始動。
ルイス、もとい、ルーエンが国王に即位してから二日が経った。今日はパレードの日だ。国民たちに新国王の顔を見せるため、王都を馬車で回るのだ。王都は今朝からお祭り騒ぎだ。街、いや、国全体祝福ムードに包まれている。しかし、こういう時こそ油断はできない。全国民が新たな王を受け入れられるわけじゃない。護衛の任を任された者は、気の張る時間だ。
「シアン・リュツカ、行くぞ」
パレード用の衣装に身を包んだルーエンがシアンに言う。出発の時間だ。城を出て、馬車に乗らねばならない。
「はい、陛下」
シアンはルーエンからぴったりくっついて離れないように行動する。そうしていれば、ルーエンは安全だ。
長い廊下を歩きながら、ルーエンはシアンに話しかける。
「秘議会のことはどれくらい知っている?お前はついこの間、あの組織の存在を知ったんだってな」
ルーエンは、秘議会のメンバーにシアンの今までのことを聞いている。シアンの全てを教えられたわけではないが、シアンを扱うのに不便しない程度の情報は与えられている。
「始祖王…陛下が面白半分で名前をつけられたと」
シアンは、千年以上も前の時代を生きた人物が目の前にいることに不思議な感覚になる。見た目はルイスで、ある程度見慣れているとはいえ、別人だ。
「ふむ…面白半分か」
ルーエンが楽しそうに笑う。笑いどころがわからなくて戸惑っているシアンを見て、また笑い声を大きくする。
シアンが、その話は間違いなのか尋ねる。ルーエンの笑い方から、どこかで歴史が間違って伝えられてしまったのかと思った。
「いや、たしかに嘘ではないが、そこまで真面目に語り継がなくても良いだろう」
ルーエンは、本当に面白半分で名付けたらしい。本人がそう言うのだから間違いないだろう。
「秘議会という名では、いかにも裏組織という感じがするだろう。それだと、この組織のことを知った者が不快に思ってしまう。それが心配だった」
ルーエンは、組織名を秘議会にするかどうかけっこう悩んだそうだ。秘議会という名は、その組織が国民から隠れてこそこそと動いているのだと勘違いを生んでしまう可能性がある。
「今の秘議会は、その名にふさわしいと思いますが」
シアンは、秘議会の存在を全く知らずに育ったし、今は秘議会がルーエン復活のためにいろいろなことを裏で操作してきたことを知っている。国の裏の主導者という感じがしてならない。
「なに?」
ルーエンは不本意そうに眉をひそめた。
(陛下はどこまで聞かされているのだろう)
秘議会がなかなかあくどい手を使って今に至っていることを理解しているのだろうか。シアンを試すためなどと言って犯罪組織を生み出したり、望むままに人を動かすために脅迫を行ったり。シアンにしてみれば、秘議会は悪の組織という気がしてならない。それでも、その組織をつぶしにかからないのは、今のシアンにはそれほどの力がないうえに、ルーエンがそう指示したわけではないからだ。
「秘議会は昔からやりすぎるところがあるからな。視察を送るか。いや、回りくどいことはやめたほうが良いな」
ルーエンは独り言をぶつぶつと呟いた後、シアンに言った。
「シアン・リュツカ、今後はお前が秘議会をまとめろ」
ルーエンは、「あれはもともとリュツカの者のために用意したものだ」と続ける。これは命令だろう。
「私がそんなことしたら、秘議会は解散することになりますよ」
「お前がそうすべきと思ったのならそうすれば良い。あれはお前の道具だ。有効活用しろ。できないなら、捨ててもかまわない」
シアンは皮肉と冗談で言ったのだが、今の立場では冗談では収まらないようだ。特にルーエンの前では。小さな組織一つくらいなら、簡単に消すことができる力をもっている。シアンも同様にそれほどの権力を得ている。シアンにその自覚はまだない。
ルーエンは、煌びやかな美しい装飾の施された馬車に乗り込み、パレードの準備を行う。即位後、今回が初めての顔見せになる。窓や天井はなく、パレードを見に来た者たちにしっかりと顔が見えるようになっている。それ故に、危険も倍増だ。
