お嬢様、夏休みです。
「あついー」
日本よりは快適だとはいえ、暑いものは暑い。ルキナはぐでーっと机に上半身を乗せる。失敗に終わった女王様計画は闇に葬られ、今はもう女王様を演じることはない。
「海行きたーい」
明日から待ちに待った夏休み。ルキナ去年の夏、海に行けなかったことを未だに悔しがっている。家族みんなで行く約束をしていたのに、ハリスが急な仕事で行けなくなってしまったのだ。
「良いね、海」
マクシスがルキナの話に乗る。シアンは黙って二人の会話を聞いている。ルキナと席が近いので、自分の席に座ったまま、副委員長の仕事をこなしている。
「みんなで行こうよ」
マクシスの言葉にルキナが「いいわね」と予想通り頷く。この流れでは、シアンが一緒に行くことは確定だろう。別に文句を言うこともないので、スルーする。
「誰誘う?」
「姉様と」
「あなた、ほんとシスコンね」
「シスコンって何?」
盛り上がっている二人のもとに、新たな参加者が現れた。
「シェリーも行くわ」
シェリカがティナを連れて立っている。
「なんであんたがここにいるのよ。隣のクラスでしょ?」
シェリカがいると、必ずルキナの機嫌が悪くなる。シアンにはそこまで嫌う理由がわからない。意固地になっているだけだろうか。
「シアンのいるところにシェリーありって言うじゃない」
「言わないわよ。そんな言葉聞いたことないわ」
ティナがシェリカの後ろで小さく「私も聞いたことない」と言ったのをシアンは聞き逃さなかった。(表面的には)シェリカに怯えているので大きな声では言えなかったのだろう。
「それはそうよ。シェリーが作ったんだもの」
「でしょうね」
しょうもない言い合いをしている二人の間に入って、マクシスが海について話を進める。
「メンバーは、僕と姉様、ルキナ、シアン、シェリカさん、ティナさんってことで良い?」
「えー、やっぱり行くの?」
ルキナがシェリカをジロリと睨む。シェリカもルキナに睨み返す。ティナがあわあわと困っている。
「まあ、いいわ。人数が多ければ楽しいのもたしかだし。あー、それと、良かったらだけど、タシファレド・ロットも誘っても良い?」
ルキナがアクションを起こすつもりだ。女王様計画が失敗しても、そのまま諦めるつもりはないらしい。とにかく一番必要なのは接点を増やすことだ。遊びに誘って仲良くなる作戦なのだろう。
「ルキナとタシファレド君、そんなに仲良かったっけ?」
マクシスは家同士のつながりで、それなりの仲らしい。自然な名前呼びだ。
「ううん。これから仲良くなるの」
「ルキナはその人がいるんだから、シアンはシェリーがもらって良いよね」
シアンもそろそろ会話に参加しようと思っていたが、やめておくことにする。今はタイミングが悪すぎる。
「なんでそうなるのよ」
シェリカの超理論にルキナが目を白黒させる。シェリカはそういう発言が多いが、今回も全く理解できない。
「だって、ルキナはそのタシ…なんとかって人のことが好きなんでしょう?」
「へ?」
「だったら、シアンまでルキナが独り占めするのはずるくない?」
ルキナは大きくため息をつく。シェリカの主張は理解できないでもない。だが、前提が間違っている。
「私は婚約者がいるし、シアンがうちにいるのは、好きとか嫌いとかの話じゃないし」
ルキナの説明を聞いても、シェリカはまだちゃんと理解していないようだ。
「それで、ロット様を誘うのに反対の人はいないんですか?」
このままではいつまで経っても話がまとまりそうにない。シアンがついに動き出した。全員が頷いたのを確認すると「誰が誘うんですか?」と続ける。
「それは、まあ、シアンで良いんじゃない?」
ルキナが腕を組んで言う。面倒くさいことはシアンに投げつける…というわけではなく、ルキナが近づくとタシファレドが逃げるのだ。これでは海に誘う以前の問題だ。どうやら、ファレンミリーの一件で、ルキナは怖がられてしまったようだ。
「僕が行っても良いけど」
一番タシファレドと仲が良いであろうマクシスが申し出る。
「いいよ。僕が行く」
珍しくシアンが必要最低限の仕事以外を自分から受けた。もちろん、ルキナの逆ハー計画遂行のためだ。海ではルキナが一緒になる。できるだけのフォローは先にしておきたい。
シアンは文句は言いながら、けっこう積極的に動いている。心の中で「どうせ後でお嬢様に命令されるだろうから」と言い訳しているが、実際のところは自分の意思だ。そのことをシアンが認めることはないだろうが。
「じゃあ、お願い」
シアンの思惑など知りもしないマクシスが、シアンに役目を任せる。
正直、シアンとマクシス、どちらが誘ってタシファレドが話に乗る可能性が高いか微妙なところだ。
マクシスとタシファレドのつながりは家を間に挟んでいるので、仲が良いといっても、本音で語り合ったことはない。友達とはまだ呼べない。家柄を感じてしまう関係は息が詰まるものだ。
一方、シアンは一級生のころ、タシファレドにイジメ(?)られていた。それが終わってからは、ほぼ言葉を交わすことがなかった。とはいっても、確執が残っているわけではない。ファレンミリーの時も互いにそのころのことを気にすることはなかった。今は普通に会話のできるクラスメイトというところだろうか。
シアンは放課後になると、タシファレドが帰ってしまう前に声をかけに行く。
「ロット様、少し良いですか?」
タシファレドはたいそう驚いた顔をする。まさかシアンが自分に話しかけてくるなんて思わなかったのだろう。
シアンもそのつもりだった。タシファレドに自分から話しかける日など一生こないと思っていた。あのファレンミリーまでは。ルキナが思ったよりポンコツなうえに、過大な期待をシアンに抱いている。ルキナの意味不明な望みを叶えるためにはシアンが動くしかない。
「夏休み、海に行きませんか?」
シアンは順番に説明をしていく。ルキナもいることを伝えた時は、やはり困ったような顔をした。それでも、断ることはしなかった。
「おまえ、良い奴だな」
タシファレドは最後にそう言った。彼もなんだかんだ言って、いじめていた過去を気にしていたのだ。シアンの方は意に介していなかったが、後から反省できるようになると、後悔の思いが生まれてきた。シアンがそんな過去を気にする様子も見せずの遊びに誘ってくれたのだから、思うところはあっただろう。
「シアン、ご苦労様」
廊下でルキナが待ち構えていた。一緒に学校を出る。
シアンが結果を伝えると、ルキナが嬉しそうに笑った。これで、逆ハーの夢に一歩近づくというものだ。
「さあて、夏休みも忙しくなるわよー!」
ルキナの声が太陽の輝く空に響いた。




