一緒に走り、そのまま森の中へ入る。
天井裏で少し打ち合わせが、この後はバレーヌさんの仲間と合流して北西にある関所を目指す。関所と言っても、国の役人であるバレーヌさん達には問題なく通行出来るそうだ。そこまで逃げ切れれば追手も簡単には来れない。
その為にも、バレーヌさんは仲間と合流したいと言っていたが…散々ぶっ飛ばした相手だから、すんなり受け入れてくれるのか不安だが、まぁ向こうは理解ある大人だし案外さっぱり…っ!?
「ぎゃあ!」
「コバヤシ君!?」
「ハヤト様!!」
俺は右から飛び出して来た物に反応できずに、左に飛ばされる。細枝が身体の左側に刺さって、バキバキ折りながらそのまま押しつぶされる様に地面へ。
「コイツだ!コイツだよ俺を吹っ飛ばしたヤツ!!」
俺の上にのし掛かりながら叫ぶ男。
あ、コイツ知ってる。
残念ながら理解ある大人じゃなかった。俺が吹っ飛ばしたカエル男だ。
「いや、カエルは大人か…。」
最後までご覧下さりありがとう御座います。




