お嬢様、良くないフラグほど回収しがちです。
人数が多すぎるので、グループで動くのは諦めた。シアンは、アリシア、マクシス、チグサの三人と一緒に行動することになった。なんとも珍しいメンバーだ。
チグサはどこに行ってもマイペースだ。食べ物を屋台で買って食べてを繰り返している。マクシスがおつかいに行ったり、食べるのを手伝ったりと、つきっきりだ。
今は皆で河原で一息ついているところだ。
「姉様、次は何を食べますか?」
マクシスの質問に、チグサは動きだけで答える。近くの屋台を指さす。
「わかりました」
マクシスがチグサのために買い物に行く。シアンも付き添おうかと思ったが、マクシスは、チグサに任された仕事は自分一人でやりたいので、シアンの申し出を断った。
チグサは河原に座って食事を続けている。
「お姉さん、可愛いね」
「何?食べるの好きなの?良かったら奢るよ」
そこへ、チャラそうな男×2が現れた。チグサは可愛い顔立ちをしているし、食べる所作も美しい。男たちが目をつけるのも理解できなくはない。でも、今までこんなふうに声をかけてくるような輩はいなかったはずだ。
チグサを助けるために近づこうとして気づいた。
(ちょっと離れすぎたんだ)
シアンとアリシアも近くにいたが、少し離れた場所に立っていた。男たちはチグサが一人だと思ったのだろう。
男たちには残念なことだが、チグサはナンパに引っかかったりしない。食べ物に夢中で、一言も返事をしないのだ。
「チグサ様…っ!?」
シアンがチグサの名を呼んだ時、既に状況は変わり始めていた。シアンの隣に立っていたアリシアが走り始めた。
「ぶへっ!」
アリシアが跳躍し、手前の男の顔に膝蹴りを食らわせる。男は顔を歪ませながら倒れこむ。
もう一人の男は、相方が少女に蹴りを入れられたのだと理解するなり、アリシアを睨みつける。
「いきなりなんだよ」
「いきなりなのはそちらだったはずですわ。自己紹介もなしにレディーを連れ出そうなんて、礼儀がなってないではありませんか。このワタクシがその根性を叩き直して差し上げますわ」
アリシアは、長い前髪をゴムでまとめ、ピンで後ろにとめた。前髪で隠れていた瞳と額が露わらになる。
「チグサ様には指一本触れさせませんわ。お望みなら、ワタクシが相手になります」
アリシアが大きく息を吐き、男たちを鋭い眼光で睨みつける。
「嬢ちゃん、そんなに啖呵を切って大丈夫か?不意打ちじゃなけりゃ、女のあんたの方が分が悪いぜ?」
まだ蹴りを入れられてない方の男がニヤリと笑う。喧嘩慣れしているのか、たじろぐ様子はない。
「そこまで言うのでしたら、どうぞ」
アリシアもたじろぐどころか、堂々としている。チグサを守るように立ち、ゆっくりと深呼吸を続けている。
アリシアの余裕そうな言葉にカチンと来た男は、「後悔すんなよ」と一言呟いてから、アリシアに向かって拳を突き出した。だが、アリシアは動じることなく、相手の腕を払い、攻撃を避ける。
もう一人の男が頬を押さえながら立ち上がった。そこからは二人一緒になってアリシアに攻撃をし続けたが、いっこうにアリシアには届かなかった。アリシアがすべての攻撃を見事にさばききって見せたのだ。男たちに勝ち目はない。最初の蹴り以外の攻撃を出すことなく、アリシアはその強さを示した。
しばらく変化のない攻防が続いた。でも、そのうち、男たちが体力を消耗して動きが鈍くなってきた。最終的には、男たちもこれ以上続けても無意味だと気づいたらしく、攻撃の手を止めた。
「おわかりいただけたでしょうか」
アリシアがニッコリと笑う。男たちは顔を見合わせた後、アリシアに向かって勢いよく頭を下げた。
「姐さんと呼ばさせてくだせぇ!」
「見事な手捌き、惚れ惚れしたっす」
男たちは一度の闘いで、アリシアの舎弟志望者になった。
「嫌ですわ」
アリシアは容赦なく断った。
「そんな…。」
「そこをなんとか!」
男たちはアリシアに近づいて必死に懇願する。それでも、アリシアは首を縦に振らない。
