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お嬢様、出発の時間です。

 シアンは体を起こし、大きく伸びをする。清々しい朝だ。横にはルキナの寝顔がある。あまりじっくり見るのは失礼かもしれないと思い、極力見ないようにする。

 シアンはベッドから抜け出し、ぐっすり眠るルキナの近くに立つ。

「お嬢様、お嬢様」

 シアンは優しく繰り返し呼びかける。

「んー?」

 ルキナは目を開けずに反応する。

「夜ですよ。まだ寝てて良いですよ」

 シアンは冗談を言ってみる。寝ぼけたルキナの反応が見てみたくなったのだ。ルキナは掛け布団を持ってぐるんと転がる。シアンに背を向ける形で二度寝を開始しようとする。

「嘘です。朝です。起きてください」

 シアンはルキナのかぶっている布団を引きはがす。

「まだ夜だもん」

 ルキナはシアンに取られた布団を奪い取って、またくるまる。目は閉じているが、完全に起きている。

「無理やり騙されようとしなくて良いです」

 自分が冗談を言ったことが原因だとわかりつつも、いつまでも寝続けようとするルキナに腹がたってきた。思いっきり布団を引っ張り取り上げる。

「むー」

 秋の朝は微妙に寒い。布団をなくして、ぬくもりを失っていく。ルキナは体を丸めて寒さを耐えしのごうとする。まだ寝ようとするルキナにシアンは肩をすくめる。

(いつまで起きてたんだ?)

 シアンはルキナがベッドに入ってきてからすぐ寝てしまったので、ルキナがいつ寝たのかは知らない。こんなに起きたがらないのだから、結局ずっと起きていたのだろうかと考える。

「今日は宿泊研修の日ですよ。遅刻しても知りませんからね」

 シアンがそう言うと、ルキナが飛び起きた。あたかも、クリスマスにサンタの正体を確かめるために夜通し起きて待ってやると宣言したのに、結局寝てしまい、翌朝、親にプレゼントがあるよと言われて、飛び起きる子供のようだ。

「待ってなさい。このルキナ様が相手よ」

 ルキナは謎の敵に向かって告げると、自分の部屋に走っていった。シアンが早めに起こしたおかげで、余裕で準備が終わった。

 二人は馬車で学校に行く。

 宿泊用の荷物があるので、それなりに大荷物だ。それを持って、一度学校に全員集合する。出欠確認を終えると、学校のすぐ近くの駅まで歩く。そこから汽車に乗り、移動する。鉄道会社に協力してもらい、いくつかの車両を貸し切り状態にしてある。毎年のことなので、会社の方も慣れた様子だ。

「本当は券を買うんだよ」

「へー。難しいのか?」

「ううん。慣れれば簡単だよ」

 庶民の子供が貴族の子供に汽車の乗り方を教えている。今回は団体での乗車なので、個別に乗車券を買ったわけではない。だから、実際に汽車に乗る時にしなければならないことを庶民の子が自慢気に話しているのだ。

「シーアーン」

 シェリカがシアンの二の腕をつつく。汽車の席は班ごとに決まっている。シアンと同じ班のシェリカは難なく隣の席をゲットすることができた。

 窓の外を眺めて暇そうにしていたシアンは、シェリカに用件を尋ねる。シェリカがカードの入った箱を見せる。

「ゲームしよ」

 汽車に乗っている時間は長い。カードゲームをしたりして暇をつぶさないと、子供たちには退屈すぎる時間だ。シアンは断る理由がないので、快く頷いた。席が向き合っている四人でゲームを始める。

 シアンの班はシェリカ、ハイルック、エリザ・フィヨンの四人。

 班決めの時、シェリカが他二人を連れてシアンのもとにやってきた。そうして、シェリカのほぼ独断で班は決まった。メンバーは、シアンを狙わないだろう二人で固めた。これで心置きなくシアンとくっついていられる。

