お嬢様、お近づきになれました。
初等学校二日目。今朝も「今日こそマクシスと友達になってきなさいよ」と念を押されたシアンは、どうやってマクシスとお近づきになろうかと頭を悩ませていた。
マクシスは常に人に囲まれている。故に、簡単には話しかけられない。シアンより身分の高い第二貴族も混ざっているので、彼らの話を遮ることはできないからだ。マクシスが一人になるところを狙いたいが、そううまくことは運ばない。
「ちょっといい?」
考え事をしている時に不意に話しかけられて、シアンは少し驚く。休み時間中、誰とも話そうとしないシアンに、わざわざ声をかける者がいるとは思っていなかったのだ。
顔を上げ、目の前に立つ人物を見る。声をかけたのは、まさかのマクシスだった。
「アーウェン様、どうかされましたか?」
机に肘をついているのは良くないと、シアンは手を膝の上に乗せる。本当は立ちたいぐらいだ。身分が上の者が立っているのに座ったままはよろしくない。
「僕の名前覚えてくれてたんだ」
マクシスは、屈託のない純粋な笑顔を見せる。シアンのような作り笑いではなく、子供らしい、年相応の笑顔だ。
「はい、もちろんです」
マクシスの笑顔を眩しく思いながら、シアンは表情を変えないで頷く。彼の表情は、貼り付けた笑顔がデフォルトだ。
「嬉しい」
裏のない言葉。シアンは、ルキナの命令とはいえ、私利私欲で彼に近づこうとしたことに、僅かな罪悪感を抱く。
「君とはなんだか良い友達になれそうだと思って」
マクシスもまた、シアンと友好関係を築こうと考えていたのだ。話しかけてもらうのを待てば良い立場にありながら、シアンただ一人を選んだ理由はわからない。しかし、向こうから来てもらえるのなら、シアンにとって好都合だ。デメリットなど考えるまでもない。
「実は、僕もアーウェン様と仲良くなりたいと思っていました」
裏はあれど、嘘偽りない言葉。マクシスは、良好な関係を築けそうな予感が的中して喜ぶ。
「じゃあ、とりあえず、一緒にご飯食べない?」
昼食にまで誘われると思っていなかったが、これは幸先が良い。
「喜んで」
昼食の約束をし、昼休み前の授業を一つ、二つこなす。授業内容は一般常識のことばかりで、シアンには退屈だ。しばらくの間は、これは仕方がないことだ。本来、初等学校はそういうことを学ぶために通う。彼がたまたま先に学習していたというだけだ。
授業終了を知らせる鐘が鳴り、教師が教室を去っていく。シアンは、同じ姿勢を取り続けて固まった体をぐっと伸ばす。
「リュツカ君、行こう」
マクシスが一緒に食堂に行こうと席まで呼びに来てくれた。シアンは、マクシスと共に廊下を進み、食堂へと向かう。
大勢の生徒が集まる食堂は混雑しており、食事の受け取り待ちの列ができている。二人は最後尾並び、順番を待つ。
(やっぱり目立つか)
上級生も一緒の食堂を使うのだが、見慣れない髪色のシアンは注目の的だ。リュツカ家の話を知っている者がほとんどなので、シアンが竜の血を持つ人物であることは知れ渡っていることだろう。
少しずつ列が進み、予想より早く順番が回ってきた。食事を受け取り、空いている席を探す。
シアンは、視界の端で、恐る恐る歩いている女の子を見つける。ルキナだ。トレイに乗った料理をこぼさないように慎重に進んでいる。今まで自分で料理を運んだことがない。初めての経験に戸惑っているのかもしれない。
シアンは、さり気なくルキナの様子を見守る。
その時、周りをよく見ずに歩く男子生徒がルキナの背中にぶつかった。突然、背後から押され、ルキナはバランスを崩す。
「うわっ」
あまり可愛くない声を出しながら、前に転びかける。地面につく前に、シアンが動いた。
素早くルキナのもとに行き、自分のトレイを左手に持つ。右手と体全体を使って、ルキナを受け止める。料理は溢れる前に魔法で器に戻し、トレイに全て乗せる。見事、ルキナと料理を守って見せた。その機敏さは、とても七歳の子供とは思えないものだ。
「お嬢様、お怪我は?」
腕の中の少女に声をかける。ルキナを自分の足で立たせ、魔法で浮かしていたトレイを右手で持つ。
「だ、大丈夫よ!」
ルキナは顔を赤らめる。大勢の前で転びそうになったのが恥ずかしかったのだ。シアンからトレイを奪うように取り、その場から離れていった。また転びそうになるが、今度は自分で持ちこたえ、近くの空いていた席に座った。