お嬢様、通常運転ですね。
シェリカが泣く声が後ろから聞こえてくる。泣いている女の子を残して行くのは、良い気はしない。
「狭い家ね」
ルキナは門の前に停めてある馬車に乗り込む。シアンと違い、シェリカが泣いていようが何とも思わないようだ。
「普段過ごす家とは別のものですから」
シェリカにとっては小さな屋敷でも、世間一般では充分大きい。シアンは、若干呆れつつ教える。
(根っからのお嬢様は…)
本宅は別にあり、それはルキナも満足するであろう大きさだ。ルース家は第二貴族の中で一、二を争う資産家だ。別宅の数は多いし、それぞれ高立地に建てられている。
「別荘ってことね。まあ、前世の家よりは全然ましだけど」
ルキナはフンッと鼻を鳴らす。前世の話をする度に自慢げな顔をするが、内容は全く自慢にはならない。
シアンが馬車に乗り、扉を閉める。間もなく、馬車が動き始める。
「ルキナがシェリカにイジメられてたなんて話あったかしら」
ルキナが「う〜ん」と唸る。ルキナの記憶では、二人が知り合ったのは初等学校。仲が深まったのは、知り合ってすぐに趣味で意気投合したからだ。
「あれ?共通の趣味って何だっけ?」
ルキナがブツブツと独り言を呟くことはよくあることで、シアンは特に気にしない。むしろ、自分にも関わりのある情報があるかもしれないので、ある程度耳に入れておくようにしている。
「私の趣味って何?」
人と会話する時の声量で言った。独り言ではなく、シアンに尋ねたのだろう。
シアンは今までのルキナの行動を思い出す。
シアンに嘘をつき、いたずらを仕掛け、無理難題を押し付ける。まんまと騙されたシアンを笑い、馬鹿にし、理不尽に怒る。
「…弱いものいびり、とか?」
実際、そのあたりに関しては、ルキナとシェリカは似ている。あのシェリカも、演技とはいえ、困っているティナに難しい命令をしていそうだ。
「はあ!?主人に向かってなんてこと言うのよ!」
ルキナはシアンの頭をポカっと殴る。力は強くないが、手を出すこと自体良くない。
「正確には、僕の主人は旦那様です。お嬢様は、雇い主の娘ってだけです」
シアンはツーンとそっぽを向く。
「ムッカー!そんなこと言うなら助けに来なければ良かったわ」
ルキナもプイっとそっぽ向く。ムカついた時、「ムッカー」と口にするのは変だが、シアンはあえて指摘しない。
「そうですね。お嬢様が来なくても一人で抜け出せましたしね」
シアンの言葉に嘘はない。屋敷から逃げ出すことは造作もないことだ。問題があるとすれば、子供の足で、ミューヘーン家の屋敷まで帰るのに苦労するくらいだ。
「あーそうですか!」
ルキナはシアンの態度が気に入らず、プンプン怒っている。シアンの方はからかっているだけで、怒ってなどいない。本当は面白がっている。
言葉にはしないが、シアンはルキナに感謝している。それほど大切に思われているなんて知らなかった分、喜びは大きい。
シアンは、こっそり口角を上げた。
「たっだいまー!」
ルキナは屋敷に入るなり、急いで食堂に向かう。お腹がペコペコで、早く夕食を食べたいのだ。
「お嬢様、先に着替えましょう」
シアンが制服を脱いでからの方が良いと伝えるが、ルキナは聞く耳を持たない。一応、喧嘩しているつもりらしい。結局、他の使用人たちからも着替えるよう言われたので、渋々部屋に引き返した。
全員が食卓についた頃には、すっかり日が落ちていた。いつもより少し遅い夕食に、シアンはなんとなくワクワクしている。非日常という感覚が、気持ちを高ぶらせる。
夕食の途中、ハリスが手を止めた。らしくない厳格な表情で、ルキナを見る。
「ん?」
ほとんど料理を食べ終えているルキナは、ハリスの視線に気づき、首をかしげる。ハリスは「少し話がある」と言い、ルキナに放課後の事件について確認をとっていく。馬車についていた使用人が、ルキナの行動を報告したらしい。
「門をのぼって?玄関のドアを叩いて?大声出して?」
ハリスは珍しく怒っているようだ。ルキナの顔に冷や汗が吹き出す。
いつもなら、ルキナを叱るのはメアリで、ハリスが仲裁に入る。「食事中はやめておきなさい」とか何とか言って、ルキナを守ってくれる。しかし、今はハリスが叱ろうとしている。こうなれば、止める者は誰もいない。
ルキナは、シアンが捕まっているルース家に乗り込む際、閉ざされていた門をよじ登って忍び込んだらしい。とても第一貴族の令嬢とは思えない行為だ。
チラッとシアンを横目に見る。助けを求めているのだろう。たしかに、門を飛び越え、騒ぎを起こしたのは、シアンを助けるためだ。シアンが助け舟を出すのは道理にあっているかもしれない。
しかし、シアンはルキナの合図を見てみぬふりをする。いつもの仕返しのつもりだ。
結局、ルキナはハリスにこっぴどく叱られ、完全に機嫌を損ねてしまった。翌日、寝て起きるまで、シアンと口をきくことはなかった。




