お嬢様、少し見直しました。
シアンとルキナは、アーウェン家にやってきた。貴族の家というのはどこも大きい。アーウェン家の使用人に案内されて大広間に入る。既に多くの大人たちが集まっている。今回、マクシスに招待されたのは、アーウェン家で毎年開かれているクリスディエースのパーティだ。家同士の交流の場として重要視されているらしいが、さすが第一貴族。そうそうたる面子だ。シアンも知る名家ばかりだ。
「シアン、ルキナ、待ってたよ」
マクシスが友を見つけて駆け寄ってきた。いつもは退屈なパーティだったが、父親から友人を呼んでも良いと許しを得たのだ。アーウェン家に取り入ろうとする大人たちから多くのプレゼントをもらうが、やはりそれだけでは満ち足りない。友達がいるだけで、このパーティも楽しみになるのだから、その存在は大きい。
「そうだ。お父様に紹介するよ」
マクシスが張り切って言う。二人はマクシスの後ろについてパーティ会場を横切っていく。そんな子供たちをじっと見つめる男がいる。シアンは視線に気づき、チラリとそちらを見る。
(あの人は、ガドエル・アリーマンさんだったっけ)
第二貴族、アリーマン家の当主だ。ミューヘーン家の分家にあたる。本家に対して強く出られないものだが、それゆえに、ミューヘーン家を良く思っていない。
黄金のアクセサリーがキラキラと照明の光を反射している。アクセサリーをつけすぎだ。必要以上に飾り立てているように見える。自分の財力や権力を誇示したがる貴族がやりがちな行為だ。
シアンはまた厄介事が始まる予感がしながら、意識していないふりをする。こちらが気づいていると知ったら、変に絡んでくるかもしれない。
「お父様、今よろしいですか?」
マクシスがパーティの主催者に声をかける。客がひっきりなしに話しかけてくるので忙しそうだ。
「マクシスか。ああ、そちらのお二人さんが友達の…」
「シアン・リュツカです。いつもお世話になってます。こちらは、ルキナ・ミューヘーン様です」
シアンは自分とルキナの紹介をする。
「父がいつもお世話になっています」
「面白いことを言うお嬢さんだね。マクシスからよく話は聞いているよ」
シアンはアーウェン家当主と硬い握手をする。その後、やはり忙しいようで「また後で話そう」と言って、客の対応に戻った。
「そういえば、チグサは?」
ルキナがキョロキョロとあたりを見まわたす。チグサもいるはずなのに姿を見ていないのだ。
「姉様はあそこ」
マクシスが人の集まっているところを指さす。あの中心にいるらしい。
「毎年、ああなんだ」
マクシスが肩をすくめる。
チグサは、落ち着いて料理を食べたいからと自分専用のテーブルと椅子を用意している。使用人たちが一人分の料理を用意し、チグサのもとに運ぶのだ。立食パーティの中では相当目立つ。それでもチグサは気にしない。父親はマイペースすぎると注意したが、どれだけ言ってもやめようとしないので、もう諦めている。それに、これはアーウェン家のパーティだ。アーウェン家以上の身分の者は来ないし、不快に思う者はいないだろう。むしろ、チグサが一か所から動かないのを良いことに、貴族たちが集まって話しかけている。アーウェン家に取り入ろうとする者たちには、逃げないチグサはかっこうの餌だ。これだけ人に囲まれていては食事どころではないくらいだが、マイペースの代名詞、チグサは黙々と食事を楽しんでいる。
三人は、自然とチグサのもとに足を進める。
「失礼。アーウェン家のご子息でございますか?わたくし、今回初めて招待していただいた者なのですが…」
マクシスが男性に話しかけられた。挨拶をしたいのだろう。マクシスは「ちょっとごめん」と言って、その男とともに離れていく。残された二人は、その場にとどまる。二人で、チグサの周りの貴族たちをかき分けていく勇気はないし、マクシスが気を遣って離れてくれたのに、また近づいていくのも変な話だ。
「大変ね」
ルキナはアーウェン家の皆を見て言う。
「旦那様が来たがらない理由がわかりますね」
シアンが苦笑いをする。
ハリスは、毎年このパーティに招待されている。アーウェン家と仲が良いのだから、招待されるのは当然なのだが、ハリスは一度も来たことがない。彼はもともとパーティが好きじゃない。地位が危うくなるようなら断らないが、必要最低限しか参加しない。その理由は、見ていればわかる。貴族というのもなかなか厄介なものだ。家を守り、大きくするためではあるが、面倒であるということは変わらない。
「これはこれは、本家のお嬢様じゃありませんか」
ガドエルが気色の悪い笑顔で近づいてきた。ハリスがこのパーティに来ないのは、この男がいるせいもあるかもしれない。
