お嬢様、モテたかもしれません。
「おまえ、何個もらった?」
「まだゼロ」
「もう渡したの?」
「うん…」
「え?本命?」
「義理だって」
今日はやけに学校がにぎわっている。
(何かあったっけ?)
シアンは生徒たちがやけに浮足立っていることに気づくが、理由がわからない。女王様計画決行中で面倒くさそうなので、ルキナに尋ねる気にもならない。彼女が知っているとも限らないが。
シアンは教室に入り、自分の席に着く。
「なにこれ」
思わず驚きの声が出てしまう。彼の机が覚えのない荷物で溢れている。大小さまざま、色とりどりの袋に包まれたお菓子だ。名前の書かれたタグが付いていたり、メッセージカードが付いていたり。
「リュツカ様、良かったら、これ」
そこへ、少女が声をかけてきた。リンネル・ガーヴァント、シアンのクラスメイトだ。可愛らしいラッピングのお菓子を差し出している。
「庶民の味が合うかわかりませんが」
緊張しているようで、手が震えている。顔も下がりぎみで、シアンと目を合わせようとはしない。
「えっと…ありがとう」
受け取る以外の選択肢はないだろうと思い、シアンは感謝を伝えつつお菓子を手に取る。
彼女と話をするのは初めてじゃない。決して接点がないわけではないが、どうして急にお菓子を渡されるのかわからない。
用が済むと、リンネルはさっさとシアンから離れていく。リンネルと入れ替わるように、マクシスがやってきた。
「大漁だね」
マクシスがシアンの机を見て言う。そう言うマクシスの両手にも、女の子からもらったらしいお菓子が握られている。
「今日、何かの日?」
シアンが尋ねると、マクシスが驚いた顔になる。
「ファレンミリー、知らないの?」
ファレンミリーは、家族の日、愛の日とも言い、大切な人へお菓子や花をプレゼントする行事だ。特に庶民が盛り上げており、毎年たくさんのイベントが行われる。渡すお菓子は、多くがクッキーやビスケットだ。円形の生地の真ん中を丸くくりぬき、そこへ赤色のジャムや飴を流し込む。愛を象徴する形だ。ファレンミリーは三日間。好きな者へ贈り物をし、受け取った者はファレンミリーの期間中にお返しをする。
シアンがファレンミリーを知らないのは、ミューヘーン家では、そういうイベントを気にしないからだろう。映鏡で特番を組まれることも多いが、ハリスが映鏡を好まないので、あまり見る機会がない。世間らしい世間を知らないのも無理はない。
「これは、お返しが大変そうだね」
マクシスが苦笑いをする。マクシスから説明を受けたので、シアンにもその言葉の意味がわかる。そうそうにお返しを用意しなければならない。
もともとシアンはひそかに人気があった。銀髪に赤い瞳。この年頃の少女たちは、目立つ者に惹かれるのだろう。だが、去年は怖いイメージもあったのか、なかなか贈り物をしようという者が現れなかった。教室では極力話そうとしないし、マクシスやチグサとだけ昼を過ごすなど、友好関係も狭い。
では、なぜ今年はプレゼントするのか。それは、シアンがクラス委員になったからだ。それだけで話しかけやすくなった。ルキナの委員長作戦は、シアンをモテさせるのに働いてしまった。シアンと実際に言葉を交わした者は思っただろう。意外と怖くない。優しい人だと。シアンは人を拒絶することはない。皆平等に、同じ笑顔で対応する。結果、シアンがクラスで一番プレゼントをもらうことになった。
もちろん、ルキナは良い顔はしない。あきらかにシアンがモテていることがわかるからだ。
「そういえば、そんなイベントあったわ。ようは、バレンタインみたいなものね」
シアンからファレンミリーについての説明を聞き終えると、大きくため息をついた。帰りの馬車でシアンの大きな荷物を見てからずっと不機嫌だ。
シアンの方は珍しくテンションが高い。というのも、もらったお菓子が美味しいのだ。クッキーを食べるのは初めてだが、シアンの心をがっしりつかんだ。サクサクの触感に、甘いバターの香り。貴族の家では、手を使って食べる、クッキーやビスケットのようなお菓子は出てこない。だから、言ってしまえば、クッキーは庶民のお菓子なのだ。
(こんな美味しいものをいつも食べているなんて)
シアンは少し羨ましく思う。
(しかも、自分で作れるのか)
手作りだと言って渡してきた者がいた。カードに手作りだと書いてあるものもある。
「小学生の好きな人なんて何人もいたり、ただ足が速いってだけで決まるんでしょ。そんなことで盛り上がっちゃって」
ルキナが嬉しそうにクッキーを食べるシアンを後目に「ほんとにお子ちゃまなんだから」とげんなりする。ただの妬みなのだが、ルキナは自分だけが大人なのだと、己の精神年齢の高さに酔いしれている。
「そもそも冬じゃないところがムードないのよね。六月って、初夏よ。初夏。食べ物持って歩いてたらわるくなっちゃうじゃない。まあ、日本より夏は快適だけど、やっぱり、そういうイベントは冬じゃないと」
一年の仕組みや季節の流れは、日本とそう変わらない。夏がそこまで気温が高くなりすぎないようになっていたり、冬はどこにいてもちゃんと雪が降ったりするなど、演出上の変更は多少あるが。ゲームを作る際、そういう設定を一から作るのが面倒くさかっただけなのだろうと、ルキナは思っている。イベントは季節がずれていたり、名前が違ったりするが、それはイベント時期のバランスをとるためだろう。クリスマスに正月、バレンタインと、冬は忙しい。だから、バレンタインに当たるファレンミリーを初夏にもってきたのだ。
「ファレンミリーは家族と過ごすためのイベントらしいですよ」
シアンは別に恋愛のためだけのイベントなのではないと指摘する。ルキナの暴走を止めるためだ。残念ながら、逆効果だったようだが。
「なにをクリスマスみたいなこと言ってるのよ。あれだって、もとは家族のイベントでしょ?なのに、いつのまにか、聖なる夜だとか何とか言っちゃって、カップルだらけ。イルミネーション見て、寒いねって言い合うのよ。手を繋ぐ口実でしょうが。寒いんなら家にいろ。あー、やだやだ」
シアンにはクリスマスが何かわからないが、それもどうでもよくなった。クッキーが最後の一枚になったのだ。
「お嬢様の前世はどんな感じでしたか?」
ルキナはシアンが何を聞きたがっているのかわかり、すぐに「ごく普通の庶民の家よ」と答える。
「じゃあ、料理は…」
「ゲームしかしてない人間が料理するわけないでしょう?」
ルキナが眉をひくつかせる。ルキナは本当に大人げない。
「庶民になに夢みてんだか」
シアンはルキナが実はクッキーを作れるのではないかと期待していたのだ。最後のクッキーを口に入れ、しょんぼりしている。ルキナは女王様計画を思い出したのか、女王スタイルに椅子に座りなおす。肘をついて窓の外を見る。
「得意料理はカップ麺だったもの…」




