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お嬢様、もとに戻ってください。

 シアンの指示の下、皆が持ち場につく。シアンは庭に出て、ルキナの部屋に目を向ける。幸運なことに窓が開いてる。これならうまくやれそうだ。シアンは、ルキナの方から居場所がバレないように、木陰に隠れる。

「タシファレド様、お願いします」

 シアンは隣にいるタシファレドに声をかける。

「ああ」

 タシファレドは、セリフが書かれた紙を顔に近づける。シアンが準備を終え、改めて合図を出すと、紙に書かれた内容を読み上げ始める。

「勇者ルキナ、聞こえるか。勇者ルキナよ」

『え?なに?』

 ルキナの声を魔法で拾う。寝起きの声なので、さっきまで寝ていて、タシファレドの声で起きたのだろう。こちらの声はちゃんと聞こえたらしい。

「プリンセスチグサが魔王に連れ去られて…」

『ちょっ、待って。ペンどこに行ったのよ』

 タシファレドの声は聞こえているはずだが、様子がおかしい。ガサゴソと物を動かす音がする。

 もう一度最初から話すしかないだろう。シアンはタシファレドにむかって頷く。

「勇者ルキナ、聞こえる…」

『ほんと、ペンどこ?夢忘れちゃうじゃない。せっかくのネタが』

「勇者ルキナ、聞こ…」

『あ、あった、あった』

「勇…」

『うっそー、よだれついてる』

「いや、聞けよ!」

 何度も何度も、セリフに声をかぶせてくるので、タシファレドが思わずツッコミを入れる。

『ふんっ、いいわよ、続けて』

 やはり声は聞こえていたようだ。ルキナはわざと邪魔をしていたのだ。タシファレドの声だとすぐにわかったので、からかってやろうと思ったのだ。

「勇者ルキナよ。プリンセスチグサが魔王に連れ去られてしまった。魔王は西の森の奥に住まう者だ。勇者であるそなたには、奴のもとに行き、プリンセスを救い出してほしい」

 やっと最後までセリフを聞いてもらえた。タシファレドが満足そうな顔になる。

『嫌よ』

 しかし、この勇者殿は、ストーリーを円滑に進める気がないらしい。普通なら、有無を言わずに旅に出るところだろうが、ルキナはシアンたちの計画にやすやすと乗るつもりはない。ルキナの知る限り、テレパシーのような魔法を使えるのはシアンしかいないので、シアンが協力していることはすぐにわかる。

「…勇者であるそなたには、奴のもとに行き、プリンセスを救い出してほしい」

『いーやー』

「救い出してほしい」

『めんどくさーい』

「いや、もう、出発してください、お願いします」

 タシファレドはなんとしてでも話を進めなくてはいけないと思い、下手に出る。しかし、それでも、ルキナは嫌だと言う。全く出発する気配がない。

「噂によると、魔王はチョコレートケーキを隠し持っているらしい」

 シアンは魔法で空中に文字を書き、タシファレドに読ませた。最終手段、物でつる作戦だ。

『行きます!行かさせていただきます!』

 案の定、ルキナはチョコレートケーキに釣られて勢いよく部屋を出た。

「ロット様をこき使うなど…許せん!」

 シアンの背後の木陰から、ハイルックが顔だけ出す。ものすごい形相でシアンを睨んでいる。タシファレドがチラッと見ると、すかさず笑顔になる。わかりやすい奴だ。

「それで?次は?」

 タシファレドがシアンに尋ねる。シアンは、二人を連れて、屋敷の玄関のある方に向かう。

 玄関の前で木の棒を持ったマクシスが立っている。マクシスはシアンに気づくと手を振ってくれる。しかし、もうすぐルキナが来るだろう。話しかけにいくわけにはいかない。姿を隠して見守る。

