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お嬢様、初デートです。

 季節はめぐり、三級生の秋。木々は赤や黄色に美しく色を変え、実りの時期を知らせる。

「どうしよう、どうしよう、どうしよう!」

 ルキナは朝から大忙しだ。メイドを数人巻き込んで服選びに必死になっている。

 今日は、ノアルドとデートをする日だ。いつかのお茶会で、ノアルドがルキナを観劇に誘ったのだ。その時点で、シアンがルキナをフォローするために、女王様計画のことを演劇にはまっているとごまかしたことを知らない。それはもう、喜んだことだ。なぜ演劇なのかはわからないが、ノアルドの方から誘ってくれたのだ。

 そんな最高の一日を焦って迎えるのは、ルキナの準備不足のせいだ。シアンはさんざん準備は前日までに済ませておくよう釘をさしておいた。楽しみな気持ちと緊張で前日は眠れないだろうから、翌朝寝坊しても間に合うよう準備を怠ってはいけない。それなのに、ルキナは聞く耳を持たなかった。

「もう!なんで起こしてくれなかったの!?」

 ほぼ八つ当たりだが、シアンに向かって、ドア越しに叫ぶ。

 シアンがそんなことをする義理はない。デートにこぎつけたのはシアンの働きあってのことだ。それで許してくれても良いのに。

「なんとか間に合ったわ」

 着替えを終え、ルキナが部屋から出てきた。

「お嬢様、可愛いです」

「楽しんできてくださいね」

 たった九歳の子供がデートなんてませすぎている気はするが、誰も指摘するものはいない。メイドたちはルキナを鼓舞する。

「シアン、あなたもついてくるのよ」

 玄関でノアルドが迎えに来るのを待っていると、ルキナが何食わぬ顔で言った。

「はあ!?」

 さすがのシアンも理解がおいつかない。いくら不安だからといっても、使用人をデートに連れていくなんて話、聞いたことがない。

「こっそり隠れてね」

 シアンが目を白黒させる横で、ルキナは「ノア様に見つかってはだめよ」と言う。ルキナはシアンにこっそり陰から助けてもらいたいのだ。

(さすがに三人一緒にってわけじゃないか。良かった…のか?)

 デートの邪魔になる、ならないの話ではない。誰かに見られているなんて、単純に嫌だと思うのだが。

「ほら、去年の誕生日、約束したじゃない」

 ずっとそばにいようという二人の約束。シアンもその約束はよく覚えている。だが、約束したのはこういう時のためじゃない。

(約束を乱用するなんて)

 ルキナの顔を見ると、「シアンなら簡単でしょ?」とにこやかだ。シアンは大きくため息をつく。今までも無理難題は押し付けられてきた。

(やってやろうじゃないか)

 シアンが心休まる日はやってくるのだろうか。

 シアンは庭に出て物陰に隠れる。そこからルキナを見守る。

「ルキナ、お待たせしました」

 ノアルドがやってきた。約束の時間ピッタリだ。

 さすがは『りゃくえん』一の人気キャラ。この世のものとは思えないほどの美しい造形。破壊的な笑顔に平常心を乱されないようにしてるのか、ルキナは表情が硬い。

「今来たところです」

(ここはあんたの家だよ!)

 ルキナは何かで読んだデート対策用のセリフをそのまま発する。シアンが心の中でツッコミを入れていることなど、ルキナは知らないだろう。ノアルドと二人きりなのを意識してしまって、カチカチになっている。周りのことに気を配る余裕などない。

「あー…それは良かったです」

 ノアルドもルキナの言っていることがわからず、微妙な反応になる。

「行きましょうか」

 ノアルドはルキナの手をとり、自分の馬車に誘導する。王族用の立派な馬車は、幼いカップルを乗せ、演劇ホールを目指す。

 シアンは隠れながら馬車を追う。自分の足で走って追いかけている。シェリカの家に連れて行かれた時、長距離でも速いスピードを保ったまま走ることができる力をつけなければならないと思った。それから約二年半。体力をつけ、今は馬車をつけて走るなどぞうさもない。街中を走る馬車のスピードはそれほど速くないとはいえ、距離がある。普通の子供ならとうてい無理な話だ。

 ノアルドに気づかれるのが一番良くないが、周りの目もある。もちろん、ノアルドの護衛もいる。子供が馬車を追いかけて走っているなど、注目の的だ。シアンは裏道や屋根の上など、とにかくいろいろな道を使う。

 シアンのような並外れた能力を持つ者はそういないだろう。だが、これがもし王子の暗殺を目論む刺客だった場合、簡単に殺されてしまうのではないか。馬車には護衛がついているようだが、ちゃんと王子を守ることができるのだろうか。