シアンは、近衛騎士長として、馬に乗り、ルーエンの馬車のすぐ後ろにつく。その際、騎士服を着た見覚えのある人物に気づいた。
「メンフィルさん、いつ異動されたのですか」
シアンは睨むようにバスクを見る。
バスクは国軍のはずだ。軍と騎士の管轄はまったく違う。国軍に所属していた者が騎士として城に勧誘されることもあるが、それぞれの育成機関は別であるし、仕事内容もかなり違いがある。どちらも武術は必要になるが、それを理由に同じものとみなすのは良くない。
「つい今朝がたですよ。今後は、リュツカ君、いえ、リュツカ騎士長閣下、あなたが私の上官にあたります」
バスクが丁寧にお辞儀をする。
「改めまして、私、バスク・メンフィルは、ルーエン様の近衛騎士となりましたことを報告させていただきます」
バスクはシアンに向かって敬礼をする。シアンは、睨むのをやめて頷いた。
「わかりました。ついでに確認しておきたいんですけど、陛下の近衛騎士は、皆、陛下がルーエン様であることをご存知なのですか?」
シアンの問いに、バスクが大きく頷いた。
「そうですか」
なんとなくそんな気がしていた。周りに他の騎士がいるのに、バスクは堂々とルイスをルーエンと呼んだ。今後の騎士団としての動きやすさを考えるなら、騎士団員は全員国王の秘密を知っている方が良い。シアンとしても、文句を言うつもりはない。あの地下室での儀式の時にいなかっただけで、ここにいる騎士たちも秘議会のメンバーかもしれない。
(そういえば、秘議会に誰がいるか把握してないな)
シアンはルーエンから秘議会を任された。任された以上は、組織の全容を知る必要がある。後で、バスクに聞くのが良いかもしれない。
シアンたちが馬に乗って出発の時間を待っていると、鐘が鳴った。出発の合図だ。前がゆっくりと動き出した。騎士団と国軍の警衛のもと、パレードが始まった。国軍が観客の動きを整備し、近衛騎士がルーエンを近くで守る。万全の体勢で挑んでいる。
「国王陛下!」
「新国王、バンザイ!」
「王様!」
新しい国王の姿を一目見ようと、王都にたくさんの人が集まっている。そんな子民たちへ、ルーエンが手を振って答える。もはやアイドルとファンのように見えてくる。そんな中で、マイナスの声も聞こえてくる。
「王になるには若すぎだろう」
「なぜよりによって第一王子の方なんだ」
「弟の方が優秀だと聞いたぞ」
全員が全員、ルーエン(ルイス)を認めているわけではない。新国王に否定的な者もいる。シアンの他の人より少し優秀な耳には、彼らの声がよく聞こえる。
パレードが王都の大通りをぐるりと回って、城に近づいてきた頃だった。どこかでキリキリと繊維が伸びる音がした。
シアンは、音がした方とルーエンの居場所を素早く確認する。そして、流れるように馬の上に立った。そこから高く飛び上がり、進み続けるルーエンの馬車の横に着地するイメージで降下する。もちろん、馬に負担をかけないよう、ジャンプするときに、魔法を使った。
シアンは、空中で腰から剣を抜き、構える。その時、視界の端で細長い物体が飛んでくるのを確認する。バランスのとりにくい空中で前に剣を大きく振り下ろし、その物体を切った。その際、破片が一つでもルーエンにあたらないように、魔法も使う。そうして、シアンが着地する頃には、足元に、真っ二つに切られた矢が落ちていた。先に何か液体がついているので、もしかしたら、毒が塗られているのかもしれない。
しかし、そこでおちおち気を抜いていられない。今度は複数の矢が飛んできた。最初の一発を失敗したら、一斉攻撃という手はずだったのだろう。シアンは、それらの矢を全て一人で切り落として見せた。柔軟な体をくしして、広範囲に及ぶ攻撃を消化する。剣を使うのはそこまで得意としていないシアンだが、その動きはまるで剣を使い慣れているようだった。もちろん、この間も、ルーエンに万一のことがあっては困るので、魔法で保険もかけておいた。
