お嬢様、恋愛マスターの道は険しいです。
ルキナがミーナのいた花屋でライアの花を一輪買って戻ってきた。花をシアンに手渡す。
「ミーナの好きな人を探しなさい。それで、見つけたら、その人にこの花を渡すの。ミーナからの贈り物って」
ルキナは自分で名案だと自負しているようだが、シアンにとっては迷惑以外の何物でもない。恋愛度を測ると言ってたが、測ったところで何もない。どうせルキナの暇つぶしだ。
「お断りします」
シアンの返事など予想できたろうに、ルキナは不服そうだ。
「なんでよ」
「一波乱起こすつもりですか」
シアンには正解を導き出す自身がない。間違えて別の人に渡してしまったら、かなりややこしくなる。
「なに意気揚々とハズレ宣告してるのよ」
ルキナは珍しくツッコミ役にまわる。そして、少し考えた後、
「わかったわ。花はなしでいい。ミーナの好きな人がわかったら私に言って」
と、代替案を提案した。これ以上は譲ってくれないだろう。乗り掛かった舟だ。少しくらい暇つぶしにつきあってあげても良いかもしれない。
「わかりました」
シアンは了承した。
それから、シアンはミーナの行動を観察した。誰と話し、笑っているか。プライベートを詮索するわけにはいかないので、仕事中だけ。ルキナはもう相手を知っているようで、それでもわかると言っていた。つまり、職場の仲間の中にいる。
「シアン様、どうかしましたか?」
キッチンを覗いていると、ミーナが声をかけてきた。
「少し気になって」
「中に入ってきても良いんですよ?」
ミーナは優しく笑う。その後ろにコックの姿を見つける。きっと子供が入ってくるのを邪魔に思うだろう。
「大丈夫です」
シアンはキッチンから離れる。ミーナをずっと追いかけ続けているのは難しい。このまま闇雲に観察しているだけではだめかもしれない。
シアンは考え事をしながら外に出る。屋敷の中ではルキナの目がある。シアンの反応を楽しんでいるのか、ニヤニヤ笑いながら見てくる。それでは考えをまとめるのに集中できない。きれいに整えられた庭に置かれているベンチに座る。そこへ庭師のバン・クエストが通りかかる。
「クエストさん」
名前を呼んで引き留める。バンが仕事道具を両手にかかえて振り返る。
「おいくつでしたっけ?」
シアンからの突然の問いだったが、バンは何も疑う様子はなく、「二十五です」と短く答える。寡黙な男だ。これ以上質問はないとわかると、何も言わず去っていった。
ミーナは二十六歳。このミューヘーン家で働いている人間で誰よりも年が近い。バンと笑って会話しているところも見たことがある。バンの方は口を開いている回数が極端に少なかったが、あんなに長く誰かと話していているところを見たことがない。
シアンは急いでルキナの部屋に向かった。ルキナはシアンが訪ねてくることを察していたのか、部屋の外に出て、廊下で待っていた。
「わかったみたいね」
ルキナはシアンをハリスの書斎に連れていく。二人のたまり場になっているが、昼に入ることはあまりない。昼はハリスが仕事で使うからだ。だが、夏の間はハリスの仕事が忙しくて家を出ている。昼どころか夜も姿を見ない。夏休み期間は書斎を占領しても誰も怒らなさそうだ。
「じゃあ、答え合わせをしましょうか」
ルキナがたった一つ置かれている椅子に座り、机に両肘をつく。手を組んで真っすぐシアンを見る。
「バン・クエストさんですか?」
変に緊張感を出されるので、面接でも受けているような気分になる。なんだかドキドキしなが答える。すると、みるみるルキナの眉間にしわが寄る。
「誰よ、それ」
ルキナはこの家を出入りする人の顔と名前を覚えているわけではない。興味がある人物や関わることが多い人物だけだ。でも、もう少し覚える人数を増やしても良いだろう。
「庭師ですけど」
シアンはルキナをじとーっと見つめる。
「あー、あの。たしかに年は近そうだし、目をつけるのもわからないでもないわ」
この時点で違うのだとわかる。シアンはこの結果が目に見えていた。間違っているだろうことはわかっていたが、彼なりにこれ以上ない答えだったので、どうしようもない。
「まあ、不正解ってことで。罰ゲームでもする?」
ルキナが意地悪な顔をする。
