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お嬢様、これは僕らの闘いです。

 シアンたちは階段のある方に走るが、下の階には行かない。甲板の様子を見に来る犯人たちが上ってきて鉢合わせする可能性がある。シアンは、ティナを抱えて跳躍する。そして、二人は階段から死角となる場所に身を隠す。

「動くな、大人しくしろ」

 間一髪ともとれるようなタイミングで、シージャック犯と思われる男たちがやってきた。何も考えずにあのまま階段を下りていたら、今、命はなかったかもしれない。

 誰かが悲鳴を上げる。複数人だ。

「黙れ!」

 男が大声を出して、客を黙らせる。

「この船は俺たちが占領した。お前たちに自由はない。少しでも勝手なことをしてみろ。中にいる奴らと同じ目にあうぞ」

 男はポケットから瓶を取り出す。桃色の小さな玉が入っている。

「毒薬だ。これを船全体に撒いてやった」

 男がそういうと、船内に友人や家族がいる者が悲しみの悲鳴を上げそうになる。しかし、男がジロリと鋭い視線を送ったので、誰も声を出せなかった。

(毒と言って不安を煽るつもりか)

 シアンは、横にいるティナと目を合わせる。ティナが首を振る。これはきっと、あの薬は見たことがないという意味だろう。

「名前を呼ばれた奴、出てこい」

 男がメモ用紙を取り出して言った。そこに誰かの名前が書いてあるのだろう。

「…!?」

 その時、シアンとティナが男たちの背後に降り立った。突然現れた子供二人にたいそう驚く。

 シアンは、左手を床につけて、脚を回転させると、一番近くの男の足を引っかけ転ばせる。その間に、ティナが手に用意しておいた薬の瓶を開ける。シアンが、今度は右手を床について、勢いをつけた脚でこちらに伸ばしてきた男の腕を思い切り蹴った。シアンの頭が下に下がったタイミングで、ティナが瓶の中の薬を男たちに向かってぶちまける。ティナお手製の睡眠薬。即効性が売りの薬だ。男たちが次々と倒れていく。だが、その薬を全員が浴びたわけじゃない。

 シアンたちから一番遠くにいた男、客に怒鳴り、指示を出していた男が逃げ出す。陸は近くにないので海に飛ぶ込むわけにもいかない。船に逃げ場ない。交渉に持ち込むため、近くにいる客を人質にでもしようと考えているのだろう。男が手を伸ばす。シアンがそんなことをさせるわけがない。まだそのへんを漂っている薬を吸い込まないように口と鼻を腕で押さえ、低姿勢で駆け出す。その勢いのまま男に体当たりをする。衝撃で少しバランスを崩した男の服を掴み、自分の方に引く。同時に男の膝裏に蹴りを入れる。すると、男の体はなすすべもなく後ろに倒れていく。

 男がドシンと音をさせながら倒れこんだ。男の胴体を脚で挟み込むように立ち、その顔を見下ろす。

「赤目の死神…!?」

 男が恐怖に震えた声を絞り出す。シアンの目は若干光を放っている。そのうえ、前髪で顔に影ができているので、赤い目だけが不気味に浮かび上がって見える。

 シアンは、顔を上げ、ティナの方を見る。ティナは、カバンからもう一つの瓶を渡す。さっきと同じ薬が入っている。その瓶をシアンに向かって投げた。シアンは、パシッとキャッチし、瓶の蓋を開けた。そして、男の顔に振りかけるように瓶を傾ける。男はあっという間に眠りについた。

 シアンが軍人に視線を送る。

「あ…ああ…。」

 あっけにとられ何もできずにいたが、役割を思い出したように、テロリストたちに近づいて来る。この犯人たちは、彼に任せることにする。

 シアンは、男のポケットから例の薬の瓶を取り出す。この粒を特殊な機械を使ってガス状にして撒いたらしい。

 ティナの方は、近くに落ちていたメモ用紙を拾った。風で飛ばされそうなものだが、たまたまその上に倒れこんだ男が重しになっていたので、飛んでいくことはなかった。

「…良かった」

 紙を見て、ティナが呟いた。そこには、ルキナ、タシファレド、マクシス、シェリカとあと数名の名前が書かれていた。人質にして身代金要求の材料にするつもりだったのか、この国の政治における権力者たちに圧力をかけるために利用するつもりだったのかはわからない。どちらにせよ、彼女たちの心身に危険が及ぶことになる。それをとりあえず防ぐことができたのだから、ホッとするものだ。

「ティナさん、いける?」

 シアンは、階段の近くに移動していた。敵は睡眠薬を利用してハイジャックするような奴らだ。可能ならティナの力を借りたい。だが、無理に連れて行くつもりはない。彼女が望まない限り、危険な場所には連れ出せない。

