お嬢様、ハレンチです。
「どのような経緯で思い出したんですか?」
「それが、よくわからないの。朝起きて、着替えて、朝食食べて…食べて…えっと…寝てたわけじゃないんだけど、気づいたら、すっごく時間が経ってて、それで急に頭が、パッと明るくなるみたいな…」
「それで、突然、思い出した、と」
ルキナは、コクンと頷く。本当によくわからないらしい。
「ま、とりあえず、お嬢様が前世の記憶を取り戻したのはわかりました。それは信じましょう。では、なぜ僕にその話を?話すことにどんな意味が?」
シアンの一線を引いたような物言いに、ルキナは肩を落とす。
「そんなに私に興味ない…?」
シアンは、目の前の少女が泣いてしまうのではないかと少しだけ心配になる。本当に少しだけ。
別に意味はなくても構わない。内容がどうでも良いからと言って対話を怠るほど合理主義者ではない。冷たくあしらうほど興味がないわけでもない。
ただ、純粋に、前世の記憶を思い出すようなビックイベントには何か大きな意味がある気がしてならないのだ。隠された意味があるなら、それを突き止めようと思っただけだ。
「たしかに、どちらかというと、これからの話が本題なのだけど」
ルキナの話には続きがあったようだ。シアンは密かに期待に胸を膨らます。
「私がやってた乙女ゲームに、『学園ラブストーリー 奪って、ドキドキ♡略奪の園』っていうのがあって」
「タイトルからして、不穏な予感しかしないんですけど」
「まあまあ。あまり人気のない作品だったんだけど、私はけっこうやりこんでて」
ルキナは、『学園ラブストーリー 奪って、ドキドキ♡略奪の園』略して『りゃくえん』の説明を始める。
ヒロイン、ユーミリアは、とある学園に入学し、攻略対象の男子生徒たちに出会う。しかし、彼らは全員、一人の女生徒の虜になっていた。ストーリーとしては、好感度を上げ、その女生徒から略奪するとエンドを迎える。
(それの何が楽しいんだろう)
ストーリーを聞いても、シアンには面白さがわからない。そんな彼の心を読んだかのようなタイミングで、「一人ずつ男が奪われていく悪役令嬢の顔を見るとスカッとするの」とルキナが胸をときめかせた。
(性根腐ってるんじゃないか?)
シアンは、期待しても意味がないと思い始め、話を上の空で聞き流す。シアンが聞いていないことも知らず、ルキナは意気揚々とゲームの魅力を語り続ける。
「…簡単に言うとね、この世界、その乙女ゲームみたいなの」
「え?」
くだらない話だと思って聞いていなかったが、不意に気になる言葉に半分無意識で反応する。唐突なカミングアウトだった。シアンが一生懸命脳内で処理しているうちに、ルキナが言葉を続ける。
「私の名前、ゲームのキャラと同じなの。もう言ったっけ?男を虜にしていた女生徒の名前。そのキャラの名前は、ルキナ・ミューヘーン。ね?私、これからモテモテになるかもしれないわ!逆ハーの夢が現世で叶うかも!」
シアンは頭が追いつかなくて、相槌もろくに打てない。理解しきれていない頭で唯一絞り出せた言葉は、
「ハレンチ!」
シアンには、ルキナのいう前世の世界が想像もつかない。もしかしたら、その世界では、「一人の女が一人の男とだけ恋愛するのは古臭い」と言われているのかもしれない。
しかし、脳内お花畑のルキナも含め、彼らがいる世界では、男を弄ぶようなことをするのは恥だ。しかも、ルキナはミューヘーン家の令嬢だ。王族の婚約者だっている。シアンの訴えはもっともらしいことのはずだ。
「それは聞き飽きた」
まだ二度目だが、ルキナは両耳を塞いで「あー、やだやだ」と首を振る。
「そもそも、この世界がゲームだというのが理解できません」
やっと頭が回転するようになってきたシアンは、根拠はあるのか問う。ルキナはその場で立ち上がり、仁王立ちになる。シアンは、威張る少女の顔を見上げる。
「すぐにはわからないでしょうけど、見てなさい。絶対私の言うとおりになるんだから!」