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お嬢様、捕まりました。

 シアンが目を覚ましたのは、ルース家の別宅の一室。椅子に座らされ、縄で固定されている。

「起きた?」

 シェリカが嬉しそうに笑う。ベッドの上に座り、シアンが起きるのを待っていた。

 シアンは周りを見渡す。シェリカの部屋らしく、床にたくさんのぬいぐるみが転がっている。ドアは一つ、窓も一つ。

「シアン、シェリーのとこで働いて」

 シェリカの一人称はシェリー。彼女の両親がそう呼ぶから。

「無理です」

 シアンはきっぱり断る。シェリカも答えはわかっていた。

「嫌ではないのね」

 シェリカがフフンと鼻高々に笑う。ただの屁理屈なのだが、うまいことを言ったと自信ありげな様子。

 シアンは考え事をするように少し顔を下げる。その後、「そうですね」と頷いた。

「嫌ではないです」

 シアンがもう一度繰り返すと、シェリカの顔がニッコニコになる。家具の陰に隠れていたティナが「え?」と驚いた声を出す。「嫌です」と答えるものだろうと思っていたからだ。

 シアンは素直に答えただけだ。ルキナの世話とシェリカの世話はそうたいして変わらないだろう。二人ともわがままで、いわゆるお嬢様。既に散々こき使われているので、それ以上の苦労はないと思える。

「それならシェリーのとこに来て」

 ベッドから飛び降り、シアンの椅子に近づく。腰の後ろで手を組んで、彼女なりのお姉さんを演出する。ルキナよりしっかりしているとアピールしているつもりなのだろう。

「さっきも言いましたが、無理です」

 シアンは真面目な顔で伝える。いつもの笑顔ではないのは、シェリカに無理なものは無理と理解してもらうためだ。

「なんで!」

 シェリカは怒った顔で駄々をこねる。シェリカが大声を出す度に、ティナの肩がビクッと震える。

「僕がミューヘーン家にお仕えしているのは、ご恩があるからです。どこの家でも良いわけではありません。これは、気持ちとは別の問題です」

「わかんない!」

 シェリカには理解できないようだ。たしかに、シアンの言葉は彼女にとって難しい。だが、そもそも、人間の行動が気持ち以外の何かによっても決められることを知らない。“都合”というものを知らないのだ。

 コンコン。

 部屋の外にいる使用人がドアをノックする。シェリカが不機嫌な声で「なに?」と尋ねる。

「お嬢様、旦那様からお手紙です」

 それを聞いた途端、シェリカはドアに駆け寄る。

「パパから!?すぐ行く!」

 バンッと勢いよくドアを開けると、部屋を飛び出した。バタバタと廊下を走り、姿を消す。

 残された使用人の女性が開けっ放しのドアを閉める。中にシアンとティナがいることは知っていたが、何も言わない。

 シェリカの身の回りの世話する使用人たちは、シェリカが何をしようが無関心だ。誰も何も言わない。ただ与えられた仕事をこなすだけ。

 シェリカの両親は本宅にいる。この別宅に住んでいるのはシェリカとティナ、必要最低限の使用人。シェリカが初等学校に通うために、子供たちだけが移ってきたのだ。

「シェリカ様は寂しいの」

 ティナが無表情で言った。さっきまでの姿勢とうってかわり、背骨はまっすぐ、胸を張ってぴしっと立っている。

(二重人格?)

 シアンは、か弱そうな少女の変貌ぶりに驚く。

 ティナの本性は、主人に怯える不憫な少女ではなく、世界の仕組みを達観している少女だ。物心がつく頃から、シェリカの側近として言うことを聞いてきたが、主人を怖いと思ったことはない。むしろ、かわいそうな人だと思っている。だから、シェリカが望むように、逆らいそうにない人物を演じている。自ら、暇つぶしのおもちゃになることを選んだ。

「シェリカ様を叱る人はいない」

 ティナは淡々と続ける。

 無干渉は自由をもたらすが、孤独を伴う。シェリカの両親は多忙で、幼い頃から一人で過ごすことが多かった。身の回りの世話をする者たちも、どんないたずらをしても怒ることがない。そんなシェリカに寄り添ってきたのがティナだ。ティナは、シェリカから離れていくことはないと安心させ、泣いて、怒った。

 両親も、自分の娘が寂しい思いをしていることは気づいていた。だから、シェリカが望むものは全て買って与えた。しかし、それがシェリカの孤独を埋めることはなく、欲しいものは手に入れないと気がすまない、わがままな娘に育った。

「貴族は子供っぽくない。陰湿なイジメ、損得で選ぶ友達、偽物の笑顔」

 ティナの言うことは間違っていないが、そう言う彼女のほうが子供っぽくない。

「一応、僕も貴族の部類に入るんだけど」

 世間的には第三貴族も貴族という枠に入る。主語が大きかったので、ついシアンはツッコミを入れてしまった。

 ティナはシアンをじっくり見る。

 窓から夕日の光が入ってくる。ティナの金色の瞳に反射して、薄暗い部屋で不気味に輝く。

「あなたは貴族っぽくない」

 ティナは「ふぅ」と無駄に大人びたため息をつく。

「あなたは、ただのおもちゃ。物珍しいから欲しがっているだけ。暇つぶしなら他にもある。おもちゃは代わりがきく。シェリカ様、あなたの名前すら知らなかった。さっき私が教えて初めて知った。あなたじゃなくても良い」

 シアンには、ティナが何を言いたいのかわからなかった。最初は、シェリカの事情を話すことで同情を誘い、ここにとどまらせたいのかと思った。でも、今は、どちらかというと出て行っても良いと言っているように聞こえる。

(本心がわからない)

 ティナは、頭を悩ませるシアンを無言で見つめる。

 実際のところ、彼女自身に、シアンに話をした理由はない。最初から目的などなかった。シアンが残ろうが、逃げようが、興味はない。だから、本心を読み取ることなど不可能なのだ。

「ティナ・エリ!ティナ・エリ!」

 遠くからシェリカの声が聞こえる。ティナは黙ってドアノブに手をかける。

「縄、解いてくれない?」

 ティナは自分を逃してくれるかもしれないと結論づけ、後ろ姿に声をかける。ティナはくるっと体を半回転させてシアンを見る。

「嫌。私がシェリカ様に怒られちゃう。逃げるなら自力で頑張って」

 それだけ言うと、ドアを開けて部屋を出て行った。

(味方?敵?)

 シアンはまた頭を抱えることとなった。

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