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お嬢様、流行の最先端を走ってます。

 季節は廻り、中等学校三級生の夏休み明け。この時期になって、ルキナのペンネーム、ミユキ・ヘンミルの名が売れ始め、小説の売れ行きも好調だ。いつしか、乙女たちのトレンドをはかるバイブルという地位まで築き始めていた。そして、現在、流行の中心になる言葉が、壁ドンである。隣の住人がうるさい時に壁を殴る行為ではなく、嫉妬などで感情が高ぶったあまり強く壁を叩く行為でもない。あの少女漫画で鉄板の例のあれだ。男性が女性を壁においやり、片腕、または、両腕で逃げ場をなくすあれだ。現実世界ではやらないような行為だ。だが、残念ながら、この世界は乙女ゲームである。顔が良ければ、リア充も多い。

「書いといてなんだけど、あれ、ほんとにキュンとするわけ?」

 ルキナが疑いの視線を向けた先には、白昼堂々と壁ドンしている男女がいる。学校内でいちゃつくカップルはどうかと思う。

「流行るにしても、こんなふうにリアルでやってる人がいるなんんて。やっぱりここは異世界だわ」

 ルキナは流行りを生み出したのに嬉しくなさそうだ。

 ルキナがやっていることは二番煎じ。前世で流行ったものを追いかけているだけだ。ルキナがこの世界に異質なものを運んできたとも見ることができるが、それを咎めるものはいない。事情を知らなければ、ただルキナが新しいものを生み出したようにしか見えない。

 ルキナの作品で壁ドンが出てきたのはほんの一回だけ。前世ではまったアニメの二次創作のような内容だ。妄想でキャラに壁ドンをさせてみただけなのだが、他の作家も壁ドンを作品内で使うようになったために、流行り始めてしまった。

「お嬢様らしくないですね」

 シアンが意外そうに言う。

「なんで?」

「お嬢様だったら、流行の最先端を走ってるわ、とか言って大喜びすると思ってました」

「それ、私の真似?」

 シアンが無理矢理高音を出してルキナの真似をした。でも、声変わりを終えて低くなったシアンの声では違和感がありすぎる。ルキナも「気持ち悪っ」と、鳥肌のたった腕をさすっている。

「秋休みはちゃんと遊びたいわ」

 ルキナが話題を変えた。夏休みは執筆作業に追われて全く遊べない。前までは、夏こそ遊びに明け暮れる毎日を過ごしていたのに、今は、休みのやの字もないほど執筆づけの毎日だ。学校のある平日では進まないので、夏休みのうちに書きだめをしなければならない。仕方がないといえば仕方がない。作家として生きると決めた時から覚悟すべきだ。それに、これほど締め切りを意識して仕事ができる方がありがたい。プロの中で、こうして本を出し続けさせてもらえる作家は一握りしかいない。

「学生を何だと思ってるのかしら」

 嬉しい悲鳴ではあるが、遊びたいというのも本心だ。

「学生…お嬢様が考えているのは遊びのことですよね」

 シアンがジトっとルキナを横目で見る。学生の本分は勉強だ。決して遊んでいけないわけではないが、ルキナの場合度が過ぎる。遊び始めると勉強なんてそっちのけになるのだ。今でこそ、小説家としてやっていくため、編集者と二人三脚で宿題の計画も立てているので、期限に間に合う程度には宿題を終えている。

「勉強もするわよ」

 ルキナがムッとして言う。

「宿題以外の勉強しないじゃないですか」

 シアンが嘲笑うように言った。本当にルキナを嘲笑しているのではない。呆れの感情が表に出すぎただけだ。

「再来年は受験生ですよ」

 シアンが釘をさす。でも、今は三級生。受験生だ受験生だと周りに言われる時期はまだもう少し先のことだ。

「なんで再来年の話を今するのよ」

 ルキナが不満そうだ。

「お嬢様は動き出しが遅いですから早めに言っておかないと」

「あっそ。とにかく、今は楽しいことを考えましょ。ほら、秋休みのこととか」

「夏休みが終わったばかりですけど」

「そんなのあっという間よ。ほら、あといくつ寝るとお正月?」

「なんですかそれ」

 二人が中庭で楽しげに話していると、シェリカがティナを連れてヌッと現れた。

「ここにいたのか。我と血の盟約を交わした者よ、探したぞ」

 シェリカの様子がおかしい。話し方も恰好も夏休み前に会った時とかなり違う。左目に眼帯をつけて、右腕に包帯をぐるぐる巻きにしている。

「シアン様を探しておりました」

 ティナがシェリカの言葉を訳すように言う。ティナもなんだか違う気がする。成長期に入ったのか、かなり身長が伸びている。あんなに小さかった少女が、今はシェリカの身長をゆうに越している。そして、話し方は、抑揚のない感情が読み取れないものになっている。表情もさっきから全く変わっていない。シアンはこのティナを知っている。でも、シェリカの前では決して見せなかったはずだ。

(夏休みの間に何が?)

