お嬢様、イジメはいけません。
タシファレドが口を開く。シアンにさっそく暴言を吐くつもりなのだろう。シアンは心を無にして言葉を待つ。
「変な頭だな」
人気のない静かな廊下で、タシファレドの声だけが聞こえる。
(第一声がそれかよ!)
シアンは思わず心の中でツッコミを入れてしまった。
たしかに、シアンの髪の色は唯一無二だ。リュツカ家の家系にしか存在しない色である上、その家系も途絶える寸前。人生のうちに一度でも銀髪を見ることができる人間はそういない。だから、珍しさは否定できない。
しかし、その言葉は自分に返ってきていることに気づいているのだろうか。
ロット家は代々血のように赤い髪を持って生まれる。その血は強く、他の血が入ろうとも、赤髪が途絶えることはない。リュツカ家の銀髪ほどの希少さではないにしろ、赤髪はロット家及びその親戚特有のものだ。
(変な頭のやつに言われたくない)
タシファレドの発した悪口に、取り巻きの二人がニヤリと笑う。類は友を呼ぶというが、しょせんタシファレドの取り巻き。ボスと似たような思考回路をしているのだろう。
「目も変だ」
(髪の次は目か)
シアンはもとから真面目に聞くつもりはなかったが、真に受けたとしても、大して攻撃力のない言葉だ。シアンは身体的コンプレックスを抱いたことはないし、その血の能力で生まれもった知力で、見た目の差など意味をなさないことに早くから気づいている。
「人間じゃない。化物。父様も言ってたぞ。えっと…ま…まい……あいつは、マチガイモノ?だって」
「紛い物」
「そう、それだ」
七歳の子供が少ないボキャブラリーで一生懸命罵倒する言葉を探している。いじめたい相手に間違いを指摘されることは気にならないのか、そのことについて怒る様子はない。
その時、タシファレドの後ろで影が揺れた。中庭に誰か来たようだ。タシファレドと取り巻きの間から様子を伺う。
黒髪の女子生徒だ。年齢はシアンとそう変わらないように見える。シアンと同じ一級生か二級生というところか。右目に眼帯をつけている。左目は、瞳の色素が薄いのか、白っぽい灰色に見える。
気づかないうちに雨が降っていたようで、細かい雨粒に光が反射している。天気雨だ。
その中で、少女がくるくると回って、跳ねて。踊っているかのようだ。
「聞いてるのか!?」
シアンが中庭の少女に見とれていると、タシファレドが急に声を荒げた。シアンが聞いていないと気づき怒ったのだ。
だが、わざわざ耳を傾けるほどの内容じゃない。ずっとシアンの悪口を手当たり次第言っていただけなのだから。
(そろそろ切り上げるか)
シアンはタシファレドに向かって笑顔を作る。
「あー、はい。わかりました。今日はこれで失礼します」
タシファレドの怒りをかうと、余計に時間がかかる。シアンは引き止められる前に、その場を離れる。タシファレドは、呆気にとられて、その後ろ姿を見送るだけになってしまう。姿が見えなくなった頃、やっと獲物をみすみす逃してしまったことに気づいた。