 ティナが頷いて、シアンのもとに駆け寄る。一緒に行くつもりだ。

 二人は、階段の下をのぞき込む。最初に比べれば、ガスの量は少なくなっているように見える。それでも、長時間この中にいたら薬にやられてしまうだろう。

「一応、魔法で除けますけど…。」

 シアンがティナの方に首を回しながら言う。ティナは、カバンから手作りのガスマスクを取り出した。

「準備良いですね」

 シアンは、ティナがマスクをつけ終わったのを確認すると、階段を下り始めた。ティナがその後ろに続く。シアンが魔法で風を起こしているので、ピンクのガスがシアンたちを避けていく。

「どうして毒じゃないってわかったの?」

 ティナが、操縦室に向かって歩きながら尋ねる。ここには、薬で眠らされている人しかいない。多少声を発しても敵に気づかれることはないだろう。

「毒薬特有の症状がなかったから。吐き気とか、痺れとか」

 シアンが進行方向を見たまま答える。ティナは、「じゃあ…。」と何かを言いかけてやめた。その代わり、シアンが「お嬢様も、呼吸困難とか、辛そうにする様子がなかったから」と続けた。

「たぶん、船を乗っ取った奴らにそんな度胸はないよ。自分たちも吸ったら死んじゃうんだから、毒なんて撒かない」

 シアンは冷静だ。場慣れしている。それ以降、二人は話をやめた。そうして、静かに船内を歩き、操縦室に近づいてきたところで、状況が変化してきた。

「シアン…?」

 ティナがシアンの背中に声をかける。魔法が弱まってきて、ティナの周りのガスがなんとなく濃くなってきた。マスクをつけているので、ティナにとってはたいしたことではない。問題はシアンの体力だ。さっきは敢えて口にしなかったが、やはり、シアンも薬を体内に取り込んでいる。シアンが階段の中程まで降りたところで、ガスがまかれた。吸った量は少なかったし、同い年の子供よりは身体は丈夫だ。それでも、時間が経つうちに薬が血液であちこちに運ばれて、ここにきて効いてきたのだ。

「ティナさん、すみません。こちらの態勢は万全じゃありません。引き返した方が良いかもしれません」

 シアンの声が弱弱しい。倒れこんでしまいたいところを気合だけで持ちこたえているのだ。

 シアンは、ティナのことを守り切れないことを不安に思っている。彼女を連れ来たのはシアンだ。何があっても、ティナの身に傷一つつけるわけにはいかない。

「私がなんとかする。行こう」

 ティナは、薬を独学で研究してはいるが、普通の女の子。とても、シアンのように動けはしない。だが、自分がやらなければ、主人であるシェリカも守れない。

「もしもの時は、迷わず逃げてください。僕をおいていくことになっても、ためらわず」

 シアンは、操縦室の手前で立ち止まり、ティナの目を見る。シアンの真剣な眼差しに、ティナが息をのんだ。

 二人は、最後に覚悟を決めるように頷くと、操縦室に入る扉を開けた。当然、敵も馬鹿じゃない。用心のために鍵はかかっていた。だが、シアンはドアを簡単に足で蹴とばしてしまった。いつもの力は出せないのに、充分すぎる強さだ。

 シアンが先に中に入り、敵の人数を確認する。テロリストたちは全員マスクをつけている。顔が見えづらい。ドアを張っていた奴がいたが、シアンがお腹に一発入れて、あっという間にダウンさせてしまう。

「銀髪の悪魔」

 誰かが言った。マスクのせいで声がこもっている。

 ここは一段とガスが濃い。もともと操縦していた船員たちは、薬でぐっすりだ。縄で縛られ、一か所に集められている。

(全員のマスクを外したら勝ちだ)

 シアンは、だるい体に鞭打って動き出した。うまく脳が働いてくれないので、考えている余裕はない。とにかく、近い奴から狙っていく。シアンは、足元に落ちていた黒い物を拾う。それが何かは知らないが、敵の一人に近づき、その間合いの少し外で投げる。相手はその飛んでいった物を目で追いかけ、シアンから目を離す。その一瞬のすきを逃すことなく、相手の下半身に突進する。体当たりをするなら脚だ。そうすれば姿勢を崩しやすい。思った通り、自分の体重で倒れ始める。シアンは、敵が倒れきる前にマスクに手を伸ばし、思い切り引っ張った。これでこの男は戦えなくなる。地面に体を打ち付け、息を止める余裕もなく、薬を吸い込んでしまう。そして、間もなく眠った。

「ふぅ…。」

 一人を戦闘不能にするだけだったのに、だいぶ体力をもっていかれた。シアンは敵を前にして一息をついた。今は一人の相手だったが、同時に襲い掛かられたらひとたまりもない。

