お嬢様、切り替えてください。
「う~ん♡」
ルキナが幸せそうに頬を手で押さえる。
「付き合わせてごめん」
せっかく遊びに来てもらったのに、ルキナに振り回されてばかりだ。シアンが申し訳なさそうにすると、マクシスは優しく笑う。
「いいよ。楽しいし。ルキナさんとも仲良くなりたいと思っていたから」
シアンはマクシスの懐の広さに感心する。
「これは、パステルのダブルチョコレートケーキね」
さすがチョコレートケーキに目がないお嬢様。どこの店の味かわかるらしい。ヒントになりそうな箱や袋は見ていないのに。
「センスあるわね。敬語をなくすことを許すわ。もちろん、さん付けもね」
上から目線なセリフに、マクシスは気を悪くする様子はない。むしろ面白がっているようだ。
「ありがたき幸せ」
彼もノリノリである。
(マクシスが楽しいのなら良いや)
話に花を咲かせていると、また新たな客人がやってきた。
「シアーン!シェリーが会いに来てあげたわよ!」
シェリカが椅子に座っているシアンに抱き着く。ルキナが露骨に嫌そうな顔をする。
「なんで休みの日まであんたに会わなきゃいけないのよ」
「別にルキナに会いに来たんじゃないもん」
「あっそ」
シアンはシェリカそっちのけでお茶をすする。マクシスも見慣れた光景であるので反応しない。
使用人がシェリカようの椅子を用意して現れる。
「シアンの隣が良いわ」
ルキナとシアンの間に椅子を置かせ、シェリカがそこに座る。
「シアン、私の隣に座ることを許すわ」
シェリカの望むままに事が運ぶのが気に食わないらしい。使用人にさらにもう一つ椅子を用意させ、自分とマクシスの間に置かせる。
「お嬢様、そんな子供みたいに…」
「私の言うことが聞けないのね。その耳は飾りなのかしら」
ルキナの姿勢がまた、あの変なものに戻っている。フンと鼻を鳴らす。
「ルキナ…」
そこへノアルドまでやってきた。ルキナの変貌ぶりに驚いている。シアンは何も言わず、空いている、ルキナの隣の席に誘導する。
「あなたが隣なら文句の言いようがないわね。シアンはこれを予測しての行動なら、ご褒美をあげないとね」
「ルキナはどうしちゃったんですか?」
ノアルドがひそひそとシアンに問いかける。マクシスと違って、しっかり説明をしないと納得してくれないだろう。婚約者の身に何かあってのではないかと心配に思うだろう。だが、ここで正直に話すわけにはいかない。
「お嬢様は今、演劇に興味があるみたいで、それで何かのキャラを演じているんです」
もちろん嘘である。シアンが適当に考えた言い訳だ。
「なるほど」
ノアルドは一応納得したようだ。「何に出てくる人物だ?」と首を傾げてはいるが、ルキナが女王様キャラを演じていることについてはこれ以上追及されることはないだろう。
なかなかの演技力ではある。シェリカ以外、戸惑うのも無理はない。シェリカの目には、ルキナはシアンを独り占めする悪者に見えているので、より悪者っぽくなったというだけだ。彼女からすれば、なんら驚くことはない。
(器用なのか、不器用なのか)
それほどの演技力があるのなら、それを披露する場をもっと考えるべきだ。女王様であるのは、タシファレドの前だけで充分なのに、他の攻略対象に変な印象を与えてしまっている。唯一、好感度高めのノアルドまで離れて行ってしまったらどうするのか。こういう尻拭いがシアンの仕事なのだろうか。
「お嬢様を観劇に誘ってみては?」
そこまで言うと、ノアルドもルキナの変なキャラなどどうでもよくなったようで、「どんな演目が良いだろう」と悩み始める。シアンは自分の席に戻り、飲みかけの紅茶を味わう。
「シアンは砂糖を入れるの?それともミルク?」
シェリカが、自然な流れでシアンの腕にくっつきながら尋ねる。
「シアンは何も入れないわよ。お子ちゃまなあなたと違ってね」
ルキナがそんなことも知らないのかと、シェリカを見下す。
(しょうもない張り合いに僕を使わないでほしい)
シアンは、このカオスな状況に慣れてしまっている自分を恐ろしく思う。こういう人たちには染まりたくないと、救いのマクシスに話しかける。
「チグサ様は?」
「家にいるよ。シアンも姉様に会いたっかった?」
マクシスがここにチグサを連れてこなかったのは、チグサをシアンにとられたくないからだ。誰も取る気はないが、マクシスにはシアンがライバルに見えるらしい。今朝も、マクシスがシアンの家に行くと聞いたら、チグサも一緒に行きたがっていた。
「いくらシアンでも、姉様はあげないからね」
マクシスの言葉に、シアンはまごつくしかなかった。




