お嬢様、初めてのパーティです。
ルキナにとって、これが初めてのパーティだ。しかも、王族の誕生日パーティ。粗相はできない。正直、シアンもルキナを見守ることができてほっとしている。波風を立てないために欠席しようとしていたが、心の底では参加したいと思っていたのだ。
ルイスに招待されたという建前を得たとはいえ、場違いな感じは否めない。貴族たちは会話を楽しんでいるようだ。シアンはそれを壁によって眺めている。
そもそもここにいるのは大人たちばかりだ。誕生日を貴族に祝われるとは、さすが王族。
チグサが挨拶回りを終え、シアンの横に立つ。
「チグサ様?」
チグサは第一貴族アーウェン家の長女。挨拶をしたい貴族たちの間で、あちこち引っ張りだこになるだろうに、こんな端にいて良いのだろうか。シアンは不思議に思う。
チグサは何も言わないで、シアンと同じ景色を見る。マイペースな彼女のことだ。シアンに同情しての行動ではないだろう。ただ、疲れて逃げてきただけだろうか。
(ドレスに眼帯は合わないな)
公の場であっても、いつも学校でつけている眼帯を取る気はないようだ。なおさら、その下に隠されているものが気になるものだが。
「気になる?」
忘れたころに、チグサが口を開いた。眼帯のことではない。シアンは無意識のうちにルキナを目で追っていた。
「えっと…」
たしかに気になることは気になる。そこに間違いはない。シアンはルキナのそば付きだ。何か失敗をしないか心配だし、できるだけフォローをする義務がある。しかし、チグサはそういう意味で尋ねているわけではなさそうだ。シアンは答えに迷う。
「ふふふ」
そんな様子を見て、チグサが楽しそうに笑う。
「あんたみたいな真面目な子は、きっと我慢をするのね」
「どういう意味ですか?」
「お腹すいた。まーくんを呼んで取ってきてもらおうかしら」
チグサはシアンの質問が聞こえなかったかのように振る舞う。シアンも無理に聞き出そうとはしない。チグサのことだ。どこまで考えての発言かはかることはできない。考えるだけ無駄なことのほうが多い。
シアンはマクシスの姿を探す。どうやらまだ他の貴族たちと挨拶をしているようで、その場から動くのは難しそうだ。
「僕が取ってきます」
シアンは、チグサのために料理を取りに行く。何を持っていくか迷ったが、少しずついろいろな料理を皿に盛る。
「チグサ様、お待たせしました」
シアンは皿をチグサに渡す。数秒手元を見つめた後、シアンに返す。気に入らなかったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「食べさせて」
ここは公の場。さすがにそれは難しい相談だ。貴族の大人たちは子供だからと笑ってくれるだろうか。
「大丈夫。誰もシアンを悪く言う人はいない」
リュツカ家は第三貴族。本来なら、この場に呼ばれるわけがない。場違いだというのに、さらにアーウェン家の娘に食事の世話をしているとなれば、悪目立ちも良いところだ。
でも、チグサは知っている。シアンを見る目はそんなに悪くないことを。落ちても元第一貴族。リュツカ家の特別な力を知っている。正式に招待されていることを知っている。シアンは自分とその周りの立場を心配しているが、たいした問題ではないのだ。いつ権力を取り戻すともしれないリュツカ家に強く出られるわけがない。少なくとも、本人がいるところで悪く言うものはいないだろう。
それに、噂や陰口が大好物な貴族たちの恰好の餌食が他にいる。
「陛下は本当にルイス様を次期国王になさるおつもりなのか」
「ノアルド様が馬術の大会で優勝なさったとか」
「剣術ではルイス様にも勝ったらしいですよ」
「ノアルド様が国を継がれたら、この国も安泰でしょうに」
「ノアルド様は優秀な方のようで」
「ルイス様と違って」
本人が聞いてるわけではないとはいえ、ルイスのためのパーティの場だ。シアンは顔をしかめる。
(虫唾が走る)
シアンは聞こえていないふりをする。
チグサが待っている。シアンは意を決して、チグサの口に料理を運ぶ。
突然、会場がワッと盛り上がる。このパーティの主役、ルイスが来たのだ。音楽もなんとなく華やかになる。
シアンは手を止め、正面を見る。
「今宵はよくぞ集まってくれた」
国王の声だ。姿は見えない。
「ルイスの誕生日を祝ってくれると嬉しい」
国王が挨拶を終えると、音楽一層豪華になる。
(これがパーティか)
シアンも、知らず知らずのうちに初めての体験に胸を弾ませていた。