 シアンが二人の変貌ぶりに戸惑っていると、シェリカがショックを受けた顔になる。

「数百年前、我らは盟約を結んだはず…まさか、奴らに記憶を奪われたか」

 シアンが戸惑っているのは、シェリカとの盟約を忘れたからだと、シェリカの中で変換されたようだ。どんな盟約なのかはまだ説明されていない。シアンは特に何の反応もできずに立ち尽くす。

 次はルキナを見て驚いた顔をする。

「ん?待て、おまえは…」

「私?なるほどね。私が敵ってわけね」

 ルキナはなぜかノリノリで、自分がシェリカの中でどんな設定なのか興味深々だ。この流れだと「奴ら」の仲間あたりが妥当か。

「死んだはずじゃ!?」

 しかし、ルキナは敵でもなんでもなかったらしい。

「勝手に殺さないで」

 ルキナは、ただ過去に死んだだけの人という設定にがっかりして、思わず力強くツッコミを入れてしまう。

「そう、我々は、奴らと幾たびも抗争を交えてきた。奴らは世界征服をもくろみ、暗黒竜の封印を解いてしまった。その竜はなんとか我が封印しなおしたが、代償も大きかった」

 シェリカが設定を語り始める。その隙に、シアンがルキナに耳打ちする。

「なんで急にああなったのか、お嬢様は何か知りませんか?」

 ルキナがティナの腕の中にある本を指さす。真っ黒の表紙に白色の文字で題名が書かれている。そして、その下には見たことのある紋様が。

「あれって…。」

 シアンはすぐに何の本かわかるが、なぜティナが持っているのかわからない。

 あれは、ルキナが書いた本だ。決して売れ行きの良かったものではないが、誰一人手に取る者がいないわけでもない。好きな人は好きな内容だ。ただ、あの本はルキナの黒歴史の塊だ。通称、BBブラックブック。ルキナが前世で思い描いた空想を詰め込んである。特に、中学二年生頃、ある病気を発症していた時期の空想だ。ルキナは、恥ずかしいからと本にしたがらなかったし、編集者に押し切られる形で出版しても、その本のことだけは思い出したくないようだった。お金の話に目ざとい編集者は、どんな内容でも、とにかく本にしようと言った。しかし、そもそも、編集者が本にしようなんて話をしたのは、ルキナが恥ずかしい内容を文章化していたからだ。結局のところ、ルキナは今もあの頃の謎の情熱を忘れられていないのだ。

 そんなわけで、ルキナだったら、ティナがBBを持っているとわかったらすぐに買い取るなり、取り上げるなり、燃やすなりすると思っていた。シアンには、ルキナがこんなに落ち着いているのが不思議でならない。

「あれ、私があげたの」

「え?」

 ルキナの予想外な発言に、シアンがたいそう驚いてみせる。まさか自分から読ませたなんて思いもしなかった。

「夏休み前、忙しいって言ってるのに何回もつっかかってくるから、これでも読んどけー!って。そしてたら、本当に読んだみたい」

 ルキナがニヒヒといたずらっ子の笑い方をする。

「なんてことするんですか!シェリカ様の将来に何かあったら大変じゃないですか」

 シアンは、あまりにシェリカが変わってしまったので、かなり焦っている。しかも、原因がルキナにあるとなると、責任を感じないわけにはいかない。

「大丈夫よ」

 ルキナの方は何も心配している様子はない。

「一時の病気だし、そのうち忘れたかのように元に戻るわよ。あー、でも、思い出す度恥ずかしくはなるかもだけど」

 経験者は語るとはよく言ったものだ。ルキナは、「こういうのを経験して大人になるのよ」と言って、他人事扱い。シアンは余計に責任を感じてしまう。

「…聞いてないな?」

 シェリカが、シアンとルキナに目を向ける。二人がこそこそと話していることに気づく。

「ちょっと!何の話…うあっ!!」

 シアンとルキナのもとに近づこうとして、その途中でつまずいて豪快に転ぶ。慣れない片目生活で、まだ距離感がつかめていないのだ。

「シェリカ様、やはり眼帯は危ないのでは」

 ティナがシェリカに手を貸して立たせる。

「うぅ…とるぅ…。」

 シェリカは転んだのがよっぽど痛かったのか、あっさり眼帯を取ってしまう。右腕の包帯も泥がついて汚れてしまった。包帯はティナにとってもらう。

「目とか腕とか、なんか設定ないの?」

 ルキナが質問する。さっきから延々と設定を語ってたわりには、眼帯と包帯のことには全く触れていなかったし、今もこだわりなどないかのように外してしまった。○○病の者なら、こういうこだわりは意地でも通すものだ。ルキナは、信じられないものを見たかのような気分になる。