「そろそろ僕の出番かな」

 ミッシェルがシアンたちに合流する。

「来たぞ」

 タシファレドがルキナの登場を知らせる。ルキナは、待ち構えていたマクシスを怪訝そうに見ている。

「そなた、勇者ルキナであろう。この剣を持って行くと良い。魔王討伐の役に立つだろう」

 マクシスはただの木の棒をルキナに差し出す。

「勇者の剣だ」

 ルキナがなかなか受け取ろうとしないので、マクシスが押し付けるようにして、無理矢理手に取らせる。

「剣って…」

 ルキナが微妙な顔をしながらつぶやく。

『勇者ルキナは勇者の剣を手に入れた』

 そこへすかさずナレーションの声が入る。これはミッシェルの担当だ。これもシアンの魔法で遠くからルキナに聞こえるようにしている。

 ルキナは急に意地悪な表情になって剣、もとい、木の棒を天に掲げた。

『じゃららららん』

 ミッシェルが効果音らしきものを発する。

『勇者ルキナは剣を振り上げた。が、しかし、何も起こらなかった』

 例の本を少し読んであるミッシェルは、ノリノリで声を当てている。台本など渡していないので、彼が勝手にやっている。

 マクシスは先を促すように、左手で裏庭に続く道を指す。ルキナはだんだん乗ってきたようで、特に文句を言うことなく歩き始める。

 次は裏庭だ。そこでは、ノアルドが待機している。

「ノアルド様、準備良いですか?」

 シアンは先回りをして確認をとる。

「はい、いつでも良いですよ」

 シアンはミッシェルとその他大勢を連れて物陰に隠れる。少しすると、ルキナが木の棒を杖替わりにして歩いてきた。

「ノアさ…ノアルド様、どうかされたんですか?」

 ルキナは自室にこもっていたので、ノアルドも来ていたとは知らなかったらしい。ノアルドの姿を見て驚きを隠せないでいる。

「そのお姿、勇者ルキナとお見受けする。よろしければ僕も連れて行ってはいただけないだろうか?」

 ノアルドは勇者のパーティメンバー役だ。

『魔術師ノアルドが仲間になりたそうにこちらを見ている。仲間にしてあげますか?』

 ミッシェルのセリフが入ると、ルキナは「よせてきてるわね」と嬉しそうに頷いた。そして、言った。

「仲間にしない」

 ノアルドがあからさまに困り始める。ノアルドが仲間にならなければ話は進まない。助けを求めるように、姿を隠してるはずの仕掛け人たちを探す。だが、簡単には見つからない。ノアルドはどうしようか悩んでいる。

 一方、ミッシェルは余裕そうだ。こういうときの対処法は知っている。

『仲間にしますか?』

「いいえ」

『仲間にしますか?』

「いいえ」

『仲間にしますか?』

「…はい」

 これぞ無限ループ作戦だ。はいと答えない限り先に進めない。これは本に書かれていた内容ではないが、ルキナがこの話をしていたことがある。ミッシェルはその時の会話をなんとなく覚えていた。

「わかってるわね、ミッシェルは」

 ルキナは満足そうだ。そして、チラッと横を見る。

「あっ」

 シアンは思わず声を出した。彼女の視線の先に、チグサがいるのだ。魔王に捕らえられているはずのチグサがここにいる。

 チグサの待機時間が長いので、裏庭の椅子に座って待ってもらっていたのだ。そのことを忘れて話を進めてしまったので、チグサを隠す前に裏庭に来てしまった。

 チグサはシアンから借りた本に夢中で、こちらの状況に気づく様子はない。

 意外だったのは、ルキナがチグサがここにいることについて指摘しなかったことだ。「チグサが捕まっていないのならもうやめても良いよね」と言い出すものだと思っていたが、その兆しはない。

(チョコレートケーキでつっておいて良かった)

 その理由は、魔王を倒したら手に入るチョコレートケーキによるものが大きいだろう。ルキナはチョコレートケーキに目がないのだから、それを手に入れるチャンスがあるなら逃しはしないだろう。

