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お嬢様、態度が悪いですよ。

「シアン…」

 ルキナはシアンが消えた海を見つめる。他の者たちも心配そうに海を見ている。

 シアンがバクナワに連れ去られてから、かなり時間が経っている。空が赤く染まり、日が沈みそうだ。海も呼応するように赤くなってる。

 ルキナの頭に、シアンが二度帰ってこないのではないかという考えがよぎる。激しく首を振り、「絶対そんなことはないんだから」と自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 頭をたれていたチグサが不意に頭をあげる。

「あ、あれ」

 ティナが海の中を指さす。海の中から人の頭が出てくる。シアンだ。

「…っ!」

 ルキナは無心に海に向かって走る。熱いものが頬を伝う。

 シアンはゆっくり海から出てくる。疲れ切った顔をしている。

「シアン!」

 ルキナはシアンに抱き着く。

「お嬢様」

「今度こそ許さないわよ。シアンはいつも勝手に私の前から消えて」

 ルキナは声をあげて泣き始める。今回はシアンは帰ってきた。だが、いつか本当にいなくなってしまうのではないかという恐怖がある。まったく安心ができない。

「リュヅガぁ」

 泣いているのはルキナだけではない。ルキナの後に続いてきた、タシファレドも泣きじゃくっている。自分を助けに来て消えてしまったのだから、大きな責任を感じていたのだろう。堰を切ったように涙があふれてくる。

「ルキナ、シアンは無事だったのよ。泣いてどうするのよ」

 そう言うシェリカも泣いている。ティナはその背中をさすっている。

 シアンはそれほど心配されているとは思わなかった。体感では、あまり時間が経っているように感じなかったし、バクナワを前にしても、なんら危険なことはなかった。

 皆が落ち着きを取り戻すと、コテージに向かって歩き始める。

「失礼」

 声をかけてきたのは国軍の制服を着た男だ。胸にはバッチがついている。保安部のマークだ。その後ろには、同じく国軍保安部の男が立っている。彼の方は飾緒がついているので幹部だろう。

「バクナワが現れたと通報がありましたが」

 にこやかに話を進めようとする国軍に、ルキナが仏頂面になる。「なによ、今更」とブツブツ呟いている。

「バクナワなら海に帰っていきましたよ」

 シアンは、ルキナを背中に隠しつつ、落ち着いて答える。

「それはどうやって確認を?」

 シアンから話が聞けるとわかると、すかさずメモ帳を取りだす。長くなりそうだ。

「少し待っていただけませんか?このままでは子供たちが風邪をひいてしまいますので」

 アーウェン家の使用人が割って入ってきた。シアンは濡れているままだし、まだみんな着替えていない。もう暗くなってきているのに水着のまま外で話していては、本当に風邪をひいてしまうだろう。

 国軍もそのことを理解したようで、「お時間をいただけるようであれば、待たせていただきます」と頭を下げた。

「いけ好かない奴らね」

 コテージの中に入ると、ルキナがイライラを完全に表に出す。シアンは苦笑いしながら、「優しい方じゃないですか」と窘める。

 国軍の一部には、国民をなめてかかって、敬語すら使わない者もいる。どちらが上だとかないのだが、印象が悪いのは間違いない。それに比べれば、あの丁寧な話し方をする彼には好感をもてる。

 しかし、ルキナはそういう意味で怒っているのではない。通報があったのに到着が遅かったのが気に入らないのだ。どんな事情があったかはわからないが、あまりにも遅すぎる。国民を守るべき立場にありながら、すべて終わってからのこのこやってきて、事実確認をするだけ。シアンの身に何かあった後では手遅れなのに。

 手早く着替えを済ませ、外へ見送りに行く。必要なのはシアンだけのようなので、タシファレドやシェリカは先に帰す。

「またね、シアン」

 シェリカが寂しそうに手を振っている。せっかく遊びに来たのに、最後は変な感じで終わってしまった。誰にも予測できなかった事態とは言え、悲しい気持ちになるのは理屈じゃない。