 ピュン、ピュン、ピュン。

 いったそばから、ハイジャック犯たちが、シアンに向かって鉄砲を撃ち始めた。鉄砲は高価なので全員が持つことはできなかったのだろう。鉄砲を向けているのは、一部だ。シアンは、後ろにいるティナの盾代わりに氷の壁を作る。シアンは、体を柔軟に動かして避けていく。しかし、鉄砲の球を避けるなんてことはしたことがないので、全てを完璧に避けることができない。致命傷は避けるが、少しずつ傷が増えていく。

 このままでは埒が明かない。シアンは、敵に向かって手を伸ばす。魔法で鉄砲に細工をする。鉄砲だって、魔法石を使っている。シアンの力があれば、簡単に狂わせることができる。鉄砲が動かなくなり、ハイジャック犯たちが動揺し始める。そのうちに、鉄砲の中で動力源である魔法石がオーバーヒートし、爆発する。あまり大きな爆発ではないが、持っていた男たちの気を失わせるくらいの威力はある。

「ちっ」

 首領と思われる男が舌打ちをする。首領は、シアンがまた動き始める前に、次の行動に移す。状況把握と判断が速い男だ。

「イーグル」

 本名ではなく、コードネームというやつだろう。イーグルと呼ばれた大男が、首領とシアンの間に立つ。今まで見た大人の誰よりも大きな人だ。鍛えられた筋肉は、服の上からでも形がわかる。

 シアンは、強敵を目の前に、気合を入れ直す。他の奴らと同じようにはいかない。一対一の正面対決も分が悪い。だが、やらなければ負けだ。

「はっ!」

 シアンは、その場でジャンプし、男の顔めがけて回し蹴りをする。しかし、イーグルはびくともしなかった。顔の横で腕を構え、完全に蹴りを受けている。完全に攻撃が読まれていた。たしかに、支点となる地面が空中で体を回したので、勢いはない。それでも、シアンの精励された動きにダメージを受けない者は今までいなかった。やはり、これまでにない強敵だ。

 シアンが、落下する中、空中で姿勢を整え、脚と頭の位置を変えようとした時、イーグルがシアンの足首を掴んだ。シアンは、逆さにぶら下げられる。逃げようとするが、男の力が強くて、掴まれた脚は動かせない。そうこうしているうちに、イーグルがシアンを投げ飛ばした。

「ぐはっ!」

 一応、とっさに魔法で勢いは落としたが、それでも衝撃は完全に流せなかった。壁に背中を強打し、一瞬、息ができなくなる。

「うっ…。」

 魔力を他のことに使ってしまったし、集中力も切れたので、ガスを自分の周りから除けることができなかった。その一瞬に、薬を目一杯吸い込んでしまった。

 敵は、それで許してはくれない。イーグルがシアンに近づき、手を伸ばしてきた。そして、シアンの首を片手で持ち上げる。

「ぐぅ…。」

 首が絞められ、息がままならない。イーグルは、首の骨を折ってしまわないように、気をつけながら力を込める。シアンは、なんとか首を回し、ティナのいる方を見る。涙がにじんできている。視界も狭くて、彼女の姿が見えない。でも、その氷の陰にいるのはわかっている。そちらに視線を送り、逃げるよう訴える。このままでは、ティナもやられてしまう。せめて、ティナの身の安全だけは…!

「殺すなよ。そいつも高く売れるかもしれない」

 首領がイーグルに笑って言った。

 シアンは、朦朧とする意識の中、ティナを見た。彼女が氷の壁から飛び出したのを。近くで倒れる男から掠め取ったナイフを手に、こちらに走ってくる。イーグルは首領と話して、ティナの方に意識を向けていない。なんなくイーグルに近づき、そのナイフをイーグルの脚に突き刺すことができた。

「…っ!」

 イーグルは、一瞬痛みに顏をゆがめた。シアンは、そのすきを逃しはしない。ティナが作ってくれた時間だ。少し力が弱くなったイーグルの手から抜け出しつつ、腰をひねって、回し蹴りをする。今度はちゃんと決まった。イーグルのマスクが取れる。

「ごほっ!ごほっ!」

 シアンが、地面に落ちた。シアンは、最後の力を振り絞って、掌を首領に向ける。魔法で首領のマスクを破壊した。首領は、ガスを吸ってあっという間に倒れる。

 だが、イーグルはまだ倒れない。薬は口の中に入っているはずなのに。

(しぶとい!)

 イーグルがティナに狙いを定めている。シアンは、急いで立ち上がり、男の間合いに入る。そして、全体重を右足に乗せ、ズボンの血のしみの上を踏み込む。ティナが刺したところだ。ぐんっとイーグルの重心が動き、地面に倒れこんだ。その顔に、ティナが最後の仕上げをする。彼女の睡眠薬だ。さすがのイーグルも、ここまでだ。目を閉じた。

 ティナの活躍もあり、シアンは、なんとかハイジャック犯たちから船を取り戻すことができた。

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