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お嬢様、キャンプファイヤーの時間です。

 日が暮れ、すっかり暗くなると、キャンプファイヤーが始まった。ごうごうと燃える大きな炎を囲み、生徒たちが円をつくる。音楽が流れると、のりのりで踊り始める。この日のために、練習してきたのだ。練習の時は、嫌々やっていた生徒たちも、迫力ある炎を見、興奮した雰囲気にあてられて、恥ずかしさなど微塵も感じていない。繰り返す単純な動きも、長い長いと思っていた音楽も、あっという間に終わってしまう。ダンスの後は、ちょっとしたゲームをいくつかやる。生徒たちのテンションが最高になったところで、ついに、ルキナが楽しみにしていた肝試しの時間だ。

「ペアを決めます。順番にくじを引いてください」

 シアンは脅かされる側のクラスの生徒に呼びかける。ルキナとタシファレドのクラスだ。二人をペアにするには絶好のチャンスだ。シアンはくじの進行役をかってでた。

 生徒たちはシアンの前に並んでくじをひいていく。ルキナとタシファレドは最後に引く。委員長たちで集まって打ち合わせがあったので、タシファレドは自然と最後尾に並ぶことになる。それを見越して、ルキナは後ろの方で待ち構えていたのだ。

 シアンはくじに細工をしてある。といっても、他の者に簡単にばれるようなものではない。だが、いたって単純なものだ。同じ番号が描かれたくじを一組よけてある。それをルキナの番がきたときに箱に戻せば良い。物を瞬間移動させるような力はないので、箱の中に入れておく必要はあるのだが。魔法で箱の天井側に二枚くじが張り付いている。

「残り物には福があるって言うわよね」

 ルキナが腕まくりをしながら言った。順番が回ってきたのだ。シアンは天井のくじを剥がして元に戻す。ルキナがそれを取る。

「五番だわ」

 そのあと、タシファレドが最後の一枚を引く。「お願いします、お願いします」と繰り返している。

「…五番」

 タシファレドが番号を見てガックリする。シアンの手によって仕組まれていたのだから、当然の結果だ。そんなことを知る由もないタシファレドは、悪夢が現実になったと嘆いている。ルキナとだけはペアになりたくなかったのだ。

 シアンは、くじの結果に打ちひしがれているタシファレドに心の中でこっそり謝る。彼がルキナのことを怖がっているのを知っている。きっと一緒に肝試しをしたくないのだろうということも予想がつく。でも、すべてはルキナのためだ。多少の犠牲など、気にしてられない。

「じゃあ、僕も脅かしに行ってくるので、うまくやってくださいね」

 シアンはルキナに耳打ちする。ルキナはシアンに向かって、ぐっと親指を立てる。

 シアンは持ち場について、脅かす相手を待つ。二クラスもいては、お化け役が多すぎるのではないかと思ったが、真面目に脅かす者は一部だ。シアンの周りなんかは、他に人がいない。さぼっている者たちは、仲の良い友達同士で固まって、喋って時間をつぶしている。なんだかんだ良い感じの怖さになっているように感じる。

 少しすると、ルキナとタシファレドのペアがやってきた。タシファレドが灯りを持って歩いてくる。二人の話声も聞こえてくる。

「リュツカと仲良いんだな」

「そりゃあ、一緒に住んでるし」

「兄弟か、なにかか?」

「違うわよ。せめて従兄とかでしょ。まあ、違うんだけど」

「他人?」

「血のつながりはないわよ」

 思っていたよりは良い雰囲気だ。自然な感じで会話できている。

「ルキナって怒ってなければ普通だよな」

「なに?」

 ルキナは普通に聞き返しただけだったのだが、タシファレドにはそう感じられなかったらしい。不都合なことを言われて、ルキナが怒ったとでも思ったのだろう。びくりと肩を揺らす。

「って、ハイルックが」

 責任をおしつける作戦に出た。ハイルックが言ったことにして、自分は責任から逃れるつもりだ。

「お呼びですか!?」

 がさっと音を立てて、ハイルックが現れる。

(持ち場はもっと先のはずじゃ…?)