 タシファレドと他二人の男子が乗る馬車も見送り、コテージに戻る。

「つきあわせて悪いわね」

 あまりに時間が遅くなってしまいそうなので、残った者は泊っていくことになった。ルキナがアーウェン姉弟に向かって言う。ルキナが言うことなのかはわからないが、彼女も申し訳なく思っているようだ。

「全然。むしろお泊りなんてラッキーだよ。楽しそうだ。ね、姉様」

 マクシスが努めて笑顔で答える。横でチグサもうなずいている。

「僕は軍の人と話してくるよ」

 シアンは待機している軍人のもとに行く。

「中でやりなよ」

 マクシスがシアンの背中に声をかける。外は完全に日が落ちていて、肌寒い。涼しい風が優しく吹いている。マクシスの言葉に甘えて、二人をコテージに招き入れる。三人はソファに座る。使用人が気を利かせてお茶を用意する。マクシスたちは奥の部屋にいるようだ。

「改めまして、バスク・メンフィルと申します。国軍保安部二等兵です」

 バスクがビシッと敬礼する。

「まあ、ようは、下っ端です」

 人好きのする笑顔を見せる。好青年という感じだ。隣の男は威厳のある態度で、「アイザック・トウホ。部隊長だ」と自己紹介する。

「部隊長?なんでそんな上の人がこんなところに」

 ルキナがドカッとシアンの横に座る。マクシスたちと一緒にいると思ったが、ルキナだけこちらに来たようだ。

「そちらのお嬢さんは階級をご存じで?」

 アイザックがフンと鼻を鳴らす。鼻の下の髭がふさっと揺れる。

「そりゃあね。少し勉強すればわかることよ」

 ルキナは強気の態度のまま、腕を組む。不機嫌であることを隠すつもりがないらしい。

「それで?なんで来るのが遅かったのか。説明してくれるかしら」

「お嬢様」

 すっかりルキナのペースに乗せられている。シアンはさすがにダメだと止めに入る。ルキナの方はそれを意に介す様子はない。キッと軍人を睨む。

「なんせバクナワが出たなんて通報は初めてで」

 バスクが誤魔化すように笑う。

「そんなの理由にならないわよ。誰かが死んでからでは遅いのよ」

「おっしゃる通りで」

 バスクはルキナの機嫌をこれ以上悪くしないように立ち回っている。賢明な判断だ。任務を順調に遂行するためには、子供にかまっている暇などないだろう。

 バスクの狙い通り、ルキナは文句を言うのをあきらめた。ムスッとした顔になっているので、可愛い顔が台無しだ。

 シアンは、メモを取るバスクに一連の出来事を語る。突如姿を見せたこと、シアンを海に連れ去ったこと、何も危害をくわえられなかったこと。ただし、あのバクナワがシアンに話したことは伝えなかった。

「なぜ海に帰っていったとわかったのかね」

 また陸に人をさらいに行くかもしれないだろうに、とアイザックが指摘する。

「海底に潜っていくのを自分の目で見たので」

 シアンの答えに満足したわけではなさそうだが、アイザックはそれ以上尋ねてこなかった。ルキナはアイザックが気に入らないようで、ずっと睨んでいる。

「ご協力ありがとうございました」

 バスクが丁寧に感謝を述べる。相手が子供であろうと紳士的な姿勢で、シアンはこういう大人になりたいと思う。「おかげで報告書も無事提出できそうです」と冗談のように言うので親しみやすい。

 シアンは二人を見送るために玄関に移動する。その時、バスクのポケットからペンが落ちる。しまいそこねたのだろう。

「落としましたよ」

 シアンは拾って、バスクに差し出す。

「かっこいいですね」

 ペンには何かの紋章が描かれている。盾の中に竜の模様。彫られたところへ金色の塗装がされいてる。黒色のペンに金色の模様は美しく映える。

「ああ、はい」

 バスクの反応はいまいちだ。シアンから取り上げるようにペンを受け取り、ポケットにしまう。

「では、お邪魔しました」

 バスクとアイザックが暗闇の中、去っていく。

「あーあ、やっと帰った」

 ルキナはわざとらしくため息をついた。

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