「ワタクシ、しつこい男は嫌いですの」
アリシアが笑顔のまま言うと、男たちは慌ててアリシアから距離をとり、「また今度お伺いします!」と言って去って行った。
アリシアは、ピンとゴムを取って、前髪を下ろす。男二人の背中を見送りながら大きめの息を吐く。
「なんか…すごいですね」
シアンはアリシアの隣に行く。
「たまにあるんですよ、ああいうの。でも、私はそういうのじゃないし」
アリシアはすっかりいつもの調子に戻っている。
(前髪が何かのトリガーなのかな)
「前髪は邪魔だからあげるだけ」
アリシアが、シアンの心を読んだかのようなタイミングで言った。
「それも良く聞かれるの」
アリシアは、シアンの方を見て上品に笑う。口調が変わるのは、戦闘中の高まった興奮を落ち着けるためだ。意識的に変えているものなので、決して喧嘩をすると人格が変わるわけではない。
「チグサ様、お怪我はありませんか?」
アリシアがチグサの傍にしゃがむ。チグサはアリシアの顔を見て首を傾げる。
(食べるのに夢中だったのか)
どうやらチグサは、自分がナンパされていていたことも、それを止めるためにアリシアが喧嘩を始めたことも気づいていなかったようだ。
「無事だったのなら何よりです」
アリシアも、チグサが周りの状況に目もくれず、食事を続けていたのだと理解し、苦笑した。
「姉様、ただいま戻りました」
マクシスが両手に新たな食べ物を抱えて戻ってきた。彼から美味しそうな匂いがぷんぷんしてくる。
マクシスは、チグサの喜ぶ顔を早く見たくてウキウキしながら、姉のもとに近づく。だが、その途中で、何かに気づいて足を止めた。手の力が抜けて、持っていた料理が重力に従って落ちる。
「マクシス!」
「食べ物は粗末にしてはいけませんよ」
地面に落ちそうだった料理は、アリシアの手とシアンの魔法によって受け止められ、地面に落ち切ってしまう前に救い出すことができた。シアンとアリシアが注意するが、肝心のマクシスの耳には届いていない。
「姉様、何かあったんですか!?」
マクシスが、空いた手でチグサの肩をがしっと掴んだ。
「食べるスピードがいつもより三秒遅いです。姉様が火傷するほど熱い物はなかったはずだし、体温はいつも通りで、お腹もまだ四分目くらいですよね?こんなところで邪魔なんて…。」
マクシスがぶつぶつと呟いている。チグサは、弟に両肩をがっしり固定されてしまっているので、次の一口に進めない。少し困ったような顔をしている。
アリシアは、マクシスの独り言を聞いて、今さっき起こった出来事を思い出す。
「邪魔なら、さっき男の人が二人…」
「それは言ってはだめです!」
シアンは慌てて止めに入る。しかし、遅かったようだ。
「男…?」
マクシスがフラフラと力なく立ち上がった。チグサは、自由になったすきに食事を再開する。
「姉様に男が…そうですか…ふふっ、そうですか、ああ、そうですよね」
マクシスが不気味な笑い方をする。アリシアもさすがに引いている。
「やっぱり姉様は外に出すべきじゃないんだ。男たちが夢を見ちゃうから。姉様、帰りましょう」
マクシスは、変な動きをしながらチグサの腕を掴む。そのまま引っ張って連れ去ろうとするが、チグサは見かけによらず、力が強いので、チグサに痛い思いをさせたくないマクシスの控えめな引っ張り方では、びくともしない。
「まあ、それはともかく…。」
マクシスは、チグサに無理強いはできないので、すぐに諦めた。
「あいつらは懲らしめないと…。」
フラフラと酔っ払いのような動きをしていたマクシスが、次の瞬間走り出した。が、先に行動を読んでいたシアンがマクシスの服を捕まえていたので、それ以上先に走ることはできなかった。
「住所を特定して、毎日動物の臓器を送り付けてやる」
チグサに手を出した男たちを殴りに行くつもりだったが、シアンに止められてそれは叶わない。それで、マクシスは謎の宣言をし始めた。
(なぜ臓器を?)
