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お嬢様、部活をしましょう。

 シアンたちが二級生になって数日。今日のお昼は、なぜかシアンとルキナ、チグサの三人で食べている。ここ最近、ルキナはチグサと二人で昼休みを過ごすようになったが、今日、たまたま二人の目の前を通りかかったら、チグサに引き留められてしまった。前にもこんなことがあった気がする。あの時は、ルキナはいなかったが。

「チグサ、どう?」

「良いと思う」

「ほんと?ちょっと心配なのが、ここ。ここだけ急にヒロイン視点になってる気がするんだけど」

「大丈夫。そんなに気にならない。それよりは、こっちの言い回し。受け身だと、お兄さんの気持ちばっかりに感じる」

「あー、そうね。でも、やっぱり女の子は、彼にリードしてもらいたいものじゃない?」

「そうだけど。それなら、ここだけ変えたら?」

 二人は専ら、小説について語り合っている。ルキナが書いた小説をチグサが校閲するのだ。ルキナの書いた勇者物語を読んでから、チグサはルキナの作品のファンになり、ルキナもチグサの客観的な視点を頼るようになった。家族やシアン、ラザフォード、編集者以外で、ルキナが作家として活動していることを知っているのは、チグサだけだ。

「あーあ、私もこんな恋がしたいわ」

 ルキナが空を見上げて言う。中庭のベンチは快適な場所だ。空もすっきりしていて、春らしい気分が感じられる。

「そうね。素敵ね」

 チグサも空を見上げて同意する。マクシスが聞いたら絶叫しそうだ。

「じゃあ、次これね。あ、まだ締切まで余裕はあるから急がなくて大丈夫よ」

 ルキナがチグサに次の小説を渡す。チグサは急ぎじゃないと言われつつも、もう読み始めている。

「いやぁ、大変なのよ。こう見えて」

 ルキナが突然ひそひそと話し始める。シアンにだけ聞こえるように続ける。

「マクシスの気を引くのにはチグサ攻略が一番だけど、チグサと仲良くなりすぎると、今度はチグサを取り合うライバルに見られちゃって、恋愛対象外になっちゃうのよ」

 シアンには心当たりがある。普段はなんてことはないのだが、チグサと仲良く話していると、マクシスが不機嫌顔でシアンを見てくる。ライバル認定されているせいだろう。

 でも、ルキナが本当に苦労しているようには見えない。ただ何も考えずにチグサとおしゃべりしているようだ。こう見えてと自分で言ってるくらいだし、逆ハー目指して努力しているように見えないという自覚はあるらしい。

「シアンは今日も部活?」

 ルキナが普通の声の大きさに戻す。

「はい。お嬢様は図書局の当番ですか?」

「今日はチグサ。だから、まあ、私の当番も同然かな」

 ルキナはチグサと同じ図書局に入った。放課後も図書室で小説について語りあって過ごす。チグサがルキナの小説を校閲すると、ほとんど時間はなくなるので、さほど語り合ってはいない。

「アクチャー部はどう?新入部員増えそう?」

「はい、なんとか」

 シアンはラザフォードと協力して、アクチャー部を復活させた。決して、アクチャーはマイナーなスポーツではないし、学校の部活として珍しいものではない。しかし、一回なくなったものを復活させるのは、なかなか大変だ。たった一人のために部活を作るわけにはいかないので、最低五人の初期メンバーを集めなければならない。ラザフォードが事前に声をかけておいてくれたので、思ったほど苦労しなかった。顧問もラザフォードが請け負ってくれることになったので、問題はない。一番困ったのは、実際に部活が始まってからこのことだ。シアンはアクチャーのことは右も左もわからない。部員には、先輩もアクチャー経験者もいる。それなのに、シアンが部長になった。それは、シアンが部活創設者だからだろう。部活のまとめまとめ方も、競技練習の仕方もわからない。シアンは、楽しみながらも、部活の大変さも実感していた。

