お嬢様、設定とか言わないでください。
帰りの馬車の中、ルキナは鼻歌を歌い始める。
「なんて曲なの?」
メアリが尋ねる。ルキナは内緒だと答える。シアンは、前世の世界の歌であることを察する。
「パーティ、楽しかった?」
ご機嫌なルキナを見られて、ハリスも嬉しそうだ。ルキナは「もちろん」と笑顔で答える。
挨拶回りが多くて、最初はルキナもテンションが低く、つまらなさそうだったが、大好きなケーキも食べられたし、待望のタシファレドから声をかけられた。満足のいく会になった。
屋敷につくと、ルキナがクルクル回りながら部屋に入っていく。ドレスから部屋着に着替え、シアンの部屋にやってくると、興奮の冷めない様子で語り始めた。
「やっぱり、ルイスは良いわ」
王子を呼び捨てにするのは、乙女ゲーム攻略者モードになっているからだろう。こんな会話を聞かれては、ルキナが困ることになる。シアンは魔法で部屋の防音を強化する。それはそんなに難しいことではない。音は振動なので、空気の震えを調整するだけだ。
「よくできた弟に引け目を感じて育つ闇あり少年。それでも弟のことは嫌わないお兄さん。ああ、ありがとう、公式。あのひ弱な子がドS王子に成長するなんてもう設定神すぎ」
シアンが気を利かせて外に音が漏れないようにしているのを知ってか知らずか、大声で叫ぶ。シアン以外には聞こえていないはずなので、特に注意したりしないが、シアンが呆れているのは言うまでもない。
(人の性格を設定とか)
今更言い方についてとやかく言うつもりはないが、シアンの気持ちをちょっとは察してほしいところだ。こういう感想会は、ルキナが満足するまで続く。早く終わらせるため、一番話が長くなりそうな話題に変える。
「最推しは良いんですか?」
シアンの一言に、ルキナは瞬時に反応する。
「今日のノア様も最高だった!あのレアなノアルドが婚約者だと思うと幸せすぎて死んじゃう!」
ルキナの最推しはノアルドらしい。
彼は『りゃくえん』の攻略対象で最難関の登場人物だ。何でもできる完璧少年でありながら、優しさも兼ね備えた、理想的な王子様タイプ。ヒロインの恋敵、ルキナの婚約者であり、彼女を溺愛している。弱点は『ルキナを好きになってしまったこと』という、攻略の糸口が全く見当たらない人物だ。その難易度の高さから、ノアルドが振り向くのはレアといわれ、一部のファンでは『ノア様』と呼ばれている。
「ノア様攻略にどれだけ時間をかけたことか…」
ルキナがしみじみと言う。
「私がチョコケーキ好きって覚えててくれたし、一緒にいてくれて、てか、そもそも、迎えに来てくれたし、これがナチュラルモテ男の力ね。てゆーか、金髪に青色の目って反則でしょ。あれがリアルに存在するってのが信じらんない。しかも、兄弟…二人も天使が揃うなんて、この世界狂ってるわ」
一方的に聞き手に回っているのだから、それなりの対価はもらって良いだろう。シアンはずっと気になっていたことを聞いてみることにする。
「あの、僕は、ゲームに出てくるんですか?」
これは純粋な興味本位だ。これだけ話を聞いていれば、ルキナやヒロインとやらに攻略されるかどうかはともかく、自分もルキナの言う設定の中に生きているのか気になってくる。もしキャラとしての設定があるとしても、ルキナが本人に伝えるのも変な話ではあるので、聞いていないだけで、シアンの情報も存在する可能性は充分にある。シアンはなんだかドキドキしながら返事を待つ。
「ううん。シアンなんてキャラ知らないわよ。ルキナが執事みたいなキャラ連れてるシーンなんてなかったし」
ルキナはあっさり否定する。シアンは残念なような、ほっとしたような微妙な気持ちになる。
「そうですか」
「別に、シアン以外にも、ゲームには出てこなかったキャラがいっぱい…あ、今思い出したんだけど、シークレットキャラってのがいたわ。公式が全力で正体を隠してたんだけど、全キャラ好感度マックス、完全な逆ハーを作ると初めて登場するキャラがいるらしくて。友達がそこまでいったって言ってたけど」
ルキナは『りゃくえん』の追加情報をシアンに教える。それが役に立つかはわからないが、忘れる前に伝えておいた方が良いと思ったのだ。
(あ、前世は友達いたんだ)
シアンの方は、ゲーム情報より、ルキナの前世の交友関係の方がつい気になってしまう。それもそのはず。今のルキナは友達がほぼゼロだ。シェリカのような者を友達に含めるかどうかによって数が変わってくるが、シアンの知る限り、堂々と友と呼べる人物はいない。
「なんせ人気のなかったゲームだったからね。ネットでもネタバレ系は見たことないし。あー、完全クリア前に死んだのが悔やまれるー。せめて、さっちぃに聞いとくんだったなー。誰なんだろー?」
ルキナが両手で髪をくしゃくしゃにする。シアンには、そんなくだらないことで死を悔やむものなのか、と言葉を失う。悩みが少なそうで、ある意味幸せそうではある。
ルキナは自分の死因を知らないらしい。本人曰く、「知っていたとして、どうにかなるもんではないし、どうでもいい」だそうで、特に気にする様子はない。実際、死の記憶があった場合、死に方によっては、今のルキナの精神に悪影響を与えかねない。知らない方が良いこともあるとはこういうことをいうのだろう。
「まあ、いいわ。シアン、明日は作戦会議よ」
明日は休日。シアンの予定は本人の意思とは関係ないところで決められてしまった。