「この状況がもう罰ゲームみたいな感じですけど」
罰ゲームだとかなんとか言っても、やることはいつもと変わらない。逆に言えば、罰ゲームなどなくともひどい目にあわされる。
ルキナも別に何か良い罰ゲームが思いついてたわけでもないので、それについては一旦おいておく。
「正解は、エルメス・ルシュドでーす」
シアンは微妙な顔をする。まったく考えすらしなかった人物だったからだ。違う人なのではないかと思ったが、自分の感覚は当てにならない。きっとミーナはエルメスのことが好きなのだろう。
「なによ、その顔。べつに十歳差なんて大人になってみればたいしたことないわよ。世の中にはいっぱいいるわよ。それに、落ち着きのあるおじ様に憧れる女子だって少なくないんだから」
ルキナはうっとりした顔で言う。
「そうですか。では、解散ということで」
シアンはそのすきに退室しようとする。このままここにいては、厄介なことになりそうだ。
「待ちなさいよ。まだ終わってないわよ」
つくづく嫌な予感ばかり当たる。ルキナはシアンを見てニヤリとする。
「こういう時は何をするか知ってる?」
ルキナは本当に楽しそうだ。シアンは続きを促す。
「二人をくっつけるのよ」
そんなことだろうとは思った。シアンは一応「迷惑じゃないですか」と言う。大人の世界はよくわからない。自分たちのような子供の感覚で行動してはただ邪魔になるだけの可能性がある。余計なお世話ということになりかねない。
「大丈夫よ。裏はとれてるから」
ルキナは親指を立ててポーズをとる。何の裏かはわからないが、珍しく心強い。
「エルメスは未婚よ」
シアンは心の中で、そうじゃないとツッコミを入れる。
「善は急げと言うわ。さっそく行くわよ」
ルキナがシアンの腕をつかんで歩き始める。
「急いては事を仕損じるとも言いますよ」
シアンは渋々足を動かす。このままルキナをほったらかしにしては、一人で暴走しかねない。
(せめて僕がついてないと)
ルキナはまず、ミーナに会いに行くことにした。どれだけお膳立てしても、本人が動いてくれなければどうしようもできない。
「お嬢様にシアン様、どうかされましたか?」
キッチンの前でメイドに声をかけられる。二人がここまでやってくることは滅多にないので、何かあると察したのだろう。
「ミーナはいるかしら」
ルキナはそのメイドにミーナを呼びだしてもらうことにする。コック長が料理人以外がキッチンに入ることを嫌うのを知っているからだ。少し待っていると、ミーナが廊下に出てきた。今の時間は昼食の片づけと夕食の準備の間の時間だろうか。それほど長く待たされなかったので、忙しい時間ではないだろう。良いタイミングだったわ、とルキナは思う。
「何か御用ですか?」
こんなふうに呼び出されたことなどないので、ミーナも不思議そうだ。ルキナはすかさずライアの花を差し出す。街で買った花だ。
「どうしてこれを…もしかして見てたんですか?」
ミーナの顔が真っ赤に染まる。相手は子供だが、自分の行動の意味することを気づかれていると確信したらしい。からかわれているだけかもしれないと、もう少し疑うことを学ぶべきかもしれない。
「密かな愛、ね」
ミーナの顔がさらに赤くなる。耳まで真っ赤だ。ルキナの頬が緩む。ミーナの可愛らしい反応を見たせいか、みっともない顔をしている。シアンは二人の会話が終わるのをぼーっと待つ。勝手に突っ走ってしまうのではないようなので、自分は必要ないはずだ。だから、その場を離れたいのだが、まだ腕を掴まれれたままだ。その状態で興奮して話しているので、ぐいぐい腕を引っ張られる。
「ここじゃ話を聞かれちゃうわね。シアンの部屋に行きましょ」
(げっ)
下手したら、エルメス本人に会話の内容が漏れてしまうことを危惧して、ルキナが提案する。それによって、シアンはまだこの女子トークに付き合わなければならないことが確定した。
「人の恋路を邪魔すると自分がうまくいかないなんてことになるかもしれませんよ」
シアンは歩きながらルキナに耳打ちする。厄介ごとは勘弁とシアンが思っていると、ルキナはニッコリ笑った。
「平気、平気。失敗しなければ良いだけだもの」
その自信はどこから湧いてくるのだろう。己の面倒すら見切れていないのに。