 放課後、シアンは競技場の鍵を持って、部活に向かう。新入生の体験入部期間が終わり、新入部員が確定し始める。部員が増えるかどうかが部活存続に関わるので、シアンは少しドキドキしている。

「リュツカ、これ、先生から」

 鍵を開けていると、ヘカトに声をかけられた。ラザフォードから預かったというプリントを受け取る。

「二人とも、早いね」

 ヘカトは、ヘイシャと一緒に競技場に来た。二人は喧嘩しているものだと思っていたが、同じ部活に入ると、仲良しになった。

「今日は新入部員が増えるかもだし、な」

「ちょっと楽しみっていうか」

 二人が部活に遅刻したことはないが、こんなに早く来たのは初めてだ。

「何人入るかな」

 そこに新しい声が加わる。クリスティーナ・アレン、アクチャー部の先輩だ。

「先輩、今日はグシャトリア先輩と一緒じゃないんすね」

 ヘカトがニコニコと笑顔で言うと、クリスティーナが急に不機嫌な顔になった。

「一緒じゃなきゃ悪い?」

 普段のクリスティーナは上品なお姉さんという印象なのだが、今は別人かと思うほど、感情をむき出しにして怒っている。

「クリスティーナ先輩、荒れてるね」

 ヘイシャがひそひそとシアンに耳打ちをする。二人は機嫌の悪いクリスティーナから逃げるように部室に入っていく。

「喧嘩でもしたんすか?」

 ヘカトは怖いもの知らずだ。クリスティーナは、グシャトリア・レオニの話を続けるのは嫌だろう。彼女が腹を立てている相手はグシャトリアなのだから。

「あいつが入ってこれないように鍵でも閉めておいてやろうかしら」

 クリスティーナはヘカトの背中を押して部室に入る。本気でグシャトリアを締め出すつもりなのか、内鍵に手をかけている。

「だめですよ。新入部員が入ってこれなくなるかもしれないじゃないですか」

 シアンが道具の準備をしながら注意する。クリスティーナは「はいはい」と言って、準備にとりかかる。

「ごめん、ちょっと遅れた」

 部員がそれぞれ準備を終え、練習を始めた頃に、グシャトリアがやってきた。

「ふんっ」

 クリスティーナがわざとらしく顔をそむける。そして、何も言わずに練習を続ける。

「何かあったんですか?」

 シアンはグシャトリアに話しかけに行く。現時点で、遅刻者に対する罰則は用意していない。だから、別にグシャトリアを責めようだとか考えているわけじゃない。

「いやぁ、まいったよ。どっかの誰かさんが俺のカバンを隠したもんで」

 グシャトリアが犯人であるクリスティーナをじろりと睨む。クリスティーナの方は無視をして、

「そんなに変なところに隠してあったんですか?」

「カバン自体はすぐに見つけたんだけど、よりによって、理科準備室の近くだったから、先生につかまって、雑用」

「それは、災難でしたね」

 シアンはグシャトリアの準備を手伝う。

「あの…アクチャー部は、ここで良かったですか?」

 女の子が顔をのぞかせる。

「入部希望者ですか?」

 シアンは慌てて対応する。そろそろ誰か来るだろうと思っていたが、特に何かの準備をしていたわけではないので、すぐに反応できなかった。

「はい。リジュン・ヨルカといいます。よろしくお願いします」

 リジュンがペコリと頭を下げる。とりあえず、シアンはリジュンを競技場の隅に座らせて、他の入部希望者を待つ。リジュンの質問に答えながら、一緒に他の部員の練習を見る。そうして、しばらくすると、もう一人、入部希望者がやってきた。

「それじゃあ、まずは自己紹介から始めましょうか」

 シアンは、部員全員を円になるように座らせ、順番に自己紹介を始める。学年が高い順に、グシャトリア、クリスティーナ、シアン、ヘカト、ヘイシャの順に回し、新入部員たちにも自己紹介をさせる。リジュンが改めて自己紹介をすると、隣に座る男子生徒の順番になる。

