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お嬢様、休暇は休みましょう。

 シェリカの別荘に来たのは、休暇をリラックスして過ごすためだったはずだ。このメンバーで行くと決まった以上は、はしゃぎすぎる者がでてくるとは思っていたが、少なくとも、こんな大忙しになる予定はなかった。

 スピードを出しすぎた三隻のボートがぶつかる直前、シアンは最初にティナとチグサを連れてボートから脱出した。ただ巻き込まれただけの少女二人に怪我をさせたり、服を濡らしたりするわけにはいかない。シアンは、その後、陸地から魔法を使って、舟を減速させた。湖の水を操って間接的に、ボートを操作したのだが、同時に三隻であったこと、急にスピードを落としすぎると乗っている者たちが飛ばされてしまう心配があったことにより、そう上手くはいかなかった。乗っている者たちが怪我をしない程度には衝撃を小さくしたが、ボートはぶつかったし、四人とも水の中に吹き飛ばされてしまった。それほど勢いもなく、水の中に落ちたので、無事にすんだ。もし、シアンがいなかったら、どうなっていたことか。

 ボートを何とかして止め、ほっと一息をついた直後、今度はルキナの叫び声が聞こえてきた。酔ったシェリカに嘔吐物をかけられてしまったのだ。シアンは急いでルキナのもとにかけつけ、状況を理解するなり、ボートを陸に引き寄せて、魔法で簡単に二人の汚れを落とした。その後、全く濡れたり汚れたりしていない、シアン、チグサ、ティナ以外は着替えをしなければならないので、使用人たちにその準備をしてもらう。

 そして、現在、濡れた服を着た男どもを連れて、別荘に戻ってきた。ルキナとシェリカは先に戻らせた。

「へっくしょん!」

 ハイルックが盛大にくしゃみをした。

「うへっ、きったなーい」

 着替えを終えたシェリカがからかいに来た。ハイルックが何か言い返そうとするが、シアンが間に入って止める。長時間濡れたままでは風邪をひいてしまうので、早く着替えるよう言う。少年たちは、急いでそれぞれの部屋に行き、着替え始める。

「お嬢様、大丈夫でしたか?」

 ルキナが着替えを終えてリビングにやってきた。シアンが声をかけると、「散々な目にあったわ」と苦笑する。

「遅かったな。ふっ、やはり我のスピードにはかなう者はいない、か」

 シェリカが思い出しかのように中二病風の話し方になる。そんな彼女に、ルキナがキレる。

「あんたは他に言うことがあるでしょう」

 ルキナはシェリカのせいでこんな目にあったのだ。怒って当然だろう。

「私はあんたにアレをぶっかけられたのよ」

 ルキナがシェリカの頭をグーでぐりぐりする。

「痛い!痛い!」

 シェリカが涙目になって訴える。

「お嬢様、ほどほどにしておいてくださいね」

 シアンにそう言われて、ルキナがその手を止める。

「…そういえば、思ったんだけど。シェリカ、眼帯外してみて」

「何故?」

 シェリカは意味がわからず首を傾げている。今も眼帯と包帯をつけているが、特に設定は与えてない。だから、絶対に取りたくないわけではない。

「ほら、いいから」

 ルキナに促され、シェリカが眼帯を外す。

「ぷっ、ほら、やっぱり…」

 ルキナが声をあげて笑いだす。

 シェリカは日に焼けやすい体質だ。最近は日焼け止めを使うようになったようだが、それでも夏を終える頃にはだいぶ黒くなってしまう。でも、焼けるのはもちろん日に当たったところだけだ。

「パンダ…それよりひどいかも」

 ルキナがお腹を押さえて笑い続けている。

 シェリカに眼帯焼けができていた。しかも、くっきりと。眼帯をつけていた部分だけ白く、浮いている。

「チグサはこんなふうにならないのに」

 ルキナが涙を拭きながら言う。笑いすぎて涙が出てきたのだ。

「…ルキナはお肉抜き」

 シェリカは顔を赤くしながら、急いで眼帯をつけ直す。普通に、恥ずかしいと感じたらしい。これから、夕食にバーベキューを行うのだが、そこでルキナは肉を食べてはいけないと言われる。

「えー、ごめんって」

 シェリカは、怒っているのか、恥ずかしがっているのかわからないが不機嫌な顔で外に出て行く。ルキナが追いかけて謝っている。ティナとチグサも後に続く。このままバーベキューの会場に向かうつもりなのだろう。シアンは、着替えを終えた男子陣と共に、後から行く。

「バーベキューやるなら、焼きマシュマロはないとね」

 シアンたちが到着すると、まだ火力が安定してない火の上で、ルキナがマシュマロを焼いていた。

「マシュマロ?」

 チグサが見たことないお菓子に心をときめかせている。マシュマロは、クッキー同様、庶民向けのお菓子なので、貴族が知らないのはよくあることだ。

「興味があるなら、一つどう?」

 マシュマロはルキナが個人的に持ってきたものだ。ルキナが焼き終えたマシュマロをくしに刺したまま手渡す。

「熱いから気を付けてね。でも、食べるなら熱いうちにね」

 ルキナのアドバイスに従い、チグサが冷めないうちに口に入れる。

「…美味しい」

 チグサがわずかに笑顔になる。

「ふむ…これが人類が作り出した罪の味か…悪くない」

 ルキナの後ろでシェリカが口をもごもご動かしている。ルキナは振り返って、シェリカが何かを食べているのを見、自分のくしを見る。

「あー!私の分!」

 くしに刺さっていたはずのマシュマロが消えている。シェリカが食べてしまったのだ。

「自分で焼きなさいよ」

 せっかく焼いたのに、食べれずじまいだ。ルキナがキッとシェリカを睨む。

「我に指図できる者は誰もいない」

 シェリカがルキナと距離をとって言う。

「なんでわがまま度まで増してんのよ」

 ルキナは諦めて次のマシュマロを焼き始める。

「僕がやりましょうか」

 シアンが代ろうかと申し出るが、ルキナは断った。

「こういうのは自分でやってこそでしょ」

 ルキナは、前世の思い出に浸っていた。幼い頃、家族でバーベキューをした記憶がある。その時、父親に教えてもらいながらマシュマロを焼いた。とても美味しかったのを覚えている。やはり、マシュマロは自分で焼く方が美味しいと感じるはずだ。