 ハイルックは、タシファレドに名前を呼ばれて嬉しそうだ。

「呼んでねぇ!」

 ルキナが全力でツッコミを入れる。すると、タシファレドがルキナの大声にビビる。

「ひぃっ!」

 情けない悲鳴をあげて、手にしていた灯りを落とす。明かりがなくなり、暗くなる。タイミング悪く、月も雲で隠れている。

「暗いの怖いよ!暗いの怖いよ!」

 タシファレドがわめき始める。手足を振り回し、パニック状態だ。

「ロット様?」

 ハイルックはタシファレドを助けようとするが、暗さに目が慣れていなくて場所がよくわからない。

 シアンは魔法で掌の上で炎を作りながら、タシファレドたちのもとに近づく。明かりに気づいたタシファレドが落ち着きを取り戻していく。

「リュヅガぁ!」

 タシファレドがシアンの腰にまとわりつく。シアンは慌てて炎をタシファレドから遠ざける。恐怖の中にあった彼にとって、シアンは神や天使に見えたことだろう。

 ヒーロー役を奪われたハイルックは良い気はしない。じろりとシアンを睨む。

「ころすころすころすころすころすころす」

 ハイルックが呪文のように繰り返す。何やら物騒な言葉が聞こえたが、聞かなかったことにする。

「ね、見てみて」

 ルキナが、タシファレドの落とした灯りを拾って、自分の方に注目させる。そして、灯りをつけて、自分の顔の下から光を当てる。ルキナの顔に影ができる。少しホラーだ。

「ぎゃー!」

 タシファレドが、ムンクの叫び並みに、両手を頬にあてて叫ぶ。かなり怖かったようで、そのまま気絶してしまった。

「お嬢様!」

「ごめん、ごめん」

 シアンが叱ると、ルキナが適当に謝った。まさかこんなに怖がるとは思わなかったのだ。

 多少のトラブルはあったものの、無事肝試しを終えることができた。キャンプファイヤーの炎を消し、片づけをする。それらをすべて終えると、ぞろぞろと生徒たちが宿舎に帰っていく。

「そういえば、タシファレドは暗いの苦手だったわ。よくある昔のトラウマエピソード付きで」

 ルキナがシアンの横に来て話し始める。

「どんなのですか?」

「小さい頃、いたずらで倉庫に入って出られなくなって、暗いのが怖くなったっていう、定番中の定番。公式も、こんな設定のためにくだらない話作んなくても良いのに。どうせならもっと深いエピソードじゃないと、感情移入できないっての」

 ルキナは「だからタシファレド推しが少ないのよ」と公式とやらに文句を言っている。彼女曰く、『りゃくえん』は乙女ゲームの王道を行っているようで、ただ人気作品の真似事ばかりしている作品だそうだ。文句を言いつつも、このゲームを好きだったということは伝わってくる。

「悪いところは悪いって言ってこそ、ファンってもんでしょ」

「嫌よ嫌よも好きのうちってやつですか?」

「それはちょっと違うけど」

 ルキナは、マクシスが前にいることに気づく。アタックのチャンスだ。シアンを置いて、マクシスに近づく。

「肝試し、どうだった?」

 当たり障りのない話題から入る。マクシスは、話しかけてきたのがルキナだと気づくと、視線だけで周りを見る。シアンが近くにいるかもしれないと思ったのだ。

「楽しかったよ。僕は脅かす側が好きだな」

 シアンはマクシスの死角にいるので見つからなかった。マクシスは笑顔で答える。

「脅かされる方は?怖かった?」

「そうでもないかな。ペアの子はけっこう怖がってけど」

 ルキナはマクシスにタシファレドのような弱点はないのだと思い出す。そう、弱点といえば…

「チグサも肝試ししたのよね、去年。どんな反応だったのかしら」

 別にチグサの話をすれば、マクシスが喜ぶだろうとか思ったわけではない。ただ、ふと気になったのだ。あの無表情の少女が、もしかしたら意外と怖がりだったりするかもしれないと。もし、そうなら、ギャップ萌えだ。ルキナは、震えるチグサを少し見てみたいなと思った。