「イリヤノイド・アイス。アクチャーは六歳の頃に始めました」

 アクチャー経験者と聞いて、初期メンバーたちが嬉しそうにする。

 アイス家もヨルカ家も第二貴族だ。シアンは、この部での基本ルールを説明することにする。

「さっき言い忘れていましたが、僕が部長です。この部活では、身分を重視しません。簡単に言うと、自分より身分の上の相手に敬語を使う必要はありません。大事にしているのは、先輩と後輩の関係です。上手い下手、アクチャーの競技歴ではなく、単純に学年を基準にしています。とはいっても、上下関係はそんなに意識しなくて大丈夫です。気にするのは敬語を使うかどうかくらいで、後輩が積極的に準備を片づけをしなくてはならないわけではありません」

 シアンが一気に説明すると、他の部員たちが頷いた。これは、この部を発足する時にみんなで決めたルールだ。先輩後輩の関係もなくそうかという意見も出たが、ラザフォードに、それまでなくすのは部活として特異すぎるからやめておくよう言われた。古い考えを変えるのも大事だが、あえて古い考えを用いるのも大事だろうと、ラザフォードは言った。

「質問良いですか」

 イリヤノイドがスッと手を挙げた。礼儀正しい子だなと思いながら、シアンが発言を許可する。

「部長がなぜリュツカ先輩なのか、教えてください」

 イリヤノイドがシアンの目を真っすぐ見ている。シアンは金色の瞳に何かを見透かされそうな気分になる。隠していることや後ろめたく思っていることは何もないが、それでもドキッとする。

「部長とは別に、主将とかそういう役職の方がいるわけではないんですよね?」

「そうだけど」

 シアンの代わりにヘカトが頷いた。シアンはなんとなく、この先何が言われるか予想できた。

「では、なぜ、最高学年でもなく、アクチャー経験者でもないリュツカ先輩が部長になったんですか?」

 イリヤノイドは、実力主義者なのだろう。部長のようなリーダー的役職は、一番競技が上手な人が担うべきだと考えているのだ。そうでなければ、一番先輩である人物がやるべきだ。

 この部で、アクチャー経験者は、グシャトリア。一番学年が上なのも、グシャトリアだ。イリヤノイドの考えに従うなら、部長を務めるべきは、グシャトリアなのだろう。

「部活を作り始めたのが、シアンだからで、私たちはそれについてきただけっていうか」

 シアンが困っているのを察したのだろう。クリスティーナが答え始める。優しく、なだめるように。

「でも、部活創設者と部長を同じにする必要はありませんよね?何かを始める人と、それを続ける人が違うのは、歴史上よくあることです」

 イリヤノイドは、自分の意見を強くもっていて、なかなかクリスティーナの話を聞き入れてくれなさそうだ。

「ここで歴史の話をもってくるのは、ちょっと違うような…。」

 クリスティーナも何と反論すれば良いのか困り始める。そこで、グシャトリアが助け舟を出す。

「部長のことも、ここにいる全員で決めたんだ。後から来たから、そういう決まってしまったことを全て受け入れろとは言わない。でも、何も知らないで否定ばかりされても、こちらも聞けないよ」

 グシャトリアの言葉に間違いは何もない。イリヤノイドも、それ以上は反論できなくて、「そうですか」と言ったきり、黙ってしまった。

 新入部員を迎えての部活初日は、想像ほど楽しいものではなかった。結局、この日の部活は、ラザフォードが用意してくれたプリントを配って説明するだけで終わってしまった。

 シアンは、癖のある後輩に頭を悩ませることとなる。部活は楽しいが、やはり楽しいだけではいられないようだ。できるだけ早く、ギスギスした空気をなんとかしたいと思う。

…聞こえますか?…あなたの脳に直接語りかけています…一応、Twitterやってます…ボクの名前か作品名をTwitterで検索してもらえればアカが見つかると思います…今のとこ、全然ツイートしてませんが(見る人がいないので)…良ければ覗いていってください…

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