 しばらくすると、目の前に、大きな建物が現れる。この街で一番大きなホールだ。演奏会や演劇などを開催するにはうってつけな場所だ。ここでは、様々なイベントも行われている。街を盛り上げている一つの功労者ともいえるだろう。

「ルキナ、着きましたよ」

 ノアルドがルキナの手を引き、会場に入っていく。

「ノアルド王子、お待ちしておりました。お席はこちらです」

 ホールの入り口に待ち構えていた、ホールの支配人がノアルドたちを案内する。事前に王族が来ると知らされていただけあって、すごい気合の入りようだ。

 シアンは二人とその他護衛たちを見送り、ホールの手前で立ち止まる。お金も払わず侵入するわけにはいかない。シアンは、ルキナに一番近そうな席のチケットを買う。といっても、席はほとんど埋まっていて、あまり好きな席は選べない。もはや近いともいえない。

 チケット売り場の大人が、子供一人でやってきたことに驚いている。しかも、今回の演目は国で一番有名かつ人気な劇団のものだ。けっして安くはない。貴族の子供以外に考えにくいが、それなら一人はおかしいだろう。

 ホール内は既に多くの人が入っていた。ノアルドとルキナの席は二階の特別用意されたものだ。その周りは席をとれないようになっているらしく、人がいない。二人の背後に護衛の大人が立っているだけだ。

 シアンは自分の席に座り、周りを見渡す。護衛としてきているわけではないが、用心しておくにこしたことはない。

『始まるまでまだ少し時間ありますね』

 シアンは、魔法でルキナとノアルドの声を拾う。魔法とは実に便利だ。盗み聞きだってたやすい。

『この演目は書籍を読んだことがあって、興味があったんです。ルキナも気に入ってくると良いのですが』

 さっきからノアルドばかり話している。ルキナは一言も話せないほど緊張しているのだろうか。

 シアンはルキナの方をじっと見る。離れてはいるが、同じ二階に位置する席だ。遠目に二人の姿が確認できる。

 シアンは特訓の成果を発揮することにする。魔法の技術も極めてきている。シアンは口を開かずに空気を振動させることで音を出すことができる。それを応用して、対象の人物にだけ聞こえるように調整する。ルキナはシアンの練習相手になって、テレパシーだと喜んでいた。

『お嬢様、何か喋らないと』

 まだ精度は高くないので、少しノイズが入る。長い言葉も喋れないが、最低限聞こえるレベルではある。

 ルキナの体がびくっと動いた気がする。シアンの声が聞こえたのだろう。

『今日の髪型良いですね』

 ノアルドがルキナの見た目を誉め始めている。ルキナは今日はポニーテールにしている。これを見れば気合の入り具合はわかるが、本人はほめられるなど想定していない。

『女の子キャラだとツンデレツインテールと活発ポニーテールは王道ですけど、男性はポニーテール好きが多い印象ありますね。運動しやすい髪型だから、性格は明るめが多いですけど、剣士タイプもかっこいいですよね。ピシッと髪を束ねて、剣を振る。侍のイメージも強いですし。普段髪を下ろしているキャラがうなじを見せるのも良いですよね。髪を結っているシーンのある作品はポイント高めだわ。キャラが本気になったということを表現したり。そこで落ちる男のなんて多いことか。そういえば、ポニーテール協会が七月七日をポニーテールの日にしたとか。理由は、織姫はポニーテールだったとか、浴衣に似合うからとかいうテキトーな感じで』

『お嬢様、ストップ』

 シアンが慌てて止めに入る。暴走状態だったルキナは、シアンの声で我を取り戻した。

 お礼を言ったり、喜んでみせれば、それで良かったのに、まさか褒められているとは思っていないルキナは、べらべらと聞かれてもないことをしゃべってしまった。

 ノアルドはルキナの勢いに圧倒されいていた。何を言っているのかわからなかったので、完全に取り残された状態だった。

『…最近、学校はどうですか?楽しいですか?』

 ルキナが落ち着いたのを確認すると、ノアルドがまた新しい話題を振り始める。

『そうですね』

『友達はできましたか?』

『そうですね』

 ルキナは喋りすぎないように最低限の返事しかしなくなった。会話が盛り上がらない。

『学校ではファレンミリーの日にはお菓子を交換したりするんですか?』

『そうですね』

『今年は誰かにあげましたか?』

『そうですね』

 ルキナが同じ答えしか言わないので、ノアルドが困っている。

『聞いてますか?』

『そうですね』

 本当に違う返事をするつもりはないらしい。ルキナがちゃんと聞いているのかも怪しいレベルだ。ノアルドは躊躇いがちに思い切った質問をしてみることにする。

『…好きな人いますか?』

『そうですね』

『僕のこと好きですか?』

『そうですね』

 ノアルドも寂しい男である。

(本当にモテる気あるのか?)

 シアンはもう呆れるしかない。

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