送り主もわからない荷物に生物の内臓が入っていたら、それはそれで恐怖だが、懲らしめ方が斬新だ。とはいえ、マクシスならやりかねない。馬鹿げているが、冗談には聞こえない。
「臓器をそんなことに使わないで、料理してチグサ様に送った方が良くない?」
シアンは、マクシスの怒りをチグサへの愛情へと方向転換する。少し無理矢理な気もするが、早めに手を打たないとマクシスの暴走は止まらなくなる。
「ですよね?ノオト様」
「え、ええ。そうですよ。チグサ様は食べるのがお好きだから…。」
シアンが突然アリシアにふったので、アリシアンは戸惑いながら同調した。
「そうか…そうだね。あ、姉様、さっき言ってたとこの買ってきましたよ。あと、近くにあったお店のも。姉様、こういうの好きですよね?」
急にマクシスが暴走前に戻った。男たちの方に駆け出そうとするのをやめ、アリシアとシアンの手から、自分が買ってきた料理を奪うように取った。そうして、チグサに料理を見せ、楽しそうに説明している。
「そろそろ集合時間ですね」
シアンは時間を確かめて言った。別行動をする時、この河原に集合と決めて別れた。もう少し待てば、ここに皆が集まってくるだろう。
「そんなに褒めても何もでませんよ」
「ほんと、お上手なんだから」
複数の女性の声が聞こえてきた。なんだか楽しそうだ。シアンは、声のする方に顏を向ける。
「俺は本当のことを言ってるんだけど。自信のない女性にも魅力はあるってことかな?」
「もう、タシファレド様ったら、いじわるっ」
その女性軍団の中心にいるのは、タシファレドだ。何を言っているのか全然理解できないが、よくもまあ、あれほどの女性たちを虜にできるものだ。
(タシファレド様の爪の垢を煎じて飲んだら、お嬢様もモテるようになるんじゃないのか)
シアンは、そんなことを考えながら、両手に花どころではないモテモテのタシファレドの姿を目で追う。
「たっちゃんはどこに行っても…。」
アリシアもタシファレドに気づいたようだ。タシファレドの周りを囲っている女性たちにメラメラと対抗心を燃やし始める。だが、その矛先が女性たちに向いたことはない。
「たっちゃんのばかあああああ!」
アリシアは地面を蹴ってタシファレドに猛スピードで近づく。そして、その勢いのままタシファレドのお腹にパンチを決める。
「キャー!タシファレド様!?」
「大丈夫ですか?」
お腹を押さえて膝をつくタシファレドを女性たちが心配する。
「顔は避けてあげたんだから感謝してよね」
アリシアンは痛みに顏を歪めるタシファレドを見下ろして言った。前に、顔面パンチを食らわせたことがあるが、その時、タシファレドはたいそう怒った。女たらしで若干ナルシストのタシファレドにとってみれば、顔を傷つけられるのは大ごとだ。
「だったら、殴るのもやめろ」
タシファレドはお腹を押さえたまま立ち上がる。女性たちは固唾をのんで見守っている。
「この暴力女が!」
タシファレドはアリシアに仕返しをしてやろうと手を伸ばす。が、アリシアはひらりと身をかわして逃げる。
「今日という今日は許さないからな!」
「知らなーい!浮気をする方が悪いんですー!」
タシファレドとアリシアの追いかけっこが始まった。
(何歳なんだ、あの人たちは)
シアンが呆れていると、突然、一人の男性が声をかけてきた。
「久しぶりだな、リュツカ君」
男性は久しぶりと言うが、シアンはその男性のことをすぐに思い出せなかった。シアンが反応に困って黙っていると、男性の方も、シアンが自分のことを誰か理解していないとわかったようだ。
「アイザック・トウホ。保安部隊長だ」
男性が名乗って、やっと思い出した。