「お久しぶりです。ガドエルさん」
ルキナは極力笑顔で答える。この男は苦手だ。口を開けば嫌味ばかり。次期当主の座にいるルキナのことが特に気に入らないらしいので、余計うざい。
「ハリス殿の姿が見当たらないようですが。ああ、娘をパーティに送り込んで、自分は家で休んでいるでしたね」
ガドエルがわざとらしくキョロキョロと周りを見た後、今気づいたかのような顔をする。
「私は今日はマクシスの友人として来てるんです」
ルキナは変わらず笑顔だ。ここで怒りを露わにしては、相手の思うつぼだ。
「第二王子と婚約しておきながら、他の方と…?」
ガドエルがニヤニヤと笑う。あごを上げ、ルキナを見下す態度をとる。ガドエルはルキナをおちょくりすぎだ。堪忍袋の緒が切れかかったシアンが間に入ろうとする。が、ルキナが腕を出して止める。シアンは静かに下がる。
シアンはガドエルより身分が低い。前に出たところで、ガドエルが調子に乗るだけだ。シアンもそのことはわかっている。こういう時はルキナの背中に隠れているほうが都合が良いのだ。自分の無力さに腹が立つ。
「マクシスとはただの友人です。疑われるような関係では決してありません」
ルキナが堂々とした態度で言う。
「それと、いい年した大人が、九歳の子供に食ってかかるのはいかがなものでしょう。見苦しいとは思いませんか?もし相手が私ではなく、父だったとしても同じ態度をとりますか?別に良いんですよ。このことを父に報告しても」
ルキナは表情を変えないで言い切った。本当は見下す姿勢をしてやりたいぐらいだったが、変に刺激しすぎてもいけない。
「結局は父親の陰に隠れる子供じゃないですか。そんな子供の話をハリス殿が信じるかどうか」
ガドエルがふっと笑う。自分が優位に立っていると思っているのだ。ルキナはガドエルを哀れに思う。
「だから、そんな子供と張り合ってどうするんですかっていう話ですよ。では、子供の戯言と思って聞いてください。少しは周りを見ては?」
ルキナが二人のやり取りを見ていた大人に笑いかける。ガドエルは、自分が白い目で見られていたことに気づき、怒りを露わにする。しかし、何も言わない。これ以上は、自分の立場が悪くなりすぎると思ったのだろう。くるっと体の向きを変え、ルキナの前から去っていく。
「生意気な小娘が」
最後に小さな声で毒を吐いていった。
「聞こえてるっつーの」
ルキナは笑顔を消している。普通に怒った顔だ。
「お嬢様って、本当にあのルキナだったんですね」
シアンが思っていたことをこぼす。
ルキナは、ゲームキャラの悪役令嬢と似ても似つかないと思っていた。彼女はプライドが高く、自分から動くことは少ない。己の頭脳と言葉の力で周りに影響を及ぼす。孤高の人物というイメージがある。全て人づてに聞いた情報だが、目の前にいる少女と同一人物だとは到底思えなかった。
でも、今目の前にいるルキナは、とても頼りがいのある少女だ。理不尽な攻撃に対して、言葉だけで立ち向かい、見事追い返した。
「なに?見直した?」
ルキナがニヨニヨとほおを緩めてシアンを見る。
「不本意ながら」
シアンは頷いた。ルキナは「一言余分!」と言いながらも、嬉しそうだ。
「はじめまして。ミューヘーン家の令嬢であらせられますか?」
優しそうな男性が話しかけてきた。明るい桃色の髪が美しい。笑い皴があって、とても好印象だ。そして、アイス家の者だと名乗った。アイスといえば、ヒロインとその弟のイリヤノイドの家名だ。
思ってもない接点ができて、ルキナは嬉しそうにする。
「いつかご挨拶に伺おうとは思っていましたが、これほど優秀なお方だとは」
ルキナがガドエルを追い返しているのを見ていたらしい。
「ぜひ息子に紹介したいものです」
この言葉を聞いて、ルキナの表情が情けないものになる。彼の言う息子とは、イリヤノイドのことだろう。イリヤノイドも『りゃくえん』の攻略対象だ。そして、紹介したいということは婚約者候補にしたいということだ。攻略対象本人ではないが、人から認められたのだ。嬉しくないわけがない。うまくやれば、このまま外堀を埋めることもできなくはなさそうだ。
(前言撤回)
シアンはルキナのいつも通りのたよりない様子を見てがっかりする。あれだけ威勢が良かったのはガドエル相手の時だけらしい。シアンはルキナを肘でつつく。ルキナははっとして、「ノアルド様と婚約していますので」と断った。本当は断りたくないのが本音だろう。申し訳なさそうな顔と言うよりは、悔しそうな顔だ。「それでも機会があればぜひ」と言われたときは、本当に嬉しそうな表情になった。
(ハレンチだ)
シアンは今更ながらルキナの将来が心配になってきた。




