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お嬢様、弟子入りします。

「シアン、ちょっと来なさい」

 ハリスがシアンを呼び寄せる。紹介したい人がいるのだと言う。

「サイヴァン・チルド殿だ」

 客室で待っていた男性が頭を下げる。ハリスと同じか、ちょっと若いくらいに見える。長い髪を後ろで束ねている。

「え…チルドさんって、あの、ですか?」

 シアンは興奮を隠しきれていない。それもそのはず。この国では、サイヴァン・チルドという名は、生ける伝説として知られている。若き天才として、魔法業界で名をとどろかせたのだ。現在は、国家魔法技術士として、国に尽くしている。

「神童と言われた子供は、成長すれば、たいてい普通の人間になるものですよ」

 ハリスが神童という言葉を使って紹介したので、サイヴァンが付け加える。

「謙遜しなくても」

 ハリスはニコニコと笑顔で言う。やけに機嫌が良さそうだが、その理由はすぐにわかった。

「そんなチルド殿が、シアンの魔法の先生になってくれるそうだ」

 ハリスは、机に置いてあった紙を持ってきて、シアンに見せる。正式な王のサインが入った書類だ。内容は、もちろん、サイヴァンをシアンの師とすることについてだ。王が直々に王令として、シアンに魔法の師匠を紹介したのだ。これは光栄なことだ。身に余るほどの話だ。しかし、なぜ王がそこまでするのかが不思議だ。

「どうする?」

 ハリスはシアンに問いかける。どうするもなにもない。王令である以上、そうそう断れる話ではない。第一貴族であるミューヘーン家であるならともかく。それに、そもそも断る理由がない。魔法を学ぶ者ならば、誰もが知る人物だ。そんな人に教えを乞うことができるなど、思ってもみなかったことだ。

「よろしくお願いします」

 シアンは丁寧にお辞儀をする。サイヴァンが「こちらこそ」と手を差し出すので、その手を握る。こうして、シアンは、サイヴァンに弟子入りを果たしたのだ。

「シアン君の方が、私より魔力量は多いし、それを扱うセンスもあるからね。私に教えられることがどれだけあるか」

 サイヴァンがシアンと一緒に庭に出て言う。続けて、シアンに何ができるのか問う。突然、そう尋ねられると、答えに困る。何を基準に力を測るものなのかわからないので、何を話せば良いのかわらないのだ。そうして、シアンが考えあぐねていると、ルキナが現れた。

「自分の体を空中で支えたり、机に書かれた文字を消したり、テレパシーを送ったり。あとは、物の形を変えたり」

 ルキナが自分のことのように自慢げに話す。サイヴァンは、それを聞いて感心してみせる。魔法の専門家がすごいと言うので、ルキナは鼻高々だ。

「本当に教えることがなさそうだね」

 サイヴァンは、何を教えるか考え始める。少しして、魔法と魔術の違いはわかるかと尋ねた。シアンはよくわからないと答える。二つの違いについて深く考えたことがなかったので、区別があるなんてことも知らなかった。

「ざっくり言うと、魔法は力そのもの。魔術は魔法を扱う方法のことなんだ」

 サイヴァンは、まず魔法や魔術の歴史から教えることに決めた。

「君が使うのが魔法で、身近にある道具は魔術を使っているんだよ。魔法に論理はほぼ必要ない。現に、シアン君は魔法を使う時、どこまで頭で考えてる?例えば、机の汚れを取る時、どうやって魔法を使う?」

「えっと…机に手を近づけて、集中して、ちゃんとイメージできたら魔法が使えます」

 シアンは自信がなさそうだ。

 実際、魔法を使う時、頭の中は、自分の望む状態のイメージだけで、魔法を使うというのは感覚的なことでしかない。誰かに使い方を教えてほしいと言われても、教えられるものでもない。

 こんな答えで良いのかと不安そうなシアンを見て、サイヴァンが微笑む。

「そう、それで正しんだよ。言葉にできない、説明できないっていうことが、論理的思考を必要としていないっていう証なんだ。魔法、魔力は体内にもともと備わっている器官。魔法は特別なものだと思われがちだけど、手や足、内臓と一緒なんだよ。地面に落ちた物を拾う時、特に何も考えないで、しゃがんで、肘を伸ばして、手首を曲げて、手を開いて、物との距離を目で測って、指を曲げて…そうやって、最終的には拾うという結果的な行動ができる。魔法を使うとき、魔法を使わない動作よりは集中力がいるかもしれないけど、ここに魔力がたまっているから、こっちに流して…とか考えないだろう?自分の手を動かしているようなものなんだから、論理は必要ない」

