お嬢様、反省会をしましょう。
「やっぱ良いわ、ラブロマンス」
ルキナが目をうっとりさせて言う。書斎でデートの反省会中だ。ルキナは逆ハーレム計画のことなど頭からすっぽり抜けているようで、見てきたばかりの演劇に心を奪われたままだ。
「いいよね、二人だけの秘密の合図。周りの誰にもわからないけど、二人だけはわかる。絆って感じよね。私もそういうの憧れてた時期に、暗号とか信号覚えてたわ。モールス信号、友達と使って遊んで。まずは、SOSを調べるわよね。あと、国際信号旗ね。長方形の白い旗に赤いバッテンで助けて。シアンも覚えておくと良いわよ」
ルキナは興奮した様子で喋る。この世界にモールス信号も国際信号旗も存在しない。覚えても何も得しないだろう。
「ノアルド様といる時もそのくらい話せば良かったのに」
せっかくの演劇デートだったのに、二人は劇の感想も言わずに別れたのだ。ポニーテールの話の時のように暴走されても困るが、何も話さないのはいかがなものだろうか。
「推しはちょっと離れたところで見るのが一番なの。誰かと話してる推しを見て幸せを感じてこそよ。私は邪魔者なの」
「推しって、ようは好きってことですよね?だったら、その人と恋人になりたいものじゃないんですか?」
「そういう人もいるわよ。でも、私は外野派」
ルキナは、ノアルドとうまく喋れなかったのは自分には恐れ多いと思うからだと言う。どう考えても、ルキナが男慣れしていないだけに見えたのだが。
「なんにせよ、恋愛マスターの名は伊達だったわけですね」
シアンはため息をつく。あれだけ人の恋路には顔を突っ込んでおいて、自分のことは何もできない。恋愛マスターを名乗るなら、最低限の恋愛スキルはもっていてほしいものだ。
「言ったでしょ。私にはモテスキルなんてないって」
ルキナが何回も言わせないでよという顔をする。
シアンにはそれが理解できない。自分に自信がないのに、なぜモテると思っているのだろう。
「じゃあ、どうやってモテるつもりだったんですか?」
「やっぱりゲーム通りに進むなら、私は自然と逆ハーレムの女王じゃない?」
「この世界はお嬢様の言うシナリオ通りに進んでないんですよね」
こんな調子では、モテるなんて夢のまた夢だ。
たしかにルキナは運命なるものに期待できないから自分で動き出した。ただ待っていようが動こうが結果的にゲーム通りの状況になるかもしれないという期待がないわけでもない。でも、動かずにその時をむかえてしまえば、後悔することになるかもしれない。だから、ルキナが今できることをしているつもりだ。しかし、ルキナ自身の能力が伴っていないのも、また事実。本人も最初からわかっていたことだ。
そして、こういう時は、シアンに頼れば良い。
「そこは、ほら、竜の血を使って」
ルキナは竜の血に夢を見ているようだ。
「それほど万能じゃないですし、お嬢様の私利私欲のためにあるのではないですよ」
一つの伝説がある。一部の地域で伝えられている伝説だ。
その昔、一頭の竜が大けがを負った。人間の始めた戦争が原因だ。人間を恨みながら、洞窟の中に籠っていた。もう長くは生きられない。悠久の時を生きる竜が死を悟った。そこへ、一人の人間が現れた。飛べない竜に食事を与え、けがを癒した。いつしか竜はその者に心を許すようになった。もう一度、人間を愛すようになった。再び空を飛べるようになると、自分の血をその人間に分け与えた。「その血を飲めば、他を圧倒する力が手に入るだろう」と言って。竜は天高く飛び上がると、二度とその姿を見せることはなかった。その人間は、国を興した。その際、自分の一番信頼する家臣に血を飲ませた。その力をもって、国を大きくした。竜を助けた人間は、王家の先祖となったのだ。
伝説故に、語られることは多くとも、信じる者は少ない。シアンも信じてはいない。その身体に流れる血はそんなに綺麗なものではない。素直に誇りに思えるわけでもない。
でも、その伝説は嫌いじゃない。与えられた力を自分の欲を満たすためだけに使ってはならないと教えられている気がする。
「何でも良いけど、シアンならなんとかできるでしょ?」