「バクナワの件で会って以来だからな。覚えてないのも無理もない」
アイザックは、やはり上から目線の態度だ。それだけ人の上にいる人物であることも否定はできないが。
「任務…ってわけではないですよね。ご実家がこの辺りにあるんですか?」
アイザックは軍服ではなく、完全私服だったので、仕事でここに来ているわけではなさそうだと予想される。そのせいで余計にアイザックだと気づけなかったわけだが。
「半分当たりで、半分ハズレだな」
アイザックはそう言うと、シアンを人の少ない方に連れて行った。
「君は十一年前の事件を覚えてるか?」
アイザックが突然切り出した。
「リュツカ家の火災のことだ」
十一年前という単語だけでなんとなく予想していたが、やはりリュツカ家没落の最後の事件のことだった。
「あまり覚えてませんけど」
シアンはアイザックを訝しげに見る。今まで出会ってきた大人たちは、この事件のことを話題にしたことはなかった。アイザックが何を求めているのか疑いたくもなる。それに、ルキナはこの男を怪しんでいる節があった。簡単に情報を提供するのは良くないようにも思える。もとより、そもそもシアンが教えられるようなことは何もないのだが。
「そう、身構えなくて良い」
シアンがアイザックを信用していないことを、アイザックも理解している。アイザック自身、それで構わないと思っている。
「君の話はまたの機会にしてもらうよ。今は、むしろ情報をあげたほうが良いと思っていてね」
アイザックはなんだか重々しい空気のまま話し始めた。
「あの事件、不可解なことは多いが、我々が調査をやめたわけではない。秘密裏に続けている。だが、表立って動くのは不都合が多くてね。君に報告するだけでも一苦労だ」
アイザックが乾いた笑いをする。シアンは少し戸惑う。冗談でも笑うような人物だっただろうか。初めて会った時と印象が違うのは、たんに記憶に時間が補正をかけてしまっているだけだろうか。それとも、実際にアイザックは何か変わったのだろうか。アイザックは、シアンが成長して話の相手として十分足ると思うようになったのだろうか。
「誰が敵かわからない以上は仕方ない。あの事件には大きな何かが関わっている。どうやら、それは、君の今まで関わってきた他の事件の裏でも動いているようだ」
シアンは、マイケルの暗殺事件やシージャック事件、ルキナの誘拐事件を頭に浮かべた。
「何度も言うが、我々は敵を把握できていない。気を悪くしないでほしいが、ミューヘーン家の令嬢とサイヴァン・チルドを疑っている」
アイザックの言葉にシアンの表情が急変した。ルキナが犯人側の人間だと言われたのだから、シアンが怒って当然だ。
「現時点での有力候補というだけだ。本気にとらないでくれたまえ」
アイザックはそう言うが、本当にそうなら、シアンに言う必要はないはずだ。現に、必要以上にシアンの心はかき乱されている。
「身近な人間に敵はひそんでいる可能性があるということが言いたいだけだ。君の敵は我々の敵だ」
「敵の敵は味方ということですか?」
「最初から味方のつもりだったんだがな」
アイザックが冗談交じりに言う。シアンはますます疑いの目を向ける。
「今回は大した報告もできなかったが、また改めて」
今日のうちにシアンに伝えておきたいことは全て伝えられた。
「ああ、そういえば、このあたりで人攫いが出没してるらしい。気を付けるにことしたことはないだろう」
アイザックは、そう言い残して去って行った。
「シアン!」
入れ替わるように、ルキナがやってきた。ただ事ではなさそうな雰囲気だ。
「リュカとミカが!」
双子の身に何かあったらしい。
アイザック・トウホ
国軍保安部隊長
初登場:第34部分




