お嬢様、紹介します。
上位大会に進んだので、ルキナは約束通り、シアンの雄姿を見に来た。ルキナの最大の目的は、イリヤノイドに会うことなのだろうが、ルキナの応援があると思うと、シアンは普段より良い結果が残せそうだと思う。
「シアン、かっこいいとこ見せてね」
シェリカがシアンに向かって手を振っている。ティナも、横でペコリと頭を下げる。
「頑張ってね」
今度は、マクシスが応援の声をかけてくれる。チグサも一緒だ。
「お姉様、早めに椅子に座りに行きましょうか」
暑い日差しの中、チグサがばててしまわないか心配して、マクシスがチグサを連れて観客席に移動して行く。その背後で、タシファレドがナンパしている。
「そこのお嬢さん、この後時間があるなら一緒にお茶でもどうですか?」
まだ身長は物足りない感じはするが、タシファレドは中等学生にしては良いスタイルだ。ルキナの言う通り、顔だけだけは良いので、声をかけられた女の子は、悪い気はしていないようだ。
「ちょっと、私と行くんじゃなかったの?」
「私は?」
タシファレドがナンパしたのは一人や二人ではないらしい。手当たり次第に声をかけまくるタシファレドに、先にナンパされた女の子たちが文句を言いに行く。
「君たちのことも忘れてなんかいないよ。順番さえ守ってくれれば、約束は守るよ」
タシファレドは、女の子を邪険に扱うことはしない。しかし、誰のことも真面目に考えていないのだとわかってしまう。女の子の扱いは慣れているようだが、そこに彼の感情があるように感じないのだ。
「ロットさまぁああああ!」
次から、次へと。本当ににぎやかだ。ハイルックがタシファレドの名前を呼びながら走ってくる。
「僕をさしおいてなんて約束を!そんなどこの馬の骨とも知らぬ女狐じゃなく、僕と行きましょう!」
ハイルックの方も、タシファレド愛に拍車がかかっている。タシファレドに群がる女の子をシッシと追い払う。
「なんか大所帯ですね」
シアンは、隣に立っているルキナに話しかける。
「私も、こんなつもりじゃなかったんだけどね。みんな、誰かが行くって言ったら行くぐらいのつもりだったらしいの」
ルキナがシアンをじとっとした目で見る。
「なんですか?」
「ほんと、愛されてるよね。忘れてないかしら。私がモテなきゃいけないって」
シアンの方が攻略対象たちに好かれているようなのが気に入らない。
「先輩」
イリヤノイドが声をかけてきた。まだ時間には余裕があると思っていたが、イリヤノイドは早めに移動したいのだろうか。控え室に行こうと言う。
シアンは、ルキナとイリヤノイドが揃ったので、チャンスと捉える。
「イリヤ、紹介したい人がいるんだ」
シアンがそう言うと、イリヤノイドが一瞬嫌そうな顔をした。でも、本当に一瞬だったので、シアンは気づかなかった。
「こちら、ルキナ・ミューヘーン様。僕を雇ってくれてる家のお嬢様」
シアンが簡単に紹介すると、ルキナがニッコリ笑って右手を差し出した。
「よろしくね、イリヤ」
しかし、その手が握り返されることはなかった。
イリヤノイドは、かなり親密な相手以外には、イリヤと呼ばれたくないらしい。心底嫌そうな顔をする。
「お嬢様、初対面の方にいきなりあだ名で呼ぶのは失礼ですよ」
シアンが慌ててフォローする。ルキナは、乙女ゲームのプレイヤー時代の癖で、あだ名で呼んでしまっただけなのだが、適切な距離感をとらないと、イリヤノイドの中のルキナの第一印象が最悪になる。
「…先輩、もう時間がなくなっちゃいます。行きましょう」
やはりまだ急がなくてはならないような時間じゃないはずだが、イリヤノイドはなんとしてでもシアンを連れて行こうとする。ルキナは、自分からすぐにでも離れたそうなイリヤノイドを見て、「やっぱり難しいわ」とつぶやく。
「お嬢様、すみませんが、また後で」
ここはイリヤノイドに従うしかないと、ルキナに謝る。思うようにいかないのは、ゲームと違う、現実だからだ。シアンが一応何とかしてくれようとしたのはわかり、ルキナは「そうね」と頷く。
シアンは、イリヤノイドと一緒に控室に向かって歩き始める。
「ちゃんと勝ちなさいよ」
ルキナがシアンの背中に向かって声をかける。シアンは振り返って笑顔を向ける。そんな二人のやりとりを見たイリヤノイドがシアンの腕をぐんと引っ張った。
「イリヤ?」
「えっと…ひ、人にぶつかりそうだったので」
イリヤノイドは、シアンとルキナの絆を見せつけられたような気がして、悔しかった。だから、邪魔をしてやろうと思った。それで腕を引っ張ったのだが、シアンにはその目的はわからなかった。
「ああ、もう…。」