ルキナはそれほど深く考えずに言う。シアンは何でもできる。どんな夢も叶えてくる。不思議なポッケは持っていないけど。ルキナは、そう思っているのだ。これまでだって、シアンがなんとかしてくれた。期待してしまうのも自然なことだ。
「そんな無茶な」
シアンが甘やかしすぎた結果だ。本人は気をつけているつもりなのだが、頼られるのが嬉しくて、つい動いてしまうのだ。
「ほらほら、私をモテモテにしてみなさいよ。そんなにモテスキルがどうとかの話するんだったら、シアンにはできるんしょ?ん?」
ルキナはシアンを肘でつつく。ここにきて、自分のことは棚にあげて煽っていくスタイル。
「わかりました」
シアンはそれに乗ってあげることに決める。
「では、反省会をしましょう」
「えー。今日のことまたほじくり返すの?」
「もともとそのために集まったはずですけど。お嬢様の趣味嗜好の話を聞きに来たわけではありません」
シアンはきっぱりと言い切る。
別に、ルキナがシアンにしか話せないことがあるというのは嬉しくないわけではない。前世のことや乙女ゲームのことなどは、他の誰にも共有していない秘密だ。前世の記憶を交えながらオタクトークできる相手はシアンだけだ。
でも、それをすべて聞いてやる義理はない。
「はい、お嬢様、今日の良くなかった点は?」
「さあ?」
ルキナが素知らぬふりをしたので、シアンがニッコリ笑う。含みのある笑顔だ。ルキナはその笑顔の裏にあるものの存在に気づき、あわてて真面目に考え始める。
「失敗だったのは、『初めての彼女ができた君に読んで欲しい デート中の会話法厳選集』を読んだことかしら」
前世で読んだサイトを思い出す。一時期、自作小説を書くために、参考資料として読んだのだ。その小説が完成することはなかったが、(無意味な)知識として経験は残っている。
ふざけた答えだがルキナはいたって真面目だ。シアンもそのことは理解している。
たしかに、ルキナの会話はあまりにも不自然すぎた。その理由はあきらかだ。サイトに書かれた内容を工夫もせずに、そのまま使ったからだ。定番の受け答え「待った?」「いや、今来たとこ」や、相手の話は否定せずにただ相槌すべしといった会話術。ネット上の情報を鵜吞みにする、しないの話ではない。場と状況も把握できていないのに乱用するのが悪い。
「乙女ゲームや恋愛小説で培った知識は使わなかったんですか?」
シアンが言うように、具体的なセリフを知ることができる媒体がある。それらで知った知識であれば、まだましな結果だったかもしれない。
「何言ってるの?そういうのは参考にならないわよ。現実的じゃないわ。つくりものだもの」
ルキナが眉間にしわをよせて言う。
シアンにはその線引きがわからない。サイトの内容だって、主の想像によって作られたかもしれない。リアルに活かせるかどうかを重要視するなら、そういう考えに至らないのか。
「この世界は乙女ゲームなんですよね。今、一番現実に近いのは乙女ゲームの知識じゃないんですか?」
何から突っ込むべきかわからず、シアンは最初に一番気になっていたことを確かめる。すると、ルキナが初めて気づいたと言わんばかりの表情になる。
「たしかに」
ルキナの反応に、シアンは大きくため息をついた。今回の反省会はここで終えることにする。
「そういえば、ノア様が今日の劇の小説版読んだって言ってたわよね」
ルキナはシアンが二人の会話をすべて聞いていたことを知っている。確認の視線が送られてきたので、シアンは頷く。
「完全な恋愛ものだったけど、あのノア様が読んだのよね」
「意外ですか?」
「そりゃあね。あんまりそういうイメージはなかったから」
言われてみれば、シアンにもノアルドが恋愛小説を読んでいる姿は想像できない。読んではいけないわけではないが、予想外と言わざるを得ないだろう。
「でも、そうね、ああいうのが好きなら、ノア様とも気が合いそうだわ」
ルキナがウキウキと声を弾ませる。
「まさか、そういうのを語り合う相手にしようとでも思ってるんですか?推しは話し相手じゃないって言ってましたよね?」
シアンは自分以外にオタクトークを聞く相手ができてしまうことを恐れている。それすら奪われてしまっては、ノアルドに勝てるところが一つもなくなってしまう。
「趣味を語れる相手は大切よ」
ルキナが満面の笑みを見せる。