 シアンはというと、正直、班はどうでも良いと思っていたので、勝手に決められようが文句を言うつもりはなかった。

 結果、特別仲が良いわけでもない班ができあがった。どこの班もだいたいそんなものだろうが。

「いつ見ても暑苦しいわね、あんたたち」

 いつの間にか、通路にルキナが立っていた。シェリカがシアンの腕にくっついているのを嫌そうに見ている。

「委員長、集合しろだって」

 ルキナは簡潔に用事を述べた。

「じゃあ、なんでルキナが呼びに来てるの?」

 シェリカはシアンから離れようとせずに言う。委員長であるシェリカが呼ばれているのだが、動こうとする気配がない。

「ルキナは副委員長よね?」

 シェリカは邪魔者のルキナをさっさとどかしたい。ルキナの顔を睨むよに見上げる。

「しょうがないじゃない。タシファレドは乗り物酔いで使えないのよ」

 ルキナがため息をつくと、ハイルックが突然飛び上がった。

「待っていてください、ロット様。すぐそちらに向かいますから」

 ハイルックが席と席の間の通路に出ようとする。ルキナが席と席の間に立ち、通路への道を塞ぐ。シアンはハイルックの上着の裾を掴む。

「だめよ、ルック。移動は禁止」

 シェリカが注意する。

 これだけ三人の息があった動きには理由がある。汽車内の席の移動は禁止されている。そもそもトイレのようなやむを得ない用事以外で席を立ってはいけないと教師がきつく言っていた。特に、他クラスの車両に移動するのはだめだと何度も繰り返していた。これは他の一般の乗客の迷惑になることを防ぐためだが、もし禁止事項を行う者がいれば、委員長や副委員長の責任になる。まして、その場に居合わせたのならなおさらだ。三人は教師に怒られたくなくて、ハイルックを全力で止めるのだ。

「ロット様がピンチとあらば、僕が行かねば」

 ハイルックはタシファレドが心配で何としてでも彼のもとに行こうとする。このまま力づくで逃げられると、ルキナにぶつかってしまう。シアンは、ぐいっと服を引っ張って、無理やり椅子に座らせる。

「シャルト君、君がロット様のところに行くと、ロット様も怒られることになるよ」

 シアンが窘めるように言うと、ハイルックは渋々頷いた。タシファレドの迷惑になることは本意じゃない。

「じゃあ、シェリカ、行くわよ」

 ルキナはシェリカの腕を掴んで立ち上がらせる。

「シアーン、待っててねー」

 シェリカが引きずられるように去っていく。

「フィヨンさん、うるさくてごめんね」

 シアンが謝ることではないが、世話のかかる者が二人もいる。エリザも迷惑しているだろう。シェリカが何と言って同じ班にしたのか知らないが、ちゃんと本人の了承があったのかも怪しい。もしエリザが望まず班員になったのなら、余計に嫌に思うはずだ。でも、シェリカがそこまで気に掛けるとは思えない。だから、シアンが謝るしかないのだ。

「大丈夫ですよ」

 エリザが優しく笑う。シアンの心配は杞憂だったらしい。

「リュツカ様はなんだかお母さんみたいですね」

 エリザの言葉にシアンは困惑する。そんなことを言われたことなど今まで一度もない。

 エリザがくすくすと可愛らしく笑う。

 庶民の子として立場をわきまえてはいるが、貴族相手でも一線を引いた態度はとらない。誰とでも親しくなることができる女の子だ。

「そろそろ到着するので荷物の用意をしてくださいね」

 担任教師が指示を出す。すると、生徒たちが動き始める。天井の荷台から荷物を下ろし、ゲーム用のカード、菓子類をカバンにしまう。

 シアンは「ロット様、ロット様」と祈るように目を閉じているハイルックをつつく。ハイルックは周りの動きに気づき、急いで荷物をまとめる。

「もう汽車終わりなの?」

 そこへシェリカが戻ってきた。シアンから箱にしまわれたカードを手渡され残念そうにする。彼女は“もう”と言ったが、既にかなりの時間汽車の中で過ごしている。多くの者が汽車に飽き、疲れているくらいだが、シェリカには物足りなかったらしい。

 駅に到着すると、わらわらと生徒たちが汽車から降りていく。その後、大きな荷物は駅前に待機していた業者に預け、宿泊施設に運んでもらう。子供たちは大きな馬車に乗り込み、移動を開始する。

「馬車って遅いんだね」

「これは大きいから。普通のだともっと速いよ」

 一つの馬車につき、一クラスの生徒と担任が乗っている。規模が大きい分、機動力はない馬車だ。初めて乗る馬車に庶民の子が興奮し、自分たちが乗っている馬車はこんなもんじゃないと、貴族の子供が自慢する。

「皆さん、これからあの山に登るんですよ」

 教師が指さした山はさほど大きくはない。初等学生が登るにはちょうどよさそうな山だ。

(いよいよだな)

 シアンは山を見上げて、気持ちを高ぶらせる。山登りも楽しみだが、それ以上に非日常な時間が待ち受けているということにわくわくする。普段は学校で日常を過ごしてきたクラスメートと、一生の思い出になるであろう体験をするのだ。楽しみに思わないわけがない。

ハイルック・シャルト

 タシファレドの取り巻き

 初登場:第30部分(名前なし、第4部分)

 最新登場:第34部分

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