(チグサ様の話題は…)

 一方、シアンは不安になる。マクシスの前でチグサの名を出したら最後、彼は周りのことなど忘れて、マシンガントークを始めてしまう。

「姉様はすっごく楽しかったみたいで、帰ってきたらいつもの二倍くらい話をしてくれたんだ。もちろん、肝試しの話も。暗かったって。いや、まあ、そりゃ、暗いよね。感想としては物足りないけど。ようは、全然怖くなかったってことだろうし。でも、そもそも感想言うことないから、たぶん楽しかったんだろうなーって。僕も一緒に行きたかったな。自分でご飯食べる練習していったくらいだし、僕がいた方が良かったんじゃないかな。食べるの好きなのに、うまく食べれなくて、お腹いっぱいになれなかったらかわいそうだし。そう、ご飯も美味しかったって。あの日は珍しくいろいろ話してくれて……ああ、でも、シアンのことを放してる時の方がいっぱい喋ってたな…はぁ…」

 マクシスが一人で勝手に落ち込み始める。

(あぁ…)

 シアンはやっぱりこうなったかと思った。いつものパターンだ。チグサのことになると周りなんか見えていない。だから、できるだけチグサを話題に出さない。マクシスの気持ちを高ぶらせるには、チグサの名前を出すのが一番で、便利だが、コントロールが効かないので、あまりその手を使う気にはならない。

「そ、そんな、落ち込むことじゃないわよ。もしかしたら、マクシスがいないところで、あなたの話をしているかもしれないんだから」

 ルキナは、肩を落としているマクシスを慰める。

「そうかな?」

「そうよ、きっと」

「そうだよね」

「絶対そうよ」

「じゃあ、早く帰らないと」

 マクシスはだんだんと元気を取り戻し、急いで宿舎に戻っていった。今どれだけ急ごうが、家に戻れる時間は変わらないのだが。

「オタクこわぁ」

 ルキナが腕をさする。

「オタクって何ですか?」

 マクシスがいなくなったので、シアンが話しかける。

「えー、そんなの説明させないでよ」

 ルキナは嫌そうな顔になる。

「オタクって悪いものなんですか?」

「そうじゃないけど。ほら、さっきのマクシスの話し方。マクシスはただのシスコンだけど、オタクってああいう話し方すんの。上ずった声っていうの?で、早口」

 ルキナは「オタクがきもがられる原因の一つよ」と言って、また腕をさする。

 しかし、彼女も同族であることを忘れてはいけない。シアンにノアルドのことを話すとき、たいてい声のトーンをあげて早口になる。緊張のあまり暴走をしたときも然り。聞いてもない知識を一方的に、読んで字のごとく、マシンガントーク。

「これが世にいう同族嫌悪ですね」

「え?何って?」

 シアンの声が小さかったので、ルキナには聞こえなかったようだ。

「なんでもありません」

 もし聞こえていたら、ルキナが怒るだけだ。わざわざまた言葉にする必要はない。シアンはすたすたと歩いていく。

「何なのよ!」

 ルキナは、シアンが隠し事をしているのが許せないらしい。落ち着いた夜だというのに、声が大きい。少し速度をあげたシアンを追いかけ、横に並ぶ。

「シアン、命令よ、言いなさい」

「そんなに聞きたいんですか?」

 シアンは命令という言葉に弱い。ルキナはそれをわかっていて使った。

 シアンは、諦めて、さっき言ったことを教える。すると、やはり予想通り、ルキナが怒った。でも、「私がオタクだって?私は、オタクであることをアイデンティティだとか自慢げに話してる奴らは違ってね、そう言われるのは嬉しくないの!」と怒り方は意味不明だ。

「だから、なんでもないって」

 シアンは、大きくため息をついた。

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