「あんたにはもうあげないから。ていうか、もともとあげるつもりなかったわ」

 物欲しそうに見ているシェリカに、ルキナが言い放った。シェリカが少し残念そうにする。

「あっ」

 ルキナがシェリカの方を見て声をだした。何かを見つけたらしい。

「シェリカ、手に虫がついてるわよ」

 ルキナが指さしたのは、シェリカの手の甲についた虫だ。木の幹や石にくっついて動かない虫だ。見た目はあまり可愛くないので、多くの者が苦手とする。人に何かを害をなすわけではないが、一度くっつくとなかなか外れてくれないので、皆に嫌われている。ルキナは、ナメクジと呼んで、見つけるとできるだけ距離をとる。実際は、ナメクジとは見た目も性質も違うのだが。

「ぴぎゃああああああ」

 シェリカが変な悲鳴をあげる。さっきまで気づいていなかったのに、指摘された途端、手に虫がついている感覚を感じるようになってしまった。虫全般苦手なので、いくら無害といわれても嫌なものは嫌だ。

「ティナ!ティナ・エリ!取って!取って!早く!」

 シェリカが叫びながら、手をブンブン振り回す。虫の方は、吹き飛ばされように、シェリカの手にさらに強く吸い付く。腕を回したって虫は取れない。

「じっとしてください」

 ティナがシェリカに近づくが、手の動きを止めてくれないので、虫を取ってあげられない。

「はやくぅ~」

 シェリカは涙声になっている。ティナも早く取ってあげたいと思っているが、シェリカ自身がそれをさせてくれないのだ。

「…すみません」

 最終的に、ティナが無理矢理シェリカの腕を掴んで、虫を取ってあげた。シェリカは腕を振り回し続けようとするので、掴む力が少し強くなってしまう。ティナが謝ったのはそのためだ。

「あやつもなかなかやるな」

 虫を取ってもらい、落ち着いたシェリカが言った。シェリカが一方的に精神的ダメージを受けていただけに見えたが、本人は抵抗できたと思っているらしい。

 その後は大きなハプニングもなく、無事にバーベキューを終えた。空はすっかり真っ暗だ。星たちがキラキラと輝いている。山は空気が澄んでいて、きれいに星が見える。せっかくだからと、皆で天体観測をすることになった。

「見える星は地球と一緒なのかしら」

 ルキナが地面に寝転がりなら言った。隣で寝転がるシアンにだけ聞こえるような声量で。

「何か覚えてる星とかないんですか?」

「うーん。星座くらいわかれば良かったけど、あんまり星見たことないのよね」

 ルキナとシアンで仲良く話していると、マクシスが立ち上がって何かを話し始める。

「姉様、寝るなら戻りましょう」

 チグサが星を見ているうちに眠気襲われてしまったのだろう。それに気づいたマクシスが風邪をひいてしまう前にチグサを起こす。そして、他の皆には何も言わずに、二人だけで建物に戻っていった。

「声くらいかけてくれれば良いのに」

 シアンは上半身を起こして、静かに去って行く姉弟の背中を見送る。

「しょうがないわ。チグサのことになると盲目なるのは」

 ルキナも体を起こす。

「シスコンって言うんでしたっけ?チグサ様も大変ですね」

 姉弟で仲が良かったり、大切に思うのは悪いことではない。でも、愛が重すぎるのも負担になりかねない。チグサはもう慣れっこなのかもしれないが、大変だろうなと思う。

「まあ、マクシスのシスコン度はこんなものじゃないんだけど」

 ルキナが苦笑する。

「まだ先があるんですか?」

 シアンは、世のシスコンがどんなものか知らないが、今も十分マクシスは姉が大好きだ。これ以上どう変わるというのだろう。

「うん。えっと…そうね……。」

 ルキナが具体例を提示しようと乙女ゲームの記憶を掘り起こす。しかし、ただ考え事をしているだけだと思っていたが、なにやら様子がおかしい。シアンの目は、暗くてもよく見える。だから、ルキナの表情が深刻なものに変わっていくのもわかった。

「お嬢様…?」

 シアンが心配になって声をかける。何か重大なことでも思い出したのだろうか。ルキナが口を開いて何かを言おうとしたタイミングで、タシファレドが騒ぎ始めた。姿はすぐには見つけられないが、声ははっきりと聞こえる。

「暗いの怖いよ!暗いの怖いよ!」

 タシファレドも先に別荘に戻ろうとしたのだが、手に持っていた灯りが運悪く消えてしまったのだ。しかも、ちょうど木々で星の光が届かないところで。暗いのが苦手な彼は、パニックになってしまっている。

「ロット様!」

 一緒にハイルックもいるのだろう。彼の声も聞こえてくる。

 皆といると、どこに行っても、いつも大騒ぎだ。本当に、何も起きない方が珍しい。

 シアンは、真剣に悩んでいるルキナのことを気がかりに思いつつ、タシファレドたちの援助に向かった。

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