お嬢様、厄介な後輩ができました。
シアンは、若干憂鬱な気持ちで部活に参加する。参加しないわけにはいかないし、そんなつもりはないのだが、少し気持ちが乗らない。
今日は新入部員を交えての練習を行う。既に波乱の予感はするが、シアンは部員たちに指示を出し、いつも通りの練習を始める。
「この練習メニューは部長が決めたんですか?」
イリヤノイドがさっそくからんできた。
「ううん。みんなで決めたよ。顧問の先生も一緒に」
シアンは努めて笑顔で答える。部長という言葉にとげとげしいものを感じたが、気にしないでおく。
まだ何か文句を言われるのかと思ったが、他の部員たちと同じように、黙々と練習を続ける。アクチャーにかける思いは人並み以上にあるためか、練習には真摯に取り組んでいる。
「いちいちつっかかってくるな」
ヘカトが気にするなと言いたげに声をかけてきた。陰口みたいな内容なので、シアンは苦笑いになる。
練習の後、今後の活動について話し合いをすることになった。話し合うのは、特に大会出場についてだ。
「七人になったし、一応、団体戦にも出れるようになったわけだけど」
グシャトリアが皆の顔を見回す。団体戦の選手は七人。今の部員でちょうどだ。でも、そうすると、一人でも出たくないと言えば、出場の道は断たれる。
「まあ、個人戦もあるし、無理に出る必要はないよ」
「団体戦は男女混合なんでしたっけ?」
シアンが質問をすると、イリヤノイドが鋭くシアンを睨む。そんなことも知らないのかと疑うような目だ。シアンはいたたまれない気持ちになりながら、グシャトリアの答えを待つ。
「そうだね。最低二人は、男女どちらもいなきゃいけないから、うちはほんとちょうどぴったりだね。多少、男が多い方が有利だったりするけど、たいした差じゃないし、そこはあまり気にしなくて良いと思う」
グシャトリアが団体戦について具体的に教えてくれる。そこへ、ラザフォードがやってきた。顧問として部活の様子を見に来たのだ。
「昨日来れなくてごめんね。顧問のラザフォード・ラルクです」
ラザフォードが自己紹介をすると、イリヤノイドの表情が見るからに明るくなった。
「もしかして、あの、ラザフォード・ラルク選手ですか?上級学校の時、全国優勝した」
声のトーンも高くなっている。ラザフォードは、久しぶりにアクチャー選手としての自分を知る人物の反応を見て、困ったように笑っている。
リジュンは何のことかわからないようで、二人を不思議そうに見ている。無理もない。アクチャーに詳しくない限り、ラザフォードがどんな人物なのかは知らないし、年代的には、アクチャーをしている者の中でも、ラザフォードを知っている方が珍しい。
「どうして教師を?もっと上を狙えたでしょうに。プロとしても十分やっていけるって、みんな言ってましたよ」
イリヤノイドが興奮しながら、ラザフォードに質問を重ねている。シアンは、自分に対する態度と百八十度違う彼を見て、複雑な思いになる。あのくらい扱いやすいなら、困ることもなかったのに。
「あー、団体戦の話をしていたんですね」
ラザフォードがイリヤノイドから逃れるように話をもとに戻した。
「ちょうど良かった。夏休み、合宿してみませんか?大会直前の練習のために」
ラザフォードの提案に、ヘカトとヘイシャが歓喜の声をあげる。部活といえば、やはり合宿だ。合宿をする部活の方が珍しいものだが、憧れずにはいられない。
「団体戦に出るなら、そういうところで団結力も身に着けた方が良いと思いますよ。合宿先の予約はできますが、まずは皆さんの親御さんに許可をもらってきてもらわなければ話は始まりませんから」
そう言って、ラザフォードが資料を部員たちに配る。宿泊先の予定地の情報や日程、費用について具体的に書かれている。ちゃんと保護者の許可を得て、サインをもらってくるよう指示する。
そこから先は、とんとん拍子で話が進んだ。部員全員の合宿参加が決まり、授業と部活とを繰り返す毎日を過ごし、気が付けば夏休みになっていた。
「シアン君は明日から合宿なんだっけ?」
サイヴァンが授業を始める前に少し世間話をする。二級生の夏休みになっても、サイヴァンの家庭教師としての授業は続いていた。サイヴァンの都合で授業の頻度が変わることもあるが、だいたいが週に一、二回だ。だが、今回はシアンの方の都合で授業が休みになる。
「いいね。やっぱり学生のうちは部活も楽しまないとね。五日間だっけ?」
「はい」
「まあ、合宿はそんなもんか。あ、そうだ。これを返そうと思って」
サイヴァンがカバンから小さな箱を取り出す。その中から金色の指輪を出して、シアンに手渡す。
「ありがとうございます」
ルキナが誘拐された時に拾った指輪だ。あまりに錆がひどくて、汚れていたので、サイヴァンの知り合いの職人に修復をお願いしたのだ。最初はシアンが自分でどうにかするつもりで、サイヴァンに魔法できれいにできないかと尋ねたのだが、こういうことは専門の者に任せた方が良いと教えてくれた。
「あるべきところに返って良かった」
サイヴァンが呟く。初めて指輪を見せた時も、サイヴァンはそう言っていた。どういう意味なのか問うことはしなかったが、シアンはなんだか引っかかる思いがする。
「…はっ」
シアンが息を飲む。指輪の文様も、何もかも可能な限り綺麗になっている。リングの内側の文字も読み取れるようになっていた。そこに書かれていたのは、『リュツカ』という言葉だ。シアンの苗字だ。
(先生が言っていたのはこのことか)
この国には、リュツカの姓を持つ者は、シアンしかいない。リュツカ家の持ち物であったのなら、シアンが持つべきものだ。そう考えれば、サイヴァンの呟きも理解できる。ただ、修復前の刻まれている名前を確認できない状態の指輪を見ても、彼は同じことを言っている。どうやって知ったのかはわからないが、知識のあるサイヴァンには難しいことではなかったのかもしれない。シアンは深く考えなかった。
「君の両親の物だったかもしれないね」
サイヴァンが静かに言った。シアンは、指輪を大事に、大事に持っておく。それからは、お守りのように指輪を持ち歩くようになった。もちろん、合宿にも持って行く。
サイヴァンの授業から数日。とうとう合宿の日がやってきた。
「うおー、すっげー」
ヘカトが感嘆の声を上げる。シアンも、声こそ出さなかったが、ヘカトと同じ気持ちだった。合宿先は、この国の最大規模の合宿施設だ。アマチュアからプロまで、多くの選手が利用する、スポーツ合宿所だ。夏休みの時期ということもあり、広い敷地の中に、多くの学生がいる。
シアンたちは、ラザフォードを先頭に、施設内を歩く。
シアンは事前に調べたのだが、この施設を使用するためには予約をする必要がある。しかし、かなりの人気で、なかなかとれるものでもない。特にアクチャーは、貴族層にも人気のスポーツで、体力勝負の他の競技とは違い、誰でも始められる競技だ。アクチャーは、庶民の活躍の場であるスポーツの中で、特異的ともいえる。そのため、アクチャーの競技場を予約したい人の母数も増える。もしかしたら、ラザフォードの人脈の力が働いたのかもしれない。
「それじゃあ、荷物を置いて、着替えたらここに集合するように」
ラザフォードが、宿泊施設の目の前で指示を出す。生徒たちは、わくわくしながら施設の中に入っていく。
こうして、五日間の合宿が始まった。