 シアンは大きく頷いた。魔法を使う感覚がわからないルキナは、頭にはてなマークを浮かべている。ついでで聞いていただけだが、サイヴァンの話はちんぷんかんぷんだ。

「それに対して、魔術は言葉や数式で表す必要がある。魔術は魔法よりずっと後に生まれた概念なんだけど、その本質がわかれば、その歴史は簡単に理解できるはずだよ」

 使用人が三人分のお茶を用意してくれた。そのため、サイヴァンの話が一度途切れる。

 ルキナがチョコレートケーキを持ってくるよう命じている。サイヴァンの話をちゃんと聞く気がなくなったらしい。

「どこまで話したっけ?」

「魔法と魔術の違いで、次は魔術についてです」

「そうだった。んと…じゃあ、実際にやってみようか。百聞は一見に如かず。魔法と魔術を自分で体験した方が速い」

 サイヴァンはそう言うと、口を閉じ、数秒動きを止めた。そして、握りしめた手を広げる。掌には、半透明な小さな玉が一つ乗っている。

「これは?」

 シアンが質問する。魔法で生み出したものであることはすぐにわかった。

「言ってしまえば、魔力の塊。いろいろな道具に使われている魔石に近いものだよ。本当の魔石はもっと純度が高いからね」

 説明を終えると、シアンもやってみるよう言う。シアンは魔力を物質にするなんてことをしたことがない。自分にできるか心配だ。でも、やっぱり、魔法を使う時に必要なのは想像力だ。見よう見まねで手を握り、体内にある力をその手に集めるイメージをする。手の中に何かを感じて、手を広げる。

「きれいね」

 ルキナがシアンの手をのぞき込んで言った。

「さすが、シアン君。一発で成功だね」

 サイヴァンがシアンを誉める。

 魔法は個人の感覚的なものでしかない。だから、同じことをするにも、それぞれやり方が違う。サイヴァンが魔石の作り方を教えたところで、それは意味をなさない。そもそも言語化できないのだが。

「それ、貸してくれる?」

 シアンは、自分の石をサイヴァンに手渡す。すると、サイヴァンがその石を思い切り遠くに飛ばした。

「えっ?」

 ルキナがケーキを食べる手を止めた。いきなり物を投げたのだから驚くのも無理はない。

「それじゃあ、シアン君、宝さがしをしようか」

 シアンは、さっきの石を見つけるよう指示された。全く意図がつかめないが、言われた通り、探し始める。だいたいの場所の検討はついている。見つけられないことはないだろう。

「あと三十秒で見つけてね」

 サイヴァンが言った。それはさすがに無理だ。石は小さいし、草木があって見渡しが良いとは言えない。

「ヒントを一つあげよう。もとは自分の一部だったものだ。あの石から何も感じないわけではないよね?」

 サイヴァンは、最後にニッコリ笑って、カウントダウンを始める。

 シアンは試しに目を閉じてみる。何かを感じられるかもしれないなら、その感覚に集中すべきだと思ったからだ。そして、すぐに理解した。ヒントの意味を。石の位置がわかる。はっきりとそこにあると感じた。

「見つけました」

 無事、制限時間内に見つけることができた。

「さて、これが魔法。ここからが魔術の話だ。居場所探知機は知ってる?」

「はい」

「あれは、今、シアン君がしたことと同じことをしてるんだよ。正確には、再現したんだけど。魔術はもともと、魔力を持たない人間が魔法を使おうとして生まれたものなんだ。魔力を体内ではなく、外から。体の感覚ではなく、論理的に組み立てられた術式で。術式をうまく組み合わせると、道具が作れるんだ。居場所探知機はその一つ」

 同じ魔法石を含む、探知機の母機と子機。魔法石同士は、見えない繋がりを持っている。その繋がりを利用して、母機が子機の居場所を見つけるよう、術式が組まれている。それは、まるで、シアンが自分が作った石を探し出したように。

「魔術はいわゆる学問で、研究対象。私がシアン君に教えられるのは、たぶん魔術のことが多いかな」

 こうして第一回の授業を終えた。

 本当にわくわくする時間だった。シアンは、サイヴァンに弟子入りできたことを幸せだと思った。

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