「え?」

 でも、シェリカは、なぜルキナがそんな質問をするのかわかっていない。ということは、つまり、

「じゃあなに、それはただの飾り?」

 ルキナは呆れて大きなため息をついた。

「駄目だわ。中途半端すぎる。やっぱり、本一冊では無理ね」

 かっこいい言葉を使うためには、それなりに語彙力が必要だ。だが、シェリカはそういった学習をせず、ごり押しで始めてしまった。そんな状態だから、包帯や眼帯の設定まで考えようとしないのだ。だが、それも仕方ない。この世界に、○○病が好きそうな本は少ないし、もともと○○病という言葉も概念もない。言ってしまえば、シェリカがこの世界の○○病患者第一号だ。

「借り物の力なんてこんなもんよね」

 ルキナは体の向きを変えて去って行く。

「ちょっ、お嬢様、戻し方を教えてくださいよ」

 シアンは、シェリカをこのままにしておけないと、ルキナに解決法を尋ねる。まあ、そんなものはないのだが。

 その日の夜、シアンは、ドキドキしながらルキナと書斎で過ごした。普段から、ルキナのそばにいるときは心臓をバクバクさせているが、それとはまた別の緊張がある。彼には、ある計画があるのだ。

 ルキナが、スッと立ち上がった。本を取ろうとして、本棚に近づく。シアンが、これをチャンスと捉え、自分も立ち上がる。そっと近づき、呼びかける。

「お嬢様」

 ルキナは、シアンに呼ばれて振り返る。シアンがルキナの真後ろにいたので、ちゃんと体の向きを変えないと、シアンが見えない。本棚を背に、ルキナがシアンの正面に立つ。すると、シアンがずいっとルキナに急接近して、覆いかぶさった。両手を本棚について、ルキナを両脇から逃げられないようにする。見事な壁ドンである。だが、残念ながら、身長はまだルキナの方が高い。声変わりが終わって、シアンも身長が伸びていないわけではないが、ルキナも成長しているので、差は縮まらない。シアンが少し見上げるように顔をあげる。ルキナと目を合わせる。

「えっと…その…。」

 シアンの顔は真っ赤だ。何かを言わなくては、とは思っているが何も言葉が出てこない。逃げ出してしまいたい気持ちになる。でも、ここで本当に逃げ出してしまっては、男の名が廃るっていうものだ。

「キュンとしましたか?」

 顔が熱くなるのを感じる。シアンが壁ドンをしようと思ったのは、ルキナが、壁ドンで本当にキュンとするのか、と疑っていたからだ。実際に体験させてあげれば良いだろうと思って、壁ドン計画を実行した。シアンの問いかけは、それ故生まれたものだ。

(やらなきゃ良かった。やらなきゃ良かった)

 シアンは心の中で盛大に後悔していた。ルキナに嫌われてしまったらどうしようという不安でいっぱいになる。やり始めた時は、そんなことにまで気が回らなかった。ただ、やってしまった以上は、後悔しても仕方がない。せめて、ルキナがどんな反応をしても受け止めようと覚悟する。

 ルキナは、かなり驚いていた。突然のシアンの行動に、うまいこと頭が回らない。ルキナが反応に悩んでいた時間は一瞬ともいえる時間だったが、本人にはすごく長く感じた。

「神は言った。ただし、イケメンに限ると」

 ルキナの小説に出てくるセリフだ。今、ルキナが口にできた言葉はそれだけだった。決して深い意味はない。でも、シアンには、そんなルキナの事情がわかるわけない。シアンはイケメンの部類に入るのだが、彼には貶されたようにしか聞こえない。

「もういいです」

 シアンは、なんだか無性に腹が立ってきて、ムカムカしながら書斎を出て行った。いろいろなものを犠牲にしつつ、ルキナのことを思って実行に移した計画だったのに、ただ貶されて終わった。自分で勝手に始めたことだが、怒るのは無理もない。

 一人、書斎に残されたルキナは、その場に座りこんだ。膝の力が抜けてしまったのだ。

「可愛いがすぎるわよ」

 赤くなった顔を両手で覆う。シアンは自分を好きだろうと思ってはいたが、こんな思いきった言動はしたことがなかった。珍しいことをして、勝手に一人で恥ずかしがっているシアンは可愛かった。壁ドン効果とは言い切れないが、たしかにキュンとはした。

「次の本にも入れよう…。」

 使い古されたシチュエーションだが、壁ドンは偉大だ。

学校とバイトが忙しくなってきて、なかなか小説を書く時間が作れません…書きだめ分もつきました…


今後、不定期に更新を休む可能性があります。その時は、Twitterでできるだけ早くお知らせします。

https://twitter.com/miku_himihure

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