バラバラと音をたてて、矢が落ちた。攻撃がやんでいる。諦めたのだろう。
「追ってください。ただし、民間人の安全を最優先で」
シアンは、近くにいた騎士に指示を出す。既に列を整備していた国軍が道を作ってくれていたおかげで、騎士が犯人のもとに向かうのはそんなに苦労しなかった。
「後の人は残って、陛下を守ってください」
シアンは、三人目の騎士が犯人のところに駆け出そうとしたところで止めた。そんなに戦力を削るわけにはいかない。もしかしたらそれが敵の策略かもしれないのに、騎士を分散させるのは馬鹿みたいだ。
シアンは、騎士団員にルーエンの馬車を囲むように配置させ、城に向かわせた。残念だが、パレードは中断だ。ルーエンを暗殺しようとしている者がいる中でパレードは続けられない。
「矢の回収を急いでください。くれぐれも矢じりには触れないよう、気を付けてください」
シアンは、自分の馬の手綱をひいて、近くにいた軍人に声をかける。この場の処理は国軍に任せるのが一番だ。
「わかりました」
先ほどの動きで、シアンの実力を知った国軍は、素直にシアンの指示に従った。
「よろしくお願いします」
シアンはそう言って、馬に飛び乗った。そして、馬車を追いかける。
安全のことも考えて、街中を高速で走るわけにはいかない。結局、パレード中と同じスピードで進み続ける。城近くでパレードを待っていた人たちは、馬と騎士の間からしかルーエンの姿を確認できなかったが、一応顔が見られて満足したようだ。
城に到着すると、すぐにルーエンを城内に入れた。外より断然安全だろう。
「深追いはせず、国軍に任せるよう伝えてきてください」
シアンは騎士二人に伝言をお願いする。
国軍とも良好な関係を保つのも重要なことだ。あまり国軍の仕事を奪いすぎるのも良くない。城の外に出たらもうそこは国軍の管轄だ。そこで騎士が勝手なことをすると、目くじらを立てられる。そういう話を聞いたことがないわけではなかった。
「部屋に戻る」
ルーエンはそう言って一人で歩き始めた。目でシアンを見たので、ついてこいということなのだろう。シアンは他の騎士たちに馬を任せ、ルーエンの後につづく。ルーエンが指示をしなくても、一緒についていくつもりだった。城内に入ったとはいえ、いつ曲者に命を狙われているともしれない。
しばらく歩き、家来や騎士の姿が見えなくなったところで、ルーエンが口を開いた。
「もっと静かにできなかったか?」
ルーエンはシアンのやり方が気に入らなかったようだ。たしかに、シアンの力があれば、魔法で矢の向きを変えるなり、過激な反逆者も一人でひっそりと捕獲することができただろう。しかし、シアンはあえてそれをしなかった。
「ああいう場ですし、派手に見せるべきだと考えました」
得意とする素手の戦いを選ばず、剣を使ったのも同じ理由だ。人知れず問題を解決するのは、シアンと秘議会の得意分野だ。しかし、そればかりは良くない。陰でばかり動いていては、その動きに気づいた国民に変に思われる可能性がある。新国王支持者以外は消されるなどと噂でもされたら困るなんてレベルではない。
「圧政はお好みではないでしょうが、力を見せつけるのもまた必要です。簡単に陛下を暗殺できないこと、失脚させることはできないことを知らせなければならないと考えました。出過ぎた真似をしたのであれば、罰を受けます」
シアンは立ち止まって頭を下げる。シアンなりに考えての行動だったが、ルーエンの意思に従ったとは言い難い。確認の暇があったわけではないが、主に仕えるとは、こういうことだろう。基本的に勝手に動くのはよろしくない。
「意味があるんだったら良い」
ルーエンは立ち止まったシアンを一瞥する。ルーエンはパレードがそれなりに楽しかったのだろう。ちゃんと最後まで何事もなく終わらせたかったのかもしれない。ルーエンの気持ちは純粋な落胆なのだろうが、何も考えていないと答えていたら、今頃シアンはどんな目にあっていたのだろうか。少なくとも、ものすごく怒りそうだ。