『てれれれ、モンスターが現れた』

 ミッシェルが気を利かせたのか、ナレーションを入れる。シアンは魔法を使って、幻影のモンスターを作り出す。

「…スライム?」

 ルキナが気持ち悪そうに幻影を見ている。シアンが想像するスライムがそこにいる。

「気色悪っ!」

 ルキナは木の棒でつつく。もちろん、ただの幻影なので感触はない。

「スライムはこんなんじゃない…もっと可愛いのに」

 この結果はシアンの想像力の低さを考慮すれば、当然ともいうべきものだ。ルキナが書いた本には、「青色の液状の身体に二つの目と一つの口がついているモンスター」とある。シアンはその言葉に忠実に、でろでろの青色の液体に目と口をつけた。液体の身体なので、目と口の位置は変わるのだろうと考え、パーツの場所がばらばらだ。一番の敗因は、その目と口のリアルさにあるだろう。シアンは、デフォルメという言葉を知らない。人間のような目と口をつけたので、なんとも不気味な化け物ができあがった。

『勇者ルキナの攻撃は、効果がいまひとつのようだ』

 ミッシェルの仕事が速い。ルキナがスライム(?)をつついたので、ナレーションを入れる。

「まあ、そりゃそうよね」

 スライムは液状故、物理攻撃が通りにくいという設定が定番だ。

「ノアルド様、魔法を使って攻撃してください」

 ルキナは、魔術師設定のノアルドに声をかける。

「わかりました」

 ノアルドは右手をスライムの方に向ける。それ以外は特に何もしない。相手は魔法で作られた幻影。本当に魔法を使ってもしかたないだろう。

『魔術師ノアルドが呪文を唱えた。が、効果はいまひとつのようだ』

「じゃあ、どうしろって言うのよ」

 魔法もきかないのであれば、スライムの相手はお手上げだ。

『スライムは仲間を呼んだ』

「げっ…って、またそいつ?」

 ミッシェルのナレーションに合わせて、シアンがスライムを増やす。本当は他のモンスターを呼ぶだすつもりだったが、シアンの想像力ではスライム一つが限界だった。

「えー、もう、無理。はい」

 ルキナは木の棒をノアルドに渡す。

『魔術師ノアルドは、勇者の剣を装備した』

 ノアルドは試しに木の棒でスライムをつつく。

『効果はいまひとつのようだ』

 ノアルドの物理攻撃も効かない。ルキナがノアルドから木の棒を受け取ろうとした時、ミッシェルが次のナレーションを入れた。

『勇者の剣のレベルが上がった』

「武器がレベルアップするタイプ?いや、経験値手に入れていないのにレベルアップはないでしょ」

『勇者の剣が伝説の勇者の剣に進化した』

「進化まですんの?」

 そこから怒涛の剣のレベルアップが続いた。特に何かしているわけではない。ただノアルドが木の棒を持っているだけだ。進化をし続け、最終的に、勇者の剣が、

『…伝説の選ばれし聖なる勇者の剣かもしれない代物とかいう木の棒に進化した』

「木の棒って言っちゃダメでしょう」

『スライムは仲間を呼んだ』

「え、まだ?」

『スライムは仲間を呼んだ。スライムは仲間を呼んだ。スライムは仲間を呼んだ』

 剣が進化し終えると、次はモンスターがどんどん増えていく。シアンは、ミッシェルのセリフに合わせてるだけなので、スライムを増やした後のことはあまり考えていない。

「気持ち悪すぎる…」

 ルキナは不気味なモンスターの大群に顔をしかめる。ノアルドから木の棒を受け取り、つついてみる。

『勇者ルキナが、伝説の選ばれし聖なる勇者の剣かもしれない代物とかいう木の棒を装備した。勇者ルキナの攻撃。が、効果はいまひとつのようだ』

「進化したのに、ほんとこの剣使えない。たしかに、木の棒だからダメージないだろうけど」

 攻撃ができないのであれば、スライムを倒すことはできない。しかし、この先に進めないわけではないかもしれない。

「そうだわ」

 ルキナは、スライムたちに近づいていく。そして、一瞬ためらった後、スライムの上を歩き始めた。目に見えるだけで実際には足に何かを踏む感覚があるわけでない。

「やっぱりね」

 スライムたちはルキナがゼロ距離にいるというのに攻撃する気配がない。さっきからスライムが一度も攻撃してこなかった。だから、そのまま素通りしても良いのだろうと考えたのだ。自分に害をなさないとは言っても、気持ちが悪いことこのうえない。やけにリアルな目と口を踏みながら進む。

