お嬢様、恋のサポートです。
「ミーナ、頑張って」
ルキナがミーナの背中にエールを送る。距離があるので聞こえてはいないだろう。ミーナの手にはライアの花が握られている。
ルキナとミーナの長時間にわたる女子トークの末、二人をくっつけよう大作戦を決行することとなった。昨日の夜作戦を練り、今朝さっそく作戦を実行している。
「まずは花言葉作戦ね」
ルキナが誰に言うでもなく呟く。
エルメスは子供たちの登下校時の送り迎えの仕事を担っていた。それを機に、会話をするようになったが、いつの間にかルキナはエルメスと仲良くなっていた。もともとエルメスが気さくな性格なので、ルキナの話をよく聞いてくれる。シアンは無反応が多くなってきてつまらない。そんな時はエルメスに話すのだ。
そんな彼に、ルキナが先に手を回してある。昨日、花言葉の話をしに行ったのだそうだ。ミーナから花をもらって意識してもらえるよう、話題にしておいたのだ。変に悟られないように自然な流れで。シアンはその会話を聞いていないが、本人は完璧だと言っている。
(それだといつものパターンだけど)
ミッシェルの時のことを思い出す。タシファレドの時もだ。自分の演じる力に絶対的な自信をもっているらしく、決まって完璧だと言う。でも、それで成功したことは一度もない。
これはミーナとその周りの命運もかかっている。簡単に失敗はできない。だから、シアンも心配になる。
なんとかミーナとエルメスを二人きりにするところまではうまくいったが、どうなるか。
ルキナと一緒に物陰から覗いていると、ミーナが花を差し出す瞬間を確認できた。緊張しているようだが、ちゃんと話せているように見える。エルメスが花を受け取った。二人とも笑っている。
「これは脈ありかもしれないわね」
ルキナが嬉しそうに言う。ミーナが先に離れる。エルメスがその場に残ったのだが、もらった花を大事そうに手にして、彼女の後姿を見送っている。
ルキナとシアンはエルメスに見つかる前に撤収することにする。
作戦後はシアンの部屋で反省会をすることになっている。花を受け取ってもらえたのが嬉しかったのか、ミーナの報告する声もいつもよりトーンが高い。ミーナは言いたいことだけ言ってしまうと、仕事があるからと去っていった。
「キザなこと言うわね」
あれだけミーナのテンションが高かったのにも理由がある。あの青い花を見て、エルメスが、ミーナの瞳みたいで素敵だと言ったのだそうだ。若い女の人を虜にするおじ様像としては完璧だが、実際、言葉にするのは恥ずかしいというものだ。
「エルメスってば、やっぱり押しに弱いのね」
ルキナはエルメスの態度に思うところがあったらしい。
ミーナは感情が表情、動きに出やすい。人生経験をつんできたエルメスなら、自分に好意を向けられていることに気づくだろう。思慮分別のあるエルメスが年の離れた職場の女の子を簡単に恋愛対象として見ないかもしれないという不安はあったが、心配いらないかもしれない。ミーナ自身は気づいてないが、既にさんざんアタックした後のようなものだ。もうメロメロで、ミーナからの告白を待っている状態なら、話は早い。恋愛は長期戦も覚悟しなければならないが、今回は難なく成功するかもしれないと希望が見えてきた。
シアンは、ルキナがそんなことを考えているなんて想像もつかず、黙って次の言葉を待っている。
「さあて、次はどうしようかしらね」
ルキナは次の行動を考えあぐねていた。
「シアン、良い案…ないわよね」
シアンを頼ってみようかと思ったが、すぐに諦める。ミーナの好きな人すらわからなかった者に、良い作戦が立てられるわけがない。恋愛サイトは読み漁ったルキナでさえ(実体験なし)、良い案が思い浮かばない。シアンに期待しても無駄だ。
「お役に立てず、すいませんね」
シアンは今度はルキナの考えが読み取れた。ベッドに腰かけて、ルキナの横顔を見る。
「ここまできたらエルメスが動いてくれれば良いのに」
ルキナはほぼ何もしていないが、既に恋愛ドラマ最終回直前のような状態だ。つまらないといえば、つまらない。シアンにまた諭されそうだが、暇つぶしのネタとしては物足りない。無論、ミーナの恋がうまくいきそうなのは嬉しいことだ。
「お、おお、お嬢様!」
突然、勢いよくドアが開けられる。ミーナが焦った顔で現れた。ノックもなしに部屋に入ってくるなど、無礼に当たる。だが、相手はミーナ。なんとなく状況はわかっている。シアンも特に何も言わない。
「どうしたの?」
ルキナが尋ねると、赤色の花を見せる。ライアの花に比べたら、ずいぶんと大きな花だ。
「あら、カリアナじゃない。良かったじゃない」
エルメスからもらったのだとわかり、ルキナは嬉しそうだ。花言葉の意味を知らないミーナに耳元で囁く。すると、ミーナが本当に嬉しそうに顔を赤くする。シアンも花言葉はわからないが、両想いだったことは様子を見ればわかる。
(大人の恋もそんなに変わらないのか)
シアンには、大人の世界は未知で、まったく見当がつかないものだ。だから、大人の恋愛は子供と全然違うかもしれないと思っていた。実際は、そうでもあるし、そうでないともいえる。なんにせよ、シアンにとって大きな発見だった。
シアンは、ルキナとミーナを部屋に残して屋敷の外に出た。目標は達せられた。ルキナの暴走を見張る役目も必要ない。庭を歩き、花を観察。これまで花に興味を抱いたことはなかったが、意外と面白そうだと思う。花言葉も、知っていれば役に立つときがくるかもしれない。
途中、作業中のバンとすれ違う。シアンはペコリと会釈をして通り過ぎる。
「あ、この花」
近くに見覚えのある花を見つける。さっき見たばかりの赤い花だ。けっこう主張が激しい。
「クエストさん、もしかしてルシュドさん、ここに来ましたか?」
近くにいるバンに問いかける。バンは作業する手を止めて、肯定する。
「花言葉を聞かれました」
「なんと教えたんですか?」
シアンが尋ねると、バンがふいっと顔をそらした。
「満たされた愛」