ルキナの目には、イリヤノイドのしたこと全てが映っていた。行動も目的も。イリヤノイドがシアンを独占したいのだと理解する。このままでは、本当にモテるのはルキナではなくシアンになりそうだ。前途多難すぎて、ルキナは何からすべきかわからなくなってくる。
「先輩、僕のとこで働きませんか?」
イリヤノイドがシアンに転職しないかと提案する。
「急にどうしたの?」
なぜその話になったのかわからず、シアンが首を傾げる。
「いえ、その…僕の家は第二貴族ですけど、余裕はあるほうですし、先輩が困るようなことはないです。それに、雇うって言っても、ミューヘーン様のとこみたいに、こき使うなんてことしませんし」
「今もこき使われてないよ」
イリヤノイドがなんとかシアンを自分の家に引き入れたいと猛アピールをする。しかし、残念ながら、若干空回りしている。シアンがミューヘーン家を悪く言われるのを嫌がるなんて、イリヤノイドならすぐにわかるだろうに。
(なんか、デジャヴだな)
前にもこんなことがあった。もう遠い過去のことだが、それなりに大きな出来事だったので印象に残っている。
「なんていうか、そばにいてくれればって…。」
シアンが思い出に浸っていると、イリヤノイドがボソボソと言った。
「何って?」
別のことを考えていたので、ちゃんと聞き取れなかった。シアンが聞き直す。
「不便はさせません!」
イリヤノイドが顔を赤くして言った。さっき言っていたことは全く違うが、シアンは一回目で聞き取れていないので、違うことを言っているなど疑わない。
「気持ちは嬉しいよ」
シアンはイリヤノイドに優しく笑いかける。
「そうじゃなくて…。」
真面目に取り合わないシアンに、イリヤノイドが残念そうにする。
「わかってないわね」
そんなイリヤノイドの前にシェリカが立ちはだかる。シアンたちにこっそりついてきて、二人の会話に聞き耳を立てていたのだ。シェリカは、ある意味イリヤノイドの先輩に当たるかもしれない。シェリカが、なぜシアンがミューヘーン家以外で働かないのか、鼻高々に話始める。
「シアンがルキナのとこにいるのは、お金の問題じゃないのよ。シアンの家が…」
しかし、イリヤノイドはシェリカの話を聞かずに通りすぎていく。突然現れた見知らぬ人にシアンの家の事情を聞かされるのだ。無視するのが間違っているとも言い切れない。
「ちょっと!」
シェリカは、イリヤノイドが全く聞こうとしないので、語気を強める。
「シェリカ様、みんな見てます」
隣のティナが呆れている。
「もう!シアンを雇いたいのは、あなたのとこじゃだけじゃないんだからね!というか、私の方が先だったんだから。そもそもシアンは…」
「シェリカ様、やめてください」
シェリカは怒りが爆発してしまったようで、ティナが注意しても聞いてもらえない。そんなに怒るようなポイントはなかったはずだが、なかなか怒りがしずまらない。最近、情緒が不安定だったせいかもしれない。大人たちはそういう時期だと言った。どこの大人もみんな同じことを言うらしい。思春期が原因だと説明されても、ティナの苦労は変わらない。必死に、シェリカを落ち着かせようとするが焼け石に水だ。
「シェリカ様、そんなに怒ってばかりだと、顔にしわが残っちゃいますよ。可愛い顔が台無しになってしまいますし…ほら、シェリカ様は笑っている方が素敵ですよ」
シアンがキザなセリフを吐く。珍しい光景だ。このセリフはルキナの小説からの引用だ。あまりに困っているティナを見て手を貸したくなったのだが、こんな思い切ったことをしたのは、正攻法ではどうにもならなそうだと思ったからだ。
「え?え?」
シェリカが頭にはてなマークを浮かべている。シアンの声は届いたらしいが、反応はいまいちだ。
(失敗だったか。現実でこんなこと言っても気持ち悪がられるだけに決まってる)
シアンは急に恥ずかしくなってきて、その場から逃げ出そうと、体の向きを変える。
「シアン…!」
シェリカの心には刺さったようだ。口もとを手で隠して顔を赤くしている。欲しかったリアクションは少し遅かったが、失敗ではなかったようだ。
「シアン、ようこそ。給料はシェリカ様が払うわ」
ティナが、シェリカの怒りをあっという間にしずめたシアンに感動する。シアンの手を握って、自分のとこで働かせようとする。
「先輩!」
イリヤノイドが怒る。待たされたうえに、シェリカやティナと仲良くなっている。しかも、いつの間にかギャラリーが増えて、シアンファンクラブの人たちが、シアンのキザセリフに興奮している。黄色い悲鳴を上げ、失神し、シェリカを羨ましがっている。
「セリフ変えるか迷ってたけど、このままでいけそうね」
カオスな状況を見ていたルキナがガッツポーズをした。
「悩んだらシアンに実践してもらおっと」
ルキナはまたあらぬことを考えている。こき使われてはいないが、たしかに無理難題な命令は多い。