 若干、ぐだってはいるが、なんとか物語は進んでいる。シアンたちはルキナが先に進むのを確認して、庭の木々の間を歩き始める。この先でシェリカとティナが待機している。彼女たちは四天王役だ。といっても、四天王役は二人なので、四天王とはいえない。そして、ラスボスたる魔王はハイルックの役目だ。

 もうすぐシェリカたちの持ち場に着くというところで、シアンの袖が引っ張られた。犯人は読書を楽しんでいるはずのチグサだ。シアンがどうしたのか尋ねようとするが、その前に、チグサがぐいっと力強くシアンを引っ張る。そして、その勢いのまま走り始める。

「チグサ様?どうかされたんですか?」

 シアンは走りながら、チグサの背中に問いかける。しかし、答えは返ってこない。

 かなりスピードが速い。シアンならともかく、普通の子供ではありえない速さだ。

 二人は、裏庭から屋敷に一直線に走る。そのままシアンの部屋に入る。

「チグサ様?」

「シアン、ごめんね。でも、今はまだ……。」

 チグサがうつむく。シアンは、その先の言葉を待つが、いつまで経っても、口を開かない。

「チグサ様、聞いても良いですか?」

「…。」

 シアンが何を聞きたがっているのかわからないので、チグサは返事ができない。質問されても、答えられないものもある。

「その左目は見えてますか?」

 チグサは顔をあげて困ったように笑う。「見えてるよ」と答えるが、シアンはその答えを信じていない。

「これ、読めますか?」

 シアンはメモ用紙に自分の誕生日を書いて見せる。チグサはそのメモ用紙をもらおうとする。しかし、シアンは渡そうとしない。

「手で触れずに、読めますか?」

 シアンが改めて尋ねると、チグサは黙ってまたうつむいた。

「ちゃんと教えるから、待っていてほしい。すべてが明かされる約束の夜に」

 チグサが最後に意味がわからないことを言うので、シアンは首を傾げる。そんな約束をした覚えはない。

「っつ…!」

 突然、チグサが痛みに苦しみだす。右目が痛いのか、眼帯の上から右手で押さえている。

「チグサ様!?」

 シアンはチグサを支えるように腕を回し、当たりを見渡す。何かの気配を感じたのだ。不意に窓の外を見ると、庭にルイスが立っていた。いつの間に来たのだろう。裏庭に向かっているようなので、ノアルドたちのもとを目指しているのだろうと、すぐにわかる。なんだか目が離せなくてルイスを見ていると、彼が視線を感じたのか、シアンのいる窓を見上げた。目が合う。しかし、それは一瞬で、シアンはチグサの様子を見るために視線を外した。

「チグサ様?」

 シアンが声をかけると、弱弱しく頷いた。目の痛みが引いてきて、穏やかな表情になる。

「大丈夫。しばらくは私がシアンを守るから」

 チグサはシアンの頭を撫でた。愛しい弟にするように。

 シアンは何も言えなかった。

 何かからチグサに守られているのに、自分はそのことを知らない。聞いても教えてはもらえないだろうが、だからといって、知らないふりなどできない。できることなら、チグサに守られているままではいたくない。今すぐにでも、自分がチグサを守ると言いたい。

「いいよ。シアンは、あの王子に近づかないようにさえしてくれれば。今はそれで充分だよ」

 チグサはシアンが自分を責めていると感じ取り、優しく言った。

 シアン不在でも、勇者ルキナの物語は最後まで進めてくれたらしい。事前にしっかりと打ちあわせをしておいたおかげか、シェリカやティナ、ハイルックが役目を完璧にこなしてくれたのだ。そうして、楽しく遊んで、好物も手に入れたルキナは、上機嫌だった。それをチャンスとばかりにシアンが話しかけたが、また無視をされてしまった。せっかくの作戦も、失敗に終わったようだ。

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